悪徳領主、街へ入る。
アラエルの愛馬シュバルツの蹄の軽やかな音色が風を切るように進んでいく。リズミカルに流れていくその音色は人馬の体重を一切感じさせないほどに心地よい安心を与える。
トモを踏み出し、景色が川のように移ろう。
馬の背が揺れ、身体が跳ねる、
それは大海原で船に乗っているように揺れるが、視点がブレることはない。
シュバルツは先を見て、走る。
鞍上に乗せるアラエルに絶対の信頼を寄せている。
半年ほど前、城下町に置いて行かれ、本当であれば振り落としたいと思っているのだろうがやはりこんな屑でも、シュバルツが認めた唯一の友である。
林の中の木漏れ日を猛スピードで駆け抜ける。
アラエル・オズワルドは部下兼執事のセバス と共に城下町へ観光……ではなく、城下視察という名目で城から出て来て来ていた。
愛馬であるシュバルツを急いで厩務員であるサンダースに整備させ、城から街へ続く直線の道を軽快に走っていた。
「いやー、馬っていいな、まるで飛んでるような気がする、そうだろ、アデル!」
アラエルが乗るシュバルツは地面を蹴り、砂が巻き上げられ、空を飛んでいるかと錯覚するほど安定した馬体がさらに加速する。
一方のセバスも漆黒の馬体が汗で鈍く光る馬の背中にしがみつくようにして乗り、やっと昔の感覚が蘇って来たのか、背中をゆっくりと上げた。
「馬は好きですが! 飛んでるということは同意できない!」
敬語には程足りず、フランクな話し方でもない。この二人の関係はよくわからないものである。
まぁ部下と上司、いくら上からフランクに行こう! と言われたところでそう簡単にいつもの社畜……いや、城畜がそんな簡単に抜けるわけもない。
「あはは! 当然だ! 感覚の問題だからな、俺が飛んでるって思えば飛んでるんだ!」
「なんですかそのバカな理論。全く意味がわかりません!」
「気にするな! 体感しろ 考えるな! 馬の背中に乗られるな、乗るように乗れば自然と身体が動き始める」
感覚派のアラエルの助言に対して理論派のセバスは全くその感覚がわからないと言った表情でゆっくりと倒れていた背中を上げた。
「前を見ろ、足元見るな、カーブなら勝手に馬が曲がってくれるさ、俺たちはこいつに指示すればいいんだよ」
「だからその感覚がわからないんですよ!」
「…………」
「無視ですか?
「もう、俺には無理だ、……」
そう呟いたアラエルの視線の先には城下町へ入るための警備隊の警備小屋が視線に入る。
「あっ、見えて来た。セバス、あそこで馬、預けるんだよな」
「え、えぇそうです。話変えないでください」
二人は初々しいカップルのような雰囲気で馬の背中の上で風を切り裂き、別れた。
「アラエル様……ですか、申し訳ございませんアラエル様」
「何が?」
警備小屋に着くと、中から一人の屈強な警備兵が愛刀を腰に刺した状態で厄介事に巻き込まれたと言った表情で出てきた。その手には赤色の枠で抜かれた一枚の書類を持ち、ちらっとだか『立ち入り禁止』と書かれているように見える。
警備兵は面倒そうに読み上げた。
「アラエル様は立ち入り禁止とされています」
「おれ、アラエルジャナイ。エドワード・トムブラウン二世。アラエル? ダレソレワタシベツジン」
誰がそんな言い訳鵜呑みにするんだと言いたくなるほどお粗末な言い訳は警備兵には通用しない。
「ではそのお方も立ち入り禁止です」
「なんで!?」
大袈裟に驚いてみせるアラエルだがその反応に警備兵は何故と言う表情で見ている。ついでに背中の方からも冷たい視線を感じた。
「先日、馬、忘れて行きましたよね」
警備兵は今アラエルが乗って来たシュバルツを見た。
先日忘れた馬、つまりシュバルツの事である。
「1週間放置されましたよね、サンダース殿が取りに来ました」
「うん、それが?」
知らんぷりしているがついさっきサンダースに怒鳴られたと思うが。これが領主でなければ牢屋行きなのであろうと思われる。こんなクズでも領主である。
「1週間放置された分の餌代と小屋代まだ払っていただいてません」
「え? サンダースから払ったんじゃないの?」
セバスはアホか。と言いたくなったがどうにか堪えた。
その代わりにはぁ?と言うため息とも取れる音が聞こえる。
「全てアラエル様持ちにしましたので」
「はぁ? 俺聞いてない、セバス」
「ご自身のお尻はご自身で拭いてください」
「もとから拭いてる」
誰が誰の尻を拭こうとどうでもいいが警備兵としては金を払ってもらわないとアラエルを入れることはできない。
「なので延滞料込みで50万ルピアお支払いください、支払いが確認されるまで立ち入り禁止です」
「高っけ! ぼったくりだ!」
50万ルピア アラエルに端金に過ぎないと思うが、ここは妙な庶民感覚が根付いている、アラエルには容認できないほどの大金である。セバスに泣きつけば出してくれるかもしれないが、シュバルツを置いて行ったのは……と言うとアラエルであり。シュバルツの存在自体忘れた1週間もの間放置したのは……またもアラエルである。
「私は払いませんよ」
アラエルがどうやってゼバスに泣きつこうか考えてるうちに先手を打った。
「頼む! 頭でも首でも付けるから」
「いいですね、今から借金の代わりに落としましょう」
警備兵が腰に刺した剣を音もなく抜き、地面に頭をつけようと演技を始めたアラエルの首の30センチ程上に構えた。
「やめてくれ! 命だけは!」
「そうですね。」
「セバス」
涙目のアラエルは助け舟を率いやって来たセバスに抱きついた。
「首を落としただけでは生優しい」
「え?」
助け舟だと思ったセバスは敵であった。
これが偽旗作戦
アラエルはまんまとセバスの策略に乗せられ、その首が胴体から離れるまでもう時間は残されていないだろ。
「四肢をもぎ取り、魔物の餌として自分の手足が食べられるところを見せましょう」
「ではそのように」
セバスな酷い発言に警備兵が同調し首筋に乗せられた鋭く研がれた剣を肩口に移動させる。
アラエルの首筋には切られたと錯覚するような痛みが走る。
「苦しませないように」
「わかってる」
「金なら払う! いくらだ! いくらでも出してやる! 助けてくれッ! お願いだ、助けてくれ、命ッ!命だけは! どうかお助けを……」
「どうします?」
「では延滞料は城請求してください、多少多めで結構です」
「分かりました。そのように。そして今回馬はどうしますか、」
「預けておく、今度こそちゃんと取りに来るように指導する」
「かしこまりました」
「あはは! 俺の迫真の演技の前に騙されたな!」
「やはり斬りましょう」
「ごめんなさい」
「どうぞ、くれぐれも事件事故騒動万引き犯罪犯罪予備など起こさないでください」
「信頼ないなー」
アラエルは警備兵の肩を昔からの友人と言った感じで叩き、その脇をすり抜けるようにして街へ向かった。




