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第3話

 軍用のSUVは、最低な乗り心地をしている。

 もちろん、道の責任もあるとは思うが……。

 この廃墟になった街路を走行する都合上、当然のように凹凸の激しい道を選ぶことになるのだ。


 ――そんな悪路を走行中、居心地の悪さを誤魔化す為にか、隣に座る青髪の美少女が口を開いた。


「戦争って下らないですよね」


 彼女の名前は「美終びしゅう 腐環梨ふわり」。青い髪の長髪、軽いふんわりウェーブ、背丈は145センチくらい。瞳はビー玉みたいに透き通る青、やや黄色味もあって、とても複雑な色合いをしている。メイド服を着ていて、首には真っ白なチョーカー、病的な美白肌と相まって、チョーカーが擬態して隠れているみたいだった。


「それは間違いない。だが戦地でもある日本で、そんなことを言ってもな……」

「確かに納得です。腐刃様の方が戦争よりもずっと下らない存在ですからね」


 まるで日常会話の一部みたいに、彼女は淡々と俺を罵倒してきた。

 隣を確認するも、彼女の視線は前方に固定されており、素知らぬ顔をしている。


「え? どこら辺に納得したの? それ何の「確かに」?」

「世界各国に大小様々な戦争がある現状、憂いていても仕方なくはありますからね」

「むりむり、普通に無理だから。世間話で希釈しても、さっきの罵倒は薄れないから」

「息くっさぁ……ちょっと近いかもです」

「あれれ? 世間話から感動的な話になってるかな? 何故か涙が止まらないんだけど」


 俺は冷静さを取り戻すために、ポケットから小さな箱を取り出して――具体的には、黒い木箱――そこから一つだけ芋虫を口に放った。

 それに歯を通せば白い果実が弾けるかのようで、中から食感のあるジュースが溢れてくる。最も近いのは葡萄かな。それよりも柔らかいけど。もちろん生食を推奨する。


「くっさいわけですね、虫を食うんですから」

「ねぇ、止めて、涙が止まらなくなるから。それに今さら昆虫食なんて珍しくもないはずだからぁ! 昆虫食愛好家に対する差別反対ッ!」


 軽く右拳を上げて、たった一人のデモ行進を試みる。


「生で食ってる人なんて腐刃様くらいですよ。……気色悪いなぁ」

「滅菌室で育った養殖の「スーム(スーパーワーム)」だぞ!? めちゃ綺麗だぞ!」


 唾を飛ばしながら熱弁するも、彼女はメイド服で俺の飛沫を防いでいる。

「昆虫食の最大の問題点は、味や安全性ではなくルックスですよ。だから、なおさら生食は気持ちが悪いです。それくらい察して下さいよ」

「見た目だって白くて真ん丸くて……お団子みたいで食べやすいのになぁ」

「二度と軽率に他の食べ物で例えないで下さい。それが食べれなくなる人が続出します」


 と、すぐに美終が言葉のカウンターを合わせてくる。顎にもらった訳でもないのに、俺は視界が揺れた気がした。


 そんな苦悩を慰めるために、また一つ「スーム」を口に放る。弾ける果実の旨味が               俺の脳を震わせて、差別的な視線を思考から弾き出してくれる。


 ――が、そこで美終が「その食べている表情も最悪です」と付け足すから、俺はそっと木箱をポケットにしまった。

てきとうに雑談を含まらせていれば、ついに慣性の法則が上体を揺らした。


 俺達の座る後部座席の扉が開いて、そこから軍人が顔を覗かせる。まだ彼の足元には砂煙が立ち上っていた。


「軍事司令部に到着しました。ここで降りてください」


 指示に従って降車すれば、軍人以外にも廃墟が俺達を迎えてくれる。崩れかけのビルが腰を曲げて下を覗いているかのようだった。道路と言う名の河原を泳ぐ、魚代わりの軍用車でも眺めて、この荒廃した世界を過ごしているのかもしれない。


