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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

記憶の海を泳ぐ

作者: みかん

初めまして。

こちらでの投稿は初になります。お時間あるときに読んでいただけたら幸いです。

間接的に性的な表現があるので、R15とさせていただいていますが1ページにも及ばない程度です。

よろしくお願いいたします。



二次創作が書けない病に苦しめられています。



「せんせい」

「せんせい、おきてください」

「かぜをひいてしまいます」

「どうしましょう」

 ひそひそと声を潜めているが、足音を鳴らし私の周りを右往左往していることは、目を瞑っていてもわかる。

久しぶりにあの日の夢を見た。忘れたことなど一度もなかったかが、こうしてまた夢に出てくるとは。

「せんせい、おきました」

「おはようございます」

目を開けると大きな瞳が四つ、こちらを心配そうに伺っている。目線を落とし、頭を撫でると嬉しさと恥ずかしさが混じった声をあげるのは、成長したということか。そろそろ新しい服を買ってやらなくてはな。子どもの成長ははやい。

「せんせい、おてがみがきました」

「わたしておくように言われました」

 自分の使命を果たすまいと、必死に伝える姿は如何にも子どもらしくて可愛らしい。

「ああ、有難う」

 ポケットから飴を二つ取り出す。

「また、よろしく頼むよ」

「がんばります」

「ありがとうございます」

 可愛らしい瞳が煌めいている。このくらいの褒美で喜ぶなどまだ子どもだな。

 それにしても必要最低限の連絡で良いと伝えてあったはずだが、何用だろう。

 ナイフを入れ、手紙を開く。

【先生、ご無沙汰しております。双子ちゃんがお元気でしょうか。またお会いしたいです。本題に入りますが、先日の本とても売れ行きが良く、追加の増刷が決定しました。その後どうなったのか気になると、私の親友も言っています。続編お待ちしております。】

 随分と昔の話だが、人々の記憶の片隅には残っていたということだろう。

 君との話を書く間、随分と時間が経ってしまった。それだけ勇気が必要だったってこと、君はわかってくれるかい?

どうしても残したかったのだ。君と私が生きていたという証言人を一人でも多く増やす為に。


 波の音が頭の中を反響する。体中があちこち痛いが、四肢があることに喜びを覚えた。

脳裏には、船がなにか大きなものにぶつかった音と、悲鳴が蘇る。あっという間の出来事だったことは間違いない。幸いにも季節は夏。凍えて死ぬことはなかったが、嵐が訪れるということもあり、波が高く風も吹き荒れていた。船は大きな音を立てて真っ二つになってしまったのだ。海に放り出されてしまった乗客たちは、たちまち波にのまれていき取り囲む声は次々に消えていった。

一緒に乗っていた恋人は、波にのまれ流されてしまった。手を懸命に伸ばしたが届くはずもなく、荒波に流され、そして消えた。

 私は目に入った大きな何かにしがみつき、名前を呼んだ。いくら呼ぼうとも、待ち望んだ声は聞こえてこない。どうしてあの時、ずっと手を繋いでいなかっんだ。離れずにいれば、共に生き延びれたかもしれないというのに。恋人と過ごしてきた時間に思いを馳せ、涙を流すことしか私には残されていなかった。

どれくらい流されていただろう。朦朧とする意識の中辺りを見回すと、小さな島が見える。

最初は小さかった島が、みるみるうちに大きくなっていく。あそこの住民に助けを求めよう。今なら、まだ間に合うかもしれない。どこかの国へ流れ着いてくれていればいいが。そうであって欲しい。

力を振り絞りかき分けているうちに、足が何かに触れた。堅い何かは手にも触れ、ここが浅瀬であるということが両足を地面につけたときにわかった。

 陸に足を一歩踏み出すことに、重力が水分を失った身体にのしかかる。助けを呼ばなければ……。人は、いるのだろうか……。


『船が沈むぞ!』

『子どもがいるの!早く乗せて!』

『ここで死にたくない!』

『おかあさん、おとうさん』


『愛しているよ、   』


「待ってくれ!」

 伸ばした手が、空を掴む。

 あの悪夢は空想であったと願わずにいられなかったが、耳に入る波の音や体中の痛みが現実であると訴えかけてくる。

いつの間にか眠っていたのだ。どうにか私は生き延びることができたらしい。今までの出来事を一つひとつ繋ぎ合わせていった

そうだ。私は人を捜し求めていたのではないか。右をみても左をみても果てしなく砂浜が続き、後ろには鬱蒼と茂った草木が立ち込めている。嫌な予感しかしなかったが、身体は先に動いていた。まだ見ぬ人の姿を探しに。


