第7話
――ピーン・ポーン! インターホンが鳴った。
「出てきます」との美終に「了解」と軽く応答。
彼女が来客者を迎えている間に、俺は紅茶を口に運んでいた。
チラリと時計を見れば、午前の10時、狂いなき予定ぴったりの到着だった。
紅茶をお供にした優雅な朝は、来客者の足音によって死滅する。
ドスドスと、重いものでも動くような音が聞こえると、それがこちらに近づいてくる。
やがて、バン! と音を立てて扉が開けば、そこに彼女が現れた。
赤髪ポニテのタンクトップ、暴力的な胸囲が、そこに漢数字の「三」を描いている。作業用の太いズボンは、色とりどりの塗料が付着しており、よく言えば先進的なデザインと化していた。
足音だけでなく景色までもが、暴力的な存在感に支配されている。
俺の座るソファの対面には、もう一つ三人掛けのソファがあって、その間に成人男性の膝くらいの高さの黒い机がある。
彼女は対面のソファの中心に、ドカリと音を立てて座った。清潔にしてあるから、もちろん埃は立たない――が、床が傷つきそうではあった。
俺が何かを発言する前に、彼女は机の上にキャリーケースを二つ並べた。俺から見て右が赤、左が白の縁起の良い紅白カラーをしている。
もし机がガラス製だったなら、間違いなく砕けていたであろう置き方だった。我が家は彼女に備えて、艶消しの黒い鉄製を採用している。
「ほら、頼まれていた品だよ」
そう言って、彼女は笑みを浮かべる。礼儀正しくだとか、清楚にだとかは似つかわしくない笑顔だった。どちらかと言えば、オジサンが下ネタを言った後の照れ笑いに近い。
「悪いな、岩鉄。わざわざ家まで運んでもらって」
彼女の名前は「岩鉄 火華」。かなり長い付き合いで、言い方を変えれば幼馴染ってやつだ。
「それも仕事だからな」
「助かるよ。でも、せっかく久しぶりなのに世間話は無しか?」
「それなりに会ってるだろ。……だが、茶くらいは頂いていこうかな」
岩鉄の言葉と同時に、彼女の前にカップが置かれた。キャリーケースが机を独占しているから、カップは肩身が狭そうだった。
それを一口含んでから、彼女は再び笑みを浮かべる。
「ニュースを見たぞ。面倒なことになりそうだな」
「タハハ、世間話と言ったのは俺のミスだったか」
彼女が容赦なく嫌な話題を抜刀する。その切れ味は抜群だった。
「そりゃ、直近の話題に行き着くわな」
「だよな。……その件に関して、さっそく電話が入ったよ」
「あらら、ご愁傷様」
「こらこら、縁起でもないことを言うな」
「そうか、会話の流れで言ったが……冗談にならないかもしれない、か」
「はぁ、ナイーブになってきた。ここ最近は胃の痛くなることばかりだ」
「へぇ、例えば?」
「ニュースを見たろ? 昨日は戦地に行ったんだ。もちろん商売をする為だけど」
「それでロボットに襲われて……か。状況が想像しやすいな」
「いや、ロボットだけじゃない。現地の軍人にも襲われたよ」
「そりゃ戦争なんだから、軍人には襲われるだろ?」
「違う違う、味方側の軍人。どうもゾンビを作る俺が気に食わなかったらしくてな」
「わぉ、そいつは災難だったな。ちゃんと国に報告したのか?」
話しながらも、思い出すだけでストレスを感じて、俺はスームを咥えた。
「おっ、スームじゃん。一つくれよ」
俺は「いいよ」と返答しながら、彼女に一つ投げた。
マシュマロキャッチみたいに、それを彼女が口で受け止める。モニュモニュと咀嚼しながら「美味い」と呟いた。これは長い付き合いの中で生まれたやり取りで、もしかすると会話よりも多くこなしてきた行為なのかもしれない。
「政府には言わなかった。言ったって無駄だと思ってな」
「税金の納め損だな」
「そりゃ昔からそうだろ」
「戦争社会になってからは改善された方だと思うけどな。所謂「自衛の金」ってやつの使い道が明白化したろ? 今までは、そんなのいるか? って奴すらいたのに」
「防衛費に関しては、そういう一面もあるわな」
「それ以外は御座なりって? そりゃ私も同意見だ」
そう言って、彼女は豪快に笑った。
俺もつられて笑ってしまう。自分で言うのもなんだが、愚痴っぽい性格が災いしてか、俺は友達が少ない。心から笑い合える友達と言えば、彼女くらいのものだった。
だからこそ、そこに恋愛感情は介入できない。俺の心の拠り所は、あくまで愛する人であってはならないからだ。その二つは、俺の中で両立しなかった。
「さて、仕事の話に戻すとするか。……この二つは、いつも通りか?」
