水の国・アクアドリーム国
エルク達は、【水の国・アクアドリーム国】にいる聖剣の【水の巫女】と呼ばれている雫から竜神祭の招待によって【水の国・アクアドリーム国】に行くことになった。
【水の国・アクアドリーム国】
エルクとアリス、それに国王であるジニール、妃のアリーナ、騎士団の隊長のベルの5人は、アリスと同じ聖剣で【水の巫女】の二つ名を授かっている雫の招待により水の国アクアドリーム国を訪れていた。
水の国アクアドリーム国は、世界では珍しい和風の建造物が建ち並んでいることで有名な国だった。
国内には、あちらこちらに川が流れており、それぞれの川に沿う様に建物や桜の木、灯籠が建ち並んでおり、建物の前には石積で作られた幅広い水路が延び、透き通た綺麗な水が流れて水車がゆっくりと回り、水中には鯉が気持ち良さそうに泳いでいる。
特に観光で有名になっている場所は国内の中央にある水が透き通った大きな湖の中央に建てられている神社だった。
この湖には昔から古い言い伝えがあった。
その言い伝えとは、よくある身分差のある禁断の恋の話だ。
人類で二番目に精霊を宿した国の姫が幼馴染みの下民と恋に陥っており、その二人の関係を知った国王は激怒し、騎士団達に命令して幼馴染みの下民を捕まえた。
そして、国王は自分の娘である姫の目の前で幼馴染みの下民を処刑したのだ。
その後、姫は幼馴染みの下民と隠れて密かに会っていた思い出の湖の前で泣き続け、数日後、姫は幼馴染みの後を追うかの様に湖に身を投げた。
その際、姫が宿していた精霊マーメイドが暴走し大津波が起き国内にあらゆる物を押し流し多大な被害をもたらした。
その日から湖から大量の水が湧き出す様になり国内に多くの川が生まれたのだ。
今は大きな湖には大きな橋が架かっており、姫や幼馴染み、そして精霊マーメイドの悲しみと怒りを鎮めるため湖の中央に神社が建てられ、毎年、その日が訪れると竜神際を行っている。そういう身分の差のある禁断な恋の言い伝えがあり、平日でも多くのカップルが訪れ、神社を背景に記念写真を撮りに来る人達の行列ができるほど大人気の場所になっていた。
今は竜神際も近く、出店も多く出店しており盛大に賑わっている。
中央に流れている大きな川沿いをエルクとアリスは横に並んで楽しそうに会話しながら歩いており、その二人の後ろにジニール達が続いて歩いていた。
「相変わらず独特な雰囲気のある国だけど、何だか心が落ち着くから不思議だな」
エルクは、桜の花びらが水路に落ちて流れる光景を見て頬を緩める。
「そうね、エルク」
あまり見せないエルクの表情を見て、アリスは微笑んだ。
そんな時、大きな川の上流から木製の小型の手漕ぎボート3艘が見えてきた。
それぞれの小型の手漕ぎボートには、カップルや家族が乗っており楽しそうに笑顔を浮かべていた。
「ねぇ、エルク」
アリスは、隣で一緒に歩いているエルクの袖を指先でちょこっと掴み軽く引っ張る。
「ん?どうした?アリス」
「あ、あの…私達も、そ、その、せっかく来たのだから…そ、その、ボートに乗ってみない?」
アリスは、恥ずかしそうに顔を真っ赤に染めながら上目遣いでエルクを見る。
「別に良いけど。でも、あの大きさだと流石に5人で乗るのは無理なんじゃない?」
「だ、だから、そ、その…そのね…。わ、私と…二人で…」
顔を真っ赤に染めているアリスは、俯いて左右の人差し指の指先をくっつけたり離したりしてモジモジする。
「ねぇ、エルク君。お願いがあるのだけど」
アリーナは、エルクに話し掛けた。
「はい?何でしょうか?アリーナ様」
