変わりゆく日々と試練の始まり
春風が吹き抜ける季節、彼らの生活は大きな変化の風に包まれていた。大樹、ひろみ、そして敦と夏帆、それぞれが新しい挑戦や困難に直面しながら、日々を生きている。
大樹は新しい職場での未知の仕事に取り組み、ひろみは家庭と仕事の両立に奮闘していた。一方、敦は学校生活の中で新たな問題に直面し、夏帆もまた、友達との関係に悩んでいた。
この物語は、家族が直面する変化と新たな道の始まりから、敦の不登校という目に見えないトンネルへの入口までを描いています。
(1)流れゆく変化
敦のいじめは、解決して、学校に行くようになった。 大樹は、科技大への出張が週に3日程度になるとともに、1月末納期の敦賀での仕事を抱えているので、敦賀出勤時では21時位まで残業をするようになってきていた。敦や夏帆のことは、ひろみに任せているが、特に大きな問題もなく、大樹は、多忙な毎日を過ごし、1月末納期の敦賀での業務も終わり、3月の報告会を残すのみとなった。
2月になると、大樹の業務は、科技大の仕事のみとなったため、月~木曜までは、大阪に出張へ行き、金曜日は、敦賀で出張の手続きと準備をするような日が続くようになった。科技大の納期も2月なので、報告書の納期もあるので、土曜日は休日出勤と、仕事詰めの生活となったが、納期までに報告書をまとめ、2月28日(木)に、山形は不在であったが、無事に報告書を科技大の高松に提出した。山形、残りは、科技大の要望による修正のみとなり、大樹はほっとした。 また、高松から「来年もINECさんにこの仕事の依頼をしたいので、よろしくお願いします」というありがたいお言葉をいただいたので、大樹は「ありがたいお言葉、ありがとうございます。上司にも伝えますので、来年度もよろしくお願いします」と答えて、科技大を後にした。
大樹は、充実感に満たされ満足を得たと同時に、科技大の仕事について、来年も続くので、すごく美味しかったので、ラッキーと感じていた。それは、科技大の仕事にも慣れてきたと共に株式会社INECの出張旅費の規定について、当時は、自宅から科技大までの乗車券代と京都までの指定席特急料金、日当2500円、ホテル代として大阪市内は9500円/泊、ホテルから科技大までの交通費を現金で貰っていた。勿論、余った額は、会社への返却をする必要がないので、ホテルを安いところに宿泊したり、敦賀へ帰るときに新快速に乗ると、それなりに、懐に入れることができた。また、クレジットカードを使うことで、ポイントがたまり、それを、交通系ICにチャージしていたので、その分も懐に入れることができ、約20万円くらいためることができたからである。
2月29日(金)に大樹が会社に行き、近田と宮本に「科技大の報告書を無事に提出し、来年度も仕事の依頼するとの連絡を受けました」と報告した。 宮本は「科技大の件、お疲れさん。実は、この仕事は、科技大出身である社長が、山形先生から頼まれて決まった案件で、水戸が辞めると決まったときは焦ったが、野坂がどうにかこなしてくれたよ・・・それと、来年も行ってもらうからよろしく」と笑顔を見せながらお礼を言った。 近田からも「俺が、営業になって初めて任された案件だったので、本当にありがとう」とほっとした表情で言われ、大樹は「始めは、さすがに、厳しいな・・・と思い、どんな目にあってもしょうがないと思い、白装束を来た思いで通いましたが、どうにかできました。ありがとうございます」と笑いを交えながら答えると、宮本も近田も笑いながら「白装束はないだろ・・・」と言った。その後、大樹は通常業務についた。
しかし、世の中、そんなに甘くなかった。この日の午後、突然、近田から「今すぐ会議室に来れるか」と荒げた声で内線があった。
大樹が「どうしたのですか」と冷静に答えると、近田は「取り合えず来てから話をするので、早くきて!!」とまくしたてた。
