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【人生100年、死後100年時代】アテンド・アンデット  作者: 木兎太郎
〈第二章:労働編 発電ゾンビ〉
9/10

第9話


 家で昼食を済ませてから、俺と美終は発電所に向かった。

 行きのタクシーで、ふと美終が口を開いた。


「気が重そうですね。溜息が呼吸みたいに繰り返されてます」

「それってハァハァしてないか? 変態じゃないんだから、そんな馬鹿なことあるか!」

「変態ではあるんですから、十分にありえる話では?」

「あ、そっか。盲点だった。俺って変態だもんな。……って、おい!」


 指先をピンと伸ばして、彼女の肩を手の甲で軽く叩く。


「キャッ怖い!? DV!?」

「されるなら俺だな。暴力じゃ敵わないから」

「暴力以外なら敵うと? 心外です」

「う~ん、参りました」


 素直に負けを認めることで、これ以上に心の傷を増やす可能性を殺す。俺の巧みな会話術に、彼女も次の一手を失ったことだろう。


「少しは気分が良くなりましたか?」


 横を見れば、彼女の心配そうな瞳と目が合った。

 思わぬ生真面目さに、俺は言葉を失ってしまった。

 しかし、数秒ほどで脳が再起動する。


「あ、あぁ。正直……助かったよ。……ありがとう」

「いいえ、どういたしまして」


 茶化す様子もなく、彼女は淡々と答えた。

 やはり、まだまだ彼女には敵わない。時間の解決してくれない問題の一つだ。


 窓の外には、見慣れた建造物が見え始めている。


 ……もう発電所か。美終のおかげで少しは気が晴れたが、やはり憂鬱なままだ。

 俺のこの風邪のような気怠い気分は、全て発電所に待ち構える人物に起因している。

 あのニュースさえ無ければ、あの人に会うこともなかっただろう。

 恨むべきはキャスターか、それとも軍人なのか、俺には判断がつかなかった。



 車が止まって、俺達は降りた。

 見慣れた発電所を見上げれば、相変わらずの丸い顔を覗かせる。

 ドーム状のガラス張り、端的に言ってしまえば、そんなデザインをしている。


 しかし、建造物よりも目を引いたのは、ゴルフ場ほどもある広さの駐車場の脇、そこにある一台の黒い車だった。高級そうな容姿のわりに見覚えのない車体。有名な高級車のどれとも合致しないそれは、彼の来訪を意味していた。


 入り口の自動ドアは、左右にではなく地面に沈む。デザインだけでなく、機構の一つ一つまでもが先進的な品を採用している――もちろんセキュリティも。


 中に入ると、右手に受付、左手に応接間……のようなスペースがある。壁で仕切られている訳ではないので、幾つかソファが並んでいるだけだ。


 そこに座る一人が立ち上がって、こちらに歩いてきた。

 白髪の混じる黒髪、縁の太い黒眼鏡。真っ白なツナギ(鉛管服)を着て、胸にはネームプレートを止めている。そのプレートには「津田つだ 観次かんじ」との表記。名前の隣には「管理人」との役職表記があった。


「あの、お疲れ様です」

「お疲れ様です。……あれ? 以前までの方は?」


 来客のある今日に限って、なぜか別の管理人になっている。


「体調を崩したと連絡がありまして、代理人として私が来ました」


 敵を作らない笑顔に、少しの疲労を滲ませながら、彼は頭を掻きつつ言った。


「そうですか。管理人も大変ですからね」

「えぇ、まぁ。ゾンビの扱いには気を遣いますよ」

「タハハ、何となく気が抜けない感覚がありますよね」

「いやぁ、おっしゃる通りです。安全だとは理解しているんですが……」

「苦労をかけますね。いつもありがとうございます」

「これが仕事ですから。それより、あの方を待たせるのは気が引けます」

「……はぁ、それもそうですね。では、行ってまいります」


 津田さんにお辞儀をしてから、俺は待たせてしまっている人物の下に向かった。

 まだ彼はソファに座っていて、こちらからは後頭部だけが見える。

 失礼な比較をすれば、津田さんとは比べられないほどの黒々しい髪の毛をしている。


 距離が迫ると俺の足音を聞き取ったのか、彼は音を立てずに立ち上がった。他に手をつかずスッと立ち上がるその素振りは、年齢に似合わぬ若さを感じさせてくれる。

 俺は彼を追い越して対面に立ってから、最初に深くお辞儀をした。


「歓迎します、怪機社長。ようこそ、我が発電所に」

「腐刃君、頭を上げたまえ。挨拶とは相手の顔を見てこそ意味があるのだ」


 指示をされれば、頭を上げるしかない。彼の強面を避けるために、あえて頭を深く下げていたわけだが、しっかりと顔を合わせる必要があるらしかった。


 怪機社長は、俺にすっきりと視線を合わせている。誤魔化しは一切なしだ。

 彼の顔はヤクザのような強面、という訳ではなく、殺人鬼のような冷徹なイメージを彷彿とさせる強面だ。眉が無く、目が薄く、肌は病的に白い。面長で頬はこけており、言い方を選ばなければ、ほぼ薬物中毒者のような感じだった。

