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今日も魔法使いは旅をする。  作者: 白狐
【一章】深い森にて
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1-4 幸せな夢

 次の日の朝、起きてすぐに支度を終えてアルさんに挨拶をする。


「…じゃあ、泊めてくれてありがとうございました。」

 軽く頭を下げてお礼をする。


「本当にもう行くのかい?まだ早いし、ご飯くらい食べて行っても…」

少し残念そうにアルさんは声をかけてきた。


「悪りぃな、早いうちに森を抜けてえからな」


「そっか…ここから一番近い街なら、二時間くらいで着くよ。大丈夫だと思うけど、気をつけて」


「はい…じゃあ」


「じゃあな」


出る間際、僕はアルさんにこう聞いた。


「あの…恋人さんとの生活は幸せですか?」


 アルさんはきょとんとした顔を一瞬見せ、すぐに笑顔になりこう言った。


「もちろん、確かに彼女がいない今は少し寂しいけど、すぐに帰ってくるさ。彼女が一緒にいてくれて、本当に幸せだよ。」


「実は、ここに来たのも街で失敗してね…どうせなら静かに暮らしたいと思ったからなんだ…昔は辛かったけど、彼女に会えたことは一番の幸福だね」


花が咲いたような笑顔で彼はそう言った。


「そう、ですか…それなら、よかった。…お幸せに」


 彼の言葉を聞き、僕らは家出て、またあの薄暗い森を歩き始めた。何も喋らず歩くこと数分、ネルが声をかけてきた。


「なぁ、本当に伝えなくてよかったのか?」


「……何を?」


「何をって、ティアもわかってんだろ。昨日の夜中のやつだよ」


「…さっき彼が言ってたじゃないか、幸せだって。…なら、僕が言うことでも無いと思っただけだよ」


「だけどなぁ…あいつ、そのうち死んじまうんだろ?」


「…それでも、だよ」

小さく、呟くような声で僕は返した。


 ◇◇◇◇◇


 時は昨日の夜に遡る。アルさんの作ってくれたご飯を食べ、用意してくれた部屋で寛いでいたネルを視界の端に入れながら、僕はさっきの違和感について考えていた。


「どうかしたのか?」


 そんな僕の様子に気づいたんだろう、ネルが声をかけてきた。


「うん…さっきのサーチが少し気になって」


「気になるって、何がこんなに気になるってんだ?単に範囲外ってだけじゃねぇのか?」


「…そうだと思いたいんだけど、実はこの家に恋人さんらしい人の痕跡が見当たらないんだよ。」


「そうなのか?まぁ俺は魔法のことはあんまりわからねぇしな…」


「逆に、アルさんに魔力が干渉してきてる跡あって…」

そこまで言って、僕はある可能性に気づいた。


(痕跡が残ってなくて、魔力干渉の痕跡…もしかして…)


「ネル、気になることができた。少し外を見に行くよ」


「あん?今からか?まぁいいけどよぉ」


ネルを掴み、そのまま外へ急いだ。


(僕の思いついたことが本当なら…この森は…)


 それから、アルさんについていた魔力の跡を辿り、森を探す。歩くこと5分くらいだろうか、家から少し離れたところで、周りに木々が無く一本だけ生えている大きな木を見つけた。


「これだ…やっぱり…」


 予想通り、僕が思っていたものがそこにはあった。


「なんだ?この木がどうかしたのか?特におかしいところはない気がするが」


「…これは、マジックウッドっていう木でね。確かに普通の木と似通っている。でも、ある特性があるんだ」


「特性?」

不思議そうにネルが尋ねる。


「うん、マジックウッドは近くにいる人に夢を見せるんだよ。その人が幸福に思う夢を」


 マジックウッド。それは対象に幸福な夢を見させ、その木から離れる気を失せさせる。そうして、離れなくなった対象から魔力を吸い上げ、自身の糧とする。魔力が枯渇しても、今度は生命力を吸い上げてしまう。そうやって、対象をどんどん衰弱させて、最終的には死に至ることもあるというものだ。


「…おい、まさか…」


「うん…多分、彼の求める恋人は…もとから存在しないんじゃないかな…」


ネルは何も言ってこなかった。そうして僕はこう続けた。


「本来、マジックウッドの見せる夢はそんなに強いものじゃないんだ。だから、そうそうかかることもない。けど、現実に不満とかを持っていたり、魔力が低いとかかりやすいんだよ。」


「じゃあなんで恋人がいなくなったりしたんだ?大人しく夢を見させときゃいいじゃねぇか。」


「…恋人が居なくなった日。おそらくそれは、僕らがこの森に入った頃だよ。多分、この木は今アルさんに魔法をかけていない。だって、他に多くの魔力を吸える人間が来たんだから…」


「…じゃあ…その恋人がいなくなったのは…」


「うん…僕がこの森に入ったからだ…多分、ネルが気分が上がらなかったのも、この木の魔法の影響だと思う。君は杖だし、僕は魔力が多いし強いから魔法の影響は受けない。けど、魔力は少なからず吸われてるみたいだ」


「…だが、本当にいる可能性もあるんだろ?」


「僕もそうだといいなって思ってる…でもね、彼の家にあった家具…殆どが…一人用だったんだ…」

虫を噛み潰したように、苦い顔で僕はそう言った。


 彼の家には、恋人のものらしき家具が何一つなかった。ソファなどの家具も一人用で、およそ恋人と暮らしているような家ではなかった。


「多分…現実と夢の区別も…うまくついてないんじゃないかな…」


「…そうか……で…どうするんだ、その木」


「…明日にしよう。アルさんの様子を見て決めようと思う。切ったほうがいいなら…切り倒すよ」


「…俺は、ティアに任せるぜ」


 思うところが少しあったのだろう。それから、ネルは一言も喋らなかった。


重い空気の中、僕らは、アルさんが待つ家に戻ったのだった。


 ◇◇◇◇◇


 前を見ると、薄く明かりが見えるところがある。おそらく森を抜けるところだろう。あと15分もすれば森を抜けれそうだ。


 僕は、徐に今まで歩いてきた道を振り返る。もう完全に彼の家は見えなくなっていた。


 彼はきっと今も恋人の帰りを待っているんだろう。あの薄暗い森の中を、一人で。幸せな夢を見るために。


 僕は、彼にかかっている魔法を解かなかった。それは、確かに夢ではあるが、本当に幸せそうだったからだ。

 彼の現実は辛いものだったんだろう。ありのままが見える、こんな厳しい現実ではなく、こんな森の中で、魔法が見せる夢の幸せに囚われるほどに。

 だから僕は、彼を辛い現実に連れ戻さないほうがいいと思ったのだ。


(…現実に引き戻すだけが幸せじゃない。多分…彼は、あのままが一番幸せだった…たとえ、その先に待つのが死だとしても)


(それに、僕は無差別に人々を助けて回る勇者でもなければ…手を差し伸べる聖者でもない)


(僕は…ただの、旅人なんだから)


再び歩き始めた僕は、程なくして森を抜ける。


そして、今日もまた一人、黒杖と旅をする。

お読みいただきありがとうございます。


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