足を止めたエルクは、振り返り頭を下げる。
「私達は観光しているから、申し訳ないけど、エルク君はアリスと二人で一緒にボートに乗ってきて欲しいのだけど良いかしら?」
アリーナは、娘のアリスに向かってウィンクする。
「わかりました」
「ありがとう!エルク、お母様。そうと決まれば、早く行きましょう!エルク」
「うぁ!?ちょっと、アリス」
アリスは、エルクの腕を組んで走り出す。
ジニールとアリーナ、ベルの3人は、そんな二人の後ろ姿を見て微笑みながら見送った。
「あなた、ここに来て本当に良かったわね。アリスが、あんなに喜んで、はしゃいでいる姿を見るのは久しぶりだわ」
「そうだな」
アリーナは口元に手を当てて笑顔を浮かべ、ジニールも笑顔を浮かべて頷いた。
「突然で申し訳ありません。1つお聞きしたいのですが、宜しいでしょうか?」
「何だ?ベル」
「もし、アリス様がエルク君と、その婚約したいと仰った場合はどうなされるおつもりですか?」
「そんなことは決まっている」
「やはり、ご反対されるつもりなのですか?」
ベルは、肩を落として落胆する。
「何を言っているんだ、ベル。私は認めるつもりだぞ。エルクなら信頼して愛娘を任せられる。変な上級貴族や偏屈な聖剣達より信頼している」
「私もそのつもりよ。エルク君なら、心から信頼できるわ」
ジニールとアリーナは、迷わずに即答で答えた。
「そのお言葉を聞いて、私は安心しました。ですが、もうご存知だと思いますが、大臣であられるベネゼブラ様は納得しないかと思われますが」
「そうだろうな…。しかし、まだ時間はある。ベネゼブラも、気持ちの整理ができるだろう。そして、いつか納得もしてくれると私は信じている」
ベネゼブラがエルクを恨んでいるのことに気付いていたジニールは、複雑な面持ちになった。
アリスがエルクと出会う前は、ベネゼブラの息子の長男ローマンがアリスの婚約者となっていた。
しかし、アリスがエルクと出会い、アリスはエルクと接していくうちにアリスはエルクに好意を抱く様になっていき、今まで逆らわずに素直に両親の言いつけを守っていたアリスだったが、初めて自分の意思で両親であるジニールとアリーナに婚約破棄を申し立てをしたのだった。
初めは迷ったジニールとアリーナだったが、愛娘のアリスがエルクと接している姿を見て、本当に心の底から好きなんだとわかったので、大臣のベネゼブラに婚約破棄を申し出ることにしたのだ。
そのため、ベネゼブラはエルクを憎んでいた。
ジニール達、3人が複雑な面持ちになっていた時、川からアリスの声が聞こえてきた。
「お父様、お母様、ベル~!」
ジニール達は、声がした川に視線を向けると、そこには手漕ぎボートに乗ったエルクとアリスの姿があった。
エルクは左右の手に櫂(水をかいて船を進める道具。別名オール)を握って漕ぎ、一緒に乗っているアリスはとても幸せそうな表情でジニール達に向かって手を大きく振っていた。
ジニール達も笑顔を浮かべてアリス達に手を振った。
「アリス様!【水の巫女】であられる雫様との面会の時間まで、あと3時間しかありませんので、それまでには戻って来て下さい。私達は、お先に宿屋の水鈴邸に行っていますので」
ベルは右手を大きく振り、左手を口元に当てて大きな声で話す。
「わかったわ、ベル」
アリスは笑顔を浮かべたまま、両手を筒状にして口元に当てて大きな声で了承した。
「ねぇ、エルク。あっちに綺麗な花が沢山咲いているわ!近くまで寄せて!」
アリスは、嬉しそうに花が咲いている場所を指を差す。
「わかったよ、アリス」
エルクは、久しぶりに嬉しそうなアリスを見て、笑顔を浮べて櫂で漕いでボートを走らせる。
