6. 願い
翌日――。
親善試合は無事に終わり、ルミエール・アカデミーの日常が戻ってきた。
「アンナ、昨日どうして観客席に来なかったの? エヴァン様とフィリップ様が大活躍して、ルミエールの大勝利だったんだよ!」
リリアが目を輝かせながら話しかけてきた。
「観客席に行く途中で、ちょっとケガしちゃって……」
「えっ!? 大丈夫なの?」
カミラが驚いて身を乗り出す。
「すぐに医務室で治してもらったから、もう平気。心配してくれてありがとう」
「よかったー。でもさ、相手校の選手も一人いなかったよね――」
リリアが続きを話そうとした瞬間、近くから声が飛んできた。
「アンナ」
振り返ると、エヴァンが立っていた。
「え……何か用ですか?」
「聞きたいことがある。今日、夕方、特別ラウンジに来い」
それだけ言うと、エヴァンはすたすたと去っていった。
「ちょっとアンナ! エヴァン様とどんな関係なの!?」
「この前も声かけられてたよね!」
リリアとカミラが一斉に詰め寄る。
(もう、なんでこうなるの……。貧乏なことがバレたら大変なのに! もしかして、もうバレてたりして……!?)
夕方――。
アンナはエヴァンに言われた通り、特別ラウンジの扉を開けた。そこは選ばれた各寮の代表者しか使用できない特別な空間だ。中に入ると、エヴァンが一人、ソファに足を組んで座っていた。
「あの……」
「おお、来たな。まあ、座れよ」
アンナはおずおずとソファに腰を下ろす。エヴァンは軽く周囲を見回し、低い声で言った。
「みんな出かけてるから今日は誰も来ない。だから聞くけど――」
アンナの心臓が不安で跳ね上がる。
「お前、『願いを叶えるリストバンド』って知ってるか?」
「……え?」
「願いを叶えるリストバンドだよ。めちゃくちゃ欲しいんだけど、普通の魔法具屋じゃ見つからなくてさ」
アンナは一瞬きょとんとした後、思わず笑い出した。
「ははは! なんだ、それかぁ!」
「それかって、おい!」
「ごめんごめん。でもそのリストバンド、私、持ってますよ」
「えっ、マジで!?」
「使ったことないし、よかったらあげますよ」
「本当にいいのか!?」
「はい、今度持ってきますね」
エヴァンは目を輝かせ、いつになく素直に笑った。
「ありがとな。っていうか、敬語やめろよ」
「いや、それは……」
「それから――またあの店、行くわ」
「怪しい品物しかないですよ?」
「お前、それでもそこの店員か?」
二人は顔を見合わせて笑った。その様子を、遠くから見ている影があったことに、二人は気づかなかった。
翌朝――。
アンナは寮で身支度を終え、教室に向かって校舎の廊下を歩いていた。その瞬間、不意に背後から声が響いた。
「イグニス・スパルタ!」
炎の魔法が飛来し、アンナは壁に叩きつけられた。鈍い痛みが全身を駆け抜け、彼女は床に崩れ落ちる。
(痛い……何……?)
顔を上げると、数人の学生たちが冷たい視線を向け、杖を構えていた。
「お前、貧乏人なんだってな」
「ルミエールには相応しくない」
「さっさと出て行け!」
罵声が容赦なく浴びせられ、次々と魔法が放たれる。爆発の音と熱が周囲に響き渡る中、アンナは身を縮めて耐えた。
「どうして……」
その問いに答えるかのように、ひとりの学生が笑みを浮かべて言った。
「エヴァン様の命令だよ!」
アンナの心が凍りつく。その瞬間――。
遠くの方から甲高い叫び声が上がった。
「キャー! 何でここにいるの!? 」
ざわめきが広がり、群衆の間を押し分けるように、一人の少年が駆け寄ってきた。
「アンナ! 大丈夫か!?」
低く真剣な声に、アンナはぼんやりと顔を上げた。
「エリオット……」
エリオットは傷だらけのアンナをそっと抱きかかえる。その腕の力強さと温かさが、かすかな安心感をもたらした。
「エリオット様、その女は――」
「黙れ!」
その一言に、場の空気が張り詰めた。冷たい視線を浴びせたエリオットは、ためらうことなく歩き出す。
その時――。
「おい、何の騒ぎだ?」
軽い調子の声が響き、人々の間をかき分けてエヴァンが姿を現した。彼の表情が一瞬で変わる。驚きと戸惑い、そして焦りの色。
「君は、寮生代表のエヴァンか」
エリオットの声は低く、冷たかった。
「……最低だな」
短く言い放ち、エリオットはアンナを抱いたまま立ち去った。その背中を見つめながら、エヴァンは言葉を失っていた。