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第5話


 俺は双眼鏡を握って、適当なビルの中から軍幕の様子を窺っていた。


「奴らのセンサーは、確か半径50メートルくらい。ここなら捕捉されないはずだ」


 この双眼鏡は俺達を運んだ軍用車から拝借したもので、持ち主が死んでしまったのだから俺が使っても問題はないはずだ。


 軍幕の側には、ゾンビ達が歩き回っている。もちろん腐敗のないゾンビだ。彼らは俺が販売したばかりのゾンビで、俺達と一緒に前線へと運ばれてきた個体たちだ。

 多少の時間を要したが軍幕内の既に死亡している軍人らを脱がし、その軍服を着せてある。見てくれだけは軍人のように取り繕えているはずだ。おかげで手が臭い。


「どうせ戦争に使うはずだったゾンビだ。彼らには悪いが……今は生者の命を繋ぐ為の架け橋になってもらうほかない」


 と、自分勝手な都合を、意識も曖昧に歩く見ず知らずの死体らに押し付ける。

 前線が崩壊してしまった以上、トラックをフルスロットルで飛ばしても、インセクタスから逃げ切ることは出来ない。となると、撃滅が唯一の生存戦略となるわけだ。


 既に最初の一体は破壊した。反応の消えた地点から座標を特定されているはず。

 奴らが捜しに来るのも時間の問題だ――……ほら、奴らが来た。

 銀色の翼を素早く羽ばたかせて空を飛んでいるのが見えた。


「どんな構造をしていれば、あんな鉄の塊が翼で飛行できるんだ?」


 聞こえないのをいいことに、俺は現代の技術力に愚痴をこぼした。

 ゾンビの周囲に先ほども見たカマキリモデルが三体、ブーと羽で重低音を鳴らしながら飛び回っている。カマキリというよりも蠅に近い動きに思えた。


 おそらく、あれが先頭部隊の残りなんだと思う。

 前線を崩したにしては、やけに数が少ない気もするが、戦争の知識など皆無だから俺には判断がつかなかった。


 とにかく、奴らを破壊してしまえばトラックで逃げ切れるはず。


 カマキリの中の一体が、やや群れから逸れるゾンビに目をつけて、ゆっくりと空から近寄っていくのが見えた。

 普通なら銃による反撃を試みるはずだが、そこまでの知能が彼らには無かった。

 手動操縦なら違和感に気付きそうなものだが、どうやら今回はAI任せているみたいだ。


 そっと空から接近して、大胆に大鎌を振り切った。首を斬り落とすのではなく、胸から鎌を貫通させて、そのまま空中へと攫ってしまったのだ。


「う~ん……完璧すぎる。奴は四番だったかな」


 俺の横にある計10個のスイッチから、該当するモノを手に取って素早く押した。

 ドンッ!!! と、大きな音を鳴らして、空を飛ぶカマキリが爆発する。正確にはカマキリの攫ったゾンビが爆発した訳だが、さして差はないはずだ。


 彼らゾンビには申し訳ないが、軍用車から拝借した爆弾をセットさせてもらった。それも対インセクタス用の超高火力爆弾だ。砲弾のように発射することができず、当てることが最も大きな課題となる品だが、ゾンビのおかげで狙い通りの結果が得られた。