「わかりました」と答え、大樹は会議室に向かう。
会議室に入ると2人は鬼の表情で待っており、宮本が「メール見たか」と厳しい声で言ってきた。
「午前中は残作業で多忙だったので、見ていません」と冷静に答えると、宮本がノートPCを見せる。
内容は、「昨日は、来年度も仕事の依頼を行いますと言いましたが、諸事情により、本作業は今年度に終了したいと思いますので、ご了解の程、よろしくお願いします」と書いてあった。
「嘘でしょう」と大樹は驚きながら答える。
宮本は「何か、失礼なことをしたか」と詰めてくるが、大樹は「何もしていません・・・」と荒げて答えた。
宮本は「これは、どういうこと」と言ってきたので、大樹は「昨日の帰りには、来年度もお願いしますと聞いて帰ってきましたので、わかりません」と答えると、宮本が「わかった。仕事に戻って」と言ったので、大樹は「わかりました」と言い、会議室を出た。納得がいかなかったが、しょうがないと感じていた。
後日、科技大に挨拶に行くとのアポイントを取ったときに、「新しい助手の方が採用されたので、引継ぎをしてもらえないか」との要望があり、当日に引継ぎをしたので、来年度の件、断られた原因が、本作業を新しい助手にやってもらうためであった。
3月に、大樹は敦賀での作業での報告会を無難にこなし、2007年度の業務が無事終了してホッとしたと同時に内示で「科学技術部技術計算課からシステムIT開発・技術部への異動」が決まった。 科学技術部技術計算課は、原子力に関連する科学技術計算プログラミングや条件を変えて計算を行い評価を行う部署で客先で作業を行う。一方、IT開発・技術部は、ITに関するサービス全般を行い内勤で作業を行うところであり、大樹は、主任への昇進は嬉しかったが、異動については、経験がないので、不安を抱えていた。
(2)息抜きと敦の嘘
3月の中旬過ぎたころ、大樹は昨年度の案件も終了して、資料の整理などを行っていた。
大樹は鉄道オタクであり、旅行好きである。今は出張で貯めたお金もあるし、4月から異動するので、今年度のねぎらいと頭の切り替え及び子供たちが春休みであるため、旅行でも行こうかなと思い始める。
大樹はひろみに「2泊くらいで旅行に行っていいかな」と何気なしに聞いてみる。ひろみは「行って来たらいいんじゃない。私は仕事があるから行けないが、子供たち、休みだから連れていってあげてよ」とそっ気なく答える。
大樹は「敦は部活があるから日程がわからないと連れていけないよな」と呟きながら、敦に「お前、春休み部活あるよな?」とそれとなく聞いてみると、敦が「部活ないのよ・・・、強化選手だけ遠くに遠征に行くみたい」とボソッと答える。
大樹が「ほんまか?」と聞くと、敦が「徳山先生は遠征に引率するみたいだから」と答える。
大樹が怪しいなと思いながら「もう一人の顧問がいるから、それが部活を見るんじゃないの」と聞くが、敦が「その先生も用事があるから、休みみたい」と答える。大樹は敦の言葉を信じることにした。
大樹が「俺、3泊4日で旅行行くから、お前も行く?」と聞くと、敦が「行く」と素っ気なく答える。
また、大樹が夏帆に「俺、旅行へ行くけど、お前、行くよな」と聞くと、夏帆がうれしそうに「行く行く、ところで、ホテル泊ったりするの」と聞いてきたので、大樹が「今から、どこに行くか決めるが、泊るよ」と言うと、夏帆が「行く、行く」と嬉しそうに答えた。
大樹は、しばらく九州の実家に帰ってなかったので、顔でも見に行くかと思い、青春切符を使い鈍行等の安い交通機関のみで行くこととし、次のような行程を建てた。
3月28日(金) 敦賀(6:03)(新快速)→姫路 → 相生 → 尾道(観光) → 広島(泊)
3月29日(土) 広島 → 岩国(観光)→ 下関 → 小倉 → 二日市 → 太宰府(実家)
