エルクとバルサの陰謀
エルクの行動に苛立つ、他クラスの3人組。
【ライティア国・ライティア学院・屋上・昼休み】
空は晴れており快晴だったので、エルクはアリスと一緒に屋上でアリスの手作り弁当を食べることにした。
「わぁ~、凄いな。こんなに作ったんだ」
「フフフ…結構、自信作なのよ。エルク、食べてみて」
屋上にはエルクとアリスしか居らず、アリスは手作り重箱の弁当を広げる。
「じゃあ、頂きます!どれから食べようかな…やっぱり、定番のコレだよね」
手を合わせたエルクは箸を取り、だし巻き玉子を頬張る。
「どうかしら?」
「うん、とても美味しいよアリス」
「そ、そう良かったわ」
緊張していたアリスは、ホッと胸を撫で下ろして笑顔を浮かべた。
エルクは無我夢中でアリスの手作り弁当のオカズを食べていく、そんなエルクの姿を見て嬉しそうに微笑みながら見守るアリス。
(あ、そうだったわ)
フッと思い出したアリスは、胸元に手を押し当てて気持ちを落ち着かせ、別に持ってきた保温弁当を取り出して蓋を開ける。
容器の中には、野菜の煮込みスープが入っていた。
アリスは、右手で握っているスプーンでスープを掬い上げ、左手で横髪をかきあげてフーフーと息を吹きかけて冷ます。
そして、覚悟を決めたアリスは、無我夢中でご飯を食べているエルクに視線を向ける。
「あ、あのね、エルク!」
「ん?」
「そ、その、あ、あ~ん」
アリスは、顔を真っ赤にしてスープを掬ったスプーンをエルクの口元に差し出す。
断れるかもしれないと不安が頭に過ったアリスは目を瞑った。
エルクは、特に気にした様子も見せずに口を開けてスープを飲んだ。
ゆっくりと目を開くアリス。
「ど、どう?エルク?」
アリスは、嬉しい反面、緊張した面持ちになる。
「うん、これも、とても美味しいよアリス。まるで、料理長が作ったみたいだ。アリスは良いお嫁さんになれると保証するよ」
「え、そ、そう?」
アリスは、顔を赤く染めて左手の人差し指で頬を掻いた。
「うん、自信持ちなよ。俺が保証するよ」
「フフフ…とても嬉しいわ。ありがとう、エルク」
アリスは、胸元で両手を合わせて笑顔を浮かべた。
「あ、あのねぇ、エルク…」
顔を真っ赤にしているアリスは、恥ずかしそうにモジモジとする。
「ん?」
「そ、その…今度は、私に、た、食べさせてくれないかしら」
顔を更に赤く染めて視線を逸らしながら、アリスは懇願する。
「ん?いいよ。はい、アリス。あ~ん」
エルクは気にした様子もなく、迷わずに箸でおかずをつまみ上げて、アリスの口元に差し出す。
頼んだのはアリス自身だったが、とても恥ずかしくなり戸惑ってしまう。
「あ、あ~ん」
意を決したアリスは、目を瞑ったまま口を開いて食べる。
(ちょ、ちょっと待って…。これって、私、エルクと間接キスしているじゃ…!?)