その後、エルクとアリスは出店で水の精霊のマーメードとウンディーネのお面を買ったり輪投げや金魚掬いをしたり、人形カステラやはし巻き、たこ焼き、わたがし、りんご飴を買って食べ歩きながら出店をまわった。
【水の国・アクアドリーム国・宿屋・水鈴邸】
日が落ちて満月と星が国を照らしている中、アリスとエルクは着物に着替えており走っていた。
アリスの着物は全体が白色で所々(とこどころ)に桜の木と花の模様が入っている。
一方、エルクはグレーの袴に上は黒色でアリスと同じ桜の木と桜の花の模様が入った着物姿に着替えていた。
「ほら早く走りなさい、エルク。このままだと間に合わないかもしれないわ」
アリスは、エルクの手を引っ張って走っていた。
「え!?アリスが、その台詞を言うの?大体さ、俺達はここに三日間滞在するのだから、わざわざ、今日、着物を買わなくても良かったと思うけど」
「うっ、エ、エルク、あなた馬鹿なの?きょ、今日、購入しとかないと、明日には売り切れて無くなっていた可能性があるのよ!店員さんも言っていたでしょう。どちらもオリジナルで、ここにあるこの一着しかないって」
アリスは考えなしに本能のまま動いていたので、図星を突かれギクッと体を震わせながら顔が引き攣る。
「そう言っていたけどさ、予約をしとけば良かったと思うけど?それにさ、急がないといけない状況なのに、何で、わざわざ走りにくい下駄や着物に着替えたのかが不明なんだけど」
「な、何を言っているのよ!そ、そう、着物なんて、中々(なかなか)、着る機会が少ないのよ。だから、着れる時に着るのは極当たり前のことでしょう!」
「そ、そいうもの?」
「そういうものよ!」
「よ、よく分からないけど、そうなんだ。疑ってごめん、アリス」
アリスの気迫に負けたエルクは、自然と謝った。
「わ、わかれば良いのよ!わかれば!それより、早く急ぎましょう」
「そうだね」
アリスとエルクは、走る速度を更に上げた。
そして、エルクとアリスは無事に時間内に水鈴邸に辿り着いた。
水鈴邸は、広大な敷地を擁壁で囲んでおり、擁壁は漆喰で塗られている。
門の前に着物を着た仲居さん(旅館や料亭などでお客様の接待や給仕などを行う人)3人が待機していた。
「お待ちしておりました、アリス様、エルク様」
仲居さん達は、一斉に頭を下げた。
「お出迎え、ありがとう」
アリスは笑顔を浮かべてお礼を言った。
「お気にしないで下さい、アリス様。お部屋まで私達3人が、お二人をご案内させて頂きます。では、ついて来て下さい」
アリスとエルクは、仲居さん達についていく。
敷地内に入ると灯籠が一定の間隔で設置され、左手側には絶壁があり上から水が流れ滝になっており下からライトアップされている。
その滝の真下には、ライトアップされた大きな池があり、所々(ところどころ)に固まって植物のハスが花を咲かせて浮かんでおり、端には鹿威しが設置されていて静寂の中、鹿威しの甲高い音が響き、池の中には鯉が泳いでいた。
中庭の中央には、枯山水(水を使わずに石の高低や地形などによって山水を表した庭園)が作られており、右手側には間伐(木を切ってまばらにすること)が施された整備がされた竹藪が見えていた。
エルク達は石畳の通路を歩き、大きな玄関に辿り着きジニール達がいる部屋に案内された。
「アリス様とエルク様をご案内して参りました。失礼します」
仲居さんの一人がノックをしてドアを開ける。
「「ただいま戻りました」」
アリスとエルクは、お辞儀をする。
「お帰りなさいませアリス様、エルク君」