人が暮らしている痕跡など、一つも見当たらなかった。

船もない。家もない。人もいない。

これから、どうすればいいんだ。耳に届くくらいの私の速まる鼓動が埋め尽くす。

一刻も早く、行かなければいけないというのに。もしかしたら生きているかもしれないという、一縷の望みを捨てるわけにはいかなかった。

声を出そうにも、喉が張り付いて掠れた音しか出ない。助けを呼ぶ前に、今私自身が直面している危機を脱さなければ。

喉が渇き、腹が減って視界が揺れる。いつから食物を口にしていないのだろう。照り付ける太陽が、徐々に気力を奪う。

 もとの場所に戻り、見回していると水はあっという間に見つかった。あれは書物で見たことがある。たしかヤシの木だった。その周りには背の低い木もあり、実が沢山なっていたのだ。 

あの大きな実の中には、果汁がたくさん入っているらしい。爪を出っ張りに食い込ませ登る。木に住む虫が肌に纏わりついてくるが、気にすることはない。一気にのぼり、実にありついた。

 想像していたより、ものすごく固くて重い。腕力でどうにかなるような代物ではないことは、落としてみて十分にわかった。この中に今ものすごく求めているものが詰まっているかと思うと、口の中がよだれで溢れてくる。はやく飲み干して、この乾きを潤したい。心臓の音が速くなり、体が波打つ。

 ごろごろと転がっている岩に、力いっぱい打ち付ける。何度か繰り返すうちに鈍い音が木霊した。心を踊らせたのも束の間、中にはもう一つ丸々とした球が入っているではないか。振ってみると、水の音が、感触が全身に響いた。刃物があれば簡単だっただろう。 

あんなことがなければ、私たちは幸せな暮らしを手にしていたというのに。

 胸がつまり苦しくなり、雨粒が足元を濡らす。まずは今生きることが先決だろう。一度顔を洗い、己を鼓舞させる。使えそうな石は転がっているようだった。先端を削っていくと、らしく見えてくる。 

硬い実に刃を当ててみると、繊維が削れ音がする。もう少し、あと少しと念じながら切っていくと、一滴、また一滴と雫が滴り落ちてくるではないか。

こぼさないよう少しずつ削っていき、感触が軽くなる。穴が開いたのだ。零れないように口で穴を覆い、上に向ける。

 まさに天国だった。蜜よりも甘い潤いが、全身を満たしていく。今まさに辛酸を嘗め、ようやく辿り着けた。最後の一滴まで残さず飲み干した後は、殻をこじ開けてみる。中には白い果実が詰まっていた。こそげ落とし、口に運んでみる。まさに、極上であった。この世のどんな食べ物より、今はおいしく感じる。全てを食べ終える頃には月が煌々と光り輝いていて、寂しさが和らいだような気がした。

 夜は、様々な動物たちが盛んに行動する時間だった。甲高く響く鳥の声、かさかさと蠢く音、空気を割く翼の音。頭を着ていた服で覆い様々な恐怖が渦巻く中、目を瞑ってやり過ごすだけがやっとだった。そうしているうちに意識が遠のいていき、長い夜は木々の間から飛び去って行く鳥たちの羽ばたきによって、終わりを迎えた。


 暑い。もっと有効的に過ごせたんじゃないか。様々な後悔が脳裏を過る。もしかしたら、すぐに助けが来るかもしれないという淡い期待を寄せた私は、半日地平線を嘗めるように見回しながら過ごした。

通り過ぎていくのは、群れを成した鳥たちと、潮を盛大に吹かせた鯨のみ。

己を落ち着かせるため口ずさむ。


「あなたは、天地をまもるもの。その国の争いをとめるもの。豊かな緑を与えるもの」


 幼いころより聞かされていた話。私が主人公の話は、畑を耕して豊かにし、村の争いを止めるという、作り話だ。だが、この話を思い出す度、私の中に在り続けるものが見守っていてくれている気がする。

勇気を出そうではないか。

後ろを振り返ると大きな山が聳え立っている。そして生い茂る私の背を優に越した草。ここをかき分けて進むのか。

勝算はないわけではない。木に鳥が群がっているということは、なにか食べられるものがあるということかもしれない。

君にも食べさせてあげられたらな。


そこかしこから草が生えていて、折れた枝が容赦なく攻撃してくる。

 進めど草しか生えておらず、行く手を阻んでくる。時折茸や木の実が実っているが、人が食していいものなのかわからない程の色味をしている。青や、黄色、紫と原色に近い色をしていて、見たことのないものばかりだ。

