7. デート
アンナが目を覚ますと、見慣れない天井が広がっていた。
(ここ……どこ?)
ぼんやりと頭を上げ、辺りを見回す。ベッドは柔らかく、部屋は温かみのある木造りで、窓からは優しい陽光が差し込んでいる。
「……あれ?」
その時、扉が静かに開き、一人の少年が姿を現した。
「目が覚めたか」
「エリオット……?」
彼の姿を見て、アンナは少し顔を赤らめながら体を起こした。
「また助けてもらって……すみません……」
「君は本当に、いつもボロボロだね」
苦笑いを浮かべるエリオットに、アンナは申し訳なさそうに俯いた。
「えっと……ここはどこですか?」
「俺の別荘だよ」
「べ、別荘……?」
「ルミエールのすぐ近くさ。あのまま医務室に連れて行くこともできたけど、また誰かに襲われるかもしれないだろ? 心配で連れてきたんだ」
「ご心配おかけして、すみません……」
エリオットは少し眉を寄せて、アンナをじっと見つめた。
「エヴァンって学生に嫌われてるの?」
「うん……そうみたいです……」
アンナはわずかに唇を噛んで続けた。
「憂鬱だし、もう学校に行きたくないって思うこともある。でも、それじゃただ逃げてるだけ。負けたくないし、明日からも普通に通うつもりです。防御魔法を常に張っておけば何とか――」
「無理だよ」
その言葉はあまりに淡々としていて、アンナの胸に冷たいものが突き刺さった。
「君の魔力量じゃ防御魔法をずっと維持するのは不可能だ」
アンナは肩を落とし、小さな声でつぶやいた。
「……やっぱり、そうですよね」
すると、エリオットは優しく微笑んだ。
「だから――明日、俺が一緒に行ってあげるよ」
「え……?」
「君が安心して通えるようにするためだ」
「でも、それは……」
「大丈夫」
エリオットはふっと笑い、言葉に力を込めた。
「俺に任せて」
翌朝、アンナはエリオットと一緒に学校へ向かっていた。
ルミエールの門に到着すると、アンナは思わず大きなため息をついた。
(どうしてこんなことになったんだろう……)
しかし、その瞬間――
「おはようございます。エリオット皇太子殿下」
ルミエールの教授たちが、礼儀正しくエリオットに挨拶をする。その言葉にアンナは驚き、目を丸くした。
「おはようございます」
エリオットはいつも通りの落ち着いた笑顔で返事をし、その姿は堂々としていた。
(皇太子!?)
アンナは心の中で驚きの声を上げたが、すぐに顔をそむけて、少し動揺した。
「少し学内を見学したいだけなので、お出迎えは不要ですよ」
「承知しました」
教授たちはすぐに引き下がり、エリオットはアンナに微笑みかけた。
「じゃあ、行こうか」
「う、うん……」
アンナは少し迷いながらも、エリオットに続いて歩き始めた。周囲の学生たちは、その堂々とした姿に驚き、好奇の目を向けていた。
「現国王の息子、エリオット・グレイフィールド様!?」
「何でここにいるの!?」
「隣の子は、誰だ!? 」
エリオットとアンナの後ろで、ささやき声が聞こえる。アンナは顔を伏せ、少し焦りながら足を速めた。
二人は、学内を歩きながら、広大なカフェエリアへ向かっていた。しかし、その場所もまた、エリオット目当ての学生たちで賑わっている。
「エリオット様、どうしてルミエールにいらっしゃるんですか?」
意を決して、一人の学生が声をかけてきた。
「どうしてって……彼女とデートだよ」
エリオットは軽く肩をすくめながら、にっこりと微笑んだ。しかし、アンナは思わず手にしていた飲み物をこぼしそうになる。
周囲の学生たちは一瞬静まり、次の瞬間、ざわざわと騒ぎが広がり始めた。
「デート!?」
「まさか、あの子が!?」
「皇太子がデート!? どういうこと?」
アンナは恥ずかしさで顔が赤くなり、気まずさを感じながらも、エリオットの隣で黙っていた。
「うーん、俺も授業があるから、そろそろ戻ろうかな。また夕方会いに来るよ」
「……あ、はい」
エリオットはそう言うと、軽く手を挙げてから、学生たちに見守られながらその場を去っていった。
アンナはしばらくその場に立ち尽くし、何が起きたのか実感できないままだった。
その後、アンナは一人取り残されたが、エリオット皇太子とデートしていた学生として、学内で一目置かれる存在となっていた。
学生たちの視線が少しばかりアンナに向けられる中で、彼女は複雑な気持ちを抱えつつも、特に何も言わず過ごしていた。
夕方、エリオットは再びアンナに会いに来た。
「大丈夫だった?」
その優しい声に、アンナはほっと胸をなでおろした。
「あ、はい、ありがとうございました」
「今日、この後時間ある?」
「一時間ぐらいなら……」
「じゃあ、少しだけ近くの公園で散歩でもしないか?」
「はい、大丈夫です」
エリオットの提案に、アンナは少し驚きながらも素直に応じた。二人は学校近くの公園へと向かい、広大な公園を歩き始めた。
歩きながら、アンナは感謝の気持ちを込めて言った。
「本当に助かりました。ありがとうございました」
エリオットはその言葉を受けて、少し照れくさそうに答えた。
「ううん。でも、勝手にデートとか言ってごめんね」
アンナは少し驚いた表情で振り返る。
「いえ、全然大丈夫です」
その時、エリオットは少し真剣な顔をして、ふと足を止めた。
「今週末、デートしないか?」
アンナはその言葉に一瞬驚き、思わず足を止める。
「え?」
「嫌じゃなければだけど」
「嫌じゃないですけど……でも、もう襲われることはなさそうだし――」
エリオットはその言葉をさえぎるように、優しく微笑みながら言った。
「そうじゃない。本当にデートしないか?」
「本当に?」
アンナは少し戸惑ったように尋ねた。エリオットは真剣な眼差しで答える。
「今日の嘘のデートじゃなくて、さ」
その言葉に、アンナは胸の中で何かが高鳴るのを感じた。エリオットの誠実さ、そしてその思いに、心が少しずつ動き始めていた。