「この要領で先頭部隊を破壊できれば……」


 空に舞う汚い花火に、俺は儚い願望を押し付けていた。


 ――が、空を飛ぶカマキリは、一向にゾンビへ接近しなくなってしまった。


 そして、その理由は直後に判明する。

 空を舞うカマキリの周りに、もう二体のインセクタスが現れたのだ。今度は銀色ではなく森に紛れる迷彩柄をしていて、おそらく前線を破壊したであろう機体であった。


「おいおい、ありゃ凄いな。「カブトムシ」モデルか。ここ最近になってLIMBO社の発表した最新モデルだ。それも……発売前じゃなかったか?」


 思わず首を傾げるも、そんな悠長にしている場合ではない、と直ぐに自分を咎めた。


「確か……砲撃型の機体で、現行モデルのインセクタスの装甲を容赦なくぶち抜ける威力があるんだとか。まったくソシャゲじゃないんだからインフレが過ぎるぞ」


 悪態ばかりが溢れて、著しく状況が悪化していく。

 近接型でなく砲撃型が相手となると、ゾンビの自爆は活かせない。距離を取って好き放題に撃たれるだけで、単なるサンドバックと化してしまうのが目に見えている。


 だがしかし、全ての作戦が無に帰した訳ではない。

 まるで役目を察したかのように、無線機が声をかけてくる。


「腐刃様、ご命令を」

「……美終、敵を撃滅しろ」

「腐刃様の仰せのままに」


 双眼鏡の覗く先、軍幕から美終が飛び出した。

 彼女は駆け足を維持しながら近くのゾンビに接近、そのまま自分の走る勢いを利用しつつ、まるで早朝にゴミを放るようにゾンビを空へと投げたのだ。

 それは面白いほど高く飛んで、カブトムシの側まで飛来する。

 自動化した作業のように、俺は彼女の動きに反応して該当するスイッチを押下した。


 ドンッ!!! また空で爆散するインセクタス。彼女の狙いは完璧だった。


 これで残りは三体。カマキリが二匹、カブトムシが一匹だ。

 美終の到来に危機を察知したのか、前衛として残り二体のカマキリモデルが彼女へと接近した。彼女の射線から上手にカブトムシを隠している。

 これで後衛のカブトムシモデルが狙いに集中できるようになってしまった。


 ――一見、そう思えたことだろう。

 

 彼女はカマキリの接近に合わせて、背中から大鎌を抜刀した。

 大鎌には金属の柄までついているのだから、まさしく鬼に金棒といったところだ。

 幾度も目にしたもはや見慣れつつある横なぎが、彼女の首を狙って振り切られる。それを暖簾でも潜るみたいに軽く首を下げただけで躱して、カウンターの一撃を見舞った。

 彼女から振られる大鎌は、容易にカマキリの胴体を捉えて深く突き刺さる。無力化した最初の一体と、まったく同じ個所に刺さっていた。


 すると、やはり弱点だったのか、カマキリは一撃で動きを止めた。

 そう言えばカマキリモデルの売り文句も「インセクタスの装甲を両断」とかだった気がする。それが自分に振舞われるのだから、長所とは短所にも成りえるのだと悟る。


 そこでトラブルが発生。カマキリに突き刺した大鎌が引き抜けず、そんな美終へと、もう片方のカマキリが大鎌を振るったのだ。

 彼女は鎌に執着せずに、それを手放しながら大鎌を屈んで躱した。そのままバク転へと派生して、カマキリから距離を取った。

 その頃にはカブトムシが狙いを定めており、威力抜群と噂される砲弾を角から放つ。


 ――ボンッ!!!


 その鈍い音は、地面に穴が空いて少し後に鳴った。

 それから着弾した地面が膨んで、瞬く間に爆ぜたのだ。


「鉄鋼榴弾か!?」


 彼女に直撃はしなった――が、その爆散する地面に巻き込まれてしまった。

 そこから立ち上る砂煙によって、俺からは彼女の姿が見えなくなってしまった。

 すると砂煙が捌けた時、その場に残ったのはカマキリの残骸だけだった。

 ……地面の爆発に巻き込まれたのか? いいや、その程度で破壊される装甲じゃない。だからインセクタスは戦場を席巻しているのだ。となると、美終が無力化したことになるのだが、あの状況から……どうやったんだ?


 双眼鏡は十分に高性能ではあるが、流石に遠くの詳細までは見通せなかった。

 というか、あの爆発のなかで戦闘を続けていたのか?

 状況の読めないなか、姿を消した美終。


 彼女を見失ったのは残り一体となったカブトムシも同様で、空中から状況を確認しているような飛行だった。

 汗で手を湿らせながら、双眼鏡を握り締める。変に力が入ってしまって、自分の身体じゃないみたいだった。


 緊迫感に苛まれていると「5番を爆破して下さい」と指示が入った。

 その声は間違いなく美終のもので、迷わず5番を手に取る。


 タ、タイミングは? と聞き返そうとしたが、それは蛇足に思えた。彼女との関係値に付随する感覚に身を任せて、俺はスイッチを押下した。


 その瞬間、爆発したのは鉄鋼榴弾の着弾地点であった。

 あの凹みの中に、いつの間にゾンビを運んだのか。いいや、おそらく爆弾を自分でも所持していたのだと思う――推測している間もなく、そこから何かが飛び上がった。


 広がるメイド服のスカートが、その正体を俺に伝えてくれる。


「そうか。一体目のカマキリを足場にして、爆破の勢いで跳び上がったのか。……って、いや、いくら何でも神業すぎるだろ!?」


 他人事でコメントをしている間に、美終がカブトムシと同じ高さまで舞い上がった。

 すると、カブトの角が美終を照準に収める。


 ――ボンッ!!!