それにしても、虫が大きい。何を食べたらそのような大きさになるんだ。木々と木々の間に糸を張り巡らせ、獲物を待つ目が、こちらを向く。今にも捕食されそうな鋭さに慌ててその場を立ち去った。

 本当に靴は脱げずに助かった。今まさに靴の上を、無数の足を動かしながらムカデが通り過ぎていく。まるで人間なんてお構いなし。通り過ぎるのを待ち、歩みを進める。 

 暫く歩いていると木の葉がこすれる音とは別の、澄んだ音が聴こえる。音のする方へ吸い込まれていくと、草が低くなっていき、やがて開かれた場所に出る。そこには削れた岩場から細く流れる水が流れをなしている。思わず生唾を飲み込んだ。見上げると水の流れは上方から続いてきて、海へと流れ出しているのだろう。

 一口含んでみると、喉にゆっくりと流れ込んでくる水は、身体を十分に潤した。水さえあれば当分は生きていけるだろう。少し希望が見えた。

 水源が近くということもあるのか、ここには木の実が豊富だった。葉の陰から覗く赤い実はまるで宝石のように輝いている。今はまさに金にしかならない宝石より、価値が高い。どうにかして木の枝や、伸びている蔦を駆使し身を落とす。すこし土がついてしまったが、気にしている余裕などない。

 かすかな酸っぱさと苦みの後に続く甘味。独特な風味が癖になりそうだった。果実の部分は少なく、腹の足しにはならないが歩き回った疲れもあり、それで十分だった。またここに来れるよう帰りは、しっかりと足跡をつけて回り、シャツを袋のようにして木の実をたくさん入れる。収穫は上場。あの鳥、おいしそうだったな。

昨日の夢は、テーブルいっぱいに並べられた肉や魚を腹いっぱい食べている最中、激痛が走り目が覚めた。まさか自分の腕をたべるなんて。 血の味が口の中にまだ残っている。

助けが来ないか海岸を彷徨っていると、流木がたくさんあることに気付く。漁に使う網なんかもある。まだ、気力があるうちに助けをただひたすら待つのではなく、筏を作り海へ出てみようか。ひたすら地平線を眺めて一日を終えていくなら、少しでも可能性にかけてみてもいいじゃないのか。


十日目。これで何度目だったか。流れてきた木材や蔦、ヤシの実をなんとかつなぎ合わせて筏を作ることに精を燃やした。一度目より進むことができたが、後ろを振り返ると無人島の山がまさにそこにあり、絶望感を駆り立たせる。大きな波が来ると、筏などただの塵に過ぎないほどあっという間に投げ出されてしまう。

揺蕩う波に身体を預けた。

もう、恋人は生きていいないだろうか。それとも誰かに見つけてもらっただろうか。ずっと共に生きてきた。私の半身が削げ落とされたかのような感覚が続いている。また、会うことは叶うのだろうか。不安だけが私に覆いかぶさる。

もし、死んでいたら?顔もわからなくなっていたら?そうしたら…。

このまま、君がいる場所にいくのも悪くないだろう。

目を固く瞑る。


どこか遠くからの声が、私の頭を駆け巡った。


『いたいところはない?』

 ぼくは、だいじょうぶだよ。

『   はすごく可愛いくて、頭もよくて、お利口だから』

 それは、きみじゃないか。

『これからは二人でずっと一緒だ』

 そうだね。ずっといっしょにいよう。

 僕、強くなるよ。君を守ることができるように。


 目を開けると視界が霞む。いつの間にか泣いていたらしい。

 君は、いつも傍にいてくれたね。

 私は、約束を思い出した。そうだ。君を守るって決めたじゃないか。まだ、可能性は捨てたわけじゃない。

 生きねば。生きてここを出なければ。広い海だって一つに繋がっているじゃないか。救いの手は掴みにいかなければ、迎えにこないということは嫌でも知っている。

 あと少し、待っていてくれないか?君を見つけにいくから。

 


「おもしろかったです」

「すごいです、せんせい」

 自身の本を朗読し終えると、賞賛の目を向けられる。恥ずかしいものがあったが、この子らの頼みであったら、拒むことなどできない。たくさんの言葉を吸収している途中の子どもたちは、この物語に興味津々であった。

