大前提を否定する!
何か知らんけど、異世界に転生した。
パンパカパーン、レベル1です。
レベル1。
俺のレベルかよ、これ。
ちょっと待て落ち着け、俺は何でこんなところにいるんだ。
そよぐ風、遠目に見える山々は新緑に彩られ、草いきれの匂い立つ草原の真ん中に俺はいる。
すがすがしい空気。小鳥がさえずり、一羽が飛び立ったすぐ後で二羽目が飛び出して行った。きっとつがいなのだろう。仲睦まじい2羽は、青い空を背景にするすると円を描きながら舞っている。
こんな風景の中に立ち、空を見上げるなんて何年ぶりだろう。
「現実逃避はそのくらいにして、この世界に転生おめでとう!」
青い空と白い雲を眺めていた俺の目の前に、オッサンの顔が大写しになった。空のスクリーンにバストアップ(胸から上)の半透明のオッサン。特筆すべきは、せいぜいハゲていることだろうか。まぁ、あと、すげえ親指おっ立てて笑ってる。
「チェンジ」
「そういうのないから」
俺のささやかな要請はものの一秒で却下された。
「いいの? 神だよ、わたし。神にそんなこと言って良いの?」
ああ、夢とかそういうオチか。
「いや夢じゃないけど、きみ、前世のこと思い出しなさいよ。チャリで走ってて車に当てられたんでしょう」
そう言われて思い出した。
そうだ。俺は確か、チャリに乗って駅に向かう途中、車に当てられて側溝へ落ち、そこで溺れ×んだ。
「思い出したかい。7センチほどの水かさの側溝へ頭から落ち込んでしまい、非業の死を遂げたのだ。そう、若い身空で、わずか7センチほどの水かさの側溝へ」
「そこ繰り返してんじゃねーよオッサン。いやジジイ」
俺はあのハゲ頭でドラムのビートをリズミカルに刻みたい衝動を必死に抑えた。
「神様にきざからしたらいかん」※訳:神様にいじわるをしたらいけない。
「なんで香川弁になった」
「残念だったねぇ。若い身空で。7センチの水かさに。ちなみにきみに車を当てたあの男、救急車とか呼ぶ前に秘書に電話してSNSのアカウント削除してるね」
「知りたくなかったけど、知ってしまったらそいつらがイボ痔と切れ痔と尿路結石になるように祈るしかない」
「なんでそんなにおケツ周りにこだわるの?」
「それでジジイ、死んだはずの俺はどうしてここにいるんだ。ここは天国か?」
…………。
………………。
「ジジイ、答えろ」
………………。
……………………。
「おい、ハg」
「あーー!! 人が傷つく悪口を言っちゃいけないんだー! お前ホントいい加減にしろよ神様って呼べよこの側溝7センチ! わたしは神だって言ってんだろうが! お前のエロ本の隠し場所だって知ってんだよ! 幼稚園で可愛い女の子に『顔が好みじゃない』って言われてフラれたこと拡散してやろうか! そしてバズってやろうか!」
「そっちの世界でもう死んでる俺にどういう脅し文句?」
ジジイもとい神とかいう半透明のジジイは、深呼吸のち落ち着きを取り戻した。
「自分が死んでいることを悟り、かつ見知らぬ世界にいるのに、きみは落ち着いているねえ。これが悟り世代? アレだけはやめてね。あの、いきなりキレるやつ。キレる若者。アレされるとびっくりするから。怖くはないんだけどね。怖くはないよ、全然。だけどびっくりしちゃうから」
俺はこの世界での生きる目的を、ツァーリボンバを製造することに定めた。
「それはいくない。世界の未来のために核兵器根絶を。核兵器、ダメ、ぜったい。」
「心の中を読むんじゃねーよさっきから」
「なんて怖ろしい子……。あのね、まぁぶっちゃけさ、アレ。異世界転生、おめでとう!!」
俺の周りで、てれれれってれー、という気の抜けた音楽が控えめに鳴り、ワンコインで買えるレベルの安物クラッカーがパンと乾いた音を立てた。
「あの非業の死を遂げたきみに、わたしからささやかなプレゼントだ。なろう的異世界転生。第二の生。異世界でまったりスローライフ。いいね!」
あのさ。
なろうの異世界転生っていったらあれだろ。
最初から最強。チート。ハーレム。その他もろもろ。
それを、レベル1?
