激情
短編じゃなくて長編としてあげた本編の半年前ぐらい?
激情
轟音が響き渡った。
時速90km近くまで加速された重い鉄塊が、コンクリートの地面に衝突する音だ。
地面に大きな亀裂が入り、目の前の男達があっけにとられている。
「いい物見ただろ?次はお前らにぶち込んでやる」
紐を瞬時にたぐり寄せ、また体の近くで回し始めた。
耳の横で鉄塊が加速する音が聞こえる。
これがまともに当たれば、俺は殺人犯になるだろう。
だがそんなことはどうでもいい。
これでも来るようなら、殺してやる。
さっきまで威勢の良かった男達は、やる気をなくして、どこかに帰っていった。
流星錘。紐と錘だけ、ポケットに収まるくせに刀や槍を持った相手も葬れる、昔の人類が作った最高の武器の内のひとつだ。
俺は鉄塊にキスをして、暗闇の中を立ち去った。
ある朝目覚めた瞬間、俺は弓矢を取って、3発の矢を4秒で的に当てた。この弓は、熊を一撃で殺害出来る威力の弓だ。おもちゃじゃない。
そしていつものように、家の中から泣きわめき、怒鳴る声が聞こえる。そんなことをしたって、何も変わりはしない。怒鳴ったり泣いたりしたって、金なんて増えない。
人類の問題の全ては、死が解決する。ある虐殺者もそういったように。
そして、いつものセットを持って、学校へ向かった。
今日は雨だ。高一の夏だ。いつもの蒸し焼きになるような暑さはない。何もかも洗い流してしまうような、深く激しい雨だ。息も出来ないほどの強い雨の中を歩き、坂を登った。
人を見るたびに、ふつふつと言いようのない怒りが俺の中にわき上がってくる。
だから、誰も視界に入れないように下か上を向く。
ダチと喋った後、退屈な授業を聞き流した。
今日もろくに寝ていない。重度の不眠症を持っている俺は、三日ろくに寝ず、一日寝るような事を繰り返していた。そのうちに、眠くなった。
久しぶりの睡眠だ・・・・・・。
夢を見た。
昔の、不快な夢だ。
俺が弱かった頃の、不愉快な時代の夢を見た。
起きた後、机の足を蹴り飛ばした。
ろくなもんじゃない。
そのまま授業をトイレと言って抜けて、校舎の中を歩き回った。人類皆死んじまえ。
渡り廊下の中で、立ち止まって、ずっと雨を眺めていた。
雨風は心地いい。
しかし背中から、聞きたくなかった声を聞いた。
この学校で一番声を聞きたくない人物は、三人いる。
そのうちの一人が、この女だった。もう二人は、矢神という男と、二階堂という女だ。
「なに、やってるの?」
俺は振り向かずに答えた。
「雨音を聞いてる。わかるだろ?お前も病気なんだから」
「ごめん」
まただ。この女の腹立つ部分はここなんだ。
「なぁ、すぐ謝るのやめてくんねえか。もう聞き飽きたんだよ」
そうすると、何も言わなくなった。まるで壊れた機械だ。同じ事を繰り返し、叩くと黙る。
しばらく、何も言わないままだった。
「ねえ、これ、今月のお金だから・・・・・・」、女が後ろから、俺に声を掛けた。雨の音にかき消されそうなほど、不安そうで、か細い声だ。
俺は両手で頭を抱えて、呻いて、振り向いた。
「やめてくれって言っただろ、柊。俺はお前からは施しを受けたくないんだよ」
柊は、手に沢山の万札を持っている。金を見るたびに、吐き気に似た怒りがこみ上げてくる。
「ごめんなさい。でも、私には、これしかあなたに謝る方法が思いつかないんです」
手が震えてきた。くそ、俺はまたイラついてる。
「俺に話しかけるな。それが一番の方法だ」
「すみません。自分勝手かもしれないけど、払わせてください」
こいつの敬語に、腹が立つ。金を受け取った。
こいつは、慰謝料と称して、カネのない俺にバイト代を払う。
金を受け取らないと、長い謝罪ポエムを付けた手紙が、家のポストに投函されている。昔からの知り合いだ。野球をやっていた頃のチームメイト。こいつは女だったのにエースピッチャーで、俺はベンチの補欠だ。チームは7回も優勝したが、俺は試合にも出ずに連れ回されるだけだった。俺は、こいつとこいつらに虐められていた。全然関係ない奴にも虐められていた。学校でも、塾でもだ。やってきたのはこいつだけじゃない。なのに、全部自分のせいだと思っている。
だから、あいつは俺の家を知っている。それで、金を送ってこれるわけだ。
金について家族に詰問されるのが嫌で、俺は全て受け取るようにている。昔、あれだけ殴ってきたのに、今はこんな態度かよ。
だったら、最初からやるな。くそったれ!
