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前触れ

 2007年、野坂家は敦賀市の古い一軒家の借家に住む4人家族だった。家族は、父の大樹(38歳)、母のひろみ(39歳)、長男の敦(12歳)、そして次女の夏帆(9歳)である。4月に敦は地元の敦賀南中学校に入学し、夏帆は萩野小学校の4年生になった。


それぞれの家族の性格と状況は、次の通りである。


1.父親の大樹は、人懐っこくフランクであるが、責任感が強い。任された仕事は未経験でも迅速にこなすため、上司からの評価も高い。彼は株式会社INESに勤務し、プログラマや技術計算を行うITエンジニアとして、敦賀半島の突端にある原子力関連の研究センターや大阪の大学のIT支援を担当し、多忙な日々を送っていた。


2.妻のひろみは内向的で人見知りがあり、あまり人と接することが得意ではないが、子供たちの教育費用が増えたのをきっかけに、地元のスーパー「グッパイ」の畜産部門でパートとして働いている。


3.長男の敦は内向的で人見知りがあり、友達との接し方が得意ではないが、小学校時代は地元のソフトボールチームに所属し、なんとなく外で友達と遊んでいた。一方で、時々学校に行かないことがあり両親を煩わせた。小学校の後半で、父の大樹が地元の川原さんと立ち上げた卓球教室に参加するようになり、それをきっかけに中学では卓球部に入り、充実した日々を送っていた。


4.次女の夏帆は本来は明るく歌が大好きで、人懐っこい性格であるが、少し団体行動が苦手なところがあるためか、小学3年生のときにいじめに遭い、学校全体で問題解決に取り組んだ。解決はしたものの、人と接するのが苦手になり、大樹もひろみも彼女のことを心配していた。


敦は、中学入学以来、勉強が苦手ではあったものの卓球に関しては顧問の指導のおかげでめきめきと頭角を現し、11月の大会では市のベスト8に入るまでになった。しかし、12月に敦が発熱で学校を休んだことをきっかけに、不登校の兆候が見え始めた。本章では、その兆候が現れるまでの経過を物語ります。


(1)入学式

 2007年4月9日(月)、野坂家の大樹とひろみ及び敦は、敦賀南中学校にいた。今日は敦の入学式である。校内の桜は五分咲きで、気温は低く、体育館の中は冷蔵庫のように寒く、ところどころでストーブがたかれていた。入学式は滞りなく進み、終了した。その後、新一年生と保護者を集めて、学校での教育方針や注意事項などの説明があった。


 大樹は、ひろみに何気なく「中学では円滑にいってほしい・・・なあ」と伝えると、ひろみが「大丈夫と思うよ・・」と答えた。その後、教室に入ると担任の紹介があった。担任は高山という20代後半の先生で、はきはきと説明し、しっかりとしている印象を大樹は受けた。


 大樹は、おとなしい性格の敦がいじめられないか、学校が荒れていないかを心配していた。帰宅後、大樹は敦に「もし、相手が手を出してきたら、喧嘩をしてもいいからね。その時は対処するから」と伝えると、敦は無表情で「わかった」と答えた。


(2)野坂家の日常

 次の日から野坂家は平凡な日常に戻った。大樹は7時30分に家を出て、近くのバス停である宝山まで徒歩で行き、そこから会社の送迎バスで敦賀半島の端の原子力関連の研究センターまで通勤し、株式会社INESの社員として、客先でITエンジニアとして17時まで働いていた。ひろみは車で約15分のグッパイで精肉担当として肉の切断や品出しを行いながら14時まで働き、敦は7時30分頃に嫌がることなく中学校へ、夏帆は7時頃に毎日寝坊しながら小学校に通っていた。


 夏帆から後に聞いた話だが、小学校では悪口を言われたり無視されたりして、中学卒業までそれが続いていた。彼女はそれが非常につらく、時には死にたいと思ったこともあったという。大樹も敦も、よく不登校にならなかったと感心すると同時にぞっとした。今は新潟に住んでいるが、敦賀にはいい思い出がないので、絶対に行きたくないと言っている。


 大樹もこの時期、職場での理不尽な運命をたどっていた。それは、前年までは顧客である原子力関連機関からの国からの受託を受けて研究する部署に出向して業務を行い、出世のチャンスを掴み頑張っていたが、国と原子力関係機関との契約上の問題で運営費が無くなり、3月の終わりに出向解除となって戸惑っていた。しかし、客先の計らいでいろいろと仕事を回してもらい、少し落ち着きを取り戻していた。