いったいどういうことだよ。
「そこはアレじゃないの、なろうの異世界転生と言えば、最初からレベルマックス、俺TUEE」
俺は当然の権利がごとく、俺を異世界へ飛ばしたとかいう神に向かって抗議した。
それを神は鼻で嗤った。
「ハァ? バカじゃないの。何で自分で努力しようともせずに最初からレベルマックスとかできると思ってんの。だってそんなことしてみ? そんな力に身体がついていかないでしょ。心もついていかないでしょ。力のコントロールもできないで山とか崩されても困るし。そこに住んでる動植物が。良く考えなよ。そういうのぜぇんぶ棚に上げてさぁ、いきなりレベルマックスとか。そりゃないでしょ。どこの世界の話よ。いきなりれぶぇ」
神は噴き出した。噴出しやがった。こいつなろうの異世界転生ルールを知らないのか。緑あふれるのどかな異世界へ飛ばされて、現代日本の知識しかない俺が何するってんだよ。園芸経験なんて夏にミニトマトを庭に植えるくらいだよ。チートで無双するしかねーだろうが。
「このハゲ、それじゃ俺はなんでここに転生したんだよ」
今度こそハゲもとい神の目つきが変わった。さぁとっとと俺の存在意義を説明しろよ、このハゲ。何のためにそこに出てきたんだよ、このハゲ。
「お前、ハゲとか、お前は、このやろう、レベル1のくせに。レベル1に加えて皆がやる努力の2倍くらい頑張らないとレベル上がらない仕様にしてやろうかこのやろう。オプションでワキガと剛毛すね毛もつけてやらぁ。神をハゲと言ったことを後悔するがいい、地獄の悪魔よりも悪辣なレベル1め!」
レベル1を連呼しやがる割に、他にはろくな悪口を思いつかないらしい。というか現状、レベル1は事実であって別に悪口ではなくないか。ワキガと剛毛すね毛はいただけないが。
そんな紆余曲折の末、やっと俺がここに飛ばされた理由が分かった。
まぁ要は、どっかのなろうファンタジー小説でざまぁとか奴隷とか殺戮とかが流行っているから、そういうのなしにして、なんか地道に頑張ろうって話をハゲ神が作りたかったそうだ。
「だってそうだろう。こわいだろう、虐殺。あと拷問とか。あれヤバいだろう。なろうでこんなこためっそーいわれんけん」※訳:なろうでこんなことはあまり言えないけど。
「今度は高知の方言か」
歴代一位大ベストセラーの書物には、自分を信じなかったという理由で町を火の海にしたり人間を塩の柱したり人間世界を大洪水で押し流したりする唯一神がいるけどな。
「虐殺はいかんと思うんよ、わたし。そんなストレス溜まってるん? そんなに同じ人間の脳みそパーンしたり内臓ひり出したりしたいん? モブならいいん? その人も愛する妻や子どもがいるかも知れないのに? 年老いたお母さんを養ってたかも知れないのに? 辛い過去を背負ってそれでも懸命に生きていたかも知れないのに? 将来、誰も考え得なかったクリーンエネルギーを開発したかも知れないのに? ヤバい人間社会怖い。だったらぬこ動画観ればいいじゃない、ぬこ動画。何あれマジ可愛い。ぬこは神が創りたもうた最高傑作じゃないマジで」
しらねえよこのハゲ。お前が神じゃねーのかよ。
それに俺がレベル1で選ばれた理由は、何となくだそうだ。何となくと言われたら、さすがに腹が立って問い詰めた。すると、基本的にハゲ神はボケたいそうで、ツッコミ体質の役を担う誰かが必要だったから、と、ハゲを25回くらい連呼しながら罵ったらようやく白状した。つまんねー理由を後生大事にひた隠してんじゃねえよこのハゲ。
「そんな理由かよ!」
と、言うだろ。
誰しも言うだろ、力の限り。異世界にレベル1で連れて来られた理由がそんなだったらさぁ。
パンパカパーン、レベル2になりました。
やかましい!
※参考文献:佐藤亮一編(2002)『都道府県別全国方言小辞典』三省堂.