「おお、アリス、エルク待っていたぞ。あまりにも遅いから何かのトラブルに巻き込まれたかと心配しておったぞ」
「いえ、特にトラブルとかはありませんでした」
「それなら、良かったわ。お帰りなさい、アリス、エルク君。何事もなく無事で良かったわ」
「ジニール様、アリーナ様、ご心配をお掛けさせた様で大変、申し訳ありません」
エルクは、頭を下げて謝罪をした。
「では、私達は失礼します。何か、ご用事があればお気軽にお声を掛けて下さい」
仲居さん達は、一度頭を下げて退出して仕事に戻っていった。
「どうして遅くなったのか、その格好を見ればわかる。どうせ、アリスが着物に執着したのだろう」
「うっ…」
図星を突かれたアリスは、ギクッと反応して狼狽した。
「フフフ…。二人共、とても似合っているわ、その着物姿。それに、お揃いだから恋人同士に見えるわよ。ねぇ?あなた、ベル」
アリーナは、口元に手を当てて笑顔を浮かべたままアリスとエルクを見ながら尋ねる。
「そうだな」
「はい、どこから見ても、とてもお似合いのカップルです」
ジニールとベルは、笑顔で頷いて肯定した。
「こ、こ、こ、こい、恋人!?かっ、カップル!?」
エルクは無反応だったが、アリスは瞬間湯沸し器の様に一瞬で湯気が出そうなほど顔を真っ赤に染めた。
アリーナ達は、アリスの反応を見て穏やかに微笑んだ。
それから1時間が経ち、3人の仲居さん達がエルク達がいる部屋を訪れた。
「柳水国王様が、【水蓮華の間】にてお待ちしております。私達がご案内を致しますので、ご一緒に同行をお願いします」
真ん中にいる仲居さんが説明し、仲居さん達は一斉にお辞儀をする。
こうして、エルク達は仲居さん達に案内されて【水蓮華の間】に辿り着いた。
【水蓮華の間】
【水蓮華の間】の部屋は広く、中央には大きな長方形テーブルがあり、中央に紺色の髪の毛で刈り上げした男性・柳水国王、その両サイドには背中までスラッと青髪を伸ばした女性・妃の瑞希、そして、同じく青髪の軽いボブカットをした少女・姫の雫が席に着いていた。
柳水達は、全員が青や水色を強調した着物姿だった。
壁際には大きな窓が一定の間隔で設置されており、その近くには銀色と青色の装飾を施されている鎧を身に纏っている騎士団達30人が一定の間隔を開けて立って待機している。
ジニールとアリーナ、それにアリスの3人はメイド達が椅子を引いて待っていたので、中央にジニール、左側にアリーナ、右側にアリスが座った。
エルクとベルの席にも用意されておりメイド二人が椅子を引いて待機しているのだが、二人は護衛役なので席に着かずに騎士団達と同じく壁際に移動していた。
「ベルさん、エルク君。そ、その、せっかくですから席に着いて頂けませんか?」
オドオドしながら雫は、苦し紛れの笑顔を浮かべながら二人に話し掛ける。
「いえ、お気持ちだけで十分です。私達のことは、お気にしないで下さい。私達はジニール様方の護衛役の身なのですので」
ベルは、お辞儀をして丁寧に断った。
「二人共、そう畏まるな。今回、君達はゲストとして私達が、ここに呼んだのだから気にせずに堂々(どうどう)としていれば良い。誰も文句は言わせない」
国王の柳水は、妻の瑞希と娘の雫、そして騎士団達に視線を送る。
「ええ」
「はい」
瑞希と雫は、笑顔で頷いた。
「ベル、エルク、柳水殿がそう仰っているのだ。ここは、お言葉に甘えて席に着いたらどうだ?」
ジニールも賛同する。
「はい、畏まりました」
「わかりました」
ベルとエルクは、席に着くことにした。
ベルはアリーナの隣の席に、エルクはアリスの隣の席に向かう。
