南総里見異聞録・番外編 ~戦国時代に転生したので、チートを駆使して鰻の蒲焼きを作ります~
※2023秋の歴史企画用に書いたものです。拙作『南総里見異聞録 ~溺れたら ご先祖様(?)の代わりに人生を送ることになりました。貰ったチートを駆使して戦国時代を生き抜きます~』の番外編です。
天正7年(1579年)11月 近江国 蒲生郡 安土城下 里見屋敷
皆さんこんにちは、もしくは初めまして。里見義弘の長男、里見梅王丸こと転生者の酒井政明です。
戦国の世に生まれ落ちてから苦節12年、今日は念願だった本格的な鰻の蒲焼きを作るんだ!
俺はね、誰にも言ってないんだけど、前世では鰻の蒲焼きが大好きだったの!
でも、それだけじゃないんだ。この時代美味しいものってなかなか手に入らないんだよ。
まず、近世以前の日本って、獣肉は忌避される傾向にあるんで、滅多に口にすることはできないじゃん?
まあ、それ以前の問題として、そもそも飼育技術自体が発達してないから、口にできたとしても、現代のA5和牛とか、三元豚とかみたいな物を食うことなんて絶対にできないんだけどね。
魚ならいいんじゃないか、って?
とんでもない! だって、この時代、まだ冷凍どころか冷蔵技術もないに等しいだろ?
『開き』とか『丸干し』にして消費期限を稼げる魚や、鮫みたいに最初から日持ちのする魚はいいよ。でも、ほとんどの魚はそうはいかないじゃん?
特に刺身の王様マグロとかは足が早いから、港に上がったヤツをその場で食わなきゃ食えたもんじゃない。『トロは猫またぎ』って聞いたことないかな? 『トロは不味いから猫も食わない』って意味だよ。信じられないだろ?
こんな感じで、一般的にはメッチャ悲しい状況なんだけど、鰻だけは別だよ。淡水に生息してるから川や湖でも獲れるし、生命力が強いから、餌もやらずに桶とかにしばらく放り込んどいても死なない。しかも、この時代の鰻なんて全部天然だよ! 天然!! だから、逆行転生してからずっと狙ってたんだよね。
でさ、物心ついたころに、里見義弘さんに聞いてみたわけよ。
「鰻の蒲焼きって知ってる?」って。
そしたらさ、義弘さん「なんじゃ、梅王丸は物知りだの! よくそのような物を知っておったの」って言うわけ。
こりゃ食うしかないじゃん?
でも、義弘さんにお願いしたら、城の料理人は多分作れないって言うの。これはもしかすると、熟練の料理人が城にいないってことかな? 『串打ち3年、裂き8年、焼きは一生』なんて言うからね。
ダメ元で、「機会があったら、作れる職人をぜひ呼び寄せて下さい」って頼んでみたら、「そんなに食べたいならすぐに呼び寄せてやる」だって! 流石は義弘さん。大名家の当主は違うね!
義弘さんが「物好きな……」とかブツブツ言ってたのはちょっと気になった。でも、昔は脂っこい物が好まれなかったから、あんまりこの時代は食べる人がいなかったのかもしれない。
だとすると、天然鰻食い放題じゃん! 天国かっ!!
数日後、城に料理人(?)がやってきた。当然わくわくして見に行ったさ。だけど、その人、どう見てもその辺の漁師さんかお百姓さんにしか見えないんだ。この時点でちょっと嫌な予感はしたよ? でも、この時点ではまだ期待の方が大きかったね。
『蒲焼き』を見た時。その期待は完全に打ち砕かれたんだ。
俺、思わず聞いちゃったよ。「この焦げた竹輪みたいなのは何ですか?」って。
もう予想が付いたと思うけど、その残念物体が『蒲焼き』だったよ。
ちなみにさ、竹輪の正式名称は竹輪蒲鉾って言うんだって。
蒲焼きと蒲鉾、よく見ると共通点に気が付かない?
