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渾身の一撃

作者: 椎名里梨

***


 どんな業界にも目利きはいる。

 芸能人のスカウトや、競りの達人、新人選びのスペシャリスト……。


 我が社の佐藤人事部長は「新人選びのスペシャリスト」。

 所謂「ハズレ」と言われる新人を採用したことがない抜群の目利きとして社内外に一目置かれている。


 その新人採用ジャッジの方法は独特で、筆記試験と面接に立ち会って判断することもあれば、体力テストまで実施する等、ケースバイケースでジャッジ方法は多岐に渡る。様々な選考過程から多角的に総合的なジャッジを下しているのかと思えば、書類選考のみで問題なく選考完了するケースもある。

 ともすれば行き当たりばったりの選考過程にも見えるが、佐藤人事部長自身は確固とした基準を持っているのだろう。更なる追加試験の指示を飛ばすことは度々あるが、佐藤人事部長が選考自体を悩む姿を見たことがない。きっと凡人の自分には分からない着眼点で選考を遂行していると考えなくては腑に落ちなかった。


***


「今年はずば抜けた天才が集っていると言っていたが、この四人か」

「はい、四人とも大学のゼミで行われている研究分野で表彰されている鬼才たちです。勿論、当社で実施した筆記試験も満点で回答して……」

「まあ、そうだろうねえ」


 勿論、筆記試験の想定通過ラインを超えた者は他にも数多くいた。

 だが、評判通りの才能を遺憾なく発揮する四人がぶっちぎりの結果を叩き出せば、想定通過ラインなど意味をなさなくなる。だからこそ、その四人の履歴書だけを会議テーブルの上に置いていたわけで。その四人のうち一人の採用が妥当と確かに思っていたのだが……。


「……成る程、ありがとう。では」


 テーブルの上の履歴書を再度パラパラと見渡し、おもむろにため息を吐いた佐藤人事部長の一言で採用決定会議は終了となる。


「今年度の採用は真田さなだリカさんで決まりだ。後はよろしく頼む」

「は、はいっ!!」


 大学のゼミでの研究は表彰され、筆記試験で満点を叩き出した真田さんの採用に異論はない。だが、残りの三人も目に見えて真田さんに劣る点などなかった。だからこそ、即決の勢いで真田さんに決定した佐藤人事部長の思考回路が理解できなかった。


「佐藤、人事部長っ!」

「何かな、佐倉くん」

「あ、えっと……その……。どうして、佐藤人事部長は真田さんを即座に選らばれたのですか?」

「佐倉くんとしては、真田さんは戦力にならないように見えたかな?」

「まさか! 真田さんの採用を拒否する理由なんて一つもありません。ただ……他の三人だって、目に見えて真田さんに劣る点などありませんでした。というか、情けないことに三人に比べて真田さんが明らかに秀でている点が理解できなかった。ただそれだけなんです」

「ふーむ……。そうか……」


 しばらく沈黙した佐藤人事部長は、おもむろに語り始める。


「佐倉くん。三人に比べて真田さんが明らかに秀でている点が理解できなかったと言っていたけど、それでいい。私にも分からん。研究内容の差はあれ、みんな並外れた才能を等しく持っていることは筆記試験からも明らかだ」

「じゃあ、いったい……」

「残ったメンバーの名前、覚えてるか?」

「はい。様々なDNA比較を専攻していた有田ありたユキさん、遺伝子組み替えを専攻していた広田ひろたリクさん、久保田くぼたイツキさんでしたよね」

「ああ、佐倉くんの記憶通りだ。つまり真田さんも含めて、皆が我が栄養食品会社として魅力的で、且つ即戦力になりそうな研究をしていた。つまり、研究内容の差はあるが互角の能力と踏んで問題ないだろう」


 佐藤人事部長から事実上四人に優劣はないと断言され、益々疑問が残ってしまう。


「じゃあ……」

「差を付ける研究内容でもない中、筆記試験は皆が等しく満点を取ったとなると最後はもう持ってる人でいいんじゃないか?」

「持ってる、人?」

「そう決定を左右する決定『打』を、ね」


 佐藤人事部長は決定打の『打』というフレーズだけ強調する。そこまであからさまなヒントを与えられれば、流石に鈍い自分でも気付く。


「え、まさか……。嘘、ですよね……」


 佐藤人事部長の判断は絶対だ。佐藤人事部長がやることに間違いはない。

 そんなこと、今までの実績からも身に沁みて分かっている。だからこそ、まさか絞り込んだ四人の名前で共通する『田』という漢字の読み方で採用可否を決定することが俄かに信じがたかった。不敵な笑みをこぼす佐藤人事部長を呆然と眺めていると、いつになく爽やかな声色で語られる。


「まあ、等しい能力を持っているからこそ可能な荒技でもあるがな。悩むだけ無駄な時間だ。お互いにとって、な」

「…………っ!!」


 佐藤人事部長の言う通り、四人誰を採用しても我が社にとって大きな戦力となるだろう。そして、四人も優秀な新入社員を採用できない現実がある以上、無駄に優秀な人材を縛り続ける行為は残り三人の未来を潰す行為になりかねない。だからこそ、佐藤人事部長は出来るだけ素早い決定をしたのだろう。他の三人の将来を可能な限り広げるために。

 佐藤人事部長のやり方が正しいか、正しくないか。すぐには結果は付いてこない。何年も何十年も経って、真田さんが大きな業績を残したり、残りの三人が幸せに暮らしていることで実証できるだろう。

 だけど、僕個人はある面で誰よりも誠実で、ある面で誰よりも優しい渾身の一撃と思わざるを得なかった。途方もない人生の分岐点の一つに過ぎないとは言え、とても大きな影響を及ぼす分岐点でもあるのだから。


【Fin.】

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― 新着の感想 ―
[良い点] 人事採用というテーマが興味深く、採用の手順や評価体制を表層的にはなぞりながらも、その実、人の優劣や見据え方のような正解のない答えを探すというテーマ性の高い問題にも目線が向けられているように…
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