三日月夜の魔法
今夜は三日月。だから私はお願いをする。
「明日はトモヤくんと会えますように。」
部屋の出窓に身を乗り出して、三日月を見つめる。好きな人に会えますように。三日月の力を貰うために月の光を浴びていたら、ママに抱き抱えられ降ろされた。
「ナコ〜そろそろ寝る時間だからこっちおいで〜」
もう、もうちょっとこっちにいたかったのに。私が拗ねたのがママに伝わったのか、「ごめんね〜でももう夜遅いから寝ようね〜」と頭を撫でられた後、寝室に連行された。寝室はカーテンでお月様の光が隠されちゃってたから、私は諦めて寝ることにした。叶うといいな。
翌朝。誰よりも早起きな私は、家族を起こして回る。「おはよ〜!」「朝だよ〜!」「遊ぼ〜!」と、ママ、パパ、マナトくんの順番に突撃して行った。ママとパパは「おはよう」って返してくれるけど、マナトくんは、朝はいつも不機嫌。布団をかぶってもう一度寝ようとするから上に乗れば、「ああもう、分かったから」と私の首根っこつかんでリビングへ降りて行くのだ。そんな毎朝の攻防が、私は大好き。
皆が朝ごはんを食べるのと一緒に私も食べる。今日はなんだか少ない気がするぞとママに訴えれば、「相変わらずナコは食いしん坊だね〜」と笑われる。だって足りないんだもん!
パパとマナトくんが家を出るのを見送った後は、ママと一日を過ごす。遊んでもらったり、ママのお掃除を手伝おうとして退かされたり、一緒にお昼寝したり。毎日楽しい!でも、夕方になると私はいつもそわそわし出す。それがママにも伝わったようで、「今日はトモヤくん来るかな〜来るといいねえ」って。「今日は来るよ!」って言えば、ママが頭を撫でてくれた。だって、三日月にお願いしたもん。
玄関のドアが空いた音と、「ただいま〜」とマナトくんの声が聞こえた。それに「お邪魔しまーす。」っていう大好きな人の声!
がチャリというドアの音を聞いた瞬間走って2人の元に向かっていた。「会いたかった〜!」って、マナトくんではなく、その隣にいるトモヤくんに抱きつく。「お〜ナコ〜久しぶり〜!」って、衝突に近い感じで飛び込んだ私を、軽々しく受け止め抱き上げてくれた。やっぱり、三日月にお願いしたから叶ったんだ!と顔が綻ぶ。
「トモヤくん遊ぼ遊ぼ!」ってトモヤくんにまとわりつけば、それを嬉しそうにして頭を撫でてくれるトモヤくん。それが気持ちよくて目を細める。段々マナトくんは私を鬱陶しく思って何度も「あっち行ってろ」って言ってくるんだけど、べーだ。「絶対行かないもんね。」ってトモヤくんの膝の上を陣取った。
外が暗くなった頃、トモヤくんが「そろそろ帰るわ」と腰を上げる。膝上に乗っていた私は非情にもトモヤくんの腕によって降ろされてしまった。
「いいじゃん、まだここにいてよ」と私が言うのも虚しく、「お邪魔しましたー!ナコまたな〜」と帰っていくトモヤくん。私も追いかけたくて飛び出そうとすれば、マナトくんに「こら、ナコ」とあっさり捕まってしまった。
ドアが閉まり、マナトくんの腕から降ろされた私は、急いで出窓へと向かった。そこから、家に帰って行くトモヤくんが見えるのだ。窓に遮られて聞こえてないかもしれないけど、「またね!」って言ったらトモヤくんがくるりとこちらを向いてくれた。にこにこしながら手を振ってくれる。それがとっても嬉しくて「ばいばーい!」って言ったらマナトくんに「うるさいぞー」って言われた。
トモヤくんが見えなくなってからも、私はしばらく出窓にいた。
昨日三日月にお願いしたから会えたんだ!やっぱりお母さんの言ってたことは本当だ!と顔が緩む。トモヤくんと別れてから初めての三日月で、初めてお願いをしたけど、まさか本当に叶うなんて。信じてはいたけどさ。とにかく、これからも三日月の日は毎日お願いしようって決めた。
昨日は曇っててわからなかったけど、三日月って思ってたよりたくさんの日見られるみたい。それをいいことに、私のお願いは段々とエスカレートしていった。
「明日もトモヤくんと会えますように」から始まったのが、気づけば「トモヤくんとお話出来ますように」になっていた。
その翌日私は驚くことに、トモヤくんと話せるようになっていた。トモヤくん以外には私の言葉は言葉として伝わってないけど、トモヤくんだけは言ってることを理解できるようで。「トモヤくん!大好き!」って言えば、私の言葉を理解できるのがさも当然と言うように「俺も好きだよ〜」って喉を撫でてくれた。嬉しい嬉しいと目を細め尻尾をふれば、トモヤくんがもっと撫でてくれた。
ここでやめとけば良かったのに、と今なら思う。私は欲張りだったから、話せるだけじゃあ物足りず、ある三日月の夜、ついに「人間になれますように」とお願いしてしまった。
朝起きて、お願いが叶ったことを確認した。ママの隣で目覚めた私は、起き上がりいつもより目線が高いことで、自分の手足が人間のものになっていることに気がついた。まるで生まれた頃から人間であったかのように、私の手足は思い通りに動く。ついにトモヤくんと同じ人間になれたんだ!と浮き足立った私は、その日地獄を見ることになる。
マナトくんと一緒の高校に通っているらしい私は、通学中トモヤくんに出会った。いつものように、トモヤくんに抱きつこうと駆け寄ろうとした瞬間、その隣にいる女の子の存在に気づいた。
「…誰?」と呟いたのが聞こえたのか、マナトくんが「誰って…」と呆れたように一言。そのたった一言で、私の視界は真っ暗になった。もしかして恋人?トモヤくんに恋人がいるの?ようやく働いた頭でそんなことをぐるぐると考える。でも、トモヤくん私のこと好きっていつも言ってたじゃん?