「むじんとう、ってなんですか?」

「くも、とは、お空にうかぶものですか?」

 それぞれ一つ答えると、休む間もなく矢継ぎ早に飛んでくる問いに目が回りそうになる。私が本を出す度、朗読を迫られ、この調子で質問を迫られることを幾度となく経験してきた。今度は、わかりやすい本を出してみよう。題材は……。子ども向けは難しいな…。

「せんせい、なにか考えています」

「むずかしいかおをしてます」

「君たちに本をプレゼントしようと考えていたんだ」

 瞬間、大きな目が落ちそうなくらい開かれる。

「どんな本がいい?」

 顔を見合わせると、すぐに答えを出した。

「お話がいいです」

「何のだ?」

「てんちをまもるもの」

「ゆたかなみどりを与えるもの」

 ああ。なるほどな

「本当は怖い話だったんだけれど、私のお兄さんが楽しいお話にしてくれたんだよ」

「せんせい、お兄さんいるのですか?」

「お会いしたいです」

 言葉に詰まった。兄は、いない。どう、説明したらいいだろう。

「今度、手紙を書いておくよ」

 嬉しそうに頷く二人を見ていると、ちくりと胸が痛んだ。

兄は、あのときに波に攫われてしまい、今も見つかっていない。この本を書くことで弔いになればと思い筆をとった。私の最後の作品として。

だが、心のどこかで密かに望んでいる。この地球のどこかで、私を見つけてくれるということを。どこかで私たちは繋がっているということを。


 私たちは双子として生まれた。生を受けた国がここでなければ、迫害は受けなかっただろう。母は、私たちを生んですぐ人目を忍んで暮らしていた。物心がついたころにはそれは日常になり、兄と一緒に歩いているところを見つかると石を投げられたり、刃物をもって追いかけられたりすることもあった。

 怯え切った私に、傍にはいつも笑って気遣ってくれた優しい兄。

「いたいところはない?あいつらは、俺たちを羨ましく思ってるんだろう」

「僕はなにもしていないよ」

「エサウはすごく可愛いくて、頭もよくて、お利口だから」

「ヤコブのほうが頭いいじゃないか」

 そんなことないさ、といってどこか遠くを見据える君を、守りたいと思ったのはいつからだろう。

 母は、私たちに生き抜いていく術を教えた。そして、十を数える頃に突然私たちに言い放ったのだ。

「お前たちは、悪魔の子なんだ。近寄るんじゃないよ」

 目の前が真っ暗になって、暗闇に閉じ込められたようだった。

 悪魔の子。母からはよくこんな話を聞いていた。

「双子は、天地を揺るがすもの。その国に争いを生むもの。飢饉を齎すもの。生まれてきてはいけないんだよ」

 人にそんな力があるなら、とっくにこの国は滅びてしまうだろう。小さい私は、母の言葉にうなずくしかなかった。私が居なくなれば、母も、兄も幸せになることができる。何度も死のうと思ったが、恐怖が打ち勝ちどうすることもできなかった。

 眠れない夜は、必ず兄に抱きしめられながら繰り返し話を聞かせてもらう。

「双子は、天地をまもるもの。その国の争いをとめるもの。豊かな緑を与えるもの。生まれてきてもいいもの」

 そうして、物語は続いていく。最後には必ずおでこに口づけをして眠りについた。その時間はかけがえのないものであり、いつしか夜になるのが楽しみになっていた。

 兄さんも、僕をおいて行ってしまうのかい?置いていかないで。傍にいて。大好きだよ。

 

「エサウ、エサウ」

 目を開けると、愛しい兄の姿があった。さっきのは夢だったのか。

「母さんは?」

「何言っているんだ。母さんなんて最初からいないよ。あの人は悪魔だったんだ」

「悪魔?」

「俺たちが悪魔の子なら、あの人は悪魔だろう。大きくなったら食われるところだった」

 最初から母などいない。兄はそう言い切った。心に引っかかっていた錘が音を立て落ちる。

「これからは二人でずっと一緒だ」

「兄さんも僕を置いていってしまうのかい?」

「いや、双子は離れることはできないもの。昔話にもあっただろう」

「そう、だったかな」

「大丈夫。絶対に離れない」

 大人びた兄の目線は、力強く私を捉える。私も兄のように強くならなくては、と誓った瞬間だった。

 その晩は誰にも見つからない、月の光が小さく照らすお気に入りの場所で過ごした。波の音がわずかに聴こえ、月が、海が、星が私たちを見守ってくれているようだった。

この先、家も当てもなく二人で過ごしていく。

「ヤコブ、僕もつよくなるよ」

「俺より強くなっても困るけれどな」

「いつもの話、きかせて」

その夜もいつものように話を聞かせてくれた。

柔らかい声色で紡ぎ出される物語は、双子が主人公。双子として生まれた二人は、たくさんの人々から祝福を受ける。大きくなると、村を豊かにするべく果実を育て、畑を耕し、木を植えて豊かな国を作った。豊かになった人々は戦争を起こすことなく、皆幸せに暮らしていく。