3月29日(日)、3月30日(月) 太宰府 → 博多交通センター (高速バス)福山駅 → 播州赤穂 → 姫路(観光)→ 敦賀
3月28日(金)、5時30分、途中の敦賀の3月はまだ寒くて暗い。ひろみの運転で途中のコンビニで朝食を購入して50分に敦賀駅に着くと、大樹と敦及び夏帆は車から降りる。
ホームに行くと、姫路行きの新快速がひっそりと停車している。6時03分に発車し、湖西線に入って琵琶湖を望むところで朝日が出るが、それを見ながら朝食を食べる。なかなか、いい旅立ちであった。
3人は春の尾道を満喫して、夕方に広島にたどり着き、ホテルに泊まり、無難な旅の始まりであった。
3月29日(土)も岩国の錦帯橋を観光した後、電車を乗り継ぎ、二日市駅に着く。二日市には大樹の父親である功が車で迎えに来ていた。功は嬉しそうな顔で「いらっしゃい」と言うと、敦と夏帆は「じいじ、元気にしてた。おじゃまします」と嬉しそうに答え、車の中で会話をしながら、実家に向かっていた。大樹は、実家に来てよかったとその時までは思っていた。
しかし、このようなときに落とし穴があるものである。突然、卓球教室を一緒にやっている川原から大樹に電話があった。大樹は「今日は、休むと連絡したのにどうしたのかな」と思いながら、電話を受ける。
川原が「今日は、実家だよね」と聞くと、大樹が「そうです。前に連絡した通り、実家にいます」と答える。
川原が「卓球ボールはこれだけなの、エライす少ないね」と言うので、大樹が「それだけです」と言うので、川原が「そろそろ、購入していい」と聞いてきたので、大樹が「いいですよ、体育部長には言っておきますので」と答える。
すると、川原が「敦が来ていないけど」と聞いてきたとき、大樹の心臓が一瞬止まったような気がした。「春休み、部活が休みなので、こっちに連れてきてるのよ」と答えながらも、心の中では動揺が広がっていた。
川原が「俺、南中の練習に行って指導しているけど、春休みも練習しているぞ」と答えるので、大樹が「わかりました。本人と話してみる」と言い、電話を切った。
大樹が「お前、嘘ついていたな・・・部活、やってるらしいじゃないか」と言いながら、大樹の心には複雑な感情が交錯していた。失望、怒り、そして息子への心配が入り混じり、彼の胸を重くした。
敦はバツが悪そうに黙り込んだ。その時、功が「大樹、そんなの帰って話せばいいじゃない・・旅行中は楽しめよ」と優しく言い、話を中断させた。
大樹は、帰ったら話をしないといけないし、敦も部活に行くのも厳しいなと感じながら、旅行から帰るまで、このことに触れなかったが、不安を感じながら旅行を続けたが、満開の桜の姫路城を落ち着いて見れなかった。
3月31日(月)に敦賀に帰宅して、問いただしたら、敦は部活で2年生や同級生から仲間外れにされたり、悪口を言われたりして、部活での孤立感や悪口に耐えられなくなっていた。だからこそ、父親と一緒に旅行に行くことが、唯一の逃げ道だと感じていた。しかし、その嘘が発覚する恐怖もまた、彼の心を蝕んでいた。
大樹は、敦に徳山先生に呼び出されたら正直に言えとアドバイスをし、4月1日に、このことを伝え、部活の中で、真剣に話し合ったことで、安心した。その後、敦は大樹に「嘘をついてゴメンナサイ、今日、部活の中で話し合い、2年生や同級生の当事者から謝られて、納得したので、明日から部活行く」と安堵した顔で言ってきた。
大樹が「お前は、うちにこもる性格だから、嫌なことは嫌だとはっきりいた方がいいよ」と言うと、敦は「わかった」と答えて次の日から部活に行くようになった。
(3)変わりゆく新年度と長いトンネルの入口
4月1日、大樹は科学技術部技術計算課からシステムIT開発・技術部のサービス課に、主任として異動した。ここでの業務は、客先からの依頼によりITに関する全てのことを行うなんでも屋という感じで、課長と大樹を含む5人のメンバーがいるが、それぞれの担当業務があり、2人がソフト開発、1人がCADによる製図作成で、大樹は、客先から依頼があった耐震解析、CAD作業の進捗管理、福井国立大学と加賀大学の遠隔TV会議の設営を行う。
