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供儀の村

作者: 早摘 大豆

 こんな噂話がある。


『……あの神社だよ。あの、峠の上の。あそこでかくれんぼした時。■■■がいなくなったんだ』


 かくれんぼをすると行方不明になる神社。その噂の起源はそれほど古いものではなく、■■■市では五年前のある事件があって以後、子どもたちの間で広まった程度のものだ。


 身近な出来事を怪奇的に伝え広め、その幼いコミュニティーで尊敬を集める。子どもによくある捻りの無い噂話で、実態は無い。ただの行方不明事件、と言い切ってしまえばそれだけの話。


 ただ確かに、一人消えていた。


 何者かに攫われたにしろ、何にしろ。それだけは揺ぎ無い事実だった。



******



 田宮献(たみや けん)少年は怖いもの知らずの子どもだった。だから、というには短絡的が過ぎるものの、その(・・)噂話を知って、寧ろ血気に逸ったのは言うまでもない。


「なんだよお前ら、びびっちゃってさ!ばかだなぁ、何も出ないって!」


 彼は子どもたちの間では中心的な存在だった。運動神経がよく、力が有り、弁も立つ。学業はそれほど秀でた成績でなかったものの、その価値をきちんと理解することのできる者など大人でもそう多くはない。必然、全てを持って生まれたかのように増長し、それを自他ともに当然のことと認識していた。


 反対意見など出るはずもない。故に当然、遊びの延長として神社の参拝は決行された。


 寂れた鳥居、傾いた拝殿。境内は荒れ果てていて、方々に生えた雑草は材木にまでその根を伸ばしている。誰の手も入れられていない、というのが敢えて述べるまでもなく理解される惨状は、田宮少年には哀れに見えた。


「こんなとこにいる神様なんて、やっぱしょうもねーやつだな!誰も拝んでくれてねーじゃん!」


「ねぇ、やっぱりやめようよ……。なんか、お地蔵さまも変だし……」


「あ~?なぁケージ、ビビっちまったのかぁ?だっさいやつだなー!だっせー!」


 嘲る少年につられ、皆口々に罵倒する。慶治少年は顔を俯かせ、シャツの端を握り震えた。すごいすごいと囃し立てられ形成されてきた田宮少年は、彼を担ぎ上げた者たちの同調を煽り、そして人間を区切る。即ち、彼に従う者とそうでない者を。


 慶治少年は内気で、しかし勉強はできるような子どもだった。田宮少年とは真逆、反りが合わない。だが片田舎の小さなコミュニティーにあって田宮少年のグループに属さないことには、他者と関わることができなかった。それが幸福か不幸かは主観によるだろうが、少なくとも孤独であるより生き易いことは事実で、それ故従うこと自体に否やは無かった。


 ただ、感じた不気味さだけは本心だった。境内を囲むように大量に安置された地蔵、その向き(・・)が、何か奇妙に思えたのだ。そしてそれらの地蔵が妙に新し(・・)く、いや、古いものも混じっているが、その古いものの頭部が一様に欠損(・・)していることが、凶事の示唆的で恐ろしかった。


 そもそもの話。地蔵は仏教の信仰対象である。神を祀るこの場に有ることそれ自体がおかしな話で、それも木々の合間を縫って山肌を埋めんばかりに安置されたそれらは、何らかの意図を持っているように慶治少年は思わずにいられなかった。


 まるで、見境なく何でも、利用できるものを利用しているような。歪さが必死さの裏返しに思えて、だというのにこの荒れ果てた廃神社の有様は何だというのか、と。釈然としない悍ましさが、そこに秘められているように感じられた。


 だがそんなことは知らぬとばかりに、田宮少年が宣言する。


「じゃ、かくれんぼでもしようぜ。こーいう場所じゃ定番だろ?俺が鬼な!数えるぞ!じゅーう、きゅーう、はーち、ななー、──……」


 こういった時の彼は頑固で、勝手だ。慶治少年は噛み切れない肉を無理矢理飲み込んだような異物感を腹に抱えながら、しかし他の子どもたちに倣って境内に散った。そして、鳥居前にただ一人、田宮少年が残った。


 どこがいいだろう。膨れ上がる不安感を抑え、慶治少年は考える。


 こんな不吉な場所でかくれんぼをするのだ。そう深く込み入ったようなところへは隠れたくない。すぐに見つかるのも嫌だ。それではまた馬鹿にされるだけで、少年にも意地がある。


 となると、候補は自然と絞られた。高所、本殿のさらに先、山頂の岩の上だ。岩は大きく、荒削りで、上りやすく身を隠しやすい。敢えて選ぶにしては目立つように思われるが、子どもの身長で下から見上げる限りでは天辺の様子はわからない。それが妙案に思えた彼には、田宮少年の「もういいかーい!いくぞー!」という声にも後押しされ、岩に手を掛ける以外の道を選べなかった。


 少年にはあずかり知れぬ事実ではあったが、それは御神体だった。


「見っけー!お前、弱すぎ―!」


 遠くで田宮少年の声が聞こえた。ひとまず最下位ではないということにほっと息を吐き、しかし当の最下位となった同輩は田宮少年と談笑している事実に、蟠りが生まれる。何故自分は傷つけられるのに、他の子はそうでないのか。その小さな理不尽が、積み重なり澱のように沈殿していく。


