スタバに警官
「……君、そこの君。ちょっと」
「えっ」
「え、じゃないよ。そう、君だよ君。こっちに来なさい」
と、警官に話しかけられたその若い男はきょろきょろと目だけを忙しなく動かし周囲を見ながら、ゆっくりとその警官のもとへ歩み寄った。
顔は俯きがちの上に耳が少し赤い。挙動不審と言えばそうだが……
「君、今、こっちを見てたよね?」
「え、いや」
「いや、というのは否定しているのかな? 嘘つきだね、君」
「いや、その、いや……」
「警官に嘘をつくとは君、中々挑発的じゃないか」
「え、あの、そんなこと」
「ほらまただ。ん、なんだ? 周りの目が気になるのか? ちょっと君ぃおかしいなぁ薬物とか……」
「いや、あの、俺、あ、僕はただ、珍しいなと思って……」
「珍しい? 警官が?」
「いや、その、スタバでのんびりしていることが……」
そう、ここはチェーンのコーヒーショップ。制服を着た警官が椅子に腰かけ太いストローを口にくわえているその姿が物珍しく、彼はつい目がいってしまったのだ。だが、今は自分がざわざわと周りの客たちに見られ恥ずかしい思いでいる。
「ん? これ? キャラメルホワイトモカフラペチーノだけど? あ、サイズはベンティね。とてもベンティー!」
「あ、そうなんですか……」
「んー、いまの『ベンティ』は『おいしい』にかけたんだけどなぁ」
「え、あ、気づかなくて……すみません」
「逮捕かな」
「え!」
「じょーだん! じょーだんだよ! ははははっ!」
「あ、あははは……あの、じゃあ、もう僕は」
「逃げるのか?」
「え、いや、そういうわけじゃ……」
「怪しいな……名前と住所。あと職場も言おうか」
「え、な、なんでですか」
「拒否する気か」
「いや、そんなつもりじゃ……でも、なんでですか、教える必要なんて」
「必要があるかどうかこっちが決めるやつだからぁ……はぁーあ、君どんどん怪しくなってるの自分でわかってる?」
「いや、そんな……僕はただちょっと見ただけじゃないですか……」
「そう、それなんだよなぁ……さっき君、珍しいって言ったよね」
「え、あ、はい……警察官の方がその、職務中にこんなところにいるのが」
「なんだ? サボってるって言いたいのか? おいおいおいおいおいおいおーい! ちょっとちょっとー! 勘弁してくださいよー!」
「いや、あの、大きな声出しちゃ店に迷惑じゃ……」
「君、そこは『出たてのお笑い芸人じゃないんだから』でしょ? あとね、店に迷惑って言うけどそもそも君のせいだからね」
「いや、事の発端はそちらが声をかけてきたからじゃ……」
「だ・か・ら・そっちが見てたからでしょぉ!? 改変。偽装工作。でっちあげ。これは君、相当だね」
「そんなつもりじゃ、あの、すみませんでした……」
「それは何についての?」
「え、あの、見てたことについてです」
「んー、まず『すみません』じゃなく『申し訳ござませんでした』だけど、ま、それは一旦置いておくとして」
「一旦……」
「『警察官の方がその、職務中にこんなところにいるのが』について考えてみようか」
「一言一句間違わずに……」
「けぇいさつぅかんのぉかたがぁ、ちょのぉチョクムチュウニー」
「いや、そんな言い方してないじゃないですか、やめてくださいよ……」
「まーただよ。まーた反抗的な態度。で、なに? サボってるって思ってる?」
「あ、いえ、そんなつもりは……」
「うんうんうん。目が泳いでるねぇー! 典型的な嘘つきのやつね。インドのダンスかと思ったよぉ! 首を右に左に動かすみたいに目がいっちに! いっちに! ってほらほら今もぉ!」
「いや、その周りのお客さんの目が……あなたは気にならないんですか?」
「うん。後ろめたいことなんかないからね。君と違ってさ。で、本官がサボってるって思ったろ? いい加減認めなよ。ほら、言ってみ。正直にさ」
「……はい、正直言うと、まあ、お寛ぎになられてるな、とは」
「税金で飯食ってるくせに」
「はい……」
「アメリカならまだしもここは日本だぞ」
「はい……」
「公僕がスタバでカスタムしやがって」
「いや、まぁ、はい……」
