18. 襲撃
アンナは今日、セリナと一緒に昼食を取る約束をしていた。
ルミエールの豪華な食堂に着くと、セリナはすでに待っていた。
「ごめん、お待たせ!」
「ううん、お腹空いたね〜。今日はたくさん食べよ!」
アンナはセリナの様子を見て首をかしげた。
「……何かあった?」
そう尋ねると、セリナは少し驚いた表情を浮かべ、視線をそらした。
「あとで話すわ」
その言葉に頷き、二人は食事を持って、周囲に人の少ない席に移動した。
「それで、どうしたの?」
「うん、実はね……わかってたんだけど、フラれちゃった」
セリナは悲しそうな表情を浮かべながらも、どこかスッキリした声で続けた。
「でも、不思議と清々しいのよね!」
「そっか……」
アンナは気まずそうに俯く。そんなアンナの様子に気づいたセリナは、微笑んで言った。
「それから、エヴァンと仲良くしてあげてね」
「えっ?」
「あいつ、アンナのこと気に入ってるみたいだから」
「わ、わかった……」
アンナの目が涙目になっていることに気づき、セリナは声を上げた。
「なんでアンナが泣いてんのよ!」
「だって……悲しいよお……」
「もお!」
セリナは思わず笑いながら、軽く肩を叩いた。
「よし! 今日はパンケーキを焼け食いしに行くわよ!」
そう言うセリナに促され、二人は数時間後に再び待ち合わせすることにした。
アンナはセリナとの待ち合わせ場所に向かい、街を歩いていた。
そのとき突然――突風が吹き、裏路地へと飛ばされてしまった。
「痛っ……」
何が起きたのか分からず、打ち付けたお尻をさすりながら顔を上げると、目の前にはフードを深く被った人物が杖を向けて立っていた。
「アンナ!?」
その声に驚いて振り返ると、セリナが駆け寄ってきた。
「セリナ!」
セリナの到着を見たフードの人物は、何も言わずにその場から姿を消した。
「アンナ、大丈夫!?」
「う、うん……たぶん。セリナ、どうしてここに?」
「街中で魔法の気配を感じたから来てみたのよ。そしたらアンナがいてビックリした!」
「さすがだね……」
「まあね。でも、無事で良かった! さあ、パンケーキ食べに行こう!」
「うん……」
まだ動揺が残るアンナだったが、セリナの存在に安心し、二人はパンケーキ屋へと向かった。
「美味しかったね〜!」
「セリナって小柄なのにそんなに食べられるんだね」
「普段我慢してるから! 今日は特別!」
楽しそうに笑うセリナを見て、アンナは少し微笑んだ。
「あ、でも私、そろそろバイトに行かなきゃ……」
「じゃあ帰ろっか。でも気をつけてね。最近、物騒だから」
「うん! ありがとう!」
バイト先は相変わらず静かで、アンナは淡々と仕事をこなしていた。
すると、突然ドアのベルが鳴り響いた。顔を上げると、そこにはエリオットが立っていた。
「エリオット!? どうしてここに?」
「セリナにバイト先を聞いてね。最近、ルミエールの学生が襲われる事件が増えてるって聞いたから心配になって」
「えっ、わざわざ来てくれたの?」
「そうだよ。毎晩は無理だけど、できる限り送るよ」
「そんなの申し訳ないよ……」
「いいんだ。アンナに会いたいし」
エリオットの言葉に、アンナは思わず頬を赤らめた。
エリオットとアンナは二人でルミエールのカリオン寮へと着いた。
「じゃあ、俺も学校に戻るから」
「せっかく来てくれたんだし、ココアでも飲んでいく? 私の部屋は狭いけど……」
「ありがとう。じゃあ、1杯だけもらってから帰るよ」
アンナとエリオットは、アンナの部屋へと向かった。
「ココア、すぐに持ってくるから待っててね!」
エリオットはベッドに腰を掛け、アンナは共有キッチンへと急いだ。
ココアを作り、部屋へ戻ると、エリオットが部屋の中を見渡していた。
「ごめん、お待たせ! どうぞ」
「ありがとう。……なんかアンナらしい部屋だね」
「狭くてごめんね。あんまり個性もないし……」
「そんなことないよ。居心地が良いよ」
エリオットは優しく微笑みながら、ココアを飲み始めた。
「ルミエールでの学校生活、楽しんでる?」
「うん! セリナと仲良くなれたし、毎日が新鮮で面白いよ」
「それなら良かった」
エリオットは安心したように頷いた。
少しして、彼がココアを飲み終えると、立ち上がって言った。
「じゃあ、そろそろ帰るね」
「うん、来てくれてありがとう」
エリオットが扉に向かおうとしたその瞬間、振り返りざまにアンナをそっと抱きしめた。
驚くアンナの顔を見つめながら、エリオットは小さな声で言った。
「……これからも、無理しないでね」
そう言うと、彼はそのまま唇を重ねた。
アンナの頰は熱くなり、二人はしばらく見つめ合ったが、その沈黙を破るようにドアがノックされた。
「え、えっと、誰だろう……?」
アンナは慌ててエリオットの姿が外から見えないようにして、そっと扉を開けた。
「よおっ」
そこにはエヴァンが立っていた。
「ど、どうしたの?」
「渡したいものがあってな。というか、お前、顔赤いけど熱でもあんのか?」
「え、いや、だ、大丈夫! 渡したいものって?」
「これだ。リストバンドのお礼」
エヴァンは小包をアンナに渡した。
「あ、そんな気を使わなくても良かったのに……ありがとう」
「まあ、俺も気が済むしな。じゃあな」
「うん、おやすみ」
アンナがエヴァンを見送って扉を閉めると、後ろにエリオットが立っていた。
「……今の、エヴァン?」
「あ、うん」
エリオットはしばらく考えるような表情を見せた後、抑えた口調で続けた。
「……仲が良さそうだったね」
「どうかな、良いような悪いような……」
アンナの何気ない返事に、エリオットの目が一瞬鋭くなったように見えた。しかし、すぐに微笑みを作り、言った。
「そっか……。じゃあ、俺は帰るから。おやすみ」
「うん、ありがとう。気をつけてね」
エリオットはアンナの言葉には答えず、そのまま扉を開けて部屋を出ていった。
(なんか最後、怒ってた……? 気のせいかな?)
アンナはエリオットの背中を思い浮かべながら、モヤモヤした感情を抱えたまま窓の外をぼんやりと眺めた。