 一人、二人と見つけられていく中で、その不快さは増していった。別に、耐えられない程のものではなかった。馴れていた。が、これが他の人間にとっては遊戯の範疇にある行為であると認識すればするほどに、耐えられる筈の不快さは次第にその許容値を下げ、少年に重く、長い溜息を吐かせた。


「……何やってるんだろう、僕」


 空を見上げる。曇天、鉛色をした雲は今にも雨を降らせそうだった。家まで掛かる時間はどれだけだろう、もう帰りたい。少年はそのようなことを考え、自然、その開けた岩の上からの視界で眼下の田園を見下ろした。


 そこには、山を囲むよう一列に並んだ、人の列(・・・)があった。


「帰りたくないよね、村に」


「え」


 声が一瞬聞こえ、生温い風がそよいだ。そして、鼻を突く腐臭。臭いはすぐに去ったが、心胆寒からしめる怖気は全身に鳥肌を立たせ、それが引かない。息が止まり、自分の意思ではどうにもならないほど筋肉が硬直する。


 今のは何だ、と。男とも女とも、老人とも赤子ともつかない声音で、複数の声帯が重なり合ったような、どこから響いたのかもわからないそれ。声と呼ぶべきか音と呼ぶべきか、ともかくそれは一瞬だけ少年に語り掛け、消えた。少なくとも今は、去ったように思えた。


「かえ、帰、ら、ないと」


 徐に立ち上がり、そして気付く。それは天辺で立ち上がり、ことの全容を視界に収められるようになったから。しかしそれは気づきたくはない事実で、少年の口は開いたまま、その光景を受け入れられないように呻く。


 山を囲む人の列は、一心に何かに祈りを捧げるように、合掌し跪いていた。


 そして、それは他ならぬ少年の身近な大人たち──学校の教師、友人の親族、その他町の店々で見た覚えのある、端的に言えば同郷の者たち、で、構成されていた。


「お、父さん……お母さんも……な、なんで」


 その大人たちの奇行を知りもせず、かくれんぼは続いているらしかった。「見つけた!」その狩り立てる叫びと落胆の溜息が、未だ境内に続いている。


 何かおかしい。これは変だ。伝えねばならない、今すぐに帰り、両親に訳を問いただし、説明を求めねばならない。そうに決まっている。この廃神社は何なのか。この山には何があるのか。地蔵の意味は、神社に人の手が入っていない理由は、なぜ『■■■神社に(・・・・・・)幽霊が出る(・・・・・)』などという噂を流し、田宮少年が(・・・・・)それを探し出す(・・・・・・・)理解していて(・・・・・・)見過ごしたのか(・・・・・・・)


 教えねばならない危機、問わねばならない事実は山ほどあった。だが、足は何故だか動かなかった。帰りたいというのが本心だった筈なのに、だが今はそれを否定する自分がいる。


 何事か隠している大人たちへの不信と、急に湧き出した、“なぜわざわざ息苦しい人里へ降りねばならないのか”という思考が、足を止めていた。


 隠れていたい、人の群れから。どこか誰の目にもつかない場所で、自分を責め立てる他者の居ない、安全で、隔絶した地で、何者に脅かされることもなく、ただじっと潜み、隠れ続けていたいと。


「……そうだよ。別に、ここでいい(・・・・・)じゃんか」


 下に降りて、また孤立しないために苦しみ続ける日々を送る必要などない。そう慶治少年は納得して、腰を下ろした。


 もうきっと、友人面した不快な他人に馬鹿にされることはない。


 もうきっと、親を心配させないためだけによそに遊びに出ることもない。


 もうきっと仲の良さを逐一喧伝する必要も無ければ、登校の足を止め一人道端で泣き腫らす必要もない。


 ここ(・・)は全てが充足している。何せ──。


みんな(・・・)、同じだ」


 ──程なくして田宮少年の声が消えた。他の子どもたちが彼を探す声が目立つようになり、おーい、おーいという掛け声が絶え間なく山中に木霊した。


 かくれんぼは鬼の不在により事実上の中止。ただひとり残った追われる側の慶治少年がいなくなっている(・・・・・・・・)ことも途中で判明し、ここにきて何かがおかしいと感じた少年たちは大人に連絡。山狩りが始まった。


 夜を徹し行われたそれも、成果は無く。その日、戸籍上は一人(・・・・・・)の少年が村から消えた。


 田宮献、という少年は、初めから(・・・・)戸籍上は存在しない(・・・・・・・・・)ことになっていた。



******



 五年前、一人の少年──慶治真一(けいじ しんいち)が■■■神社址で失踪した。


 田で囲まれた小さな山、というよりは丘の上に位置するその廃神社は、無数の地蔵で囲まれており、境内に人の手は入らぬものの、その周辺、つまり地蔵の据えられた林の中には頻繁に人の出入りがあった。


 地蔵は一様に神社を向き、人里の側には一体たりともその頭を向けていない。それは或いは恐ろしい何か(・・・・・・)を鎮めるための供物のようで、何にせよ作為的な配置が為されているのは間違いがなかった。


 人の立ち入らない寂れた神社。だが時折、そこに人影があるという。


 天辺にある岩の、その上。座り込む小さな黒い影が、陰惨な村を睥睨する。……そういうことが、稀にあるらしい。


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