壁際に立っている騎士団達は、エルクを注視しながら警戒を強める。
「あれが、聖剣の四宝様方よりも強いと噂をされている【白き死神の白夜叉】なのか?」
「そうだ、間違いない。去年、一昨年も来ていたからな」
「嘘だろ?どう見ても、ただの子供だろ?今も隙だらけで、我々(われわれ)でも簡単に倒せそうだぞ」
「まぁ、所詮は噂話だからな。実際に強いとは限らないだろ?そもそも、聖剣で在られる雫様やアリス様に敵う者がいるとは信じられん。よりによって、聖剣の四宝様方より強い者など存在するはずがない」
目の前を通るエルクを一目見た騎士団達は、柳水達に聞こえない様にコソコソと話す。
しかし、騎士団達の話し声は、聖霊力の強い柳水達に丸聞こえだった。
エルクは聞こえていないかの様に無視していたが、隣にいるアリスは激怒して手に力が入り聖霊力が高まっていき、アリスの体を纏う様に風が発生し、金色の長い髪の毛がフワッと浮いている。
「ちょ、ちょっとアリス…」
(アリス!?ここで聖霊力を解放したら部屋が吹っ飛んでしまうから、本当に取り返しがつかなくなるから)
慌ててエルクは、激怒しているアリスを宥めようと声を掛けた。
「あ、あの…アリスちゃん…」
アリスと同じ聖剣である雫は、オドオドしながら話し掛ける。
「ゴホン、お前達、静かにしろ!聞こえているぞ!」
わざと咳をして騎士団達を睨み付けながら注意する柳水。
アリスは冷静さを取り戻し、吹き荒れそうになった聖霊力を制御し、発生していた風が消えた。
「「も、申し訳ございません」」
騎士団達は一斉に謝罪をし、それからは何も喋らなくなった。
「こちらの者達が、大変失礼をした。非礼を詫びる。申し訳ない」
「わかった。だから、もう気にする必要はない柳水殿。アリスもそれぐらいでな」
ジニールは、左手を軽く挙げる。
「はい、お父様が仰るのであれば。それに、私はそこまで気にしていませんので」
アリスは、微笑みながら答えたが目は笑っておらず威圧感があった。
「そ、そうか…」
ジニールは、娘のアリスの威圧感がある笑顔を見て頬が引き攣った。
アリスが放っている威圧感は、皆を押し黙らせるには十分だった。
場の雰囲気を変えるため、エルクは話を進めることにした。
「柳水様、毎年、竜神祭という神聖な祭が訪れる度に、ジニール様やアリーナ様、アリス様だけでなく、私にもお声を掛けて頂き、誠にありがとうございます。ところで、今回は竜神際のことだけではありませんよね?おそらく、攻めてきた【ブラッド・チルドレン】9番隊の隊長【ゴーレム・マスター】のゴンザレスの件のこともあるのでしょう?」
「流石、エルク殿だ。エルク殿の言う通り、今回は、その件を詳しく即急に聞きたかったのだ。どうだろうか?ジニール殿。食事をしながらでも」
「フッ、わかった。良いだろう」
柳水は肯定しながら提案し、ジニールは頷いて了承した。
「助かる。では」
満足そうに頷いた柳水は、数回手を叩くとドアが開きメイド達が様々(さまざま)な料理を乗せたワゴン・カートを押して部屋に入ってきた。
メイド達は、テーブルに次々(つぎつぎ)と料理を並べていく。
エルク達は食事を摂りながら、ジニールだけでなく、直に戦ったアリス、エルクが説明する。
「ふむ。まさか、あの【ブラッド・チルドレン】9番隊、隊長【ゴーレム・マスター】のゴンザレスが奇襲を仕掛けてくるとはな。ところで、ジニール殿。誰が手引きをしたのか把握、または検討はついているのだろうか?」
