忍び寄る影といじめの真実
前章では父親である大樹の出張が多くなる状況の中、敦が中学に入り、卓球部に入部してから、市の1年生の大会でベスト8に入るまで成長していた。しかし、12月に高熱で学校を欠席したときから、苦難が忍び寄ってきました。
本章では、敦が学校を嫌がる状況とその原因を描いています。彼が直面する困難と、それにどう立ち向かうかをお楽しみください。
(1)怪しい気配
2007年12月、敦の皆勤が無くなった。欠席後、早朝練習に行かなくなり、朝は不安そうな顔で起きてくる。とりあえず朝食を食べるが、トイレに引きこもり、約30分くらい出てこないことが多くなった。
大樹も会社に行かないといけないが、道中が40分かかるため、トイレの外から「敦、早く出てこい!会社間に合わなくなるから、変われ…」と切羽詰まった声でノックをする。約3分後、敦がようやく不安そうな状況で出てくると、大樹はすぐにトイレに入り、7時30分ぎりぎりに家を出る。
その後、ひろみが対応する。彼女も8時には家を出なければならないが、敦はスローモーションのように制服に着替え始める。
その途中でまたトイレに入るので、ひろみが焦りながら「早くしないと学校遅刻するよ…早くしなさい」と怒鳴る。
しかし、敦は「お腹痛くなるから、しょうがないやないか…」と少し感情的になり、何かを守るように言い返しながら、どうにかぎりぎり8時前に学校に行くような格闘が続いた。
一旦学校に行くと、敦は部活まで真面目に取り組むので、大樹もひろみも特に気にすることはなかった。そのような毎日を過ごす中で、冬休みを迎えた。冬休みは部活がなかったので、敦も夏帆も家におり、大樹は28日まで、ひろみは31日まで仕事だった。29日以降、大樹と敦及び夏帆は、障子の張替えや大掃除、正月用の買い出しやチャーシュー作りなどを行い、2007年が終了した。
(2)やばい新年度
2008年1月元旦、本来ならば、岡山の倉敷にホテルを予約して、31日から2日まで旅行する予定であったが、30日から敦賀では大雪が降ったことで、ホテルをキャンセルし、敦賀で過ごすようになった。元旦は、昼から雪も小康状態となったため、気比神宮に参拝したのみで、家でゆっくり過ごしていた。1月3日にはひろみが、大樹は7日が仕事始めで出勤した。大樹は、出勤後、次の大阪行きの調整するため、科技大の高松と調整して、1月17日(木)~18日(金)に泊り込みで行くことが決まった。
敦と夏帆は、1月10日から新学期が始まった。敦賀は雪国なので夏休みは短く、冬休みは長くなるため、1月10日から始まった。10日は、木曜日であることから、敦はとりあえず、正月前の状況と同じで、ギリギリで学校に行っていた。
1月14日(月)、外は吹雪いており、寒い朝だった。ひろみは、6時前から目を覚まし、ストーブを付けて朝食と自分と大樹の弁当を作り、大樹は、6時30分に起きて、布団を押し入れにしまい、夏帆を起こす。夏帆は、朝が弱くてなかなか起きないので、布団を剥いで起こす。夏帆は眠気眼で不機嫌な面持ちで起きて着替えを開始する。本来なら敦も着替えを終えて、起きているはずであるが、起きてこない。
ひろみは、朝食の準備を終えて、敦の部屋に行くと、辛そうに敦が「今日はお腹が痛くて、食欲もない…」と言うが、休むとまでは言わない。ひろみが怪訝そうな顔で「はやくしないと学校に遅れるよ、起きなさい」と声を荒げるが、布団から出ようとしない。
大樹が、そのような状況に気づき、敦の部屋に行き、冷静な感じで「どうしたの…今日は、どうしたいの」と聞くと、敦が辛そうに「休みたい…」と言うので、大樹が「わかった」と答え、敦に「熱を測って」というと「わかった」と答えて、熱を測るがその間、大樹とひろみは、一旦、敦の部屋を出て、朝食をとる。敦は、寝ながら体温計をこするように検温し、37.1℃にしていた。