口に入れた瞬間、フッと気付いたアリスは、顔から湯気が出そうなほど顔を真っ赤に染まり、動悸が異常に速くなって過呼吸に陥り、エルクに凭れ掛かる様に倒れた。
「だ、大丈夫?アリス」
エルクは、慌ててアリスの体を抱き上げる。
「え、ええ、だ、大丈夫よ。な、何でもないわ」
恥ずかしさのあまり、エルクの顔を全く見ることができないアリスはエルクから視線を逸らす。
「なら、良いけど…」
意味がわからないエルクは、そっとアリスを離した。
その後、作り過ぎぐらいあった大量のおかずは、エルクの腹の中におさまった。
「ご馳走さま。どれも、とても美味しいかったよ。ありがとう、アリス。もし良ければ、また作ってくれないかな?」
「ええ、また作ってあげるわね」
アリスは、嬉しそうに満面な笑みを浮かべた。
こうして、食事を終えたエルクとアリスは教室に戻って荷物をロッカーに直し、そして、午後の授業はグランドで行うことになっていたのでグランドへと向かった。
【グランド】
午後の授業が始まり、授業の内容は、能力の使い方だった。
「今日から実施に入ります。あなた達、これまで学科の授業のことを復習してきましたか?」
女性教師のサリサは、大きな声で生徒達に尋ねる。
「「はい!」」
「では、まずは、お互いの距離を取って下さい」
サリサは、大きな声を出して促す。
生徒のアリス達は、サリサの言う通りに移動して互いに距離を取る。
「あなた達なら、もう自分自身の能力を具現化できるはずだわ。でも、そのためには、まずは目を瞑って深呼吸してリラックスし、余計な体の力を抜きなさい。そして、心を落ち着かせるのよ」
生徒達はサリサに言われた通り、目を瞑って深呼吸してリラックスする。
「良い感じね。じゃあ、そのまま目を瞑った状態で手を前に出して、心の中で身体中に流れているエネルギーを利き手の掌に集中させるイメージをするの。その時、力んじゃあ駄目よ。最悪の場合、利き手が使えなくなる場合があるから。それと、前から言っているけど、武器の種類や形は自分達で決められないわ。そして、ここで召喚した武器があなた達の永久的な武器になるの」
「「~っ!?」」
サリサが説明と注意を促すと、生徒達は緊張した表情で固唾を飲んだ。
「ほら、言ったそばから身体中に余計な力が入っているわよ。落ち着いた人から具現化しなさい」
「そんなに難しくないわ。ほら」
生徒達は緊張した面持ちで誰も具現化しない中、アリスが能力を使って何も無いところからレイピアを召喚して見せる。
「私、アリス様を信じているから」
アリスを信じてララが、具現化に挑戦して無事に剣の召喚に成功した。
「なぁ、イルダ」
「ああ、アルダ。俺達も!」
ララに続く様にアルダとイルダも具現化に挑戦し、成功する。
それを見た他の生徒達は、頷き合い覚悟を決めた。
そして、続々(ぞくぞく)と生徒達が武器の召喚に成功する。
「「やったー!」」
「できたぜ!」
「できたよ」
召喚に成功して喜び合う生徒達。
だが、興奮がおさまると、今度は不満が生まれる。
「あれ?俺は、もっと豪快な剣を期待していたのに…」
男子生徒が握っていたのは、素朴な剣だった。
「私も…。アリス様の様な美しく綺麗なレイピアみたいなのが良かったのに…」
「俺は、がたいがいいから巨大な大剣かバトル・アックスを期待したのに、どう見ても、これはただのナイフだぞ」
岩男の様な体型をしている男子生徒は、自分の能力で召喚したのは体型に似合わない小さな小型ナイフだった。
そのナイフを見てガックリと項垂れた。
他の生徒達も不満や疑問の声があがり、ざわつき始める。
「はいはい、静かにしなさい!落ち着きなさい!」
サリサは、手を叩きながら大声を出す。
「私は、前にも言ったわよね。殆どの人は理想の武器にならないし、理想の武器になるのは本当にごく稀だと教えたわよ」
「確かに先生は言っていたけど、流石にこれは素朴過ぎだよ」
「そうだよ…」
「ねぇ…」
サリサの話を聞いても、生徒達の不満は消えなかった。
そんな中、アリスは前に出てサリサの隣に移動した。
「そうかしら?私は、武器の見た目よりも実力が1番大切だと思うわ」
アリスは、笑顔を浮かべて話す。
