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【人生100年、死後100年時代】アテンド・アンデット  作者: 木兎太郎
〈第二章:労働編 発電ゾンビ〉
6/10

第6話

 月曜日の朝9時、俺は自宅で優雅に過ごしていた。

 木材主体の家屋で、昨今では珍しい部類に入る。俺がいるのはリビング、調度品などはないが、清潔感のある広い部屋で気に入っている。三階建てのリビングの上だけは吹き抜け構造、高い天井も持ち味になって俺のQOLを上げている。


 ――自営業の最たる利点は、やはり……この自由度だと断言できる。


 一人がけのソファに座って――無論、リクライニング機能付き――右手には美終の入れてくれた紅茶。左手には朝刊確認用のタブレット。

 余談だが、俺はコーヒーが嫌いだ。スームとの相性が悪いから。

 既に朝食を終えており、惰性に任せてスームを咥えて、じっくりと味わった後に紅茶の香りで口を満たす。それを繰り返すことで脳を溶かしていた。


 ――のだが、ある記事を見つけて、血の気が引くのを感じた。


 見出しは、こうだ。

『ゾンビがロボットを破壊! 一部戦争の終結!』

 どこで嗅ぎつけたのか、それとも状況証拠で記事を書いたのか。

 兎にも角にも俺にとって芳しくない記事だった。


 もっぱらバラエティの死んだニュースだけを映すTVをつけて、この記事の拡散度合いを確認する。広い視点を得るには、やはりテレビに勝る媒体はない、というのが持論だ。


『本日のトピックは『ゾンビがロボットを破壊!』です! ロボット代理戦争の昨今、また凄まじいニュースが入ってきましたね。それでは詳細について~~……』


 うん、実に不味い状況だ。何故か口内が苦くなってきた。

 次に手元のタブレットで、大人気SNSを一通り確認すれば、人気トレンドの中に「#ゾンビ」が拡散されているのが散見された。


「余暇を持て余す老人がSNSに参加するようになってからは、その拡散力が飛躍的に向上したからな。こりゃ世界中に情報が出回ったと見て間違いないな」


 特にムカつくのは、記事にホラー映画のポスターが使用されていることだ。腐ったゾンビの画像が世界中に拡散されている。別にウチの子らは腐ってなんかいないのに。

 だがしかし、ネット識者たちは真実を後回しにする悪癖がある。

 とはいえ俺が困っているのは、その彼らについてではないのだが。


「はぁ……ひと悶着あるんだろうなぁ」


 そっと呟きながら、俺はまたスームを口に放った。

 やがて美終が側に来て、立ったままニュースを眺め始める。

 今もキャスターが軽快にニュースを読み上げているところで、ゾンビに関する人権問題などを細かく取り上げていた。

 今のところ、ゾンビに人権はないのだ。もちろん未来は知らん。


「その紅茶、美味しいですか? 昨日とは別のモノを入れました」

「あぁ、美味しいよ」


 端的に答えるも、紅茶は昨日と同じ品だった。だが、咎める必要はない。それは俺が、この味に満足しているから、ではなく、そもそも咎める意味がないからだ。

 雑談を交えつつ暫くニュースを眺めてから、ふと彼女は口を開いた。


「昨日は色々とあったみたいですね」


 彼女は他人事のように言った。


「確かに、昨日は忙しい一日だったよ」


 紅茶の入ったカップを口に当てながら、中身は飲まずにテレビを眺める。水分補給ではなく、それとなく表情を隠すためのマスク代わりとしてカップを使う。

 しかし、誤魔化すことなどできず、彼女は簡単に真実へと辿り着いてしまった。


「あれは私がやったんですか?」

「スー……まぁな」


 誤魔化しはするが嘘はつかない。それを美終は怒るでもなく悲しむからだ。


「たまに記憶が無いことが、不便に感じる日があります」

「……そうか」

「ごめんなさい。言っても無駄でしたね」

「いいんだ。俺にできることと言えば、不満を聞くことくらいだからな」

「案山子と変わらない無能ですからね」

「……あれ? 今は俺の慰めるターンじゃ?」

「え? 俺を慰めるターン? 嫌ですよ、面倒くさい」

「う、うん、ごめんね」


 手が震えたから、カップが歯に当たってカチャカチャと音が鳴った。


「あと、そのカップを使った誤魔化し方。年齢を重ねても、そういう幼稚な素振りは更新されないんですね。解り易くて、もはや強調しているみたいです」

「そ、そうかな。ダンディズムに富んでいて、俺は好きだったんだけど」


 普通に傷つきながら、俺はカップを下ろした。またカチャリと音が鳴って、少しの恥ずかしさが生じる。