課長は木田といい、生真面目ではあるが、プライドが高い。10年前位に株式会社INECに転職し、ITスキルは高いが、管理職としては、仕事を丸投げして、進捗管理が厳しく、客先との交渉も上手ではなく部下からの評判は良くなかった。
大樹は科学技術部技術計算課では科技大の業務を含めて新規案件に関して成果を挙げているとともに、他の社員と比較して早い段階で主任に昇格したこともあり、プライドも高く、うぬぼれていたこともあったが、今後、未経験領域での担当、木田を含む廻りとの人間関係、敦の不登校になり対応に苦慮するなどのことが重なり、天狗の鼻をへし折られることになるとは、この時は思ってもみなかった。
家族の状況について、ひろみはパートの他、夏帆の同級生の親で、同じ町内で仲が良いママ友である津田の誘いで小学校の美化会員となり多忙な日を過ごしていたが、充実感を感じていた。敦は、春休みの問題も解決し、4月に中学2年生になり、クラス替えはあったが、担任は1年生と同じく高山であり、学校に問題なく行き、部活も円滑にこなしていた。夏帆は相変わらず寂しい状況であったが、同級生の津田など何人かの仲の良い友達もあり、津田は大樹と川原が運営している卓球教室に参加することもあった。
ある日、夏帆は「今日は津田ちゃんと遊んだよ」と嬉しそうに報告し、ひろみも「楽しめて良かったね」と微笑んだ。敦も部活での出来事を家族に話し、和やかな雰囲気が家に広がった。
5月に入り、大樹は耐震解析の作業が終了し、CADの進捗管理も木田との意見の対立もありながらも円滑に進むようになったことで、暇になってきたので、新しく作成したソフトのデータ移行作業を任されるようになった。これは未経験であるため不安を感じながら会社に行っていたが、定時である17時には家に帰宅していた。
ゴールデンウィークも明け、仕事も学校も本格化した5月6日(火)に、7時30分に大樹が会社に行った後、敦が「お腹が痛い」と言い、トイレに籠城して出てこなかった。ひろみは8時には会社に行かないと遅れるので、ヤキモキしながら「学校、遅れるから、早く出てきなさい」と叫ぶが、敦は何か抑えてきたものが爆発したように「お腹痛いからしょうがないだろ」と荒げた声で答えることが繰り返された。
しかし、8時を過ぎても敦はトイレから出ることなく、ひろみは「もう、知らない」とイライラしながら家を出る。ひろみは不安ではあるが、しょうがないと思い学校に連絡して高山には「具合が悪いので休みます」と連絡した。
夜に、大樹が仕事から帰ったときには、敦はけろっと通常通りの表情であった。しかし、敦が入浴している間にひろみが不安げな様子で大樹に「今日、敦、学校休んだのよ」と言った。大樹は心の中で「またか」と呟きながら、嫌な感情が胸に広がるのを感じた。
大樹が「敦に話した方がいいか」と言うと、ひろみは複雑な表情で「今日は黙ってて。明日休みだから、私が対応してみるから」と答えた。
大樹もひろみも、嫌な感情と不安が胸にこみ上げてきた。これが不登校という目に見えないトンネルへの入り口になるとは、この時は想像もしていなかった。
ここまで物語を読んでいただき、ありがとうございます。この物語を通じて、家族が直面する変化と敦の不登校という目に見えないトンネルへの入口を描くことができました。読者の皆さんが、この物語を通じて何か感じ取っていただけたなら、作者としてこれ以上の喜びはありません。
これからも彼らの物語を続けていく予定ですので、どうぞお楽しみに。
次章では敦の不登校という目に見えないトンネルという課題と大樹の職場における苦しい立場に追い込まれていく苦しい状況に立ち向かう状況を描いて行きます。