「……そうだよな。アリス様の言う通りだ。実力さえあれば、騎士団に入団できるしな」
「そうよね」
アリスの言葉を聞いた生徒達は、納得して静まっていく。
「それもそうだな。俺達は才能があり、能力があるんだ。まだ、希望がある。それに比べ、あそこにいる生まれながら希望すらない下民とは訳が違うからな。あいつは、生まれた時点で敗北者だ」
エルクとは違うクラスの上級貴族のバルサは、エルクを指差して嘲笑う。
「ハハハ…。だな」
「間違いないな」
バルサと同じクラスで取り巻きのヤラダとバスラも賛同した。
他のクラスの数人の男子も、見下した表情で隅に座っているエルクを見て笑う。
エルクが反乱軍レジスタンスの所属で、しかも【ブラッド・チルドレン】の4番隊長だと皆に知られるのは不味いと思ったエルクとアリスは、エルクは下民なので能力を持っていないと予め教師のサリサに報告しており、サリサが認めてくれたのでエルクは、この授業は見学となっていた。
そのため、同じクラスメイトや他の生徒達の授業の邪魔にならないようにエルクは隅に移動して座って見学していたのだった。
普通の人だと離れていたので罵声が聞こえないが、エルクは一般人よりも聴覚が良いので普通に聞こえていたが無表情のまま聞こえていないフリをしていた。
「あなた達、人を見下すのは止めなさい。ろくな大人にならないわよ」
アリスはニッコリと笑顔を浮かべて歩み寄り、注意をしたが、その笑顔は全員を圧倒するほどの凄みがあった。
「「も、も、申し訳ありません!」」
エルクを見下した男子達は、アリスの威圧を受けて冷や汗かきながら謝罪をし、逃げるようにその場を離れた。
【放課後・教室】
ホームルームが終わり、エルクより先に掃除が終わったアリスは、鞄に教科書などを入れて下校する準備をしていた。
「どうしたのかしら?エルク、随分と遅いわね」
下校準備が終わったアリスは、エルクが戻って来ないことに疑問に思っていたた。
エルクの掃除担当場所は範囲が狭いので、何処よりも一番早く終わる場所だった。
そんな時、教室のドアが大きな音を立てて開き、エルクと同じ掃除担当場所のララが勢い良く教室に入ってきた。
「ア、アリス様!」
ララは、アリスの傍まで駆け寄り立ち止まった。
帰宅せず、まだ教室に残っていたクラスメイト達は、ララの慌てぶりを見てどうしたのか気になり視線を向ける。
「どうしたの?ララ。そんなに慌てて」
「ア、アリス様、お願いです。今すぐに私について来て下さい!」
ララは、アリスの手を取る。
「落ち着いて、ララ。一体、何があったの?」
「一刻でも早く行かないと、エルク君が殺されてしまいます!」
「「~っ!?」」
ララの話を聞いたクラスメイト達は、驚愕し言葉を失った。
「わかったわ、ララ。その代わり、移動中に何があったのか話して頂戴」
アリスは、冷静に振る舞っていたが心は穏やかではなかった。
「は、はい」
アリスはララと一緒に教室から出て、エルクのもとへと走る。
【お客用玄関入口】
ララは、自分とエルクが掃除していたお客用玄関入口の場所にアリスを案内した。
そこには、同じ掃除担当のイルダとアルダがいた。
「遅いぞ!ララ」
アルダは、切羽詰まった表情でララを叱る。
「ごめん。で、エルク君達は何処に行ったの?」
「こっちだ!裏山に向かったみたいだ!裏門を通って行った方が早い!」
イルダは、右腕を振って案内する。
アリス達は、イルダについて行く。
「ねぇ、ララ。そろそろ話してくれないかしら。一体、掃除中に何があったの?」
「それが…」
走りながらララは説明を始める。
【過去・ライティア学院・お客用玄関入口】
お客用玄関入口の掃除担当だったエルクとララ、アルダ、イルダの4人は掃除を終え、掃除道具など片付けるところだった。
「ここに居たか下民」
バルサ、ヤラダ、バスラ達3人がエルクの傍に寄ってくる。
「柄が悪そうな奴だな。エルク、知り合いか?」
イルダは、エルクの肩を軽く叩いて耳打ちして尋ねる。
「さぁ?でも、どこかで見たことがあるような…ないような…。あっ、思い出した。確か、午後の授業でアリスに注意を受けていた人達だ」
「そうだ!貴様のせいで、俺達はアリス様に怒られたんだ!」