「敬語もやめろよ・・・・・・」
「私のことを許さなくてもいいから、お金だけは払わせて」
俺は両手を挙げて、天を仰いだ。
「勘弁してくれ。お前みたいな奴に殴り倒されてたかと思うと嫌になる!謝罪させてくれというのも、自分勝手な行動だってわからないのかよ!」
「ごめんなさい、ごめんなさい・・・・・・」
俺は、いい案を思いついた。
これを言えば、さすがにこいつも怒るかもしれないという名案を。
「柊、そんなに俺に謝りたいんだったら、お前の穴使わせてくれよ。俺がお前を強姦するんだ。今からトイレに行こうぜ。どうだ?」
柊は、少しもためらうことなく、頷いた。
「それで君の気が少しでも、晴れるなら」
手の震えがどんどん激しくなり、動悸も止まらない。
視界がくらくらしてきた。深呼吸で、呼吸を整えようとしたが、無理だ。自制できない激怒は、俺の持病みたいな物だ。
「いい加減にしろよ!そんなことするか!どこまで一番見たくない姿を俺に見せれば気が済むんだ」
俺は柊の胸ぐらを掴み上げて、渡り廊下の、背の低い柵に押しつけた。柊は柵で体勢を崩して、向こうに倒れ込みそうになっている。
雨のしたたる音が聞こえる。トタン板がライフルを撃ちまくってるみたいにバタバタと鳴っている。
柊の顔を見た。柊は、少しも驚いていない。顔色ひとつ、憂鬱なまま変わってはいない。それどころか、どこか安心したような顔を見せていた。
これは、違う。
性交せず済んで安心した顔じゃない。こいつは、俺がこいつに怒っているのが嬉しいんだ。罪悪感を少しでも軽くしようとしている。
俺が夜中の喧嘩で、ナイフで切りつけたことも知ってる。こいつは、たぶん死にたがってる。俺に殺されたがってるらしい。
「お前は、死にたいのか?」
「うん。ナイフ、持ってるんでしょ?出来るだけ痛くない方法で、頼みます」
にこりと、笑いやがった。
怒りがすっと収まって、手から力が抜けた。
「ナイフは、痛いぞ」
昔の、中学でやられた傷を思い出しながら、俺は呟いた。
「なにをやってるの!」、教師がかけつけてきて、それでおじゃんになった。
放課後、教師が話しかけてきた。この教師は、俺と柊の話を、よく知っている。とても浅い部分だけ。天文学部の顧問だ。
「ねえ。川中君。柊さんを、許してあげたらどうですか?彼女ほど、反省している人をわたしは知りません」
「先生には昔の事なんてわかりませんよ」
逃げるように、学校を出た。
学校が終わった後、坂にあるベンチに座っていた。
雨に濡れながら、ずっと座っている。
美しくくすんだ青の色彩が、空を覆っていた。
また、声が聞こえた。
低く清涼な声だ。氷に似た声だ。今度はもう一人。聞きたくない声の一人だ。
俺は空を見たまま答えた。
「あなた、柊さんという女の子につかみかかったらしいわね。学校最悪の問題児くん。しかも、金を脅し取って、犯そうとまでしたとか。弱い人間に対して、力のある人間が暴力を振る
のは最低よ。あなたも武術家の端くれならわかるでしょう」
「噂は最悪な部分しか伝わらんらしいな。詳しいことは柊に聴けよ。しかも俺は武術家じゃない。強い農民みたいなもんだ。あいつらより強い武器を使って、俺があいつらに勝っただけだしな。宮本武蔵をアメリカのおっさんが銃で撃ち殺すみたいなもんさ」
学校で、剣道や空手とかをやってる奴との試合で、竹刀と素手の数人を同時に相手にして、おもちゃの投げナイフとおもちゃの流星錘で勝ったことがある。
その時こいつがそれを見ていて、それからこいつは俺にライバル意識を持ってるらしい。こいつは、飛び入り参加して、長い棒で数人を叩きのめしていた。
俺とこいつでは、俺が勝っていた。単純に、武器の有利不利で勝っただけだが。