 それらを高品質なスーツでもって封殺している。

 ほっそりとした長い手足が虫のようで、それもまた恐ろしさを助長していた。


 メディアにまで多岐に露出する、世界最大手のロボット企業を背負う超社長、


 ――「怪機かいき 虫次ちゅうじ」その人である。


 言わずと知れた社長だからこそ、別に部下でもないのに俺まで怪機社長と呼んでしまうのだ。それもこれも彼の纏う雰囲気がそうさせる。


「どうせ、私は招かれざる客なのだろう?」


 ルックスにそぐわぬ弱気な声色で、まるで俺を試しているみたいだった。


「いえいえ、そんなことは……(ある)」

「ふん、お前の言葉は鵜呑みにできんな」


 と、直ぐに弱者の仮面を剥ぎ、本来の自分を露出させた。


「いやぁ、父も私も怪機社長にはお世話になってますから」

「その自覚があるのなら、もう少し立ち回りを考えるべきでは?」


 さっそくニュースの件を示唆してきた。まるで古傷の痛みのように、どうすることもできない現状に、俺はニヘラと笑って対応しようと試みた。

 普段ならスームを口に運ぶ場面だが、流石に彼の前では憚られる。


「まぁそう言わずに。これから発電所の点検に行きますので、ご一緒にいかかですか?」

「……ふむ、時間はある」


 不明瞭な返答ではあったが、ここで会話を続ければ胃がもたない。深くは確認せずに、俺は先頭をきって歩き出した。

 そうすれば、怪機社長も後に続いてくれている。

 俺と怪機社長の間には美終を挟んであって、この距離だけが今の救いだった。


 しかし、それも直ぐに終わりを告げる。


 このドーム状の発電所は、中心にガラス張りのエレベーターを構えている。不思議なもので、それだけでリッチな印象が生まれるのだ。

 俺達三人は、そのエレベーターに乗り込んだ。


 すると怪機社長を避ける為の隊列が、直線からトライアングルに変わってしまった。それも、怪機社長が俺の隣に立っている。普段なら隣に立つ美終も、他の社長の前では優秀なメイドの仮面を被る。それが最悪の方向に災いしていた。


 エレベーターの操作パネルには「1」と「B1」だけがある。一見して先進的なこの発電所は、非常にシンプルな構造をしているのだ。外見ばかりに気合をいれて、中身は薄っぺらい。ある意味それが時流なのかもしれないが。