思い出して激怒するバルサ。
「とんだ濡れ衣じゃない。あれは、あなた達が悪いからよ」
ララは、エルクの前に出て抗議した。
「何だと!このアマが!俺は上級貴族のバーミュル家のバルサ・バーミュルだぞ!ただの貴族のお前達が、この俺に逆らうのか?もし仮に逆らったら、どうなるか知っているだろ?」
バーミュル家はライティア国で三本指に入るほどの資産家で、バーミュル家に刃向かった者は、例え貴族でも徹底的に容赦なく潰され、最悪の場合、バーミュル家が雇った盗賊や【ブラッド・チルドレン】に血縁者の全員が殺されるという悪い噂が広まっていた。
「くっ」
ララは何も言えず、悔しそうに歯を食い縛る。
「そうそう、お前達はそうやって大人しく黙っていれば良いんだ」
バルサは、エルク達が掃除で使った水の入ったバケツを見つけて歩み寄り、思いっきりバケツを蹴り飛ばした。
バケツは転がりながら水をバラ撒き、壁に跳ね返る。
床が水浸しになった。
「「あっ!」」
エルク以外のララ達は激怒したが、相手が上級貴族なので言い返すことも手を出すこともできなかった。
「俺に感謝しろよ。これで、掃除のしがいがあるだろ?」
バルサは嘲笑い、バスラ達も笑う。
ララは、悔しくて溢れそうな涙を堪えながら、腰を落として水浸しになった床を雑巾で拭こうとしたが、エルクに手首を握られ止められた。
「エルク君?」
ララは涙を溢しながら、目の前にいるエルクを見上げて尋ねる。
「おい!お前達。上級貴族か何だか知らないが、お前達が散らかしたんだ。お前達が責任もって拭き取れよ」
エルクは普段とは違い威圧感があり、まるで別人のようだった。
ララ達は息が止まり、エルクを止めることができなかった。
バルサ達も一瞬、怯んだが、すぐにエルクを睨みつける。
「「ああ!」」
エルクの言葉で激怒するヤラダとバスラ。
「おいおい、何の冗談だ?下民」
バルサは、エルクを睨みつけて殺気を放つ。
「冗談は言っていない。だから、今すぐお前達が責任を持って拭けよ」
エルクは、ララから雑巾を取り、雑巾をバルサに投げて渡す。
「この下民風情が!そうだ、丁度いい機会だ。この能力を試してみたかったんだ」
額に青筋を浮かべたバルサは、能力を使い、剣を召喚する。
「バルサ様もお人が悪いお人だな。始めから試し切りするつもりだったでしょう?」
バルサの連れのバスラは、笑いながら尋ねる。
「まぁな」
獰猛な笑みを浮かべてバルサは肯定した。
「待って下さい、能力での喧嘩は違法です。例え、上級貴族のバーミュル家でも処罰を受けます」
ララは、慌てて止めようとする。
ララの言う通り、能力を使用した喧嘩は違法となっていた。
なぜなら、鍛冶屋で売っている武器より、能力の武器の方が圧倒的に殺傷力が高いからだ。
なので、罪の重さは一般販売されている武器を使用した時と比べ、悪質で罪が格段に重くなる。
「平民や下民は知らないが、そこの女は貴族だから知っているだろ?地位が平民以上の者は人間だが、下民は人間じゃない物だ。例えば、そこにいるエルク(むのう)もだ。だから、殺しても大した問題ではないと貴族達の間では、そう認識されているんだ。貴族の中には、闇商売している者から下民を買って殺している奴もいるほどだぞ」
バルサの話し(はな)を聞いたエルクは、特に気にした様子は見受けられなかったが、貴族であるバスラとヤラダは知っておりニヤニヤと笑みを浮かべ、ララは知っていたので目を逸らし、アルダとイルダは初めて知って言葉を失っていた。
アルダとイルダは、本当に事実なのかとララに視線を向ける。
ララの表情と態度を見て、本当にあることを知ったアルダとイルダは、冷や汗を流しながら息を呑んだ。
「俺は寛大だ。今なら、土下座をして謝るなら特別に許してやる」
バルサは、能力で召喚した剣の刀身部を自分の肩にトントンと当てながら勝ち誇った表情でエルクを見る。
「なぜ、俺が謝らないといけないんだ?」
「エルク君!?」
「「エルク!?」」
エルクの言葉を聞いて声をあげるララ達。
「あいつ、馬鹿だな。本当に殺されるぞ」
「だな」
バスラとヤラダは笑った。
「ほう、そんなに死にたいらしいな。なら、ついて来い」