 この場所には、そんなビルが他にも沢山ならんでいる。

 その中の一つ、他と変わらないような廃墟のビルに招かれた。


 入り口を潜ると、内側から金属によって補強されており、当初の廃墟という印象が崩れていく。軍事用に廃墟を改造しているようで、効率よくカモフラージュもできているし、並みの兵器では破壊困難なはずだ。

 壁面の内、三面を巨大モニターが埋め尽くしている。それをなぞるように「コ」の字型に長机が並んで、敵地監視用や通信用の設備、それに軍人が座っている。それらは「回」の字のように、中心に向かって3段に渡たって配置されていた。


 その真ん中に座っているのが「司令官」だと思う。

 既に無線機によって伝わっていたのか、司令官は俺達が到着するやいなや、直ぐに立ち上がってこちらに向かって来た。

 俺の頭から爪先までに視線を這わせれば、右手を差し出して握手を求めてきた。


「ようこそ。悪路だったろうに御苦労だったな」


 初対面で軽く労ってくるのだから、上司感の強い男、という印象を得た。彼の手を握り返しつつ「いえいえ、お気になさらず」と社交辞令を交わす。


「何より、移動は商人の宿命ですから」


 と付け足せば、司令官は満足そうに微笑んだ。


 目じりに皺の残る、50代くらいの男。軍服と帽子で顔立ちくらいしか鮮明でなく、他の情報は限りなく希薄だった。


 ――だが、謎の迫力がある。

 彼の中に積み重なる戦場の記憶がそうさせるのか、とても侮ることのできない雰囲気を醸し出していた。


「見上げた根性だ。さて、戦場で世間話に花を咲かせるわけにもいくまい。依頼していたものを確認させてくれ」

「荷台に乗せてあります。確認してください」

「わかった」


 司令官の後に続いて、俺達も司令部から出た。

 乗ってきた軍用SUVの後ろには、大型トラックが一台だけ止まっている。

 司令官が近くづくのに合わせて部下が荷台を開けた。荷台の両サイドには長椅子が並んでおり、そこに虚ろな顔をしたゾンビが座っている。司令官が覗きこむも、彼らは何の反応も示さなかった。


「依頼通りの数だが……随分と想像とは違うな。腐敗や四肢の欠損があると思っていたんだが、まるで生者そのものだぞ」

「あぁ、それはホラー映画の影響ですかね。実際問題、腐敗してたら商品になりません。あの手の香りは、どうやっても誤魔化せませんからね。それは戦場に長くいる司令官であれば、目下の悩みなのではありませんか?」

「確かにな。しかし、ここまで生者に近くては使いづらいと言うのが心情だ」

「気持ちは理解できます。ですが、ゾンビを扱うのにも慣れがあります。ある女性が犬を飼っていて、その子が死んで、また別の子を買ってしまう。このような連鎖が証明する通り、道徳を習っていながらも人間は命に無頓着な一面があるのです」