そう『蒲』の字が一緒だよね。この『蒲』、水辺に生える植物で、古事記の『因幡の白兎』の話にも出てくる由緒正しい植物なんだ。特徴は茶色いフランクフルトみたいな穂を付けることだよ。
つまり、蒲焼きも蒲鉾も『蒲の穂』に形が似てるから名前が付いた物だったんだ。
いきなりの大ショックだったけど、調理方法が変わっても鰻は鰻。味は変わらないはず!
こう思って、『蒲焼き(?)』にかぶりついた俺は……。
絶望した。
俺の知ってる鰻と何から何まで全て違ったんだよ!
え? どう違ったかって?
皮はゴムのように固く、身は小骨だらけ。しかも肉は泥臭く、脂こそ乗ってたけど、乗りすぎてギトギト。味付けは味噌だけで、しかも『臭み消しのため』って大量に塗りたくられてるから、塩っぱいったらありゃしない!
「このような薬を、わざわざ食わんでも……」こんな義弘さんのセリフを聞きながら、俺は怒りがふつふつと湧いてきた。
こんな食い方しかできないのは、食材に対する冒涜でしかないよ。作れるヤツがいないんだったら、よろしい! 俺が蒲焼きの元祖になってやろうじゃないか!!!!
俺はそれからすぐに研究を始めた。
まずは、ちゃんとした白焼きを作ること。実はこれはいとも簡単にできた。
何せ、俺にはチート能力、『睡眠中に1時間ネットアーカーブを視聴できる』『一度見た物は再現できる』があったからね。
これらの組み合わせで、その道ン十年のプロの技を再現してやったんで、呆気なく商売ができるレベルの白焼きができた。
この技があれば、仮に里見家が没落しても鰻料理人として生きていけるんじゃないかな?
あと、『白焼き』と言えばワサビが付きものだけど、これはすぐに手に入った。ワサビ自体が日本原産で、そこらの山にも探せば生えてたからね。まあ、生えてなかったとしてもいくらでも手はあったから、問題はなかったんだけどね。
ワサビをすりおろし、できあがった白焼きが半分緑になるぐらい塗りたくって食う。うーん、絶品!
俺があんまり旨そうに食うもんだから、周辺にその旨さがバレちゃった。だけど、あんまり広めると、蒲焼き前に乱獲されちゃうかもしれない。だから、門外不出ってことで、今も調理法は城の料理人にしか伝授してない。
問題は蒲焼きなんだよね。
技術に関しては俺の方でマスターできてるし、城の料理人も、曲がりなりにも白焼きが作れるようになってきた。きちんと白焼きが焼けるようになれば、蒲焼きを焼く技もすぐ身に付くから、そっちは心配してない。
何が問題なのか、って?
この時代の関東じゃ、思ったような素材が揃わないんだよ。
ちなみに、蒲焼きを作るのに必要な食材って何だと思う?
基本的な材料は、①鰻、②醤油、③味醂、④清酒、⑤砂糖、⑥山椒 あたりだ。
そんなの簡単だろ! って思った人。俺がいるのが何時代なのか考えてよ。戦国時代だよ? ほとんどの調味料が数100円単位で手に入る現代じゃないんだよ!
で、今の状況は、って言うと……。
①鰻:無いとどうしようもない。でも、普通にある(いる)。
②醤油:無いと困る。でも関東には『たまり醤油』しかない。
③味醂:無いと困る。しかも関東にはない。
④清酒:あった方が良い。でも関東にはない。
⑤砂糖:あった方が良い。もともと無かったけど作った。
⑥山椒:あるならほしい。そしてどこにでもある。
ちなみに、『無い』とか言ったけど、厳密には②~④もちょっとだけなら手に入る。だけど、蒲焼きのタレは何度も鰻をくぐらせたり、刷毛で塗ったりするわけで、『ちょっと』レベルじゃ全く足りないよね。
里見家は中堅とは言え立派な戦国大名だから、金の力に物を言わせて取り寄せることもできなくはないんだ。だけど里見家には別の問題があってね。
当主の義弘さんが大酒飲みで、史実での死因も『飲み過ぎによる吐血』とかいうふざけたことになってるんだ。「味醂と清酒が手に入った!」とか言って、ガバガバ飲まれて、ぶっ倒れられでもしたら目も当てられない。
だから、近くに義弘さんがいるうちは『お取り寄せ』は封印だよ。
白焼きは何で食ったんだ、って?
