3. 口止め
「あ、えっと、こちらですね――」
アンナは慌てて目をそらし、エヴァンが手にしていた商品に視線を移した。それは「強くなれる」と宣伝文句がつけられたパワーストーンのブレスレットだった。
思わず吹き出しそうになるのをこらえきれず、笑いがこぼれた。
「ふふっ」
エヴァンの顔がみるみる赤く染まる。
「な、何がおかしいんだよ!」
「ごめんなさい。学校ではいつもクールだから……ちょっと意外で。けど、このブレスレット、可愛いですよね。私も持ってます、お揃いですね」
アンナは自分の手首につけているブレスレットを軽く揺らしてみせた。
エヴァンは眉をひそめ、目を細めて問いかける。
「……まさかとは思うけど、ここでバイトしてるのか?」
「あ、えっと……ここの商品が好きで……それに勉強にもなるので……」
「ふーん」
会話はそれ以上続かず、エヴァンは会計を済ませたが、頬の赤みは引かないままだった。
「あの、顔が赤いですけど、大丈夫ですか?」
アンナが心配そうに尋ねると、エヴァンは「くそっ」とだけ呟き、そのまま店を飛び出していった。
「な、何だったの……? って、バイトしてるのバレちゃったじゃない!」
彼が去った後、レジ台に目を落とすと、ブレスレットが置き忘れられているのに気づく。
「あ……忘れ物?」
しばし考え込み、アンナはブレスレットを手に取った。
「取りに来るかな……。でも学校で渡すのは……関わりたくないし……うーん、とりあえず預かっておこう」
翌日、アンナは授業を終え、リリアとカミラと談笑しながら校内を歩いていた。穏やかな午後の日差しが窓から差し込む中、笑い声が廊下に響く。
その時、背後から低い声が響いた。
「おい」
振り返ると、そこにはエヴァンが立っていた。
「エヴァン様――!?」
リリアとカミラが口をそろえ、頬を染めて興奮した様子で声を上げる。
「ちょっといいか?」
彼の視線はアンナに向けられている。
「えっ? あ、私?」
アンナが驚いて指を自分に向けると、エヴァンは無言でうなずいた。
「……じゃあ、またね!」
リリアとカミラに別れを告げ、アンナは戸惑いながらもエヴァンに連れられ、校内の庭園へと向かった。
そこは魔法の花が咲き乱れ、風が吹くたびに鮮やかな花弁が空を舞う、美しい静寂の場所だった。
エヴァンは無言のままベンチに腰掛ける。
アンナは隣に立ったまま、彼をちらりと見つめた。
(近くで見ると……やっぱり綺麗な顔……)
沈黙が流れ、アンナは何か言わなければと思い、カバンを開けた。
「あ、そうだ。もしかして、これのことですか?」
彼女は昨日置き忘れられていたブレスレットを取り出し、エヴァンに差し出した。
「昨日、忘れていったやつですけど……」
エヴァンの表情が微妙に揺れた。
「……そ、それだ」
彼は短く言い、アンナの手からブレスレットを受け取った。
だがその瞬間――エヴァンは突然アンナの腕を引き、バランスを崩した彼女は思わず前のめりになる。
(えっ!?)
すぐ目の前にエヴァンの顔。息遣いが聞こえるほど近い距離で、彼は耳元で低く囁いた。
「ありがとう」
驚きと動揺が一気に押し寄せ、アンナは慌てて腕を振り払い、何とか体勢を戻す。視線を逸らしながら、かろうじて口を開いた。
「ど、どういたしまして……」
心臓の鼓動が早まるのを感じつつも、エヴァンの行動に戸惑う。
しかし彼は立ち上がると、今度はアンナの両手を握り、再び顔を近づけてきた。
「一つお願いがあるんだが、いいか?」
「な、なんですか?」
エヴァンの真剣な表情が妙に気になるが、言葉を待つ。
「俺があの店に行ったこと、他の学生には言わないでほしい」
「……」
一瞬の沈黙。
アンナはゆっくりと彼の両手を振り払い、冷静な表情で言った。
「そんなことで呼び出したんですか?」
彼の焦った顔をじっと見つめる。
「別に言わないですよ。どうでもいいし」
「ど、どうでも!?」
エヴァンの顔がさらに赤くなる。
「はい。ああいうの集めるのが好きな人、他にもいますし。私もいくつか持ってますから。だから、誰にも言いませんよ。安心してください。それじゃ」
アンナはエヴァンを置いて、その場を立ち去ろうとした。
しかし、エヴァンは再び彼女の腕をつかむ。
「……な、何ですか?」
振り返った彼女の唇を見つめ、エヴァンの声が低くなる。
「……口止めしたかったんだ。きちんと、な」
アンナは驚き、彼の視線が自分の口元に注がれているのに気づく。彼女は冷ややかに彼を見上げると、手を振り上げ――
パシンッ。
「触らないで!」
その言葉を残し、アンナはその場を去っていった。