運命の決闘(うんめいのけっとう)
夜の帳が下りる。
鋼鉄とコンクリートで築かれた高層ビル群が、冷たい都市の迷宮を形作る。
その片隅——廃墟と化した摩天楼の屋上が、今宵「運命の決戦」の戦場となる。
天城空は、ビルの端に立ち、吹き付ける夜風を感じていた。
彼の正面には、一人の男が静かに佇んでいる。
——まるで鏡を見ているかのように、同じ顔を持つ男。
黒いロングコートを靡かせながら、そいつは口を開いた。
「この戦い……結末は、すでに決まっている」
低く落ち着いた声。だが、その語り口には聞き覚えがあった。
そう、目の前にいるのは—— 十年後の自分。
天城冥。
空は細めた目で相手を睨む。
「……もしお前が本当に結末を知っているのなら、ここに立つ意味はないはずだ」
拳を握る。重心を低くする。——いつでも動けるように。
冥はわずかに笑い、静かに右手を持ち上げた。
「確認しに来たんだよ……自分が、本当に負けることのない存在なのかどうかをな」
その言葉には、迷いの欠片すらなかった。
——瞬間。
屋上の灯りがすべて落ちる。
暗闇の中、静寂が支配する。
戦いが、始まった。
◆ ◆ ◆
【時間視界】
天城空の瞳孔がわずかに収縮する。
——未来視が発動した。
五秒後——
——未来の自分がその場に立ち、強烈なストレートを胸に叩き込む。
「チッ!」
本能的に一歩後方へ跳ぶ。
直後、凶刃のような拳風が胸元をかすめ、服に鋭い裂け目を刻んだ。
「ほう……かわしたか」
天城冥がわずかに首を傾げる。
「悪くない。俺が"お前"だった頃より、少しは速くなってるな」
空は答えない。
脳内で高速に思考を巡らせる。
——未来視で見えるのは五秒後の映像。しかし、もし相手の速度が五秒よりも速ければ……?
避けられない。
しかも今回の相手は「未来の自分」だ。
つまり、戦闘経験も技術も、全て同じ。
……いや、それ以上の実力を持っている。
考える暇はない。
冥の姿が一瞬にして滲み、次の瞬間には目の前にいた。
間合いを詰める速度が、先程よりも速い——!
——だが。
僅かに、足が止まった。
一瞬。ほんのコンマ一秒。
だが、その迷いは一瞬で掻き消える。
「——遅い」
拳が夜を裂き、一直線に空の顔面を貫こうとしていた——!
◆ ◆ ◆
【未来の力:決定された運命】
「——三秒後、お前の攻撃は空を切る。」
天城冥の言葉が落ちると同時に——
天城空の拳が腹部へと突き出された。
しかし、次の瞬間——
拳は虚空を穿つ。
「なっ……?!」
そこにいたはずの冥の姿が、残像を残して掻き消えていた。
まるで——未来を見通していたかのように。
「言っただろう?」
背後から静かな声が届く。
「お前の攻撃は空を切る。それが"必然の未来"となるのさ。」
——殺気が走る。
空は即座に振り向く。しかし——遅い。
すでに冥の手が、肩に触れていた。
「試合終了だ。」
直後。
——轟ッ!!
衝撃。膝が閃光のように突き上げられる。
「ぐっ……!」
視界が揺れ、意識が弾ける。
バランスを崩し、そのまま宙へと投げ出された。
背後には——
幾十もの階層が積み重なる、漆黒の闇。
天城空の身体が、夜の奈落へと落ちていく——!
◆ ◆ ◆
【空を裂く墜落】
——疾風が、刃のように頬を裂く。
天城空は落下の瞬間、無理やり思考を冷静へと引き戻した。
脳内、高速演算。
「——五秒後、俺は死ぬ。」
しかし、それは "視えた未来" でしかない。
未来は、変えられる。
地面まで——あと数階層。
「今だ——!」
身体の角度を調整し、一気にビルの外壁へ蹴りを叩き込む。
バキィンッ!!