塩だよ塩! 白焼きは塩でも旨いんだぜ? 鰻の脂が醤油に流れないから濃厚だし、水分を付けないから焼きたては皮もパリッとして食感も良いんだ。今度試してみるといいよ。
あー、でも、そろそろ醤油と塩の食べ比べもしたいな。醤油はアル中も関係ないし、今度取り寄せちゃおうかな?
事態が動き始めたのは去年(1578年)のこと。なんと、織田信長さんからご褒美として、安土城下に屋敷をもらったんだ!
安土だったら醤油も清酒も味醂も関東とは比べものにならないほど簡単に手に入る。砂糖は自家栽培して献上してるくらいだから何とでもなる。加えて、安土には義弘さんも簡単には来られないから、清酒と味醂を置いといて飲まれちゃう心配もない。
肝心の鰻はといえば、実は琵琶湖周辺では結構漁獲されてるらしく、こちらも問題無し。
これは作らない手はないでしょう!
だから、今回の上洛(上江?)が決まったとき、「○月○日頃そっちに行くよ」って先触れの使者に言い含めて、安土詰めの家臣達に素材集めをしとくように指示を出しといた。
そして、安土に着いたその日、定例の信長さんへの挨拶を終えた俺は、早速鰻丼作りに取りかかったんだ。
まず、こっちで準備したのは、『植物を好きなものに交換できる』ってチートを使って密かに準備した旨い米。大粒で甘くしっかりした食感が特徴の特A米だ。これなら鰻のタレを吸っても型崩れしないはず。
タレに使うのは醤油と味醂と砂糖と酒。それぞれ7:6:5:2の割合で準備。
まずは、酒と味醂を鍋に入れてアルコールを飛ばす。そこに醤油と砂糖を加える。本当はここで鰻の骨とか頭とかを一緒に入れると良いらしいんだけど、『生臭くなる』って情報もあるから今回は回避。そのまま煮詰めて、タレの完成だ。
そして、タレができたら10匹上がった鰻をどんどん捌いていく。
一昼夜井戸の冷水に漬けて動きを鈍らせた鰻の頭に釘を打ち、まな板に固定して背から開く。
関東風? いや、俺たち武士なので。
開いたら肝を外し、中骨を押さえ、浮き上がらせるようにしながらおろす。尾と頭を外したら、血合いを取り、腹骨を扱く。
半分に切ったら串を打つ。身が崩れないように慎重に。そして白焼きをした後、蒸し器に入れて蒸す。
ここは蒸さずに関西風の直火焼きでも良いんだけど、それだと時間がかかるんだよね。タイミングを見誤ると皮がゴムみたいに硬くなるし……。
実は皮を柔らかくするには『茹でる』って裏技もあるんだけど、鰻の旨味が流れちゃうから今回は除外。里見家で商売をするわけじゃないからね。
蒸している間に肝吸いの準備をする。肝から胆嚢を外し、軽く炙っておく。そして、三ツ葉と柚皮と麩を加えて椀に入れ、だし汁を沸かして、こっちは準備完了。後は食べる直前に汁を注ぐだけだ。
そうこうしているうちに、鰻が蒸し上がってきた。
今回は味見なんで、7尾を蒲焼きに、残りの3尾は白焼きにして食べる予定。
何で7尾かって? 今、ここにいるメンバーが、俺と近習と料理人で14人なんだよね。1人半身ずつ試食すれば7尾じゃん? 残りの3尾? この機会にワサビ+醤油のコラボも楽しむんだよ!
