13. 助け
夕方――。
エヴァンはアンナのバイト先である魔法道具屋に訪れていた。
「今日は、いないのか?」
店内には、アンナの姿はなく、代わりに店主らしき老人の男性が一人、静かに作業をしている。
「帰るか」
エヴァンは少しだけ肩を落とし、そのまま店を後にした。
寮に帰ると、エヴァンはアンナの部屋のドアをノックした。しかし、返答はない。
「いないのか……? 体調が治ったか気になってたのに」
彼は軽くため息をつき、自分の部屋へと向かった。
そして、翌日――。
いつも通り校内を歩いていたエヴァンは、突然、強力な魔力を感じ取った。
「な、なんだ……?」
その魔力の方へと駆けつけると、見慣れた姿が中庭に立っているのが見えた。
「エリオット……」
周囲では、エリオットの魔力に圧倒されて、騒ぎが起きていた。
エリオットは目を閉じ、小さく呪文を呟く。
「ノエオ・フロネシス」
「何やってるんだ、あいつ……?」
困惑するエヴァンが見守る中、エリオットはゆっくりと目を開け、指を鳴らした。その瞬間、突然、セリナが現れる。
「え、何!?」
驚きの表情でセリナが周囲を見渡すと、エリオットは無表情で杖を向けた。
エヴァンは思わず、セリナの前に立ちはだかる。
「おい、何してるんだ!」
セリナを守ろうとするように叫んだ。
エリオットにはいつもの冷静さがなく、代わりに怒りの色が浮かんでいた。
「どけ」
「だから、何してるんだ!」
エヴァンは再び声を荒げた。
「アンナがいないんだ」
「は……?」
エリオットは言い放つ。
「校内のどこにもアンナの魔力を感じない。だから、校内の全員の思考を読んだ。そして、その女がアンナをどこかに閉じ込めている。間違いない」
「はあ……!?」
エヴァンは言葉を失い、驚きながらも必死に問いかける。
「アンナの居場所を教えろ。答えないのなら――」
エリオットはさらに杖を構える。
その瞬間、エリオットから放たれた魔力に圧倒され、セリナは震えながら口を開く。
「ルミエールの近くの公園……! 花畑のある木の中……!」
エリオットは即座に杖を一振りし、その場から姿を消した。
「はあ!? お前、何考えてるんだよ!」
エヴァンは振り返り、セリナに怒鳴りつけた。
「ムカつくからちょっと嫌がらせしただけじゃない」
セリナは冷たく答える。
「ふざけんな!」
エヴァンはセリナに杖を向け、目を鋭くしながら言い放った。
「次は無い。いいな?」
セリナは言葉を呑み込み、黙り込んだ。
そのまま、エヴァンは無言で去っていった。
数時間後――。
アンナは寮の自室で目を覚ました。
「あれ……?」
「大丈夫か?」
そこにはエリオットがいた。
「う、うん。それより、どうしてここに?」
「アンナを探しに来たんだ。ずっと待ってたんだけど、校内のどこにもいなくて……それで、拘束魔法で近くの公園に閉じ込められているのを見つけたんだ」
「あ、そっか……助けてくれたんだね。ありがとう」
「アンナが無事でよかった」
アンナは少し沈黙を置いてから、話を切り出した。
「そういえば、話したいことがあったんだけど……」
「話したいこと?」
「うん」
少しの間、沈黙が流れた後、アンナは意を決して話し始めた。
「隠してたつもりはないんだけど……実は私、数ヶ月前に事故で両親を亡くして、その時、私も死んでたの。でも、こっちの世界に来て、今の義理の親が助けてくれて、こうして魔法学校に通ってるの。でも、義理の親はすごく貧乏で、私は生活費を自分で稼がないといけなくて、バイトしてて……ここの学校はお嬢さまとお坊ちゃまばかりだから、貧乏なことを隠してるけど……」
エリオットは沈黙を保ち、彼女の言葉を聞き続けた。
「それに、こっちの世界に来たばかりで、私、魔力もほとんどないし……あと、人間界では、周りの期待に応えることばかり考えてたから、好きって感情がよくわからなくて……だから、エリオットが私のこと好きだって言ってくれて、すごく嬉しかったけど……身分違いだし、まだ自分の気持ちがよくわからなくて……」
エリオットは少し微笑み、静かに話し始めた。
「アンナ、フェルマール家って知ってる?」
「フェルマール家……?」
「そう。魔法界で絶大な魔力を持つ一族だ。歴史に名を残す一族は他にもいるけど、魔力だけで言えばフェルマール家が圧倒的。この世界には色んな国や王族、貴族がいるし、魔法界のルールを決める組織もある。でも、結局この世界では、魔力が強いほど影響力が大きいんだ。フェルマール家は、ソルヴィールを作った一族でもあるんだよ。何が言いたいかというと……俺は確かにこの国では有名かもしれないけれど、俺よりもっとすごい魔法使いなんていくらでもいる。だから、気にする必要はない」
エリオットは続けた。
「それに、もし好きかどうかまだわからないなら、これから一緒に知っていけばいいんじゃないかな? アンナがどんな家系でも、アンナはアンナだから。俺の気持ちは変わらないよ」
アンナは少し涙目になりながら、うなずいた。
「うん、ありがとう」
エリオットは優しく微笑み、アンナにキスをした。
「……嫌かな?」
「ううん、嬉しい」
「良かった」
エリオットの言葉と優しさが、アンナの胸に温かく響いた。