まるで、私も主人公になった気分を味わうことができた。一緒に居ればなにも怖いことなんてない。物語の最後には互いの頬に口づけを交わし、私を見据える。

「いつかみんなに祝福してもらえる日が来るまで、二人だけの秘密にしよう」

「そんな日がくるのかな」

「その時は一緒に国をつくるか?木を植えて、畑を耕して、たくさんの花で国を囲むんだ」

「それもいいかもしれないね」

 その日は少し辺りが明るくなるまで、たくさんのことを語り合った。どんな国にしようか。双子しかいない国なんてどうだろう。幸せも二倍になってしまうね。そんな言葉を交わし合った。幸せな気持ちが胸いっぱいに詰め込まれた。


家を失ってからは鉄線を潜り抜け、山を越え、働く場所を探した。誰も私たちのことを知らない場所は、とても心地が良かった。双子であることを隠せば、働き口もくれた。

仕事の始まりと終わりには、夜空に浮かび上がる月に挨拶をすることが常だった。だが、必ず兄さんが暖かいご飯を作り待っていてくれるだけで、どんな辛さにも耐えられることができた。ご飯を頬張りながら美味しいね、どこで買ってきたんだ。今度一緒にいこうと他愛もないはなしをして。食べ終わったら二人で狭い風呂に入り、汗を流す。

そして小さい布団に潜り込んで、どちらかが眠くなるまで今日あった面白いことや、驚いたこと、見つけたことを語り合う。最後にはいつものように、唇に軽く触れるほどの口づけをすると、同じように返してくれる。

兄は、親鳥が、雛に餌を与えるつもりでしているのかもしれない。

私は、もっと大きな愛を兄に感じている。いつからか兄にこの思いを抱いていたのかはわからないが、双子として生まれたときからかもしれない。兄にこの大きな愛を抱くのは必然で運命だったに過ぎない。兄も同じ気持ちであったらいいのに。そう思いながら、もう一つの温もりと共に暗闇に沈んでいった。


どちらから言い出したか、なんてそんなことどうでもいい。双子でも暮らすことができるという国があることを、人づてに聞いたことがあった。今に至るまでの新聞を端から端まで舐めるように見つめ、やっと見つけだしたのはここから遥か遠くの国であった。船で行けば二週間はかかるだろう。たかが、二週間で私たちが望んでいた国に行けるというなら喜んで行こうじゃないか。大発見とばかりに兄に見せに行くと、兄も同じことを言おうとしたらしい。

その日は今まで一番高いワインを開け、二人の未来へ祝福の乾杯をした。

 どれくらい飲んだかは、転がっているボトルを見ればわかるだろう。兄も私もものすごく酔っていた。だが、安い酒を飲んだ時のような気持ち悪さはなく、身体が浮かび上がるような心地良さが支配していた。相当浮かれていたのだと思う。

私は兄の名前を呼ぶ。

「ヤコブ」

「何だ。俺の可愛いエサウ」

「好きだ」

「俺も好きだぞ」

「僕は、家族の好きじゃなくて、もっと大きい好きなんだ」

「そうか。それなら」

といった兄は私に口づけした。

「俺の方がもっと大きい好きだな」

 背筋が痺れ、腹の真ん中が焼けるような口づけは、いままで触れる事ができなかった分を埋めるかのように続いた。息が持たなくなるまで口づけをしあった後は、お互いの服を脱がし合い体温を求めた。足や手を絡ませ、まるで境界線がなくなり、一つの身体になってしまったような心地だった。気持ちいい、嬉しい、幸せ。感情が波のように押し寄せてくる。

 カーテンの隙間から一筋の光が差し込むまで、お互いの名前を呼び合い、存在を確かめ合った。一人ではない、ヤコブが、エサウがいる。生きていることがこんなに幸福だったなんて。陽の光に包まれ二人は目を閉じた。