 また重低音が鳴り響いた。

 それと同時に、美終がカマキリを踏み台にカブトムシへと跳んだ。

 クルクルと回転しながら一直線に飛ぶ。あの軌道では、途中で徹甲榴弾に直撃するのではないか、と心配したが、彼女の背後でカマキリが爆散したことで、それは杞憂であったことを悟った。


 その爆発を利用して、更に彼女は加速。次弾装填よりも先に、カブトムシへと迫った。角に右足を乗せてから手を付いて側転。そのまま勢いを殺さず、回転を続けながら落下を始める。元々の体重が軽いからか、落下速度が遅く見えた。

 そんな彼女へと当然のようにカブトムシが狙いを定める。ほぼ直下にいる彼女に狙いを定めるのは容易なはずだ。


「……え? 何もしなかったのか?」


 と、呟く俺の下に「9番」と無線が入った。

 即座に反応してスイッチに手を掛ける。深くは考えずに押下すると――……

 ドンッ!!!

 ものの見事にカブトムシが爆散した。


 ……そうか、あの側転の最中にカブトムシの背中に爆弾を仕込んだのか。

 と、納得する間もなく美終が落下していく。爆風もあって自由落下の比ではない落下速度、地面から50メートルは距離があり、確実に死ぬような勢いと高さだった。

 言葉を発する余裕もなく、窓から身を乗り出して彼女の行く先を見守った。

 ズンッ、と音を立てて、先ほどの徹甲榴弾に並ぶほどの煙を巻き上げながら、美終が落下してしまった。その直前まで見ていたが、彼女は無抵抗で落下していた。

 ビルの階段を駆け足で降りるも、途中で足を滑らして転んでしまった。

 尻もちをつけば、そのまま一階でバウンド。尋常ではない鈍痛だったが、それよりも彼女の安否が心配だった。その場に痛みを放置して、足を止めずに駆け続けた。


 たったの50メートル強、少し駆ければ直ぐに彼女の元に着いた。

 その光景を見て、俺は唖然としながら立ち尽くすしかなかった。

 出来立てのクレーターには、まるで別の意識を持つ生き物のように、手足を自由に曲げた彼女の姿があった。誰が見ても、紛れもなく彼女は死んでいる。


 ――いや、既に死んでいる、か。


 俺は彼女の下に駆け寄って、首元に指を二本あてがった。


「……人工心臓は動いている」

「――死んでいると思いました?」


 と、美終が即答してきて、俺は思わず「うわっ!?」と声を上げてしまった。

 複雑に手足を曲げながら、いつの間にか彼女はこちらを見つめていたのだ。


「いや、死んでるだろ」

「そうか、死んでるんでした」


 まるで骨折を繰り返すみたいに、彼女の身体からバキバキと音が鳴り始める。

 最初に足が直線に戻って、それだけの力に頼って強引に起き上がる。人の倒れる映像を逆再生したかのようで、とても不気味な光景だった。


 そのまま満面の笑みを浮かべつつ、俺の前で直立不動。


 宙から紐で釣られるマリオネットのような立ち姿で、関節が五つも増えた右腕がゴキゴキと音を立てながら直線を描いた。同様の手順が左腕でも繰り返される。

 ものの一分ほどで、彼女は元の形に戻ってしまった。


「見惚れているんですか?」

「流石は俺のゾンビってところだな」

「自画自賛だなんて気持ちの悪い人ですね」

「へいへい、どうせ俺は気持ち悪いですよ。それより後続部隊が来る前に帰るぞ」

「賛成です。もうこれ以上、今日は骨折したくありません」


 そう言って、彼女は俺より先にトラックを目指して歩き始めてしまった。

 慌てて後を追おうとするも、俺は風になびく彼女の青い髪に見惚れてしまっていて、先を歩く気分にはなれなかった。


 ――そう、美終不環梨は「ゾンビ」である。

 後にも先にも、これ以上ないほど完璧なゾンビなのである。



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