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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

やめられない

作者: 尾手メシ
掲載日:2022/09/21

過激な表現を含んでいます。苦手な方はご注意ください。

 大学生の田之上には坂下という友人がいる。坂下とは大学で知り合ったのだが、出会った当初から妙に馬が合い、以来、まるで昔からの馴染みのように付き合ってきた。

 坂下という男は直情型の人間で、良く言えば行動力があり、悪く言えば行きあたりばったり。思い立ったが吉日とばかりにすぐに行動に移すところがある。その突然の行動に振り回されることも少なくなかったが、自分がなかなか決断できないことを思い切りよくやっていく坂下の姿に、田之上は憧れに似た尊敬を持っていた。だから面倒事に巻き込まれても、文句を言いながら、結局は「しょうがないなぁ」と苦笑しながら手を貸すのである。


 その週末、特に予定のなかった田之上はゴロゴロして過ごした。漫画を読んだり、ネットサーフィンをしたりしていれば、時間はあっという間に過ぎていく。坂下とは金曜に大学で別れたきりで、週末の間に連絡を取り合うこともなかった。


 週も明けた月曜の午前中、大学の構内を歩いていて、田之上は友人の後ろ姿を認めた。

「おい、坂下」

 名前を呼びながら友人に駆け寄る。

「お前、週末何してた?」

言いながら坂下の肩に手を置いた。坂下がゆっくりと田之上に振り向く。その顔を見て、田之上はびくりと体を震わせた。肩に置いていた手を反射的に引っ込める。振り向いた坂下の顔はげっそりと頬がこけ、目の下には濃い隈が出来ている。一見して、明らかに健康的ではない。

「大丈夫なのか?」

田之上の問に、坂下は

「大丈夫、大丈夫」

と答えるばかり。

「大丈夫って、どう見ても大丈夫じゃないだろう。一体、何があったんだ?」

堪らず声を荒げた田之上に、坂下は珍しく口籠もった。口の中でモゴモゴとしていたが、すぐに意を決したように田之上を見る。

「田之上、聞いてほしい話がある。これから時間空いてるか?」

田之上は坂下の目を見て頷いた。


 二人はカフェテラスに腰を落ち着けた。朝には遅く昼には早い中途半端な時間だからか、二人の他には誰もいない。自販機で買った缶コーヒーを一口啜って、坂下は話し始めた。

「金曜さ、オカルト番組やってたの覚えてる?」

 言われて、田之上は頷いた。ぼんやりとだが覚えている。確か二時間の特別番組だったはずだ。

「それでさ、心霊スポットに行っててさ。騒ぎながら廃墟を進んでんのを見てたらさ、なんか俺も行きたくなっちゃって」

そうしてその足で、すぐに近場の心霊スポットに一人で赴いたのだという。

 廃墟にたどり着き、いざ探検と勢い込んで乗り込んだまでは良かったのだが、当然ながら、心霊現象など起きるはずもない。拍子抜けしながらズンズンと廃墟を進めば、ものの十分もしない内に回り終えてしまった。こうなると、もうやる事がない。不完全燃焼のまま家路についた。

 家に帰り着いた時には日付がとうに変わっていた。普段はそろそろ寝る時間だが、目が冴えてしまって寝る気にならない。何より、せっかく行った心霊スポットが期待はずれで、どうにも気持ちの収まりが悪かった。

「だから、AVでも観ようと思って。だって、あの時間だと、酒飲むかオナニーするかくらいしかやる事ないだろ」


 パソコンを起ち上げて、いつも使っている動画サイトを開く。ズラッと並んだ動画の中から一つを選び、ヘッドホンをつけて動画を再生した。

 モニターに、女優のあられもない姿が映し出されている。ヘッドホンからは、艶めかしい喘ぎ声が聴こえてくる。昂まる気分に身を任せるように、下半身が固く熱を帯びていく。視線はモニターに向けたまま、両の親指を下着の裾に掛けて一息に引き下ろした。外気に触れた下半身が、瞬間ヒヤリとする。解放された坂下が力強く天井を指し示す。右手で握った物を一度二度、助走するように軽く擦って、いざ本格的に扱こうかというまさにその時、背後に強烈な視線を感じた。

 驚いて振り向いた視線の先、見知らぬ女が立っていた。腰まで届きそうな長い黒髪はほつれ絡まり、散々に乱れている。纏っているシンプルな白いワンピースは赤黒く汚れ、引き裂かれたようにところどころが破けていた。髪が顔に垂れ掛かってきているために顔立ちは分からないが、黄色く濁った目が髪の隙間から坂下を睨みつけていた。