「シンプルな構造である方が、より守り易いという軍事的な観点から造ったのか?」

「いやぁ、ご想像にお任せします」


 何とかお茶を濁して誤魔化すことで、俺は自分の情報不足を隠そうとした。

 しかし、隣の怪機社長をチラリと見れば、はっきりと疑いの目で見られていた。

 サッと「B1」をタッチし、エレベーターが降下を始める。この動作音に疑いをぼやけさせる狙いがあったが、ここは設備だけは上等な発電所。とても静かに下降していく。


 ――そうして、怪機社長は唖然としていた。


 エレベーターは何も誤魔化してくれなかったが、ここはガラス張りの個室でもある。そこから見えた景色が、俺の狙いを代わりに果たしてくれたのだ。


「世が世なら、お前は死刑だったはずだ」


 景色を見て、彼は断言した。この非人道的な光景を見れば、誰しもが同じ結論に辿り着くのかもしれない。俺だって、これを見る度に罪悪感が芽生えるくらいだ。


 地下では、100体にも近いゾンビが、たった一つの歯車を回しているのだ。まるで、古い船のハンドルのような見た目で、その周りに伸びる棒を彼らは押し続けている。

 景色だけなら「奴隷」でしかなかった。いや、飯も何も与えないのだから、それ以下の存在なのかもしれない。


 気まずさに負けて、俺はスームを一つ咥えた。


「いやぁ、手厳しいですね。全体で一つの装置だと思って下さい」

「無理だな。あれはどう見ても人の形をしている」

「ま、ですよね。たまに罪悪感が芽生える日もあります」


 嘘だ。俺は嘘をついた。これを見た日には確実に夢でうなされる。


「……はぁ。で、この発電所は儲かるのか?」


 溜息一つで、怪機社長は切り替えてしまった。同情から商売へ、その表情の転換速度が彼の有能さを仄めかしている。


「怪機さんは本当にそう言った話が好きですね」


 ここのゾンビを管理する俺でも、少し引くくらいの切り替えだった。


「別にいいだろ。こうして私を連れて来たんだ。利に繋がる話を聞かせてくれ」

「……結論から言えば、そこまで儲からないです。実はこれ、政府からの仕事なんですよね。だから断れないんですよ。俺も非人道的だとは思っています」

「ほぅ、そうか。確かに政府が目をつけるのも当然なのかもしれない。この光景に盲目になれれば、次世代のクリーンエネルギーだと言っても過言ではないからな」

「その通りだと思います。こんな数の死体を用意できる政府なら、これをクリーンエネルギーと呼ぶのかもしれませんね」


 俺は、なるべく皮肉っぽく言った。


「政府の世話をしておいて、まだ納得していないのか?」

「これに納得していたら、人間として重要な何かを失ってしまう気がしますから」

「だが手伝っている。それも安い給料で。お前にとって何の利があるんだ?」

「……秘密です」

「いや、言わずともわかる。これだけの数のゾンビを造れれば、新たな発見が生まれる可能性が高い。我々で言う所の次世代機の開発実験ってところか」


 本当に頭のいい人だな。ほぼ正解だけど、商売の為ではなく美終の為なんだよな。この場に彼女がいる限り、この質問に答えることはできない。


「因みに給料は、月に二度の点検で20万円です。ゾンビを造った時には、もっと貰えましたが……まぁ、コスパの良い仕事ではあります」

「昨今の平均収入を考えれば破格の仕事じゃないか。特に月二回だけというのは、社長業に日々を捧げる私からすれば、心から羨ましく思えるよ」


 金持ちが頻繁に口にする「金はあるから時間が買いたい」ってこのことか。いくら金があっても、使える時間がなきゃ意味がないからな。

 それに若干嫌味に聞こえるけど、意外に好意的な意見にも思える。安月給を差別するタイプだと勝手に思っていたから驚いた。


「まぁ本業がありますから、これで楽しようって訳じゃないですよ」

「そうだったな。暫くは辛い時代が続くはずだ」


 チーン。相変わらず、古い電子レンジみたいな音を採用しているエレベーターだ。 

 最新式なのに古い音、みたいなギャップを演出しているのだろうか。


 今度は扉が左右に開いた。


 通常の発電施設なら歯車を縦向きに作るが、ここはゾンビの為に横向きに作っている。そうすると必然的に高さが必要になって、エレベーターでの長い待機時間を生んでいた。


 俺達が歯車に近づくと、一体だけ隊列から飛び出した。彼はこちらに向かってヨロヨロと歩いてくる。足の弱い個体なのか、それとも寿命の近い個体なのか。


 とにかく彼はこちらに向かってきて、その途中で倒れてしまった。


 普段なら俺を守りに来るはずの美終が、そのまま一連の光景を見送っていた。


「心からお前を軽蔑できそうだ」


 近くで倒れてくれれば、まだ確認が容易だったが、ゾンビは5メートルは離れた場所で倒れている。俺達は歩いて彼に近寄った。


「そう言わないでくださいよ。俺だって進んでやってる訳じゃないですから」


 うつ伏せに倒れているゾンビを手でひっくり返した。夏場のセミだったら、仰向けに倒れてくれるのに。……急に蘇生しないよな?


 サッと全身を見回しつつ、どういった異常があったのか探す――……も、


「あれ? 別に骨折してる訳でもないし、となると寿命なのか? いや、でも何となく違和感があるような気がするな。勝手に隊列から出たのは……」

「異常が起きたのか?」

「はい。こんな急に動かなくなることは無いんです。あまり確認事例が無いから適切な判断かは解りませんが、可能性が高いのは寿命なのかもしれません」

「回りくどい言い方だな。管理が行き届いていなかっただけの話ではないのか?」

「いやぁ、設備の管理人はいますが、ゾンビの管理人は俺だけなので」

「だから、お前に言ったんだ」


 これが漫画なら、怪機社長の背後では「ドンッ!」の二文字が主張していただろう。


「な、なるほど」


 その正論パンチに俺は言葉を失ってしまった。

 もう少しゾンビを調べる為に怪機社長から視線を外した――……その時、


 ――ブツンッ! という、何らかの鈍い音が鳴った。


 条件反射的に、俺達の視線は音の方に向かった。それは背後からの音だった。


 すると、俺達を運んでくれたエレベーターの頭頂部から伸びる、触覚のようなワイヤーがヒュルヒュルと落下している最中であった。うどんを吸い上げる光景を、スローで逆再生したかのようにも見えた。