この世に生まれて12年。念願の蒲焼き&白焼き食べ比べだよ。心が躍るね!
ちょうど飯も炊き上がってきた。ラストスパートだ!
タレに鰻を付けて焼く。脂とタレが混ざり、炭に滴って焦げる。白煙とともに、えも言われぬ芳しい臭いが厨房中に充満する。
これだよこれ! この極限まで腹が減る鰻の香り!! 『鰻は香りで食わせる』って言葉は伊達じゃないね。
って見回したら、作業を見守ってた男どもの目の色が変わってた。
ふはははは! お前らもこの魔力に囚われるがいいわ!
焼いた鰻をタレに漬ける、そして、また焼きながら団扇で扇ぐ。そのたびに煙が上がり、塩と糖と油の混じった香ばしい香りがたつ。
「梅王丸様! まだでございますか」
こんなうめき声にも似た懇願が聞こえてくるけど、そんなのは無視だ無視!
焼いてる俺らの方がキツいんじゃ! どっちの方が香りの発生源に近いと思ってる! 見てるだけしかできないんだから大人しく待ってろ!
そうこうしてるうちに良さげな感じに焼けてきた。俺は、食い入るようにこっちを見てる連中に指示を出す。
「丼に飯をよそえ!」
「汁椀に出汁を注げ!」
「新香を切って小皿に並べろ!」
卓上に並べられた16杯の丼飯に、串から丁寧に外した鰻を半身ずつ載せていく。
さらにそこにタレをまぶし、山椒の粉を軽く振ったら……。
世界初の鰻丼。ここに完成だ!!!!
完成した鰻丼は膳に載せ、肝吸い(※肝は半分)香の物と一緒に、広間に運ばせる。
温かい飯の上に載っているとは言え、鰻は焼き上がってからのスピードが勝負。なるべく早く食さねば味が落ちてしまう。俺は家臣達をせかしながら広間に向かった。
苦節12年、とうとう鰻丼を口にできる日がやってきた。なんとも感慨深い。それだけじゃない。これで俺は世界で初めて鰻の蒲焼きを焼いた人物、そして鰻丼を食った人物として歴史に名を残すことになるんだ。きっと今日は『鰻丼記念日』として後世に語り継がれるに違いない。こりゃ『土用の丑の日』なんか目じゃないぜ! 平賀源内さん。有名になっちゃってごめんなさい!!
並んだ膳の前に皆で腰を下ろす。さて食うぞ!
「いただきま……」
と、その時、門の方から大きな声が響いてきた。なんだよ。せっかくの鰻丼が冷めちゃうじゃないか!
「この大事な時に何事か!」
「梅王丸様、私がちょっと見て参ります」
安土の諜報部隊を束ねる早川小源太が立ち上がり、玄関に向かった……。と、思ったら、すぐに血相を変えて戻ってきた。
「ううう、うえ」
「うえ?」
要領を得ない小源太。どんどん大きくなっていく廊下の足音。
広間に緊張が走る。全員が立ち上がって刀に手をかけたその時、ドスドス足音を立てて広間に現れたのは……。
織田信長さんだったよ。
「梅王丸! 遊びに来てやったぞ!」
『遊びに来た』って。確かにあんたの城下だけどさ! 1人で現れるとかフットワーク軽すぎない!?