 生きている人間ではないことは一目見てすぐに分かった。黒髪の隙間やワンピースから覗く肌は黒く変色していて、ところどころ肉が腐り落ちて骨が見えている。表面や断面に何か白いものが蠢いていた。そしてなにより、大きく裂けて、今もコポコポと血を零している首筋を見れば、死んでいることは一目瞭然だった。首筋からワンピースに滴った液体が、女の足元に水溜りを作ろうとしている。

 女が足を引き摺るようにして、一歩近づいてくる。右足を引き摺った後には、床にどす黒い線が一本引かれる。右足を前に出して体を止めた拍子に、体から肉が蛆とともに腐り落ちた。

 あまりに異様な光景に、坂下に怖気が走った。恐怖で体がビクリと反応する。坂下の背中に震えが走る。

 ヘッドホンからは女の喘ぎ声が聴こえる。クライマックスが近いのか、声が大きくなっている。右手の中でビクリと反応する。坂下の背中に震えが走る。

 一本、二本と線を引き、血を滴らせながら女が近づいてくる。盛大に声を響かせながら、女が耳元で喘いでいる。二人の女の間で為す術もないまま、坂下の右手だけが速度を増していく。女が近づく。女が喘ぐ。右手が上下に行き来する。背中はゾクゾクと震え、心臓は矢継ぎ早に鼓動を打った。

 ついに目の前に立った女が、ググッと坂下を覗き込むように顔を近づけてきた。絶頂に達したらしい女が、耳元で長く、一際高い喘ぎ声を響かせた。女に見られながら、女の喘ぎを聴きながら、坂下の右手の中が激しく震え、堰き止められていたものが勢いよく飛び出していった。

 自身の全てが下半身から流れ出したかのような倦怠感に呆けていたのはどのくらいだったのか。坂下がはっと我を取り戻すと、女はすでに消えていた。血の水溜りもどす黒い線も肉の破片も、影も形もなくなっていて、ただ、自分が放ったとは思えないほどの白濁だけが残っていた。

 何が何やら分からないまま、とりあえずその日は片付けをして寝てしまった。しかし、坂下を襲う異変はこれで終わりではなかったのだ。

 翌日の朝、怠さを感じながら目覚めた坂下の下半身は、しかし生理現象に従ってそそり勃っている。それをいつもの癖で、ぼうっとする頭のまま弄っていると、また強い視線を感じた。坂下の足の先、ベッドの縁から昨日の女の顔が覗いている。女と目が合ったと思ったら、ベッドに両手をついて、ズズッと女がベッドの上にずり上がってきた。そのまま腐肉を滴らせながら、仰向けに寝ている坂下の体の上をよつん這いになって進んでくる。胸の辺りまで進んでくると、ググッと首を伸ばして、坂下の顔を覗き込んできた。恐怖とともに、昨夜の途轍もない快感の記憶が蘇る。坂下は絶叫しながら盛大に果てた。

 女は何度も坂下の前に現れた。その度に、坂下は女に見られながら猛りを吐き出す。繰り返されるそれに、恐怖と快感はごちゃごちゃに入り乱れて、螺旋を描いて絡まり合う。日曜の夜を迎える頃には、テッシュの山ができていた。


「なあ、どうしたらいいと思う?」

 坂下が泣きそうな声で訊いてくる。

「いや、どうしたらって…」

田之上はひどく困惑していた。自分は一体、月曜の午前中から何の話を聞かされているのか。友人の、それも同性の男のオナニー事情など微塵も興味がない。自分は坂下に担がれているのかとも思うが、げっそりと窶れてしょぼくれている坂下に冗談の気配はない。

「ほんと、どうしたらいいんだろう。俺、このままだと、どうにかなっちゃうんじゃないかって不安で」

 泣きそうな声で、坂下が言う。

 正直、すでに手遅れなのではないか、と田之上は思う。もう完全に、新しい扉は開き切っているように思えてならない。しかし、それを友人に告げることは躊躇われた。それは坂下自身が向き合うべき業だ。だから田之上は、とりあえず、これだけを告げることにした。

「あー、寺でお祓いでもしてもらったら」

どこか投げ遣りな田之上の言葉は、それでも坂下には救いであったらしい。

「てら、寺。そうか、寺か」

ぱっと表情を明るくした坂下は、「すぐに行ってくる」と言って、足取り軽く去っていった。

 どこの寺に行く気か知らないが、坂下は今の話を坊さんにもするつもりだろうか。田之上には、初対面の男からオナニー事情を聞かされる坊さんが憐れに思えて仕方ない。遠くなる坂下の背中に向かって、田之上は合掌した。

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