第10話
発電所そのものは円を基本に作られているが、この地下は単なる正方形の箱だ。特にこの焼却部屋は、それが顕著でシンプルな造りだった。椅子や机、それに棚などの一般的な家具は一切ない。唯一の特徴は、壁面の一つが灰色であることだろうか。
危機を脱した訳ではなかったが、ひとまず焼却炉に非難したことで溜息を一つ捨てる。怪機社長と美終は立っていたが、俺は壁にもたれかかりながら床に座っていた。
これと言って運動をしたわけでもないのに、この疲労はどういうことだろうか。やはり精神と肉体は密接に繋がっているのかもしれない。
疲労を抱える俺とは違って、怪機社長はこの部屋を物珍しそうに観察していた。
「あの壁は何だ?」
そう言って彼が指さしたのは灰色の壁面だった。そこには幾つもの小さな扉がついており、学校のロッカーに近い見た目をしている。
「あれが焼却炉なんです。ここで壊れたゾンビは、ここで処分するよう指示されてます」
「死体は遺族に返却するべきではないのか?」
「でも多くのゾンビは、遺族に返されずに購入者が埋葬します」
「腐刃の指示で?」
「まぁそうですね。人をゾンビに加工するのに、ポジティブな気持ちを持っている人は少なくてですね、そのまま購入者に選択を任せることが多いってだけです。死体を買って加工して、最後に購入した人が処分を決める。人であることを除けば、極一般的な商品の辿る道と同じです」
「ゾンビを扱うには、何かに盲目になることが必要である……ということか。実際、遺族も死体を売った半面、張本人に顔向けできんのだろう」
怪機社長は腕を組んで難しい顔をしている。納得しているようで、納得していないような、味のないガムを噛んでいるかのような顔だった。
「一応は政府にも確認しましたが、そういう契約の死体だと言われました。普段と同じだから深くは問い詰めませんでしたが……」
「返す必要のない死体。……無難に考えれば多くは犯罪者だろうな」
「俺もそう思います」
「……はっきり言って不気味だな。政府筋の仕事は、これだから厄介なんだ」
彼にしては珍しく愚痴っぽい口調だった。口も「へ」の字に曲がっている。
「へぇ、怪機社長でも?」
「まぁな。うちも政府にロボットを売っているが……正直、色々と面倒なことが多い」
「ロボットは高いですからね~。なんか値切ってきそうですね」
「彼らは国防の為にと言えば、いくらでも値下げできると思っているようだ」
「タハハ、それはわかります。俺の時も何度か言われましたから」
「ある程度は融通を利かせたが、次第に苛立ってな。結局のところ「だったら対戦国に売るだけだ」と言ってやったよ。あの時の彼らの顔は正直に言って笑えたな」
「でも実際に対戦国にも売ってますよね」
「まぁな。だが、日本に一番安く販売しているのが現状だ。おかげで日本は金が無いのに戦争に負けないだろ? 何事も匙加減が重要なんだ」
「やっぱり戦争をコントロールしてるじゃないですか!」
ぐぬぬ、と怪機社長は視線を逸らした。ほぼ日本のフィクサーなのに、表立って行動したいという理由で、力のない人間を装っている。
「話を戻せば、私の方は無事に儲けているということだ。政府筋の仕事であろうが、ようは取り組み方次第というわけだよ」
「それはまた……羨ましい限りです」
「……だがしかし、それを脅かすのが――……お前のゾンビなのだ」
と、再び彼の厳しい視線が俺を捉えた。背筋がゾクリとするほどの迫力がある。依然に会った軍人の比ではなかった。
「ニュースの件ですね。あれは……予定調和というか、俺の意志じゃないんです。反撃をしなければ俺が死んでいたところでした」
「問題なのは、お前が戦場に居たことだ。それは我が社の独占する戦争市場に興味があるという証拠に他ならない!」
「実際のところ興味はあります。……いや、あったかな。やはり戦争はクソです。俺は手を引くことに決めました」
あの時のインセクタスを想えば、俺のゾンビは戦争を激化させるだけだ。
昨今の戦争はロボットの独擅場だが、そこにゾンビが乗り込むことによって技術競争が激化するのは明らか。怪機社長のコントロールしている現代だからこそ、戦争が安定しているのだ。もしかすると病気の方がもっと人を殺している可能性だってある。
戦争の安定とは言い得て妙ではあるが、明確な事実なのだから仕方がない。
「ふん、どうだか。口では何とでも言えるからな」
「こればかりは信用して頂くしか……」
「……信用するかはさておき、今回は大目に見てやる。だが、これ以上に踏み入るつもりなら……わかっているな?」
「我が家にロボット軍団が押しかけてきますか?」
「どうかな。だが、我が社には証拠なく対象を抹殺する手段が、おおよそ100通り以上はあるとだけ伝えておこう」
「……大目に見てくれるなら、この会話は止めましょう。気が滅入ってしまいますから」
どっと疲れが増した気がして、俺はスームを一つ咥えた。この人と会話をすると心労がかさむばかりだ。
「それに、今はもっとすべき会話があるはずです」
「現状の打開策について、か」
「そうですよ。俺たちは明らかに攻撃を受けてます」
「何か狙われる心当たりはあるのか?」
「……えっとぉ」
極自然な流れで俺は怪機社長に視線を送った。だって、ついさっき脅されたし。
「確かに私には動機がある……が、私ならもっと簡単に殺せる」
それはそうなんだよな。ゾンビを使った暗殺なんて、少し調べれば候補にさえ上がらないはず。どう考えてもロボットを使った方が効率的だろうから。
もちろん、全員が全員、美終みたいな性能をしていたら話は別だけど。
