11. 好き
(好き……って何だろう?)
エリオットに寮まで送ってもらった後、アンナは自室のベッドで横になりながら考え込んでいた。
周りの期待に応えるために生きてきた彼女にとって、「好き」という感情は未知の世界そのものだった。
(エリオット……カッコよくて、誠実で、強くて、優しくて――)
胸が少しだけ締めつけられるような気持ちを感じながら、彼の腕に抱きしめられた記憶がよみがえり、アンナの頰が一気に熱を帯びた。
「……今日はもう寝よう」
無理やり思考を切り替え、目を閉じる。
翌日、特別ラウンジ――。
エヴァンとミアがソファでくつろいでいるところに、リオとフィリップが入ってきた。
「エヴァン、お前……」
リオが眉をひそめる。
フィリップが杖を構え、短く呪文を唱えた。
「アモル・ディスパルゴ!」
淡い光がエヴァンの体を包み込むと、彼はハッと目を見開いた。
「あれ……何だ、俺……?」
「惚れ薬だな」とフィリップが言うと、ミアはその言葉に頬杖をついたまま、ため息をついた。
「あーあ、バレちゃったか」
「惚れ薬!?」
エヴァンの怒声が響く。
「私があなたに惚れ薬を使ったのよ」
「お前、何考えてんだ!?」
「欲しいものを手に入れて、何が悪いの?」
ミアはさらりと言い放つと、そのまま悠然とラウンジを去った。
エヴァンはソファに転がった惚れ薬の瓶を手に取り、激しい口調でリオとフィリップに詰め寄った。
「俺、何してた!?」
「授業は普通に受けてたし、特に変なことは……ああ、腕を組んで歩いてたのは見たな」
リオが思い出す。
「お前の魔力量じゃ、惚れ薬の効果もそれほど強くは出なかったんだろうな」
「だれかに見られたか!?」
「そりゃ……まわりの学生たちにな」
「……くそっ!」
その日の夜――。
アンナはバイトを終え、寮へ戻って自室でリラックスしていた。すると、ドアをノックする音が響く。
「もしかして……」
ドアを開けると、そこにはエヴァンが立っていた。
「どうしたの?」
「ちょっと聞きたいことが……すぐ終わるから、入っていいか?」
「どうぞ」
エヴァンは部屋に入ると、気まずそうに口を開いた。
「実は、ここ数日の記憶が曖昧なんだ……俺、何か変なことしてなかったか?」
「変なこと?」
「ミアって編入生と一緒にいたのを見なかったか?」
「見ましたけど……」
「やっぱり!」
アンナが驚く間もなく、エヴァンはポケットから惚れ薬の瓶を取り出した。
「ミアがこの薬で――」
そのとき、瓶の蓋が外れ、魔法薬がアンナの顔にかかってしまう。
「しまった……!」
エヴァンが慌てて声を上げる。
アンナは静かに顔を上げ、エヴァンをじっと見つめた。瞳が潤み、頰は熱を帯び、口元には柔らかな微笑が浮かぶ。
「エヴァン……」
「え?」
アンナは一歩近づき、彼の胸元に手を当てた。
「すごく……好き……」
「ちょ、待て!」
エヴァンの心臓が早鐘のように鳴り響く。
アンナの顔が少しずつ近づき、唇が触れそうになる。
「やばい……!」
エヴァンは瞬時に反応し、呪文を唱えた。
「アモル・ディスパルゴ!」
柔らかな光がアンナの体を包み込む。
彼女はふっと目を閉じ、そのまま気を失って崩れ落ちた。
「アンナ……!」
エヴァンは彼女を受け止め、ベッドに横たえた。
「くそっ……魔力量が足りなすぎて全然耐えられなかったんだな……」
彼は魔力を込めて手をかざし、アンナの額にそっと触れる。
「ごめんな……」
翌朝――。
「ん……昨日の夜……?」
アンナは目をこすりながら上体を起こし、ぼんやりとした記憶に頭を悩ませていた。
ふと、視界の端に誰かの姿が映る。ベッドの横で椅子に座りながら眠っているエヴァンだった。
「えっ、何してるの……!?」
驚いた声に、エヴァンも目を覚ました。
「ん……寝てた……」
「ちょっと、私の部屋で何してるんですか!?」
アンナの問いに、エヴァンは気まずそうに後頭部を掻いた。
「悪い……全部俺のせいなんだ」
「え?」
「昨夜、お前に惚れ薬がかかって……気絶しちまったんだ。だから、魔力を込めて治療してたんだけど……そのまま寝落ちしてしまった。ごめん」
「ずっと治療してくれてたの……?」
「当然だ。俺のせいでこんなことになったんだからな」
アンナは驚きと少しの困惑を胸に抱きながら、静かにうつむいた。そして、ぽつりと口を開く。
「……ありがとう」
少しの沈黙の後、彼女は顔を上げ、気まずそうに尋ねた。
「……変なことしてないよね?」
エヴァンは昨夜の出来事を思い出し、一瞬、頰が赤く染まる。
「……あ、当たり前だろ!」
勢いよく答えるその様子に、アンナはほっとしつつも微妙な不信感を残しながら、笑みを浮かべた。