「エサウ。忘れ物はないかい」

「持っていくものなんて、金と服くらいだろう」

「いや、もう一つあるぞ」

 いじわるそうに微笑む。一つため息を零し、兄の唇に唇を重ねた。

「これでいいかい?」

 無邪気に笑う兄を見ていると、悪くなかったとは思える。あの夜以来、私たちは家族の境を越えた。なぜ今まで躊躇っていたのだろうと思うほど、その境界線は曖昧で越えてみれば何てことはなく、いつもと変わらない生活が訪れた。変わったことがあるとすれば、お風呂を上がった後は、服を着なくなったことくらい。どうせ汗で汚れてしまうからね、と兄は言う。

「ヤコブ。どうしたんだい?」

「あ、ああ」

「緊張している?」

「そりゃあな」

「大丈夫だって。一緒にいる事ができるように手続きはもう済ましたじゃないか」

「そうだな」

「ちゃんと一緒に確認しただろ?」

 いつもあまり不安を見せないヤコブが、震えている。私にも不安はあった。もしかしたら私たちを嵌める罠なんじゃないか。そんな国など存在しないんじゃないか。

だけれど私には君がいるだけで十分だから、罠だって、存在しなくたって関係がなかった。

「大丈夫。絶対に離れないから」

 昔も不安なときはこう返してくれた。二人一緒なら、どこでだってやっていける。また、一からやり直せばいいじゃないか。

「はは、一本取られたな」

「僕は、真面目に言っているんだけどな」

 揶揄われたようだったので、顔をそむけると肩を掴まれ振り向かされる。そしてーー。



「出発遅れっちゃったじゃないか」

「俺だけのせい?」

「いや…。じゃなくて、急ぐよ、船が行っちゃう」

「おう」

 港には、見上げれば首が痛くなるほどの船が私たちを待ち受けていた。高まる鼓動を抑えながら、一歩ずつ踏み出す。

あの時もう少し遅れていれば、と思わなかった日などない。

私たちが乗った船は国を出て一週間を過ぎたころ、深い海に沈んでいった。


私一人が生きながらえてしまったのだ。あの無人島から命からがら抜け出し、通りすがりの船に乗せられ助けられた。私たちが乗っていた船が沈んで、人がたくさん死んだという話も聞かされた。

私に残されたのは、君との思い出と温もりだけ。

君の温もりが欲しい。笑顔が見たい。声を聞かせて。もう一度名前を呼んで。詩を聞かせて。届かぬ思いを抱きながら、私は待ち続けた。二人で明るい未来を過ごすはずだった、この国で。本を書こうと思ったのも、私の居場所がわからないかもしれない、と思ってのことだった。

いつも呼んでくれた名前を本の終わりには必ず書き続けたが、君は姿を現さなかったね。もう私のできることはすべてやった。君のもとに行くとするよ。遅くなってごめん。

子どもたちに贈る本と書き置きをテーブルに残し、家を出る。私がいなくなってもいいよ

うに、今日まで全て教えてきた。どうか寂しがらないでくれ。元気でいてくれ。そう願わずにいはいられなかった。

 昔はよく、大きな月の見えるお気に入りの場所で過ごしたね。私は君の物語に出てくるような、大きな人にはなれなかった。双子じゃなくなってしまったからね。

 君との約束、守れなくてごめん。絶対なんて言葉はなかったんだ。あの時手をはなしていなければ、一緒にいっていれば、君は苦しまずに済んだのに。

 手を月にかざすと、君が手を取ってくれるように暖かい心地になる。

 迎えにきてくれたっていうのかい。あんまりにも遅かったから怒っていたんだろう。本当にごめん。今度はずっと一緒にいよう。


「ヤコブ…なのかい?」

 まるで本当に声がするようだった。もうすぐ死が近づいているからなのだろうか。

「探したよ。遅くなってごめん。怒っているかい?」

 どうして、こんなに近くで声がするのだろう。一番待ち望んていた、最愛の人の声が。

「ヤコブ、こちらを向いてもらえないだろうか」

 胸が苦しい。私の後ろには、待ち望んでいた人がいるかもしれないという現実が受け入れ難い。もし、違う人だったら。君じゃなかったら。

「双子は、天地をまもるもの。その国の争いをとめるもの。豊かな緑を与えるもの」

 いつも、心の中で繰り返していた言葉。

「エサウ、なのかい」私は、意を決して振り向いた。

「今までごめん」

「僕のほうこそ、ごめんよ」

「これからは、ずっと一緒にいよう」

「ああ、勿論さ。絶対に離さないよ」

「愛しているよ、ヤコブ」

「愛している、エサウ」


ハッピーエンドが大好きです。

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