「いや、それは、わからないままだ。何せ、アスカ様がゴンザレスだけでなく、この件の首謀者と思われる上級貴族達を始末してしまい、これ以上の捜索は、お手上げ状態なのだ。後から気付いたことが2つある。まず、1つ目は首謀者と思われる者達とゴンザレスの接点はなく、首謀者達との交友があった者達を調べ尽くしたがゴンザレスとの接点がある者は誰も居なかった。2つ目は設置していた国内の防犯カメラがあるのだが、首謀者達が集まっていた家付近に設置されている防犯カメラは何者かに工作されていてな。意図的に、その時間帯だけの録画が消されていたのだ。おそらく、その時間帯に工作した何者か、もしくは組織の者が首謀者達と会っていた可能性が高い」
ジニールは、深いため息を吐く。
だが、ジニールはゴンザレスを招き入れた人物に心当たりはあったが証拠がなく、信じたくはなかった。
「アリスちゃん、エルク君、もし良かったら食事が終わったら私の部屋に来てくれないかな?」
オドオドしながら雫は尋ねる。
「もちろん、良いわよ」
アリスは笑顔で頷き、エルクも無言で頷いた。
「ありがとう!アリスちゃん、エルク君」
雫は、嬉しそうに笑った。
こうして、先に食事を終えたアリスとエルクは、雫と一緒に雫の部屋へと向かった。
アリス達が退出したのを確認した柳水は、真剣な面持ち変わる。
ジニールは、お茶を一口飲んで、湯飲みをテーブルに置いた。
「で、柳水殿、大切な話があるのだろ?」
「流石ジニール殿、お見通しだったか。実はな、1つ頼みたいことがあるのだが…」
【雫の部屋】
雫と一緒に、雫の部屋に入ったエルクとアリス。
雫の部屋は、水色の机やベッド、大小様々(さまざま)なテディベアが飾ってある年相応の女の子らしい部屋だった。
「良かった、良かったよ…。二人が無事で、本当に良かったよ…」
雫は、自分の部屋に入ると泣きながらアリスとエルクに抱きついた。
「心配してくれてありがとう、雫。私達は、大丈夫だから泣かないで雫。それに、私とエルクは、そんな簡単に死なないわ」
アリスは、片手で雫の頭を優しく撫でる。
「ほら、エルクも何か言いなさいよ」
「わかったよ、アリス。なら、雫」
「ぐずっ、何?エルク君」
「雫は、優しくって心配性なところは変わらないけど、見ないうちに随分と成長しているよ」
「ぐずっ…そうかな?う…」
「うん、こうして抱きつかれて、雫が成長していることを確信したんだ。特に胸がね」
エルクは笑顔を浮かべて話して雫の胸元を見る。
「ぐず…。ありがと…?え?きゃっ」
雫は、すぐにエルクが言った言葉の意味が理解できずにお礼を言いそうなった時、言葉の意味を理解した瞬間、一瞬で顔を真っ赤に染めてその場に屈み込んで両腕で胸を隠した。
エルクの隣にいるアリスは、眉間に青筋を浮かべながら右拳を握って腕に軸捻転を加え、エルクの横腹に渾身のコークスクリューブローを入れた。
「ぐはっ」
エルクは両手で殴られた横腹を押さえながら、その場に膝をついて蹲って悶絶する。
「エ~ル~ク~!」
威圧感を顕にするアリス。
「ぐっ、ちょ、ちょっと待って、アリス。仕方ないことなんだ。俺は男なんだからさ。思春期って奴だし。つい、本音が出ても…仕方ないことだと…そう思わない…かな…?あのアリス…アリス様…」
エルクは蹲ったまま、顔を上げて片手を伸ばして苦笑いを浮かべて誤魔化そうとする。
「……。」
アリスは、無言でゴミを見る様な目でエルクを見下ろす。
「し、雫、助けてくれ!頼むよ。このままだと、殺される。だから…」
「む、無理だよ、エルク君。ごめんね」
「そ、そんな…うぁ…」
エルクは雫に助けを求めたが、雫はオドオドしながら謝罪をして断った時、エルクはアリスに顔を鷲掴みされ持ち上げられて足が床から離れる。