「そのぶっといストローをしゃぶっている間にも給料は発生してんだぞ。まさに税金チューチューおいしいですかよって」
「いや、そこまでは……」
「これだから公務員はよぉ世の中どうなってんだよ! 政治家も教師もまとめてぶっ殺してやろうか! ってさ! はい、危険思想! 射殺しまーす!」
「いや、そこまで思ってないですよ!」
「あのね君。知ってるかなぁ……前に消防士がコンビニにいただけなのにクレームを入れられたってニュース」
「え、まあ、はい…まあ、たまにありますよね。救急車とかがそう、コンビニに寄ってたとか」
「そう! 彼らも人間だし必要だからコンビニに寄ってるの! じゃあなに? 喉乾いた時、飲み物なかったらどうするの? 公園の水でも飲む? それも文句つけそうだよねぇ! ねえ、ひょっとして君じゃないの? そういうカスみたいなクレームを入れてるのはさぁ!」
「いや、いやいやいやしませんよ! そんなこと……」
「どうだかなぁ……君、このあとクレーム入れるんじゃないの? 署にさ。本官のことをさぁ!」
「いや……」
「しそうだなぁ!」
「すみません……あの、しないと約束するので、もう、そろそろ勘弁してもらえませんか……?」
「なんだなんだなんだぁ! クレーマーはどっちですかってか! うんうんうん、わかるよ。本官が悪者に見えるよな」
「ま、まぁ……」
「でも君、本官に声をかけられる前、こっちにスマホを向けたよね?」
「え……?」
「スマートフォンで撮ったよね本官を」
「いや、あの……」
「ね?」
「……はい」
「二十一時十四分容疑者逮捕、と」
「いや、いやいやでも!」
「でも? 君、盗撮は犯罪だよ? ま、まさか女性相手、スカートの中とかじゃないから平気だと思った?」
「そ、それは……」
「公僕相手なら盗撮してSNSに晒してネットリンチしてもいいとそう思ったの?」
「そ、そこまでは……ただ……」
「ただ……ちやほやされたかった? うん、わかるよ。気持ちいいもんね。イイネいっぱい欲しいよね。ついたコメントに細かい状況とか捕捉して返したくなるよね。『警官が制服着てスタバとかマジありえねーと思いましたよぉ』とか『いや、ホントビックリして四度見はしましたよ!』だの『呪文みたいな注文をすっごい早口でしていて周りのお客さんたち笑いをこらえてプルプル震えてました!』や『なんかバズッたらこうするみたいで宣伝? まあ、知らないですけどそれがマナーならしますよっと僕が推させてもらってますアイドルが今度――』なんてさーあ!」
「しま……せんよ、多分……」
「盗撮はね、一般的には被写体となる人物の了解を得ずに勝手に撮影を行なうことを言うんだ。確かに、それで刑事事件になることは滅多にない。女性のスカートの中云々でなければね。だから君が承認欲求を満たしたいがために本官を撮影し、SNSに上げたところでそれが罪になるとは限らない。いや、ならないだろう。
……でもね。それってさ、人としてどうなのかな? うん、誰も彼もが清く正しくそして美しく生きられるわけじゃないよ?
犯罪じゃないからって何してもいいわけじゃないっていうセリフはもう君も聞き飽きたと思う。
でもね、君がもし後々その行動を思い返してみて、それで恥ずかしい、なかったことにしたいと思っても人生ってやつはSNSじゃないんだ。消せないんだよ。
そして、薄っぺらい褒め言葉なんかじゃ、君を成長させることはできない。もっと直に人を。周りの人の気持ちを考え、声を、温度を感じるべきだと、本官は思うなぁ」
「……はい。あの、すみませ、あ、申し訳ございませんでした」
「ふふっ、ほら、成長したね」
「……はい! あ、あの、すみません。上げた画像すぐ消しますね」
「うん……いや、本当にSNSに上げてたんだね」
「はい、店の場所付きで。結構、イイネがつきましたよ! ほらっ」
「おー、おー……じゃ、本官はそろそろ」
「あ、はい。ありがとうございます。もう二度と軽はずみな行動は、あ、同僚の方ですかね? 他の警官の方がお見えに、え、なん、逃げて、え、え、は? え? 偽物!? よぉぉぉぉし! 補足補足!」