強烈な反動を利用し、空中で回転。
次の瞬間——指先が露出した鋼梁を捉えた。
「チッ……!」
腕に激痛が走る。しかし、墜落は免れた。
上空。
天城冥がゆっくりと俯瞰し、微笑する。
「……悪くないな。俺が"お前"だった頃より、しぶとさは増したみたいだ。」
空は荒い息を吐きつつ、鋭い眼光を向けた。
「……わかったよ。」
「お前は——無敵なんかじゃない。」
深く息を吸う。
——ここで終わらせるわけにはいかない。
思考が閃く。
もし、冥が"未来を決定する"前に攻撃できれば——?
——この必然の敗北を、覆せるのではないか?
◆ ◆ ◆
【未来は覆せる(さかさまにできる)】
「——未来は、覆せる。」
そう確信した瞬間、天城空は跳躍した。
戦場へ、再び舞い戻る。
だが——着地と同時に。
天城冥が、目の前にいた。
——暴風の如き猛攻が、瞬く間に襲いかかる。
「この戦い……本当に"初めて"なのか?」
拳を受け止めながら、ふと疑問がよぎる。
なぜか、既視感がある。
まるで、この戦いは "初めて"ではないかのような感覚。
しかし——空は首を振った。
今は余計な思考をする時ではない。
目前の戦いに、集中するだけだ。
拳と拳がぶつかり合う。
——重い。
受けるたびに、圧倒的な力の差を思い知らされる。
「このままじゃ……負ける。」
——その時。
空の瞳に、一筋の閃光が走った。
「もし、未来が覆せるなら——」
ならば、変えればいい。
次の瞬間。
空の動きが変わる。
防御に徹していた姿勢を捨て、真っ向から攻撃を仕掛けた。
「……?」
冥の眉がわずかに動く。
その違和感に気づいた、その刹那。
——空の姿が、突如として消えた。
「なっ……」
——轟ッ!!
◆ ◆ ◆
【未来の主導権】
——ドガァッ!!
強烈な一撃が天城冥の脇腹を貫いた。
身体が数メートル吹き飛び、屋上の柵に叩きつけられる。
「ぐっ……!」
衝撃を受けながらも、冥はすぐに視線を向けた。
目の前——天城空。
彼は拳を軽く振り払い、ゆっくりと口角を上げた。
「——いつの間に?」
空は淡々と拳を握り直し、呟く。
「お前は言ったよな。**"未来は決まっている"**って……」
「だったら、もし俺のほうが"先に"未来を決めたらどうなる?」
——これは、単なる回避ではない。
未来を、"操る"戦い。
この戦いは、まだ終わっちゃいない——!
——ゴッ!!
続く一撃が、冥の胸を打ち抜いた。
今度は——避けられない。残像もない。確かな一撃。
「ぐっ……!!」
冥の身体がよろめき、片膝をつく。
口元から、一筋の血が滴り落ちる。
「……なるほどな」
苦笑しながら、冥は口を開いた。
「今の一撃……"俺が"あの時よりも速い。」
「……"あの時"?」
空の眉が僅かに動く。
「お前は俺の"未来"だろ?」
冥は、ニヤリと微笑んだ。
「ほう……本当にそう思うのか?」
その問いかけに、答えはなかった。
——だが、その笑みには、何か"隠された真実"があるように思えた。
◆ ◆ ◆
【崩壊する現実】
天城空は荒い息を吐きながら、拳を握り締めた。
指の骨が微かに震えているのを感じる。
——勝った。
長い戦いの果てに、ついに。
「……未来は、決まってなんかいない。」
視線を落とす。
そこには、地に伏した天城冥がいた。
その顔が、ゆっくりと上がる。
——不敵な笑みを浮かべながら。
「やはり……"ループ"を突破したか。」
「……?」
空の眉が僅かに寄る。
得体の知れない不安が、胸を締めつけた。
「……どういう意味だ?」
冥は静かに、しかし奇妙な響きを帯びた声で呟く。
「この戦いが……"誰の意思"で仕組まれたものなのか、考えたことは?」