「わかったが、俺からも1つ言わせて貰う。逆にお前達が死んでも後悔するなよ」
エルクは、少しだけ殺気を放った。
「「~っ!?」」
エルクの殺気を感じたバルサ達だけでなく、ララ達も驚愕した面持ちになる。
「フ、フン、良いだろう。着いて来い。選ばれ能力が使える者と使えない落ちこぼれの差を自身の命と引き換えに知ると良いさ」
エルクの殺気を受けて冷や汗を掻いたバルサだったが、気のせいだと割り切った。
そして、エルクはバルサ達について行った。
【ライティア学院・裏門】
アリスとララ達は、裏門の付近を走っていた。
「……ということがありました。先生に言っても、相手がバーミュル家なので、どうしようもないかと思いまして、それで、アリス様に…」
ララはアリスに事情を説明した。
「賢明な判断よ、ララ。後のことは任せてと言いたいところなのだけど。問題があるわ」
「問題ですか?」
イルダは、わからず頭を傾げる。
「イルダ、お前、わからないのか?」
ため息をするアルダ。
「何だよ!そう言うアルダは、わかっているのか?」
イルダは、ムスっとした表情をして喧嘩腰で尋ねる。
「当たり前だ。アリス様が、ご心配なされている問題とは、俺達が到着する前にエルクが殺されているかもしれないということだ」
「そっか…」
アルダの指摘にイルダとララの表情が暗くなる。
「アルダ、あなたは違ってるわ。私が心配しているのは、その逆でエルクがバルサ達を殺めている場合なの」
「「え!?」」
アリスの言葉を聞いたララ達は驚愕する。
「あの、アリス様。失礼ですが、どう考えてもエルク君の方が危険な立場のでは?バルサ達は能力を使っていて、エルク君は能力を使えないだけでなく、何も武器を所持していませんが」
「ええ、確かに普通に考えればララの言う通りね。でも、エルクは私のボディーガードなのよ。弱いわけがないじゃない。流石に罪人ではない一般国民を殺めたら、私でも庇いきれないわ。だから、急ぎましょう」
「「はい!」」
アリスの話を聞いたララ達は半信半疑だったが、今やるべきことはわかっていたので頷いた。
アルダは左腕につけてある時計のスイッチを押すとデジタル画面が映し出され、1箇所だけ光が点滅している。
「こっちです!」
アルダは画面を見ながら先頭を走り、アリス達はアルダの後を追いかけ、裏門から出て裏山のウララ山に向かう。
【ライティア国・ライティア学院の裏山・ウララ山】
エルクは、バルサ達とウララ山の頂上にいた。
「よし、ここまで来れば誰も来ないだろう」
バルサは、周囲を確認して頷く。
「何故わざわざ、ここまで移動したんだ?やはり、下民を殺しても罪になるんじゃないのか?」
エルクは、周囲を警戒したが罠がなかったので尋ねる。
「五月蝿い!ここで、貴様を殺して埋めれば問題ない。それに、下民の癖に俺達を差し置いてアリス様の側役になっているんだよ!ムカつくんだよ!それだけじゃない!アリス様に対して何だ、あの態度は!」
再びバルサは能力を使い、剣を召喚して上段の構えをし、振り上げたまま、エルクに向かって走る。
「はぁ~」
エルクは、その場から一歩も動かず、肩を落として深いため息を吐いた。
「死ねぇ~!」
バルサは、獰猛な笑みを浮かべながら剣を振り下ろす。
「あいつ、終わったな」
「ああ」
バスラとヤラダも、余裕のある笑みを浮かべて観戦する。
エルクは、一歩左前に移動して攻撃を避けながら、カウンターで右拳でバルサの顔を殴った。
「ぐぁ」
バルサは、鼻血を出しながら後ろに転がり倒れた。
「もう良いだろ?これ以上、俺に関わるな。さっさと、そこに倒れている自意識過剰な貴族様を連れて帰れ!」
エルクは威圧感を醸し出しながら、観戦していたバスラとヤラダを睨みつけて話しかける。
「「うっ」」
睨まれたバスラとヤラダは、ビックっと身を引きながら一歩後ろに下がった。
その反応を見たエルクは、何も言わずに立ち去ろうとした。
「な、舐めるな!」
バスラは能力を使い、剣を召喚して背中を見せているエルクを背後から襲い掛かる。
「はぁ~」
「ぐぁ」
再び、ため息を吐いたエルクは、振り返りざまに右手で拳を握り、襲い掛かってくるバスラの顎に裏拳を当てて気絶させた。