「でも感謝しています。ゾンビになっていなかったら、こんな明日さえなかった」

「珍しいな。そんなことを言うなんて」

「感謝を口に出すのは初めてでしたか?」

「いや、初めてではないよ」

「そこで気を遣った返事ができないから、腐刃様はモテないんです」

「なんで俺がモテないって知ってるんだ?」

「見ればわかります」

「え? それって俺がブスってこと? そうでもないよな? 並み以上だよな?」


 あえて返事をせず、彼女は俺に視線を返すだけだった。ゴリゴリと精神が削れていくのを感じる。彼女との会話にかかる消費カロリーの多さは、有酸素運動に匹敵するのだ。


「ふふふ、その弱さが腐刃様の愛らしいところです」

「それって褒められてるのか?」

「褒めてますよ。これ以上ないほど濃厚に」

「なら……いいんだけど」


 唐突に彼女は、俺からリモコンを取り上げてTVを消してしまった。自分の記憶とは異なる報道が不快だったのか、その真意はわからない。


「記憶する機能を失って身体機能が向上、運動能力はもちろん回復力までもが飛躍的に上昇。これだけ聞けばゾンビ化なんて誰だって望みますから、こんなニュースを気にする必要はありませんよ」


 自分を例に出しつつ、彼女は俺を慰めてくれた。俺の気にしていた点とは多少ちがう観点ではあるものの、その心意気だけは素直に染みた。傷ついた今の俺には良薬だった。


 ……あれ? でも彼女に傷つけられたような……まぁ、いっか。


 それに彼女の言い分は正しく、あれだけ複雑に骨折したのに、たったの一分未満で元通りになるのだったら、誰だってゾンビ化を望むはずだった。

 だが、彼女は特例中の特例である。


「みんながそうだったら良かったのにな。残念ながら美終みたいになれるのは、一兆分の一くらいの確率かもしれない。今のところ、多くはオランウータン並みの知能だから」

「私は記憶ができないので、ほとんどゾンビを見た経験が無いに等しいんですけど、どんな子が多いのでしょうか?」

「まず大前提として、生前の記憶は消える。それが残った個体は、美終を含めても5体しか見たことが無いな。で、大抵は脳の機能が損なわれる。著しく知能が低下するんだ」


 何かを失う代わりに、何かが発達する。それがゾンビ化のメカニズムであり、ある種の理であるのかもしれなかった。


「映画みたいに「あ~」とか「う~」しか話せなくなるんですか?」

「そう言う個体も多いよ。もちろんエピソード記憶だけを失うことだってある。それに単純な学習能力の低下は避けられない定めかもな。すごく物覚えが悪くなるんだ」

「それは私も同じかもしれませんね。日を跨ぐと前日の記憶を失ってしまうので」

「枠を広げれば当たらずも遠からずかもな」

「酷いですね。私を馬鹿だなんて」

「え? もう記憶が消えたの? 自分で言ったよね?」

「最低! 直ぐに女は頭が悪いだの」

「枠を広げすぎだよね。あっという間に俺が性差別者になっちゃったよ」

「だからモテないんですよ」


 と、いつもの結論に会話が帰結する。

 俺は頭を抱えながら視線を伏せた。相変わらず彼女には敵う気がしない。記憶を重ねて学習を続けてきたのに、15歳の少女に敵わないのだ。

 取り合えず、今は仕事の話で誤魔化すとするか。


「きょ、今日は午前に消耗品補充、午後から発電所に行くから」


 通常であれば、予定管理などはメイドの仕事に含まれそうなものだ――が、彼女は記憶機能を失っているので、この不協和音が完成している。

 ようやく会話を切り上げて、俺はスームを口に含むことで安寧を取り戻した――が、


 ――プルルルルルル、電話が鳴った。


 古い黒電話(中身は最新)を美終が手に取って俺に渡してくれた。


「あぁ、怪機社長。いつもお世話になっております」


 相手の声色は、やや暗い。いや、暗いと言うよりも敵意が隠れている気がする。


「……はい、もちろんです。……はい。では、午後から発電所に向かうので、そちらでも構いませんか?」


 相手の機嫌を伺いつつ、俺は丁寧かつ慎重に言葉を剪定していた。


「ありがとうございます。では、また午後にお会いしましょう」


 溜息を一つ落としてから、電話を美終に返した。


「まだ朝なのに、たったの電話一つでお疲れですね」

「……相手によるさ。それより午前の来客に備えよう」


 深くは説明せずに会話を切り上げた。彼女も不躾に追及することはなかった。

それは「怪機」、という名前を聞いた影響なのかもしれなかった。



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