「ようは命を扱うのが習慣化する、ということかね。慣れと言ってしまえば簡単だが、どうにも気が進まない自分が居るよ。……もしかして、その子も?」


 と言って、司令官が見たのは美終だった。その厳しい視線に晒されるも、彼女はキョトンとして人形のように振舞っている。


「彼女がゾンビに見えますか?」


 ふと、俺は意地悪な質問をした。


「はっきり言って……まったく見えないな。ごく普通の少女に見える」

「では、代々続く私共の技術を誇れるというものです。ここまでの傑作は、もう二度と作れないかもしれませんがね」

「やはり、そうなのか。真実の曖昧さが如実になるな」


 不思議そうに、司令官は美終を眺めていた。しかし、それも数秒程度のことで、直ぐに彼は俺に視線を戻した。


「では商談に戻ろう。荷台の彼らは、どれくらい動けるんだ?」

「もちろん発注通りです。歩行に問題のない個体を連れてきました。陽動作戦などには、十分なレベルだと思います」

「素晴らしい、全て購入しよう」

「承知しました。では購入の前に私が契約書の読み上げを行って、その後にサインをお願いします。古い文化ではありますが、ZMB社では紙の契約を厳守しています」

「よし、早くやってくれ」


 司令官が顎で急かしてくる。当然のことではあるが、戦場に余白時間は無いみたいだ。


「では読み上げます。ゾンビの購入者は、以下の十条を遵守すること。

 第一条:ゾンビに対する破壊行為の禁止

 第二条:ゾンビに対する性的行為の禁止

 第三条:ゾンビに対する解剖行為の禁止

 第四条:ゾンビに対する医療行為の禁止

 第五条:ゾンビに対する食糧供給の禁止

 第六条:ゾンビの譲渡・転売行為の禁止

 第七条:以上の条項に違反した場合、ZMB社が被った損害を請求することが可能

 第八条:何らかの不可抗力が発生した場合、当社は一切の責任を負わない

 第九条:本契約に関し、裁判上の紛争が生じた場合、簡易裁判所または地方裁判所を管轄とする

 第十条:以上の内容、購入者の同意までを録音し、ZMB社が法的に管理する」


 俺は以上の内容を、いつも通り二度も読み上げた。これが裁判の決め手になるので、手を抜くことはあり得ない。それは尾藤からも口酸っぱく警告されている。


 難しい顔で契約内容を聞いた後、司令官は「了承する」と発言。


 俺が契約書をバインダーに挟み、ボールペンと一緒に司令官へと差し出せば、彼は素早く受け取ってサインを記入してくれた。


 この段階で文句を言ってごねる顧客もいるのだから、何の為に購入をするのか、と問いただしたくなる日もある。一応は顧客ファーストのつもりだから質問はしないが。


「よし、契約完了だな。この小切手を受け取ってくれ」


 10体もゾンビを購入すれば、それなりの金額に届く。戦場だから現金を用意するのが困難だって言うのもあるが、仮に現実でも同様で、小切手による取引になったはずだ。

 俺は小切手を確認して思わず首を傾げる。こちらから事前に提示していた金額を明らかに上回っていたのだ。


「あれ? 色を付けてくれたんですか?」


 司令官は無表情のまま、淡々と言葉を紡ぎ始めた。


「前戦に複数の死体がある。ゾンビに加工できるなら、そのまま前線に投入したい」

「あの、言っている意味がわかりません。前線なんて……一介の商人が向かう場所ではないはずです。でしたら、この小切手は受け取れません」

「死体が一つ増えることになるぞ?」


 と、即答する司令官。俺はポカンと口を開けながら、彼を見つめ返すしかなかった。


 だって今、言うことを聞かなきゃ殺すって言われたよね。


「死体を弄ぶお前みたいな奴は死んだ方が良い――と言うのが私の考えだ」


 ねぇ、それ何のお気持ち表明? 俺を殺す為だけに高額な契約書を餌にしたのか?


 いや、待てよ。これは政府からの依頼だったはず。となると、契約までは政府からの指示で、その後は司令官の独断なのか。わざわざ俺を殺す為の独断? 万が一、俺が前線から生きて戻ったのなら、確実に厳罰を食らうはずなのに。

 ……いいや、そもそも生かして返す気が無いからか。


「取り合えず、直ぐには死にたくないので前線に向かうことにします」

「……ふむ、行ってきたまえ」


 その無表情の指示が何かの宣告かのようで、とても肩が重かった。

 司令官に背を向けて、ポケットから木箱を取り出し、そこからスームを一つ口に放る。

 これが俺の落ち込んだ時のルーティーンな訳だが、隣を見れば美終の差別的な視線に晒される。今日と言う日の惨めさは、今後に深く影響を及ぼすことになるだろう。


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