アリスは、凄みのある笑みを浮かべたまま徐々(じょじょ)にエルクの顔を鷲掴みしている手に力を入れていく。
「アリス、ギ、ギブ!本当にギブアップだから!ぐぁぁ~」
エルクは、悲鳴をあげた。
「フフフ…相変わらずだね、アリスちゃんもエルク君も」
雫は、左手の人差し指で涙を拭き取りながら笑顔を浮かべる。
「そんなの当然よ。だって、人は、そんな直ぐには変わらないんだから。それよりも、雫。その着物姿、とても似合っているわよ。ねぇ、エルクもそう思うでしょう?」
「痛たた…そうだね、とても可愛いと思うよ雫」
「そ、そうかな?ありがとう。アリスちゃんもエルク君も、その着物姿がとても似合っているよ」
雫は、エルクの笑顔を見て頬を赤く染める。
アリスは、以前から雫の態度を見て、雫がエルクのことが好きなのだと気付いた。
「ありがとう、雫」
雫とは幼馴染みであり親友なので、アリスは気にした様子もなく、お礼を言った。
それから、アリス達は昔話や最近のあったことなどの話で会話が盛り上がった。
「ねぇ、ところで雫。あなた、何か私達に隠しているわよね?」
アリスとエルクは、雫の普段とは違う僅かな変化に気付いていた。
エルクも気付いていたが、雫から相談してくるのを待っていた。
「ハハハ…。やはり、アリスちゃんとエルク君に隠し事は無理みたいだね…」
乾いた笑顔を見せる雫だったが、次第に表情が暗くなり涙が溢れていく。
「このままだと、モラビニス国と戦争が始まってしまうの…。それで、私…不安で…」
「「え!?」」
「ちょっと待って、雫。その話は、可笑しくないか?確か、聖剣の皆は、不可侵条約を結んでいるはずだろ?」
「そういえば、まだエルクには伝えていなかったわね。約一ヶ月前のとこだけど、聖剣の【四宝】の一角で在られる【女帝のルージュ】様が聖剣のメンバー全員を召集して、その場で不可侵条約を破棄したの。だから、今は聖剣同士が争っても問題にならないのよ」
「はぁ?他の聖剣達は、それで納得したのか?」
「中には賛同する聖剣達もいたけど、私や雫だけでなく、他の数名の聖剣達は納得していなかったわ。だけど、誰もルージュ様には逆らえないの」
「【女帝のルージュ】か…。俺は【女帝のルージュ】とは一度も会ったことはないけど、聖剣の中でトップの【四宝】みたいだからアリス達、聖剣達が逆らえないのはわかるけど、【四宝】なら他にもいるだろ?【炎帝のアスカ】や【雷帝のジオ】、【氷帝のファーネ】が。その三人は、誰も反対しなかったのか?」
「アスカ様は他人事かの様にあっさりと「どうでもいいわ」っと言って直ぐにその場から去って行ったわ。ジオ様は「反対することはない。寧ろ、賛成だな」と賛同し、ファーネ様は相変わらず無言だったわ。それに、ルージュ様は【四宝】の中でも1番強いから誰も逆らえないのよ。もしかしたら、エルク、あなたや、あなたがいたレジスタンスの切り札【ブラッド・チルドレン】の総隊長であり元帝国最強であった【聖なる女神】と言われたジャンヌ・ミネルヴァ・ナーバスと同等か、それ以上の実力者だと言われているわ」
「へぇ~、そんなに強いのか。でも、モラビニス国か…。モラビニス国と言えば、聖剣のトップが【四宝】じゃなく、【九頭竜】と言われていた頃。【九頭竜】の一頭だった【武帝のジノ】がいた国だったよな。【武帝のジノ】は、俺が倒したから、今は弟のバダカルしか聖剣はいないはずだよな。あの頃のバダカルは、既に聖霊を身に宿して聖剣だったが【ブラッド・チルドレン】の部下達数人を相手に苦戦するほど弱かったけど、あれからバダカルは強くなっているのか?」