……あ、ニュースを見た可能性はあるかもな。文字を見ただけでゾンビを過信したのかもしれない。案外、敵は無計画な情報弱者なのかな? ……何か的外れな気もするけど。
「説得力のある弁明です。それなら俺には心当たりがありません」
「まぁだろうな。順当に考えれば狙われているのは私だろう」
「心当たりがあるんですか?」
「多分にある。逆に絞れないくらいだ」
「戦争社会に身を置く心労を察します」
「良い心がけだ。だが、普段は狙われることもない。一度でも私を狙えば、手痛い仕返しを食らうのは目に見えているからな。何故か今日に限って狙われるとは……」
ここで、静かに耳を傾けていた美終が、とても冷静に口を挟んだ。
「それはつまり、驚くほど状況が整っていたのでは?」
「一理あるな。今の俺を殺せば疑われるのは腐刃だ。いずれは私の部下が真実を突き止めるだろうが、少なくとも時間稼ぎにはなるだろう」
「昨日のニュースでロボットとゾンビはライバル関係になって、それを世界中が認識してるはずですから、動機はばっちりですね……最悪なことに」
俺は溜息を一つ落として、床に指で「の」の字を書いた。それを見た美終が俺のことを鼻で笑うのまで聞こえて、完全に意気消沈だった。
「……違和感はあるがな。それでも反撃の可能性は危惧するはず。どうして今日この場所なのか疑念が残ったままだ」
「この場所は暗殺に最適ですからね」
「ゾンビを暗殺に利用できるからか?」
「それだけじゃありません。異常が起きた際にゾンビを逃がさない為に、出入り口を一つにしてあるんです。それに穴も深く作ってあります。タハハ、笑えるでしょ?」
俺が自慢げに言えば、怪機社長の呆れ顔と目が合った。
「そのエレベーターが壊されたのか。残念ながら微塵も笑えんな」
高そうな革靴で床をカツカツと鳴らしている。相当なストレスが注がれたようで、今にも人を殺しそうな顔をしていた。
「昔のよしみで忠告するなら直接すべきだと来たが、とんでもない失敗だったようだな」
「いやぁ、優しさを仇で返しちゃいましたか。怪機社長が暗殺者に狙われている想定ができてませんでした。というか、それは流石に無理です」
「そこまでの期待はしていなかったさ。これは私の落ち度だとは思っている」
焼却炉くらいしか見るモノが無いこの部屋で、とうとう怪機社長は壁に寄りかかった。俺にも言えることだが、この窮地に精神が摩耗しているのかもしれない。
「……ですが、綿密に用意された計画ではないはずです」
「だろうな。ニュースが出たのは昨日、たったの一日未満の間に作られた計画のはずだ」
「追撃もありません。さっきのEMPグレネードだけが手札だったのかも。……それ
にしても、一応はEMPグレネードの対策をしていたのにな」
怪機社長が俺の脚元に何かを放った。
割れた白い卵のような品で、頭頂部に「LIMBO」の文字がある。……ってこれ、さっきのEMPグレネードじゃないか。
「我が社の最新式、それも未発売の品だ。まぁ、分の悪い相手だったと思え」
「内部からの反乱の可能性があるってことですか?」
「その可能性はある……が、断定はできない。発売前の兵器流出なんて、日常茶飯事でしかないからな」
「それって最悪の事態なんじゃ?」
「その情報だけで数十億円、そのものであれば数兆円規模の金が動く時代だ。少しでも自国の戦争を有利に進める為なら、誰だって何でもするさ」
「負ければ全てを失うのが戦争、か。逆に勝てれば、と考えれば魔性の魅力も頷けます」
「一つ確認したい。お前の父親との関係上、ゾンビが首のチョーカーによって理性を制御していることは知っている。なぜ美終には、このEMPグレネードが効かなかった?」
いつの間にか、怪機社長の視線が美終に向いている。あの光景を見れば、当然の疑問なのかもしれない。……隠す意味も無いか。
「あぁ、それなら……」
俺は美終を見て、自分の首を指さした。記憶のリセットの影響で、初めてのやり取りのはずだったが、彼女は会話と動作から俺の考えを察してくれた。
そうして、首からチョーカーを外してしまった。
それを見ると、怪機社長の目が静かに見開く。
「もうご理解頂けたと思いますが、あれは只のチョーカーだからです」
「ほぅ。つまり……本体が特別性だから、という訳か」
「はい。意図的にこうなった訳ではありませんが、特別なのは間違いないです」
説明が終わると、彼女はチョーカーを戻した。
俺は捕捉として「まぁ、ある種の免許証みたいなものですかね」と付け足した。普通の人とゾンビを見分ける為の、また管理下にあると証明する為のチョーカーなのだ。
「疑問が解決したよ。……ところで、そろそろ休憩を終えて、本格的にここから出る為の作戦を練らないか? 我々は未だに芳しくない状況に置かれているのだから」
「……あぁ、それなら考えがあります」
ようやく俺は立ち上がって、尻をパンパンと手で払った。
「よし、是非きかせてくれ」
「弁償して下さい」
「……は?」
「あの程度のゾンビなら問題なく美終が対処できます。問題は、政府がどう来るか、それだけなんですよね、最初から」
「ふ、ふふ、あっはっはっは! いいだろう、金は全て私が持つ、好きにやってくれ!」
珍しき怪機社長の爆笑に、俺と美終の顔がやや引きつる。正直言って元々の顔と相まって、とても怖かった。普段は優しい人が、急に激怒したみたいな感覚に近い。
とはいえ言質は取った。あとは実行するだけだ。
「美終、敵を撃滅しろ」
「腐刃様の仰せのままに」
と言って、彼女はお上品にお辞儀をした。




