16. チャンス
ルミエールでの授業を終えたアンナは、魔法具屋のバイトをこなしていた。
もう少しで仕事が終わる頃、見慣れた顔が店に入ってくる。
「よお」
「エヴァン……いらっしゃい」
「……まだ働いてんのか?」
「まあね。でも今日はもうすぐ終わるよ」
「じゃあ、一緒に帰るぞ」
「うん……」
軽口を交わしながら、エヴァンが持ってきた品を見てアンナは思わず吹き出した。
「……え、これ買うの?」
「悪いかよ」
彼の手には「恋愛運アップ」を謳うパワーストーンのブレスレットがあった。
「ごめん、面白すぎて……でも、これも可愛いし、似合うと思うよ」
「……客もいないんだから、もう帰るぞ」
「はいはい」
仕事を終えたアンナとエヴァンは並んでルミエールの寮へ向かう。
歩きながら、アンナがぽつりと話し始めた。
「ねえ、セリナには言ったんだけど……」
「ん?」
「うち、貧乏なんだ」
「そんなの初日からわかってたけど」
「えっ!?」
「どちらかというと、その魔力でよく入学できたなって思ってた」
「そ、それは……」
もごもごと口ごもったあと、彼女は決心したように続ける。
「人間界からの特別枠……」
エヴァンは目を丸くした。
「そんな枠があるのか。知らなかった」
「要は、私はあなたの嫌いな『貧乏で人間の学生』です」
「だから?」
「……うーん、だから何だろ?」
「何だよ、それ」
彼の笑い声に、アンナもつられて笑った。
「アンナ、アルカナ魔法学校って知ってるか?」
「アルカナ魔法学校?」
「西の方にある、魔法界で一番古い名門校だ」
「へえ、そんな学校が……」
「俺、ルミエールをもっと優秀な学校にしたかったんだ」
「……」
「でも、もうそんなことどうでもいい」
「どうして?」
「もっと大事なことができたからな」
「……強くなる、とか?」
「バカ、ちげーよ」
二人は顔を見合わせ、自然と笑みがこぼれた。
「そうだ、言ってなかったけど……エリオットと付き合うことにしたの」
「……は?」
「前に聞いてきたじゃん」
「お前、やっぱりあいつのこと好きだったのか?」
「うーん、多分……?」
「は?」
「好きって言われて、嬉しかったんだよね。でも……『好き』って何?」
「そんな気持ちで付き合うの、失礼だろ?」
「そう思ったけど、エリオットが『一緒に知っていけばいい』って」
「……それ、上手くいくのか?」
「うるさいなあ」
アンナの反応を見ながら、エヴァンはふと呟く。
「……俺にも、まだチャンスはあるのか」
「え? なんか言った?」
「なんでもない」
二人は、寮に着き、別れを告げた。
「じゃあ、おやすみ」
「おやすみ」
アンナが部屋のドアを閉めると、小さく息を吐いた。
(近づかないようにしようと思ってたけど……同じ寮じゃ無理だよね)