9. 編入生
翌週、アンナはいつものようにリリアとカミラと一緒に校内を歩いていた。
「ねえ、アンナってエリオット様と付き合ってるの……?」
リリアが何気なく尋ねる。
「ち、違うよ!」
慌てて否定するアンナに、リリアはさらに追及する。
「でもデートしたんでしょ?」
「まあ……」
「じゃあ、付き合っちゃえばいいのに!」
「さすがにそれは――」
和やかなやり取りが続いていたが、不意に遠くから賑やかな声が聞こえてきた。
「何かあったのかな?」
3人は足を止め、声のする方へと向かう。
中庭には大勢の学生が集まり、リオとフィリップ、そして見慣れない女学生がベンチに座っていた。その女学生は、リオと同じアギオス寮のローブを着ている。
「ねえ、あの子、めっちゃ美人じゃない?」
「本当に可愛い!」
周囲から感嘆の声が上がる。
「リオ、フィリップ、授業行くぞ」
そこへエヴァンが姿を現し、冷たく言い放つ。
「エヴァン、見てよ! この子、編入生のミア! 俺と同じアギオス寮!」
リオが楽しそうに紹介するが、エヴァンは表情を変えない。
「ふーん。それより、さっさと行くぞ」
「どうしてそんなに不機嫌なの?」
ミアがエヴァンに問いかけた。
「うるせえな。お前には関係ない」
「ごめんね、こいつ、最近いろいろあってさ」とリオが肩をすくめてフォローする。
数時間後――。
授業を終えたエヴァンは一人、カリオン寮へ向かって歩いていた。
「ねえ!」
背後から声が響く。振り返るとミアが走り寄ってきた。
「今度は何だよ」
「別に。ただ、さっきから落ち込んでるように見えたから」
「落ち込んでねえ」
「ふーん、じゃあ失恋とか?」
「……」
「え、図星?」
「……うるさい」
「告白してフラれたの?」
「そんなことしてない」
「じゃあ、まだ始まってもないじゃん!」
エヴァンの足が止まる。
「……始まってもない?」
「そうだよ! 思い切って気持ちを伝えればいいじゃん! ほら、練習してみて!」
しばらく沈黙の後、エヴァンは一言だけ呟いた。
「好きだ」
ミアの顔が一気に赤くなる。
「って、言えるわけねえし! 俺は何してんだ!?」
我に返り、頭をかきながら立ち去ろうとする。
「お前の寮はあっちだろ。さっさと戻れ」
夜――。
アンナが自室で魔法薬学の予習をしていると、ドアをノックする音がした。
「はーい」
ドアを開けると、そこにはエヴァンが立っていた。
「えっ、エヴァン!? どうしてここに?」
「よお」
「何で部屋まで来るのよ!」
「……お前、エリオットと付き合ってるのか?」
「はあ!? 付き合ってないし、そんなの無理だし! ていうか、関係ないでしょ!」
「関係なくねえ!」
エヴァンの声が響いた瞬間、階段の方から誰かが登ってくる音がした。
(まずい、見られたら――)
アンナは慌ててエヴァンを部屋の中に引きずり込み、ドアを閉めた。
「ごめん、誰か来そうだったから……」
顔を上げると、ほんのり赤くなったエヴァンの顔がそこにあった。
「俺……最初は、パワーストーンのこととかバラされたくなくて……でも今は……ただ、お前に嫌われたくない」
アンナは目を細め、呆れたように口を開いた。
「……バカなの?」
「う、うるさい! あ、あと、リストバンド、ありがとな……今度ちゃんとお礼するよ」
「別にいいよ」
「……俺じゃダメか?」
「……何が?」
エヴァンは目をそらし、「なんでもない。またな」と言い残して、部屋を出ていった。
(俺じゃダメかって……まさか、ね……)