 同じ方向を見ていたはずの怪機社長が、いつの間にかこちらを見ている。

 それも、結構な憤怒を表情に出して。


「俺を嵌めたのか?」


 その静かな声が、逆に怒りの本気度を示している気がした。

 ……まずい。ただでさえニュースの件で怒っているのに、ここにきてトラブルの連続、これは本気でキレてるかもしれない。


「か、怪機社長を嵌めるなら、もう少しマシな作戦を用意します……よ?」


 と、俺が渾身の言い訳を披露したタイミングで、またエレベーターに動きがあった。といっても、それは本体ではなくガラスの筒から降りてきていた。

 鶏の卵のような真っ白な球が上から振ってきて、それがエレベーターにカツンと当たるとワンバウンドしてから割れてしまった。


 怪機社長が「あれは……」と言った瞬間、卵の中身から青色の光が弾けた。

 同時にエレベーターのガラス筒が爆散、周囲にガラスを散らばらせている。

 その間にも青い光はドーナツ状に広がり続けて、この地下フロア全体を包み込んでしまった。


 あらゆる出来事が重なったことで、俺の脳は処理落ち、眼前に飛来するガラスの破片さえも躱す気が起きなかった。

 そんな俺の後頭部を美終が掴んで押し潰す。


「アゲェッ!?」


 変な声が出てしまった。だが、恥ずかしさに悶えることもできず、俺の顔は地面へと向かっていく。


 そして衝突する寸前、視界が真っ暗になってしまった。


 顔面の鈍痛で認識が曖昧ではあった――が、確かに俺の倒れる前に視界が真っ暗になったのだ。普通であれば、順序が逆になるはず。

 その違和感が払拭できず、俺は直ぐに顔を上げた。


「……停電か?」

「の、ようだな」


 暗がりから怪機社長の返答が返ってくる。

 よかった。どうやら彼も無事だったみたいだ。ガラスの破片で死なれれば、間違いなく俺に暗殺の容疑がかかっていたはずだ。


 どうすべきか美終に確認を取ろうとしたところで、作戦会議の暇も与えられず、近くから「あぁぁぁぁ」という呻くような声が聞こえた。


「おっと、これはまずいな」


 俺が状況を理解したタイミングで、サブ電源が起動、再び地下に明かりが灯った。

 すると、明るみが最悪の光景を鮮明にする。


 ゾンビらが歯車から離れて辺りを跋扈しているのだ。

 その瞳に理性は映らない。何の目的もなく、ただ周囲を歩き回っている。


「何が不味いんだ? 状況を説明しろ」

「あぁ……説明より先に逃げた方が良いのかもしれません」

「まさかとは思うが、奴らが襲ってくる可能性があるのか」

「はっきり言って、ほぼ確実に襲ってきます」

「そういうゾンビは、ホラー映画の中だけだと思っていたんだが」

「例えば食欲が増進して、とか、そういう映画チックな理由じゃないです。ただ単に人間は元々が野蛮な種族ですから、知能が低下すればテリトリーに入った敵を攻撃するようになるんです。より動物的になると表現すべきでしょうか」

「縄張り意識、か。現代でも戦争を続ける人間なら当たり前に備えている機能だな」

「流石は戦争商人。怪機社長は理解が速くて助かります」

「私はロボット商人だ。それが武器商人にもなっているだけで……とにかく私が戦争を作っているような言い方はよせ」

「でも、コントロールはしていますよね?」

「おい! 今その言い争いをするつもりか? これ以上に私の機嫌を損ねるな」

「す、すみません。緊急事態に脳がバグってました」


 いつの間にかゾンビの視線がこちらを捉えている。

 およそ100体以上にも届く数が、全てこちらを見ているのだ。恐怖以外の何ものでもない感情が、俺の脚元から這い上がってくる。まるで俺の脚を伝って、虫が登ってきているかのような感覚だった。