 プライベートでは、地区の体育部員として近くに住む川原と卓球教室を立ち上げ、毎週土曜日の19時から21時まで原子力機関の体育館で行っていた。川原は原子力関係機関の職員で、積極的でリーダーシップがあり社交的でもあり、敦賀南地区の体育協会の理事であり、卓球が大好きで敦賀市の卓球協会の理事でもある。


 卓球教室には敦賀南中学の卓球部や知り合いの小学生や大人も来て、それなりに賑わっていた。一方で、前年までの敦賀南中学の顧問が素人であったため、敦の先輩である3年生も2年生もレベルが低く、3年生では2人しかまともに練習せず、他の生徒は急にいなくなって探しに行くと倉庫で悪そうを行ったりしていたので、大樹や川原がたまに見回って注意をするなど苦労していた。


 敦が卓球部に入った後は、敦の同級生の他、今まで来ていた2年生や3年生も加わり、部活だけでなく卓球教室でも先輩や同級生と仲良くしていた。


(3)敦賀南中学卓球部

 敦賀南中学卓球部では、今までの顧問教諭に代わり、新任で赴任した徳山が顧問になった。徳山は福井県鯖江市出身の卓球経験者で、中学から大学時代にかけて全国大会や国体に出場した実力者であった。着任当初、3年生がいる間の4月~7月までは目立った指導はなく、1年生の新人大会では団体戦で初戦敗退し、個人戦でも3回戦まで進んだのは2人だけで、それ以外は初戦で敗れる弱小チームだった。


 しかし、3年生が引退した秋からは本格的に指導が開始され、部内の改革が始まった。まずは、挨拶の徹底や日常生活の態度を厳しく指摘することから始め、試合に取り組む姿勢なども厳しく指導した。特に、大会後に大樹が近くの体育館に敦を迎えに行くと、卓球部の生徒たちに約1時間の厳しい指導をしている様子が見られた。大樹は、このような光景を中学や高校時代によく目にしていたので、「あの先生、なかなかやるな…」と思いながら見守っていた。


 学校の部活動でも、宿題を忘れた生徒には体育館のステージで宿題が終わるまで部活に参加させないなどの指導を徹底し、技術的にもその子供に合った指導を行っていた。その結果、敦を含めた1年生たちは力を付けたが、2年生は1年次とのギャップから反発し、時折問題を起こすこともあった。


 大樹は、徳山の的確な指導と敦を含む中学生が混乱しないように配慮し、卓球教室では指導を控え、打ち合う相手としてサポートすることにした。


(4)大樹の状況変化

 2007年6月、大樹は突然の出向解除から落ち着きを取り戻していた。社内では原子力関連機関の出身である大阪技術大学の先生からIT関連の補助に関するビジネスの話があり、若い社員の水戸が大阪に単身赴任で行く予定だった。水戸は少しふてぶてしいところもあるが、プログラミングに関しては素晴らしい技術者であり、大樹とは喫煙ルームでよく会話をしていた。水戸は29歳で妻と子供が二人おり、妻には身寄りがなかった。


 6月5日(火)、大樹は営業課長である近田に呼び出され、会議室に入った。「野坂君、7月から科技大に行くようになったから」と告げられ、大樹は驚いた。「科技大は水戸が行くことになってましたよね。それを覆すと彼のモチベーションが下がりますよ。彼は納得していますか?」と尋ねると、近田は「水戸は会社を辞めることになり、行く人がいないから、野坂君に頼んだのよ」と答えた。


 大樹は科技大の先生、山形に面識があった。茨城の研究所に在籍していたとき、仕事で関わりがあり、山形の厳しい対応を経験していたため、不安を感じた。大樹は「仕事の内容は何ですか?」と尋ねると、近田が「熱流動計算ソフトの支援」と答えた。大樹は「これらのソフトはけっこう難しいのよ、保守契約で支援がないと厳しいし、山形先生は厳しいので、トラブルになることもあるよ」と心配を伝えた。近田は所長代理の宮本を呼び、宮本は「確かに難しいが、まずは8日に打ち合わせをしてから決めよう」と答えた。


 喫煙ルームで水戸に会ったとき、大樹は「お前、辞めるのか?」と尋ねた。水戸は「実は3人目の子供を妻が身ごもりまして、単身赴任は厳しいと相談したが、頑なに行けと言われたので、喧嘩になり退職を決意しました」と答えた。大樹は「事情はしょうがないが、もう退職は決まったのか?」と尋ねると、水戸は「決まりました。東京の実家に帰り、仕事を見つけます」と答えた。