そこら辺の奴を捕まえてきて、10時間ぐらい訓練させただけで似たような結果になるはずだ。
そういった場違いなことを考えていると、二階堂は俺の目の前に立ちふさがるように、位置を変えた。
二階堂の長い黒髪が揺れ、二階堂の傘の端から余計水がかかってきた。
雪の中のガラス片みたいに、冷たく鋭い目付きをしている。
心底、俺のことを軽蔑し、嫌悪している。
不愉快な昔を思い出した。
こいつの俺に対する態度は、昔の連中にそっくりだ。
俺はまた違う方を向いた。
「いい加減にしなさい。いつか通報されて、警察に捕まるわよ」
「勝手にしてくれ。絞首刑のおまけ付きでもいいぜ。そうなったら、捕まるまでに警官と人を殺しまくってやる」、鼻で笑って、そう言った。
今度は、俺が二階堂に胸ぐらを捕まれた。
「いい加減にしなさい!当てつけみたいな悪趣味な言葉を使わないで貰えるかしら?はっきり言ってあなたみたいな人がいるとね、迷惑なのよ!学校の恥だわ!」
「恥だと?他人に義務を背負わせてばかりのお前みたいな奴がいるから、社会が腐るんだよ。上下で腐らせてる奴同士仲良くしようや、警察や国家とつるんでる上級国民のリベラルでフェミの娘さん」
二階堂の顔がゆがんだ。袖に仕込んだ杭を引き抜くと、二階堂はさっと離れて、傘を畳んで、武器代わりにした。
傘の先は鉄製で、極限まで尖っている。あれで刺されたら、肉を貫かれるだろう。
俺は袖に杭を戻した。元々、やる気はない。そうすると、二階堂も傘を広げて、元に戻した。
「暴力的な底辺の右翼の殺人鬼予備軍の癖して、よく言ってくれるわね」
俺もこいつも互いのTwitterを知っているから、どういう事を言ってるのかは理解している。
もちろん、互いに互いが気に食わない。
思想の差より、完全に個人的にムカついているというだけの醜い争いだ。
「やめてよ!」、また聞きたくない声が聞こえてきた。
俺は空を向いて、雨を目の中に入れることを受け入れた。
「あなたは、もしかして柊さん?」、二階堂が言った。
「川中は、悪くない。悪いのは私だから」、柊が言った。
「もちろん、その通りだ。俺はどちらかというと目撃者みたいなもんだな」、俺は諦めたように呟いた。
「今から、学校の裏に来て」、柊は俺にそういった。
「わかりました、柊先生」、俺はもうどうにでもなれという感じで答えた。
二階堂はあっけにとられたまま、理解不能と言った様子でただ立っていた。
俺と柊は坂を登って、高校の裏の山の近く、ベンチがある場所までたどり着いた。
格子状の牢屋みたいな、雨宿りにもならない金属の柱が立っている。
雨は更に激しさを増し、地面に着地した水が、冠を作っているのが見える。
天井に貼られた、まばらな柱から、大粒の水が垂れてきている。
後ろには、背の高い茂みがある。
空は蒼く、暗い。地の空気すら、蒼く見える。
俺は柊が何を言うか、ずっと考えていた。
柊は、金の双眸で、俺をずっと見ていた。カラーコンタクトか。昔は、髪も長く、黒かった。目もそうだ。もっと体中に筋肉があった。だが、今じゃ筋肉はないように見える。こいつの背はもう俺より低くなった。月日が過ぎていくのは早いものだ。
「それで、なにがしたいんだ?」
柊は傘を投げ捨てた。
「私を、殴って」
俺はずぶ濡れになった髪をかき上げた。天然のシャワーの中で、なんて言おうか考えている。
「何発だ?」
俺は人を殴るのが結構好きだ。武器で叩きのめす方が好きだが。斧の背でちんぴらを殴り倒したときなど、もうたまらない。
「好きなだけ」
「いいね」、俺は笑った。
柊の首の裏を掌で抱えて、膝を子宮の上にたたき込んだ。
柊は咳き込んで、崩れ落ちた。四つん這いになった側頭部を、つま先で蹴り飛ばした。
これで、二階堂にイラついた分は解消した。男を殴るのも面白いが、女を殴るのも最高だな。
柊は、よろよろと立ち上がった。
加減しすぎたな。太ももを、脛で蹴り込んだ。
頬に、軽い左のパンチをくれてやった。そのまま左でみぞおちに肘。腹に右の掌。
柊は、地面にぺたりと座り込んだ。
「どうだ?満足したか?」
数十秒、呼吸の時間を与えた。
「こんなに痛くて、怖いんだね。今、はじめてわかったよ」
「喋れるのか?もっとやっときゃよかったな」
「私が君をバットで殴ったときは、皆で、殴ったり蹴ったりしてた時は、もっと痛かったんだよね」
「痛いだと?あのなぁ、バットで頭ぶん殴られると脳が揺れて痛いもクソもねえんだよ。股間蹴られる方がいてえよ。ぐらぐらすんの。おわかり?もう帰っていいか?」
手の震えが、また強くなってきた。怒りが制御できなくなる前に、とっととこの場を立ち去りたかった。昔のことを持ち出されるのが、一番頭に来る。
どうして俺は、今こんなくたびれてボロボロの女に、殴られてたんだ。
どうして、こんな奴が、あんなエースだったんだ。俺は補欠で、ずっとベンチから声を出し、無駄な時間を過ごしていたのに。
どうして俺は、こんな奴に!
こんな弱い女に......
「まだ、全然済んでない。私は、もっと酷いことをした」
柊は、涙を流していた。雨か、涙かはよくわからない。
「そんなに誰かに罰されたきゃ、ネットで飲酒動画でも上げたらどうだ。ネットの正義感に燃える人間がお前を退学させてくれるぜ」
「そうしろと言うなら、やります」、またためらうことなくそういった。
「お前は、ずっと自分勝手だな。そんなに殴られたいなら、俺をもっと燃え上がらせるようなことを言ったらどうだ」、苛立ちから、当てこすりのように吐き捨てた。
柊の目にスイッチが入った。金のきらめきが、より強くなった。
頬に赤いあざができて、口を切ったらしく、口から血が出ている。
冗談だろ。クソ、余計なことを言ったな。
「もっと殴れよ、補欠。私があんたにやったみたいに」
あの頃と髪と瞳も違う。しかし、声色と、呼び方だけは同じだった。
あの頃の、ムカつく、俺を虐めてきた女のままだった。
とたんに、一気に怒りが湧いてきた。
手が震え、視界が明滅する。息切れが酷い。
俺の持つ一番の病気は、この激怒だ。
「いいだろう、骨を折ってやる。あの時お前のダチに俺は膝を壊されたよな。あのお陰で、俺は今でもまともに走れねえんだよ、クソッタレ。二度と歩けねぇようにしてやるよ!」
野球の練習中、膝にスライディングをかまされて、俺はろくに走れなくなった。もうこれで4年目だ。
柊の膝を、靴の裏で踏むみたいに蹴りつけた。
柊の膝が伸びた。崩れ落ちた所を、思い切り蹴った。
肋骨が折れる音がした。
女は、地面に呻きながら力なく横たわった。
息切れが酷い。喧嘩の時でも、ここまでにはならない。血圧が上がり、視界の端が赤黒い。
ジャンプして、頭かのどか心臓を両足で踏み砕いてやる。
殺してやる。
そうすると、後頭部に強い衝撃がきた。地面に倒れると、二階堂が大きな棒きれを持っているのが見えた。たぶん、近くの山で拾ったんだろう。ここは山だらけだ。
「話は聞いていたけど、止めさせてもらったわ」
俺はにやりと笑った。
「秘密にしておいてもらえるか?」
長い間が開いた後、「そうね」と答えた。
二階堂は、柊を肩に担いで、どこかに連れていこうとした。しかし、途中で立ち止まった。
「人生って、ままならないものね」、溶けかけの氷みたいな、力のない冷たさの声だった。
「そうだろうな」
柊の、ごめんねという声が聞こえた。
俺は地面に横たわったまま、空を見つめていた。
雨が俺の顔に当たり、メガネを打ち、鼻に入り、口に入った。
俺は全てを嘲笑するように、笑った。