ひろみが敦の部屋に行くと敦は辛そうに黙って、体温計を渡す。ひろみは体温計を確認した後、大樹に「今日は熱があるので、休ませますよ。私から学校へ連絡しておくから」と言い、大樹が「わかった」と答える。また、ひろみは、敦に「ご飯は、冷蔵庫に入れておくから具合が良くなったら食べてね」と言うと、敦は布団をかぶりながら「わかった」と答える。その後、朝食を終えた夏帆を送り出し、大樹とひろみは、職場に出勤する。
大樹が20時頃に帰宅すると、ひろみと敦及び夏帆は、食事中であった。大樹は、寒い外から帰ってきたので、ほっとしながら食卓につく。大樹は、敦に微笑みながら「調子はどうだ」と聞くと、敦は「大分、調子は良くなった」と朗らかな顔で答える。大樹は、ほっとしながら夕食を食べ、入浴後、就寝する。
1月15日(火)、大樹が6時30分に起きて着替えていると、敦の部屋から、ひろみと敦が言い争っている。夏帆が、その声で起きて、不安そうに座っていた。大樹が夏帆に「どうしたの…」と聞くと、寝起きの擦れた声で「お母さんとお兄ちゃんが言い争っているから、目が覚めた」と言う。大樹は、夏帆に「わかった。俺が、そこに行くから、夏帆は食事を食べるようにしておいて」と言い、夏帆は「わかった」と答え、大樹は、急いで敦の部屋へ向かう。
大樹は部屋に入り「どうした」と聞くと、ひろみが「敦が今日も具合悪いから、休むというのよ」と答える。大樹は「熱測った?」と聞くと、ひろみは「測ったけど、36.2℃しかないので、学校に行きなさいと言っているけど、布団から出てこないから困っているのよ」と声を荒げて答える。大樹が敦に「どうしたの」と聞くと、敦が「腹が痛いから、休みたい」と言い、急に布団から出てきて、トイレに籠城する。
大樹とひろみ及び夏帆は、朝食を取りながら、大樹はひろみに「今日も休ますか…」と苦慮しながら言うと、ひろみが「だけど、熱ないのよ…だから、学校行かさないと…」と声を荒げ、夏帆が「私もつらいのに、お兄ちゃん甘いよ」とボソッと答える。
大樹が冷静に「それは、わかるが、ひろみ、対処できるか?」と聞くと、ひろみが「無理!!」と答えるので、大樹が「今日は休ませて、対応を考えよう」と言うと、ひろみが怪訝そうに「わかった」と答え、ひろみが学校に電話して、敦は、この日も休んだ。
大樹は、7時30分に出て、バスに乗ったとき、敦のことについて、なんか、問題があるなと感じていた。
それは、大樹が中学1年のときに、体育と技術家庭科の先生が理不尽に厳しかったり、部活の先輩が嫌で、学校が行くのが嫌で時々休んでいたことを思い出した。その時は、母親と話あったことと、嫌なことから逃げても意味がないことに気づいて、不登校に至らなかったので、敦が何か問題を抱えているなと感じ、明日も同じ状況だったら、午前半休を取得して対応しようかと覚悟していた。
大樹は、敦賀の仕事を円滑にきなし、残業時間帯で科技大の準備をして帰宅した。20時頃、家についたら、3人は夕食を食べており、敦は元気な様子であった。
1月16日(水)、空は、北陸らしく暑い雲に覆われており、時々日差しが差す寒い朝であった。6時30分に大樹が起きると、ひろみが、凄い怪訝そうな顔で、首を敦の部屋に2回振りながら「今日も起きてこない・・」と言う。大樹は覚悟した顔で「やっぱりか・・・、今日は、午前半休 を取って、話してみるわ」と言い、大樹、ひろみ、夏帆は、怪訝そうに朝食を食べ、7時過ぎ、夏帆はいつもの通り小学校へ、ひろみは、8時に食器を片付けて職場に出かけた。
(3)いじめ発覚
大樹は、ひろみを送り出し、敦の部屋に入った。大樹が敦に微笑みながら「どうした!!」と聞く。敦は、大樹から背を向けながら、「なんでもない…ただ、具合悪いので、休みたいだけ…」と答える。
大樹が「じゃあ、今から病院へ行く?」と探るように聞くと、敦は「いや…寝ていたら治るからほっとけ…」と感情的になりながら答える。
大樹が「なんで、3日間も休んでおいて、治るからは通用しないんじゃないの」とカマをかけると、敦は感情的に「今日、寝ていたら治るし、明日から学校も行くから、ほっといてくれよ…」と面倒くさそうに答える。
大樹は、これは何かあるな…と思いカマをかけてみる。「あのさ…毎日、具合が悪いと言って休んでも意味はないよ…悩みが、先送りされるだけだよね…お前が何かに悩んで解決できるならば、話したほうがいいよ…」と聞く。