 6月8日(金)、大樹は宮本と近田と共に社用車で大阪へ向かった。科技大に着くと、キャンパスは広く、古い校舎の4階にある山形の研究室へ向かった。大樹は「熱流動解析ソフトが難しい」ことや「保守契約がないとできない」ことを質問すると、山形と高松は「それはわかるけど、他のソフトを使っているので、1~2か月で対応できるでしょう」と答えた。大樹は腹をくくり、行くことに同意した。


 6月25日(月)から1週間、科技大で作業をすることが決まり、大樹は準備を進めた。7月~9月までは週に1日、10月以降は週に2~4日科技大に行くことになり、大樹の多忙な日々が始まった。


(5)敦と野坂家の状況

 2007年7月以降、大樹は毎週のように大阪へ出張に行くようになった。出張は9月までは月に2回ほど泊まり込みで行い、敦賀では案件と出張の準備で毎日2時間の残業をしていた。また、週末の土曜日は19時から21時まで卓球教室の面倒を見たり、地区の体育部の行事をこなすという忙しいながら充実した日々を過ごしていた。


 ひろみはグッパイの精肉担当で良い仲間に恵まれながら、パートをしつつ家事を無難にこなし、家族を見守っていた。夏帆は相変わらず夜更かしをして朝が起きれないことが多かったが、無理やり起こしてギリギリで小学校に通っていた。本当は学校で陰口や無視をされており、学校は大嫌いだったが、負けたくないという強い意志でどうにか通っていた。学校からもそのような情報がなかったため、大樹もひろみも知る由もなく、あとから考えると非常に危険な状況だった。


 敦は、何も文句を言うことなく、小学校時代のようにぐずぐずして行くこともなくなり、円滑に通学していた。また、10月頃から卓球部の早朝練習が始まっても弱音を吐かず、やる気に満ちていた。時折「中学では皆勤賞を取りたい」と言い、少しくらいの発熱でも学校に通っていた。大樹もひろみも敦の成長に喜びを感じていた。大樹は、敦が小学生のときに無理やりソフトボールチームに入れたことを思い出し、成長を喜んでいたが、敦を褒めることはなかった。


 敦は卓球がメキメキ上手くなっていた。大樹が卓球教室で横目で練習を見ていても、その成長は明らかだった。大樹自身、中学時代にはサボることばかり考えていたが、敦の成長には驚きと嬉しさを感じていた。さらに、10月の大会では初勝利し、11月の1年生大会ではベスト8に入った。また、ベスト8から優勝者までが敦賀南中学の生徒という結果に驚いた。


 ベスト8に入ったとき、顧問の徳山は迎えに来た大樹に「敦君、今日はベスト8だったので、ぜひ褒めてあげてください」と言った。帰りの車の中で大樹は「お前、すごいな。ベスト8は凄いね。今日はごちそうだ。何が食べたい?」と聞くと、敦は「焼肉」と答えた。その日、ひろみと一緒に買い物へ行き、焼肉を堪能した。


 12月に入ったある日、外は寒く雪が吹雪いていた。早朝練習のために起きていた敦の様子がいつもと違い、顔が真っ赤で辛そうにしていた。ひろみが「どうしたの?」と聞くと、敦は「大したことない、少し具合が悪いけど学校に行く」と答えた。ひろみが額に手を当てると熱く、体温を測ると39度だった。ひろみが「休んだ方がいいよ」と言うと、敦は「皆勤がなくなるから…」と言って学校に行こうとしたが、ひろみが「無理したら倒れるから、寝てなさい。今日は私が休みだから病院へ連れて行く」と言い、敦は学校を休んだ。病院の診断は風邪だったが、敦は熱が下がらず3日間休んだ。


 その後、敦は冬休みに入るまでの1週間で1日や2日休むようになり、それが月曜日や火曜日に集中していた。大樹やひろみは、これが不登校の兆候であるとは、このときは気づいていなかった。

 本作は、2007年の春から冬にかけて野坂家の家族と長男敦の中学校生活の始まりを描きました。新しい環境での挑戦や成長、そして不登校の兆候という困難に直面する前の段階です。


 野坂家の大きな試練はまだ始まったばかりです。次の章以降、不登校のきっかけ、対応の困難さ、さらにシビアな現実と出口のないトンネル、藁をもつかむ救世主、旅立ちを経て、彼らの姿を描いていきます。敦の不登校が深刻化する中で、家族全員がどのように支え合い、乗り越えていくのかを見守っていただければ幸いです。


 読者の皆様、最後まで本作を読んでいただき心から感謝申し上げます。この物語が皆様の心に何かしらの影響を与え、考えさせられるものであれば幸いです。今後も続編を楽しみにしていただければと思います。これからもどうぞよろしくお願いいたします。

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