両想いって思ってたのは私だけだったということが信じられず、私は反対を向き駆け出す。一刻もその場を離れようと必死だった。
「あ!おい!」
マナトくんの声を振り切ってたどり着いた場所は、あの日トモヤくんに拾われた場所だった。
懐かしいなと、小さな寂れた公園にひとつぽつんとあるベンチに腰をかけた。
ある日お母さんとはぐれてしまった私。お母さんから三日月夜の魔法の話を聞いたから、三日月を見たくて見晴らしのいい場所を探してた私が悪いんだけど。そんな路頭に迷っていた所を、「…おいで。どうしたの」ってトモヤくんが見つけてくれた。威嚇しても、手を引っ掻いても、離すことなく優しく抱っこしてくれるトモヤくんに、段々と心を許していくのは自然なことだった。
それから、お家に連れて行ってくれて、嫌がる私をお風呂に入れて綺麗にしてくれた。ご飯もミルクもくれて、私は幸せだった。私はこの人にお世話になるのだろうかと思ったが、トモヤくんのパパさんが猫アレルギーだとかで、私はトモヤくんのお友達であるマナトくんのお家に預けられた。
もう好きになっちゃった人と離れ離れで暮らすのは嫌だったけど、マナトくんはトモヤくんのお友達だから、これからも会える可能性があると我慢した。でもまさかトモヤくんに恋人がいるなんて、そんなこと一度も考えたこと無かった。
ぐすりとベンチで丸くなる。鼻を啜って目を擦ってぐちゃぐちゃになった顔。そんなことどうでもいいと、私は泣き続けた。まだ朝なのに、一人公園で泣いている私は変な人なのだろうか。道行く人が私の方を見てきた。それが何故か恥ずかしくて顔を伏せていたら、「ナコ!」と息を切らした彼がやってきた。
「…トモヤくん!」
声ですぐに分かった。何で!?と言いたくて思わず顔を上げ、自分が醜い顔をしていることを思い出しまた顔を伏せる。ジャリ…と足音がだんだん近づいてくるのに身構えるようにギュッと唇を噛んだ。
「ナコ、良かったあ」
頭上から降ってくる安堵の声に、ハテナが浮かんだ。それを伝えたくて、涙や鼻水を拭って上を向けば、彼は額に汗を浮かべ、それを払うように手で髪をかきあげていたところだった。それが格好良いと見惚れてしまう自分が情けない。慌ててそっぽを向けば、「マナトから聞いてさ」と困った顔をして話し始めた。
「…えっと、じゃあ恋人じゃないの?」
「そう、途中であってちょっと話してただけ。」
ちょっと信じられなくて、「だって、マナトくんが…」私にはなった言葉は何だったんだと尋ねれば、「多分、俺たちに呆れてたんだと思う」と頭を搔く。
まだハテナが浮かぶ私に、トモヤくんは驚くべき言葉を吐いた。
「おまえら両想いなんだから早く誤解といて来いって、マナトに言われたんだよね。」
へへっと笑うマナトくん。私はといえば、言葉も出ずに、口をパクパクとさせるばかりだった。
「…えっとね、ちゃんと言うね。」と真っ直ぐな目を向けるマナトくんから目を離せない。
「ナコのことが好きです、俺の恋人になって下さい。」
自分が元猫であることなど既に忘れていた。幸せならいいじゃないかという楽観的な考え方は、猫のときと何ら変わりなかった。
「うん!私もトモヤくんが大好き!」
そう言って、いつものようにトモヤくんの胸に飛び込んだ。いつもよりトモヤくんと距離が近い気がして嬉しい。スリ…と猫の時と同じようにトモヤくんに擦り寄れば、「…初めてなのになんか懐かしい気がする」ってトモヤくん。
トモヤくんに、私が猫だったっていう認識はないけど。でも、それでいいやと私は笑う。これからもトモヤくんの近くでいれるなら何でもいいやって思う。
「じゃあ早速デートしよう!」ってトモヤくんの手を引けば、「学校は!?…まあいっか。」とトモヤくんの手のひらが、私の手のひらにするりと絡め取られた。