「だが、どう動くんだ? この地下に安全地帯なんてあるのか? それとも上階に脱出する手段があるとか?」

「上階には……後で考えます。取り合えず今は奥の焼却炉に避難しましょう」

「おい、最悪な言葉を言いかけなかったか?」

「ま、まぁまぁ。今は協力し合うべき場面です」

「チッ。後でしっかり問い詰めるからな。……で、焼却炉って言うのは、まさかあのゾンビの軍団の後ろに見える扉じゃないだろうな?」

「流石は怪機社長。お目が高い!」

「腐刃。お前……私を馬鹿にしているのか?」

「いや、言葉の選出に失敗してしまいました。深い意味は無かったんです」

「ならいい。それでゾンビの集団をどう抜けるんだ?」


 俺達の口調はゾンビとの距離が縮まるにつれて、どんどん加速していった。お互いの焦燥感が、お互いを急かしているかのようで、何とも最低な相乗効果が発生している。


 俺達の焦りを察してか、最初のアイデアを提案したのは美終だった。


「既にゾンビの私なら、十分に道を切り開けるかと」

「いいアイデアだけど、今は却下かな。あのゾンビたちは政府の所有物だから、緊急事態とはいえ破壊すればペナルティがあるかもしれない」


 これ以上、政府に有利な立場を作られたくない。ただでさえ父さんのせいで……いや、今は言いっこなしだな。


「怪機社長は何かアイデアがありませんか?」


 と、聞いたのは美終だった。俺だったら立場上聞き辛いことを質問してくれた。


「手持ちの小型武器は軒並みEMPグレネードでお釈迦になった。素手の兵器バイヤーなど、ただの無能もいいところだよ」

「やはり、さっきのはEMPグレネードだったんですね」

「……ふん、まぁな」


 何故か言いづらそうに怪機社長は同意した。隠し事をしているみたいだった。


「強行突破以外に別案を思いつきました」

「直ぐに聞かせてくれ」

「背後のエレベーター。あれに二人は乗って下さい。それを私が運びます」

「……それ、リアリティあるのかね?」

「美終なら十分にあります」

「では、直ぐに実行しよう」


 宣言と同時に、俺達は振り返って駆け出した。ゾンビたちが周囲を囲み、もはや我慢の限界だったからだ。


 飛び込むように転がりながらエレベーターに乗り込む。


 エレベーター本体もガラス張りではあるが、落下を危惧してか、筒よりも遥かに頑強な品だったようでヒビ一つ入っていなかった。


 その後、直ぐに俺達を浮遊感が襲った。あまりに直後だったから、少しだけ怖かったが四つん這いのままで耐えた。景色が一段階持ち上がって、ハイヒールを履いている女性の気分に近づいた気がした。


 それも束の間、次に俺と怪機社長を襲ったのは慣性の法則だった。急な加速の直後に、上体だけがその場に残ろうとするのだ。

 俺は耐えきったが、背後から「いでッ!?」という小さな声が聞こえた。振り返れば殺されそうだったので、俺は前を向いたまま不動を貫いた。怪機社長……まさか、あの作戦を聞いておいて立ち上がったのかな。 

 それとも美終の身体能力を信じ切れなかったのか。


「ゾンビはゾンビに襲われないのか?」

「はい。見ての通りです」

「……どうやら、そのようだ」


 ガラスから見える景色には人気アーティストのライブのように、俺達に向かって手を伸ばすゾンビらの姿があった。

 腐敗の無い綺麗な顔のはずなのに、思考の溶けた人間の表情とは何とも奇妙なもので、禁忌に接触してしまっているかのような独特な忌避感があった。怪機社長は、ものの数秒ほどで彼らから視線を逸らしてしまった。


 俺はと言えば、既に見慣れているので何の問題もなかった。

 そのまま美終は扉まで辿り着くと、それを蹴破ってしまった。


「あっ!?」


 俺は思わず大声を出してしまった。

 頑丈なドアがあるから隠れに来たのに、それを破壊してしまっては何の利点も無くなってしまうではないか。


 しかし、その理由は直ぐにわかった。彼女は俺達を少し浮かして、そのまま扉を潜ったのだ。そうして、内側からエレベーターを引き寄せて、即席のドアを作ってしまった。

 それもガラス製だから、外側の様子を知ることができる。


 俺と怪機社長は、その手際に驚きつつも、ようやくエレベーターから降りた。


「御苦労」


 たったの一言で労いを終える怪機社長は、やはり様になっている。

 俺もそれに続いて「御苦労」と言ってみれば、美終と怪機社長のどちらにも睨まれてしまった。……恰好付けたかっただけなのに。


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