と思ったら、トトトっと軽やかな足音がしてきて、森蘭丸さんが現れた。あ、蘭丸さん置いていかれたのね。
「上様、いきなり走り出すのはおやめください! それに先触れもなく人の屋敷に入るのはおやめください。里見家の皆様が目を白黒させているではございませんか」
「すまんすまん。城下から今まで嗅いだことのない美味そうな臭いがするのだ。気になるではないか! む、これが臭いの元だな。梅王丸、何じゃこれは?」
「はい。鰻丼と申すもので……」
「鰻丼とな。どれ?」
「あ」
信長さん、側にあった丼を手に取って、いきなり鰻丼に口を付けた。
「何じゃ、これは! 旨いぞ! 旨すぎるではないか! ほれ、お蘭も食うてみよ」
……えーと、ここ俺の家で、それ、俺らの飯なんですけど。
「梅王丸殿、よろしいので?」
「……はい。森殿も是非お召し上がりくだされ」
食べさせて良かったのか、って?
この状況で断れると思う? もう、こう返すしかないじゃん!
流石に蘭丸さんは俺の気持ち理解してくれたみたいで、すっごく申し訳なさそうに食べ始めた。
それに、口を付けた瞬間に目の色が変わって、鰻を口に運ぶ手が速くなり、がっついちゃったことに気付いて顔が真っ赤になりと、なかなか見ることができない尊い姿を見せてくれた。ありがたやありがたや!
うん、蘭丸さんは許そう。
……問題は信長さんだよ。
「けしからん!」「旨すぎる!」とか言いながら、鰻丼を3杯もおかわりしたあげく、「食後に甘い物が食いたい」とか言い出して、カステラを5切れ食って、やっと満足して帰った。
そうそう、帰りしなに、カステラの残りと、鰻丼を1杯持っていった。
「土産にする」
……ハイ、ソウデスカ。
「梅王丸、旨かったぞ! 誉めてとらす」
……アリガタキシアワセ。
信長さんが帰った後、みんなで、少し冷えた鰻丼を食べた。
ちょっと冷えてても鰻丼は旨かったよ。表情が死んでた家臣達も、口にした瞬間、笑顔が戻ってたからね。
それに、白焼きで食べようとしてたのがあったんで、食いっぱぐれるやつがいなかったのも良かった。
タレの分量とか、全員で膝つき合わせて色々建設的な話し合いができたと思う。
次回はさらに改善した物を出せると思う。
…………って違うだろ!!
コノヤロウ! いきなり人んちに勝手に入ってきて、何様のつもりだ!!
あ『上様』か。
クッソ! 余計腹立った!
一人で5杯も食いやがって!『誉めてとらす』じゃねぇ! 俺らの食う分がなくなるだろうが!! ちっとぐらい遠慮しろやッ!!!!
しかも、お前がいつまでも食い続けてるから、せっかくの鰻が冷めちゃったじゃねーか!
家臣どもは知らねぇから「旨い旨い」言って食ってたけどな、俺は最高のタイミングを知ってるんだよ!!
一生忘れねぇからな!!!!!!
……ってね。こんなの口には出さないよ。
でも、心の中でぶちまけたらちょっとスッキリしたかな?
考えてみれば今回は試作だったわけだし、次はタレを改善してさらに上を目指せばいいや。
幸いにも、鰻はたくさんいるんだ。まだ旨さが知られてないからね。
で、完成品を最高のタイミングで食べる。これだな!
待てよ! この調子だと、安土で蒲焼きを時にはやる時には『信長襲来』対策をしなきゃいけないんじゃないか!?
不在時を狙う? わざわざ関東から不在時を狙って来るなんてあり得ない。
あーあ、城の料理人にレシピを教えちゃうしかないかな……。
【鰻の蒲焼き】
元来は鰻のぶつ切りを串に刺して焼いた物が『蒲の穂』に似ていたことから名付けられたと言われる。現在の形が誕生したのは安土桃山時代とされ、織田信長が大変好んだことでも知られている。
野史によれば、安土城の料理人が関東の里見家から製法を学んだとされ、滋賀県と千葉県で発祥の地に関する論争も起こっている。
ただし、里見家には以前から鰻の白焼きを作っていた記録が残されているものの、蒲焼きについての記録が登場するのは安土に屋敷を構えて以降のことである。このため現在は、『安土で誕生したものが里見家に伝わった』とするのが定説となっている。