すると、敦が背中を向けながら「なんでもない…ほっといて」と答える。
大樹が「これは、思い過ごしかも知れないが、いじめとかにあっていたら、このままで過ごしても解決せずにこのまま苦しむよ。だから、少しでも前に向くようにするから、話してみな」と声をかけると、敦はしばらく沈黙して答える。「実は、いじめられているので、学校に行きたくない」と答える。
大樹が「わかった。それは、つらかったね。ところで、何時頃から?」と聞くと、敦は「2学期に入ったころ」からと答える。
大樹が「何をされた?」と聞くと、敦は「まずは、悪口から始まり、体育祭の練習中に砂をかけられたり、たまに殴られたりもした」と言う。
大樹が「そうか…他にはないか?」と聞くと、敦は「他はないが、ずっと続いている」と答える。
大樹が「何人ぐらいでやられている?」と聞くと、敦が「4~5人位」と答える。
大樹が「そいつらは、同じクラスか?」と聞くと、敦が「違う」と答える。
大樹が「名前はわかるか?」と聞くと、敦が「わかる。3組の石川とその他は、わからない」と答える。
大樹が「それ以外は、悩みはないか?この場合、順を追って、学校には連絡しなければならないが、対処できないと判断したら、少しずつ対応を考えるから、まずは、学校に連絡する。いいな」と言うと、敦は「わかった」と答えたので、大樹は、敦の部屋を出る。
時間は、8時30分を過ぎていた。大樹は、会社に電話して、本日の午前半休と、半休便の手配を行った後、敦賀南中学校に電話した。担任の高山に変わるようにいったが、ホームルームなので後程、連絡するように依頼した。9時頃に敦賀南中学の高山から電話があった。
大樹が「おはようございます。いつも息子がお世話になっております。豊原です」と言うと、高山が「おはようございます。どうされましたか」と答えた。
大樹が「息子が本日も含めて、休んでいましたが、実は3組の石川という生徒にいじめられていて、行きたくないと言っていますので、ご相談させていただきます」と言うと、高山が「それは、どういうことですか、本人と変われますか」と答えるので、大樹が「わかりました。少々お待ちください」と言い、電話機を保留にした。
大樹が敦の部屋に入り「先生が話したいと言うので、勇気を持って話して」と言うと、敦は起きてきて電話を取り、いじめの状況を話して電話を大樹に変わる。
高山は、大樹に「いじめの件、こちらで、当人達に話をお聞きし、明日にご返事をしますので、よろしいですか」と聞かれたので、大樹が「わかりました。明日は、私は出張で、妻がパート休みなので、話をしておきますので、よろしくお願いします」と答える。
高山は「本日、敦君はどうしますか」と聞かれたので、大樹は「本日は、安全確保できないのでお休みさせていただきます」と答える。高山は「了解しました。では、お大事に…」と言われて電話が終了した。
大樹は、敦に「今日は休んでいいが、明日、いじめの状況を話し合うので、正直に答えてね…」と言い、敦はほっとした顔で「わかった」と答える。
大樹は、ひろみにいじめのことと明日の対応のお願いについて、ショートメールを送り、11時40分に会社へ向かった。
(4)雷鳥4号
1月17日(木)、朝は寒く20cmの降雪があった。大樹は、6時20分に起きて、洗面を済ませた後、スーツに身をつつみ、雪用のブーツを履いて、バス停に向かう。いつもは会社の方へ向かうが、科技大の出張のため、7時の敦賀駅行きの路線バスに乗る。敦賀駅までは25分位で着き、エキナカのコンビニで朝食を買った後、7時38分の雷鳥4号に乗り込む。
敦賀を含む北陸から大阪に向かうのは、特急サンダーバードか雷鳥に乗る。この違いは、サンダーバードは新型の電車であるのに対し、雷鳥は国鉄形の古い車両である。
大樹が雷鳥に乗り込む。車内は空いていて、指定された真ん中付近の席に座る。列車はゆっくりと発車し、ループ線を行く眼下には雪が積もった敦賀市内が一望できる。大樹は、景色を見ながら、敦のことを気にかけながら、朝食を食べる。停車駅は近江今津と堅田であるが、「降雪と強風のため、列車はスピードを下げています」と社内放送が流れ、列車が徐々に遅れ始める。この列車は、9時頃に京都駅に着く予定だが、近江今津には約20分遅れ、堅田で約40分遅れている。その後、列車は西大津手前で止まった。
すると「神戸線の信号機故障で、大幅にダイヤが乱れています。先方列車が渋滞になっており、大幅に列車が遅れるもようなので。ご迷惑をかけますが、ご理解の程、お願いします」との放送が流れる。
時間は、9時30分を過ぎていたので、大樹は慌てて科技大に電話した後、敦のことが心配だったので、ひろみに敦の状況を聞いてみた。大樹が「敦の件、どうなった?」とショートメールを入れたら、ひろみから「担任の守口と学年主任の中原が家に来て、相手と話したみたいで、状況説明があった」と回答があった。ショートメールの詳細は次の通りであった。
石川は素行のよくない生徒で10人位でつるんでいた。その中には2年生や3年生もいた。
始めは、おとなしい敦をからかったり、一緒に授業を受ける体育で小突く程度であった。
その後、エスカレートして、集団で廊下であったときに蹴ったり、頭を小突いたり、平手打ちしていた。
周りは止めることなく見て見ぬふりをしていた。
見知らぬ2年生や3年生にも、キモイや死ねとかの暴言があった。
金銭や服を脱がされる等のことはなかった。
さすがに、大樹は頭にきていたので、ショートメールで「対応できないなら、帰ろうか」と送ると、「こっちでどうにかできるから、出張に集中して」と回答があり、大樹は「わかった」と回答した。
また、大樹はひろみに「学校の対応はどうだったの?」と送ると、ひろみは「学校は、いじめを認定し、加害者の保護者に連絡した。また、内申書にこのことを記入するとのことであった。ここで、内申書に記入することは市内の高校へは行けなくなるとの説明があった」と回答した。
大樹は、学校の迅速な対応を評価して、このことに関しては、様子をみることにし、大樹はひろみに「今後の対応は、様子をみることにしよう」とラインを送り、ひろみが「わかった」と回答した。
列車は、1時間遅れて、10時頃に到着し、大樹は普通列車とバスを乗り継いで科技大へ向かい、敦のことを気にかけながら仕事をこなして、金曜日の夜に敦賀の自宅に帰った。
金曜日に帰宅するとひろみから「敦の件だが、後程、加害者の3人の親から謝罪の電話があり、今後はいじめをしないように指導しますと言っていた」と聞いた。
大樹は、ひろみに「それで今日、敦は学校に行ったの?」と聞くと、ひろみは「行ったよ」と敦の顔を見ながら言う。
大樹は、敦に「そうか、行ったか。それで大丈夫だった?」と聞くと、敦が「大丈夫だった」と答える。
大樹は、敦に「何かあったら、相談してな。悪いようにしないから」と言うと、敦が「わかった」と答えた。
その後、敦は学校に行くようになり、解決したように見えた。しかし、敦が高校の進学後に聞いた話であるが、本当に嫌であったことは、中学の先生が授業等で、常に「こんなのもわからないのか」と怒鳴られていたことが、一番、厳しかったと言っていたが、大樹もひろみもこのことには気づかず、それが今後の大きな問題になることになるとは知る由もなかった。
12月の高熱以降、敦は3日間休み、学校に行くのを渋っていましたが、大樹もひろみも特に気にすることはありませんでした。しかし、新学期早々に、敦が急に具合が悪いと言って休むようになったことから、大樹は「何か悩みがある」と感じて対応し、いじめを受けていることがわかりました。
大樹は担任に連絡し、学校が調査して早期に対応を行ったことで、いじめは解決しました。しかし、本当の悩みは、いじめではなく中学の先生が授業等で常に「こんなのもわからないのか」と怒鳴っていたことでした。大樹もひろみもこのことには気づかず、それが今後の大きな問題になるとは知る由もありませんでした。
次章では、不登校になるまでの初期段階を描いています。どうぞお楽しみください。