「……!」
「お前はずっと"運命"に抗ってきた……だが、本当に"現実"に生きていると、言い切れるか?」
——次の瞬間。
世界が崩れ始めた。
金属の悲鳴が響く。
天台の鋼筋が音を立てて砕け、夜空がまるでガラスのようにひび割れる。
都市は音もなく、塵のように崩壊していく。
見えない手が、世界を握り潰していくように——。
空の心臓が強く脈打った。
違和感。
異常なまでの違和感。
——これは、"勝利"のあとに見るべき世界じゃない。
◆ ◆ ◆
【創造された未来】
「……な、なんだこれは?!」
天城空は声を震わせながら、崩壊する世界を見回した。
すると——
倒れていたはずの天城冥が、ゆっくりと立ち上がる。
傷は、一切残っていなかった。
「……お前は勘違いしている。」
その声は、冷たく、遠く響く。
「この戦いの目的が、"未来の自分を倒す"ことだと、本当に思っていたのか?」
「違う。」
「この戦いの本質は——"未来の真実"を受け入れることだ。」
「……真実?」
空は歯を食いしばる。
「何の話だ?」
冥はゆっくりと指を伸ばし、自らの額を示した。
「——お前の未来は、最初から"決まっていた"わけじゃない。」
「"創造された"んだ。」
「……なに?」
「そして、お前も——創られた存在だ。」
空の瞳孔が、一瞬で収縮する。
「お前が経験した戦い、お前の葛藤、お前が"運命"に抗う意志——」
冥の姿が、徐々に薄れていく。
「全ては、新たな"俺"を生み出すための過程に過ぎない。」
「……!」
——記憶が、弾ける。
無数の戦い。
無数の勝利。
そして、その先に待っていた……"変化"。
自分は、幾度となくここに立った。
幾度となく戦った。
幾度となく勝利し——
そして。
幾度となく、"天城冥"になった。
——この「運命の決戦」。
それは未来を決める戦いではなく、未来を"創り出す"ための試練だった。
世界が崩れる。
天井のように広がっていた夜空が砕け、空間が黒く染まる。
全てが消え去る、その瞬間——
冥が、最後の言葉を残した。
「——ようこそ。"お前の未来"へ、天城空。」
——轟ッ!!
世界が、終わる。
◆ ◆ ◆
【終わらない輪廻】
夜の帳が降りる。
鋼鉄とコンクリートで築かれた高層ビル群が、冷たい都市の迷宮を形作る。
その片隅——廃墟と化した摩天楼の屋上が、今宵「運命の決戦」の戦場となる。
天城空は、ビルの端に立ち、吹き付ける夜風を感じていた。
目の前には、一人の男が静かに佇んでいる。
——まるで鏡を見ているかのように、同じ顔を持つ男。
黒いロングコートを靡かせながら、そいつは口を開いた。
「この戦い……結末は、すでに決まっている。」
低く、落ち着いた声。
だが、その語り口には聞き覚えがあった。
そう、目の前にいるのは——
十年後の自分。天城冥。
天城空は細めた目で相手を睨む。
そして——口を開いた。
「——なぜなら、俺はすでに経験しているからだ。」
夜風が吹き抜ける。
戦いが、再び始まる。
——輪廻は、決して終わらない。
(終)
この作品は、私にとって初めての短編小説の挑戦となります。
普段は長編ばかり考えてしまうのですが、今回は 「短い中でもインパクトのある物語を作る」 というテーマで執筆しました。
バトル、未来視、運命、そして……戦いの果てに待つ"真実"。
そんな要素を詰め込んだ一作です。
短編を書くのは思ったより難しかったですが、とても楽しい経験でした!
もし楽しんでいただけたなら、感想や評価をいただけると嬉しいです。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました!