そばかすのある卒業面で。
2020/02/03
ファンアートをいだきました!ありがとうございます!
最後の部分に貼っています。
二人の関係があやしいというのは、聞き耳を立てなくても聞こえてきた。
わたしに聞かせるつもりの噂話もたくさんあった。
だから嫌でもわかっているはずだった。
けれど現場を見てしまうと心が屈む。
わたしにさえ見せたことのない笑顔。
向けられるのは可愛らしいお嬢さん。
家政科の中でもひときわ愛らしい。
わたしは頬のそばかすを少し撫でた。
束髪はお好みではないのかと、あちらのお嬢さんを真似てマーガレット結びにしてみたの。
お見せする機会はなさそうだけれど。
睦まじくしている二人に背を向けた。
足元でがさりと音がして、枯れ葉を踏んでしまったようだった。
二人の声が止んだけれど、わたしは構わず立ち去った。
授業の内容も頭に入らない。
ひとり減り、ふたり減り、わたしの学級はもう半分も退学した。
わたしもそうなるはずだった。
いただいたお話が纏まって、お嫁に行くものと思っていた。
けれどこれは立ち消えになるのでしょう。
あの方の心はあのお嬢さんに向いた。
そしてわたしも卒業面と、陰で言われるようになるのでしょうね。
「あの……もし」
帰り際に門際で声を掛けられて、振り向いたならばあのお嬢さん。
わたしは立ち尽くしてしまって、声も出せなかった。
「あの……お昼に、校舎袖で、お見かけしまして……」
何を言う気なのかわからなくて、わたしは震えた。
「あの、もし誤解をされたならば、と。
わたし、宗一郎さんにはよく洋算についてお訊ねしているのです。
とても計算が苦手なものですから。
授業の内容について質問をしていました」
わたしは驚きで息が詰まってしまった。
「……お名前で呼ばれているのですか、佐伯先生を」
お嬢さんははっと息を飲んだ。
わたしたちの姿を見て、佐伯先生が走って来る。
「柏木君、昼のことは誤解だ。
チヅ君はとても勉強熱心で、ときどきわからない所を訊きに来るんだ」
「お二人は、名前で呼び合う仲なのですね」
先生はお嬢さんと同じように息を飲んだ。
とても仲良し。
「ちがう、そうじゃない、そうじゃないんだ」
「じゃあ、どうして、わたしの側ではなくそちらに立っていらっしゃるの?」
寄り添う二人はとてもお似合い。
慌てて離れるふたり。
とても仲良し。
「……お二人の幸せを願っております」
わたしは深々と頭を下げた。
動揺する二人を置いて家路につく。
「柏木君……カヨ君!」
先生がわたしの腕をとった。
慌てて思い出したわたしの名を呼んで。
後ろの方ですすり泣く声が聞こえた。
そうでしょう、あなたも婚約がある身。
愛らしいお顔のお嬢さん、婚約が成っても退学なさらなかったお嬢さん。
あなたは佐伯先生が好きだったのね。
だから「もう少し学びたい」だなんて、嫁入りを先延ばしにしたのだわ。
「佐伯先生、あなたの愛らしい方が泣いています」
わたしが言うと先生は目を反らした。
「先生、わたし一度でも、心を傾けていただけたこと、嬉しく思います。
お話をいただけた時はきっと、きっとその時だけはわたしを見てくださったのでしょうから」
父さんと母さん、悲しむだろうな。
父さんは怒って大変になるかもしれない。
それとも、女は粛々と受け入れろと言われるかしら。
そのままお話は御破算になった。
愛らしいお嬢さんも婚約は無くなり勘当されて、佐伯先生と結婚させられた。
先生は職を辞してお嬢さんを連れて田舎の学校へ勤めに出るらしい。
わたしは学校に取り残されて、陰口に寝取られが加わった。
お嬢さんの元婚約者さんからのお話もあった。
けれどそれは出来過ぎでしょう。
わたしはあのお嬢さんのようではない。
父さんもわたしを思いやって、直ぐにどうせよとも仰らない。
「そうね、このまま卒業しようかしら」
そばかすのある卒業面で。
※卒業面:明治〜大正時代に、女学校を卒業できる不美人を指していった。
美人から先に嫁入りが決まり退学して、女学生が卒業できるのは珍しかったため。
企画用にかいたのですが、なんとなく違う気がしたので普通に投稿します。
2020/02/01 ルビ挿入、一部漢字に変換、改行を見直しました。
2020/02/03 最後にファンアートを挿入しました。