「もちろんだ。右がマイコン、左が心臓になってる」
両方とも開けて、しっかりと中身を確認する。友情と商売は別問題だ。ここで確認作業を怠れば、彼女からの信頼も失うことになるだろう。何事もメリハリが重要となる。
どちらもゾンビ化に必要な材料となっている。
右の赤いケースが人工心臓。ゾンビの体内に防腐血液を循環させるのに使う。
左の白いケースがマイコン。ゾンビに理性を与える為のマイクロコンピューターだ。ほぼ全てのゾンビは、首にチョーカーをつけている。それに入ってるのがこれだ。
「よし、数も質も間違いなさそうだ」
俺は立ち上がってソファの横に移動した。それから側面に手を当てて一部を捲る。そこにあるナンバープレートにサッとパスワードを入力すれば、ソファ型の金庫が開くというわけだ。セキュリティ抜群の自慢の品だったりする。
その中から小さな紙袋を手に取って、しっかりと閉める。
取り出した紙袋を岩鉄に渡せば、その中身を彼女が確認した。
「OK、ちゃんと1000万あるな。こっちも確認したよ」
現金での取引なんて時流ではないが、これは俺と彼女の主義ってやつだ。
お互いにネットバンクから金を奪われた経験があって、資産の多くを現金で管理するようになった。近年のハッカーは異常なほど優秀になりつつあるのだ。
取引を終えると、岩鉄は美終に視線を向けた。
邪魔にならないようにか、俺達から少し離れた場所に彼女は待機していた。
「腐環梨ちゃん。元気にしてる?」
「うん、それなりに」
と、少し暗い顔で美終は答えた。
「お前って本当にデリカシーが無いよな。ゾンビに元気ですか? って、マジで皮肉にしか聞こえないぞ」
「アハハ……ごめんごめん」
岩鉄の素直な謝罪に対して、美終は首を横に振るって微笑んだ。
「いいの。私は火華ちゃんの明るい所が好きだから」
「ありがとう、やっぱり腐環梨ちゃんは可愛いわぁ~~」
岩鉄は立ち上がると、美終に近づいて抱きしめた。その豊満な双丘に美終が沈んでいく光景は、何とも圧巻であった。
「おい! どう考えても俺の方が可愛いだろ。抱きしめることを許可する」
「「それは無い! てか死ね!」」
即答する二人、苦笑いする俺。
「な、なぁ。「死ね」って、ハモるような言葉じゃないから。合わせないで、効果が4倍になるから」
目元を潤ませる俺を無視して、岩鉄は美終を見下ろした。二人の身長差は、大人と子供ほどもある。いや、実際にその通りではあるが。
「腐環梨ちゃん、大変だね。相変わらず腐刃は馬鹿だし」
「私は記憶が残らないから、それが腐刃様のキモさをマイルドにしてくれている」
「羨ましい! 私は毒素が溜まる一方だよ。あとちょっと頻度が増えたなら、病気になっちゃうかもしれないなぁ」
「十分にあり得るね。厄介な病気だから、くれぐれも気を付けた方がいいよ」
「お前ら、まさか同級生を「ばい菌」とか言って、いじめてたタイプ?」
「「ううん、お前だけ」」と、また二人はハモった。
俺はホロリと涙を流しながら「さ、さいですか」と答えるのが精一杯だった。
俺を雑にからかって岩鉄は満足したのか、ふと時計に視線を移した。
「久しぶりで楽しかったけど、そろそろ工場に戻らなくちゃ」
「もうそんなに時間が経ったのか。あっという間だったな」
「楽しい時間だったからだろ?」
「タハハ、その通りだ。今度は遊びに来いよ。そしたらゆっくりできるだろ」
「次の休みにでも来ようかな」
そう言って頬を掻きつつ、岩鉄の表情は徐々に険しくなっていく。
「……なぁ、気をつけろよ」
「わかってる。きっと今回は、大きな問題にならないさ」
「そう願うよ。じゃ、私は行くから」
そう言って、彼女は執着なく俺に背を向けてしまった。
美終が「見送ります」と言って、彼女の後に続く。
部屋に俺一人だけになって、彼女と一緒に喧騒までも出て行ってしまった。
ふと、カップに視線を落とす。空になったそれに茶を入れる代わりに、溜息を一つ落とした。不満を注ぎ始めれば、きりが無い。
それから眼前の白いキャリーケースを持って、火の着かない暖炉の前に立った。西洋の古い品を踏襲しており、鉄柵で区切られている。その鉄柵のうち、一つを足で押せば、そのまま奥に倒れていく――隠し扉のレバーだ。
ズズズゥ、と音を立てながら暖炉が右に動いて、階段が姿を現した。
この家は、ある種のからくり屋敷みたいなもので、祖父の残した財産だ。
たまに面倒臭くなることもあるが、セキュリティ抜群だから祖父には感謝している。
稀代の天才医師として、ゾンビを作った張本人なのだ。