「嘘だ…こんなのは嘘だ~!」
目の前で二人が倒されるのを見たヤラダは、現実を受け入れることができなかった。
そして、恐怖で顔を歪めながらエルクに接近して能力で召喚した剣を握り締めて横に凪ぎはらう。
エルクは、左手でヤラダが剣を握っている手首を押さえ、右手の掌でヤラダの顎を下から上へ打ち抜いた。
「がはっ」
ヤラダは、脳震盪を起こして、その場に仰向けで倒れた。
「うっ、くっ、この下民が!」
目を覚ましたバルサは、左手で自身の鼻を押さえたままエルクの背後から斬りかかる。
「ぐぁ」
エルクは振り返らずに両手を伸ばし、剣を握っているバルサの右手首を掴み、そのまま一本背負いをして地面に叩きつけ、すぐに馬乗りしてバルサの両腕を塞いだ。
「そういえば、俺は学院を出る前に、お前達に言ったよな?逆に、お前達が死んでも知らないとな」
エルクの瞳から輝きが消え、まるで氷の様に冷たく、そして、その瞳を直視したバルサは闇に吸い込まれそうになる幻覚を見て恐怖する。
「ヒィッ…」
そして、エルクは無表情のまま右拳を握り締めて振り下ろす。
「俺達が悪かった。許してくれ!うぁぁ!やめてくれ~!」
バルサは、涙を溢して謝罪しながら目を瞑る。
ドコッと鈍い音が、ウララ山に響いた。
「エルク!?」
アリスの慌てた声が聞こえたと同時に、アリス達が姿を現した。
「まさか、エルク。あなた…」
アリスは、不安な表情でエルクに歩み寄る。
「いや、大丈夫アリス。殺してないから」
エルクが振り下ろした右拳は、完全に気を失っているバルサの顔の真横の地面に突き刺さっていた。
エルクは地面にめり込んでいる拳を引き抜き、バルサから離れた。
バルサは、涙でグチャグチャになった顔で失神していた。
「はぁ~、良かったわ。てっきり、バルサ達を殺めたのかと思ったわ」
胸を押さえてホッとするアリス。
ララ達は、倒れているバルサ達を見て驚愕していた。
「エルク君って、こんなに強かったんだ…」
「ああ、俺も予想外だったぜ。まさか、あのエロクがな…」
「だな。エルクって、いつも馬鹿なことをしたり、いや、馬鹿なことしかしていないか。それに、オープンスケベという印象が強いしな」
「でも、アリス様が、何故エルク君をボディーガードとして雇っているのがわかったわ。ごめんね、エルク君。私、エルク君のこと今まで変態さんなだけって思っていたわ。これからは、認識を改めるわ」
ララに同意するイルダとアルダは何度も頷いた。
「何だか、酷い言われようだな…」
ララ達の会話を聞いていたエルクは、苦笑いを浮かべる。
「はぁ、あなたの日頃の行いが悪いのがいけないのよ」
ため息をするアリスだったが、口元が緩んでいた。
「それにしても、アリス達。よく俺が此処にいることが…。まさか、ずっと俺の跡を追っていた犬か?」
「凄いな、よく太郎丸に気付いたな。そういえば、エルクには、まだ教えていなかったよな」
アルダは指笛を鳴らすと、山の茂みから1匹の犬が飛び出てきた。
犬は、嬉しそうに尻尾をブンブンと振りながらアルダとイルダに駆けつける。
「こいつは、俺達の自慢の家族の太郎丸だ。エルクの言う通り、太郎丸にエルク達の跡を追わさせていたんだ。よしよし…良くやった太郎丸。ご褒美のオヤツだ」
イルダは、太郎丸の頭を撫でてオヤツを与える。
「俺達の家は、代々(だいだい)犬を調教して気配の消し方を覚えさせ、首輪などに小型カメラを付けて偵察、今回みたいにGPSを付けて尾行などできるようにする稼業なんだ。まぁ、戦争が終結した今は需要が減り、現在は色んなペットを預かったり、簡単なお手やお代わり、伏せ、トイレの躾などしか調教していないけどな」
アルダは、現状を説明してため息を吐いた。
「ところで、アリス様。これから、どうするのですか?」
ララは、アリスとエルクに歩み寄り尋ねた。
「そうね…」
その後、エルクに絡んだバルサとバスラ、ヤラダの3人はライティア学院から追放されることとなった。
遅れましたが。
あけまして、おめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
次回、バーミュル家の復讐です。
もし宜しければ、次回もご覧下さい。