8. ライバル?
アンナがエリオットと公園で散歩していた頃、ルミエールの特別ラウンジには、エヴァン、リオ、フィリップ、セリナの4名が集まって話し合っていた。
「一体誰が命令したんだ?」
エヴァンは、自分の命令でアンナが攻撃されたことに身に覚えがなく、他の寮生代表たちに問いかけた。
「私よ」
セリナが淡々と答えた。
「はあ!? お前、勝手に何してくれてんだ!?」
「だって、あの女、勝手にこのラウンジに入ってたでしょ?」
「お前、見てたのか!?」
「何を話してたかは知らないけど、あんな女に気を許して、エヴァンこそ何考えてんの?」
「ふざけんな!」
エヴァンは怒りに震え、ラウンジから立ち去った。
夕方――。
エリオットとの公園での散歩を終えたアンナは、再びバイト先の魔法具屋にいた。
(デート……学校のローブ姿じゃダメだよね……何を着て行こう……)
アンナが悩んでいたその時、店の扉が開き、客が入ってきた。エヴァンだ。
「いらっしゃいませ」
アンナは冷たい視線をエヴァンに向ける。
「俺じゃないんだ!」
エヴァンは、息を荒げながらも必死に言い訳を始めた。
「はい?」
「お前を襲撃しろって命令したやつ、俺じゃないんだ!」
エヴァンは焦りながらも強調した。
「どうでもいいです」
アンナは冷静に言い放ち、視線を外す。
「どうでも良くない!」
エヴァンは声を荒げるが、アンナはまるで気にしていない様子だった。
「買い物しないなら帰ってください」
アンナは言葉を切り、強い口調で返した。
「もう絶対に襲われないように――」
エヴァンが続けようとしたその時、アンナはポケットから何かを取り出し、素早くエヴァンに投げつけた。
「願い事を叶えるリストバンドです。それをあげるから、もう二度と近寄らないでください」
アンナの声には冷たさが漂い、リストバンドを手にしたエヴァンは、それを持ったまま黙ってその場を去った。
翌日――。
エヴァンは寮の自室で、まるで魂が抜けたように座り込んでいた。
「エヴァン! 入るぞ!」
ドアを勢いよく開けて、リオが顔を出す。
「ここはカリオン寮だぞ」
エヴァンは、無気力な声でそう返す。
「お前が心配だから、わざわざ来てやったんだ」
リオが部屋に足を踏み入れ、エヴァンのそばに座る。
「一人にしてくれ……」
エヴァンは目を閉じ、顔を手で覆う。
「……失恋か?」
リオはしばらく黙った後、軽い口調で言った。
「だまれ」
エヴァンは冷たく返したが、リオの言葉が心に刺さった。
「心配すんな、エヴァン。お前はモテる。世の中には女なんていくらでもいる」
リオがにやっと笑いながら続けた。
「うるさい」
エヴァンは無表情で呟き、目を開けることなく答える。
「だから、引きこもってるより外に出た方がいいって。週末、どこか出かけようぜ。気を紛らわせるんだ」
リオは少し強めに勧めるが、エヴァンはただ静かに黙っていた。
そして、週末――。
アンナは身支度を整え、エリオットとの待ち合わせ場所へ向かっていた。
ルミエールの近くにある高級ショッピング街。噴水の前で、エリオットが待っていた。
「ごめんなさい、遅くなりました」
アンナが少し息を切らせながら謝ると、エリオットはにっこりと笑って返した。
「ううん、俺も今来たところ。じゃあ、行こうか」
エリオットはいつもと少し違って、髪が少し乱れていて、眼鏡をかけている。
「今日はなんだか雰囲気が違いますね」
アンナが言うと、エリオットは照れくさそうに肩をすくめた。
「こうでもしないと、周りの人に話しかけられちゃうから」
エリオットが笑って答える。
「それにしても……皇太子だって知らなくて……」
アンナは気まずそうに言葉を切ると、エリオットが優しく微笑む。
「いいんだよ。でも、名前を聞かれたのは初めてだったからちょっとびっくりした」
エリオットが楽しそうに言うと、アンナは目を丸くして驚いた。
「や、やっぱり!」
アンナが顔を赤らめると、エリオットは軽く笑いながら言った。
「今日はデートだし、気を遣わなくていいから」
そう言って、エリオットはアンナの手をそっと取って、手を繋いだ。
アンナは少し戸惑いながらも、心の中で嬉しさが込み上げてきた。
少し歩くと、エリオットが「ここに寄っていこう」と言い、二人は高級なブティック店に入った。
「わあ……」
アンナは思わず感嘆の声を漏らした。店内はまばゆいばかりの美しい商品が並び、どれもがまるで魔法の宝石のように輝いている。
「アンナ、これとか似合うんじゃないか?」
エリオットが手に取ったのは、細工の精緻な銀細工に輝くクリスタルの髪飾りだった。
「かわいい!」
アンナの目が一瞬で輝きを増す。エリオットは微笑みを浮かべながら、その髪飾りを差し出した。
「じゃあ、これをプレゼントするよ」
「いいの? 本当に?」
「もちろん。アンナにぴったりだ」
アンナは頬を染めながらも、感謝の気持ちで胸をいっぱいにし、そっと髪飾りを受け取った。
「魔法界では、大切な人に髪飾りを贈ったりするんだ」
エリオットが柔らかい声で言うと、アンナは一瞬驚いた。
「人間界では、どうなの?」
「えっと……そういうのもあるかもしれないけど――って、え!?」
突然、アンナの顔が驚きで真っ赤になる。
「?」
「……どうして人間だって知ってるの!?」
エリオットは軽く肩をすくめ、微笑んだ。
「魔力だよ。わかる人にはわかる。と言っても、俺が気づいたのはルミエールのカフェエリアで一緒にお茶していた時だけど」
「魔力でわかっちゃうんですか!? そんな……」
「まあ、優秀な魔法使いじゃないと難しいかな。ルミエールでバレることはないと思うよ」
「そ、そうなんだ……でも、それでも今日は誘ってくれたんだね……嬉しいな」
アンナは照れくさそうに微笑む。その言葉に、エリオットの目元も柔らかな光を宿した。
「人間かどうかなんて関係ないさ」
エリオットとアンナはブティック店を出ると、カフェへ向かって歩き出した。
しばらく進むと、前方から二人組が近づいてくる。
――エヴァンとリオだ。
「あっ……」
エヴァンとアンナの声がほぼ同時に漏れた。
「え、知り合い?」
リオが眉をひそめ、エヴァンとアンナの顔を確認する。
「エリオット、行こ」
アンナは視線を逸らしながら言うと、エリオットの腕を引っ張り、そのまま足早にカフェへと向かった。
二人が通り過ぎるのを見届け、リオがぽつりと呟いた。
「……あれ、今のエリオット皇太子じゃね? 皇太子がデートかよ」
リオは口の端を歪めて笑い、隣のエヴァンを見る。しかし、エヴァンは再び魂が抜けたかのようにぼんやりとしている。
「おい、もしかして……エヴァン、お前――」
リオは友人の様子をじっと見つめ、ひとつ息をついて肩を叩いた。
「よし、親友の俺だから正直に言う。エリオットには勝てない。諦めろ」
エヴァンはぎくりと反応し、口を開けかけるが、言葉にならない。
「……」
「もっと胸のデカい女ならたくさんいるさ」
「うるさい」
エヴァンは低い声で言い、リオから視線をそらした。