「ええ、強くなっているわよ。強さはわからないけど、今は【戦の大魔王】のバダカルって言われているほどだわ。噂話を聞いたのだけど、兄を殺した貴方に復讐するために、【ブラッド・チルドレン】などを勧誘して国の武力を底上げをしているみたいよ。ほら、この前、ララが学院に持って来たパンフレットを見たでしょう?」
「あ~、これって、【女帝のルージュ】のせいだけでなく、俺のせいでもありそうだな」
「そうよ、というよりも、元々(もともと)のこの問題の元凶は、どう見てもエルク、あなたじゃない」
「アハハハ…だよな。ごめん、雫。俺の私情に巻き込んでしまって。このことをジニール様に話して、俺が責任持って解決するよ。で、良いですよね?ドアの向こうで、先程からずっと息を潜めて隠れているジニール様、柳水様。それに、アリーナ様と瑞希様、そして、ベルさん」
エルクは、ため息を吐きながら呆れた表情でドアに視線を向ける。
「「え!?」」
アリスと雫は気付いておらず、エルクの話を聞いて驚愕した表情でドアに視線を向ける。
「いやいや、エルク殿は凄いな。いや、流石と言うべきだな。雫やアリス姫は、全く気付いていなかったのに。私達は、この最新型の聖霊力と気配を完全に遮断するこのマントで身を隠していたんだが。恐れ入った」
柳水は、苦笑いを浮かべて頭を掻く。
「申し訳ありません、アリス様、雫様」
「ごめんね、アリス、雫ちゃん」
「ごめんなさい、雫、アリスちゃん」
ベル、アリーナ、瑞希は、謝罪をした。
「どうして、お父様方が此処に居られるのですか?」
雫は、頭を傾げながら尋ねる。
「いや、夜遅くに女の子の部屋に女の子二人に男が一人居たら、どうなっているのかなっと思って気になってな。仕方なく、こうして様子を見に来たのだ。ワハハハ…」
ジニールは、盛大に笑いながら説明をする。
「なっ!?」
「ほぇ!?」
ジニールの話を聞いたアリスと雫は、驚きの声をあげて顔が真っ赤に染まった。
「この機に親密になってくれれば良かったのだが」
ジニールは、ニヤニヤとしながらエルクを見つめる。
「はぁ、そんなことしたら間違いなく自分は死刑確定じゃないですか…」
エルクは、肩を落としながら深いため息を零す。
「ん?何を言っているんだエルク。アリスの相手が、お前ならば別に構わんぞ。なぁ?アリーナよ」
「ええ、そうね、あなた。寧ろ、私達は応援しているのよ」
アリーナは、両手を合わせて右側の頰に当てて嬉しそうに微笑む。
「お父様!お母様!な、何を!」
顔を赤く染めて声を荒げるアリス。
「ちょっと待て頂きたい、ジニール殿、アリーナ殿。何を抜け抜けと。このことは、内密にしてエルク殿自身に決めて頂くという約束したではないか!」
柳水は、前で盛大に笑っているジニールの後ろから手を伸ばしてジニールの肩を掴んだ。
「「なっ!?」」
「ほぇ!?」
流石に、その話を聞いてエルクも今度は驚きの声をあげる。
「お母様…」
雫は、母である瑞希に本当なのかどうかを確認するかの様に振り向きながら尋ねる。
「ええ、そうよ。もし、エルク君が良いのなら雫とアリスちゃんの二人を娶って貰えれば全ての問題は解決するのだけどね。だから、雫。あなたは、アクアドリーム国の巫女とか姫だからと気にしているみたいだけど、気にしないで自分自身の気持ちに素直になって良いのよ」
瑞希は、着ている着物の右袖を口元に当てて微笑んだ。
「お母様…お父様…」
雫は、嬉しさのあまり涙を溢した。
次回、竜神祭です。
もし良ければ、次回もご覧下さい。




