動き出すモラニビス国
雫の舞が始まる。
【アクアドリーム国・竜神祭】
竜神祭の要の【水の巫女】の舞を、まだかまだかと観客達は待ち望んでいた。
「ただいまより、雫様が竜神祭の儀式の舞を踊りますので、お静かにお願い致します」
ざわめく中、アナウンスが入ると場は一瞬で静まり返った。
アクアドリーム国の中央にある大きな湖の中央に神社が建設されており、その神社の両端には橋が架かっている。
その左側の橋には、青色の袴を履いた巫女姿の雫が橋を渡り、一礼して鳥居を潜って神社にまつわられているマーメイドの石像に一礼した。
雫は、ゆっくりと観客達の方へと向いて再び一礼をする。
そして、雫は腰に掛けてある扇子を取って広げて舞を踊り出す。
扇子から水が発生し、扇子の軌道に沿う。
水は地面に落下することなく、まるで水の妖精と雫が踊っているかの様に見えた。
雫は、舞を踊りながら両親からエルクとの恋愛を認めて貰った時を思い出して気持ちが昂る。
そして、雫はチラッとエルクを見る。
(エルク君が私を見ている。マーメイド様、今だけで良ので私のこの想いを届けて下さい)
「水龍!」
雫は、膨大な聖霊力を制御しながら扇子を上に振り上げると雫の目の前の湖から巨大な龍の形をした水龍が現れた。
「「おおお…!」」
巨大な水龍を見た観客達は水龍の迫力に驚愕する。
水龍は、雫の目の前で止まり頭を垂れた。
雫は微笑みながら水龍の下顎を優しく撫でて飛び乗り、持っている扇子を動かすと巨大な水龍は雫に従い、神社の周囲や観客達の間近を飛び回る。
そして、水龍は雫を乗せたまま、雲を突き抜けて夜空へと登り姿を消した。
水龍が姿を消した直後、霧状のミストが国内に降り注いだが、すぐにおさまると月明かりによって大きな虹が現れた。
そして、上空から大きく円を何度も描きながら、ゆっくりと雫を乗せた水龍が舞い降りて来る。
雫は、途中でジャンプして水龍から飛び降りて神社に着地した。
雫が扇子を下に向けると、水龍は頭から湖に潜っていき姿を消した。
雫は、持っている扇子を畳んで観客達にお辞儀をする。
「「……。うぉぉ!」」
「「ブラボー!」」
観客達は言葉を失って呆然としており、静寂が訪れたが、すぐに拍手や歓声の声が鳴り響く。
(無事に成功したよ!エルク君、アリスちゃん!お婆様も見て下さったかな?)
ミスなく舞を踊れた雫はホッと胸を撫で下ろし、頭を上げてエルクに向かって満面な笑顔を浮かべて微笑んだ。
「雫の舞、凄かったわねエルク」
アリスは、拍手しながらまるで自分事の様に嬉しそうにエルクに尋ねる。
「そうだね、アリス。水龍の発動も去年より早くなっていたし、水龍の大きさも一回り大きくなっていた」
(俺が居なくなった時も、練習を怠らずにしていたんだな)
エルクも拍手しながら、去年、雫から頼まれて水龍の制御の仕方のコツを教えていた時を思い出していた。
そして、雫が右側の橋を渡り、姿が見えなくなるまで拍手は止まることなく鳴り響くほど絶賛だった。
「ねぇ、あなた…」
瑞希は、愛娘の雫の舞を見て感動して涙が頬を伝わり、ハンカチで拭く。
「ああ、大成功だ。流石、私達の娘だ」
「そんな言い方は良くないわ、あなた。雫が毎日コツコツと練習を積み重ねて頑張った結果よ」
「そうさね、瑞希の言う通りだよ、柳水。あんたは、何もわかっちゃいないよ。しかし、私の舞を超える日が、こんなにも早く来るとは思わなかったよ。良い舞が見えれて来た甲斐があったもんさ」
柳水の母親である水乃が現れた。
「み、水乃様!?寝ておられなくって大丈夫なのですか?」
「本当は体調があまり良くないからね。今年も自室で寝込んでいるつもりだったんだけどね。だけど、普段、自分の意見を言わない大人しい性格の雫ちゃんが珍しく、どうしてもだと言うのから見に来たんだよ。本当に来た甲斐があったよ。この目で雫ちゃんの成長が見れて良かった良かった」
「きっと、水乃様の教えが良かったのですよ」
「同意ですね。それに、雫は母上の為に頑張ったのだと思います」
柳水は、微笑みながら瑞希に同意する。
「お世辞はいいよ、二人共。尺だがあの子の教えで雫ちゃんは飛躍的に格段に上達し、雫ちゃんはあの子の為に舞を踊っていたことは見ていたらわかるよ」
「あの子って、エルク君のことですか?」
「そうさね」
「やはり、母上は、今でもエルク君のことが嫌いなのですか?」
「そうさね。今まで、私は関わってきた相手なら大体だけど相手の思考やどんな性格なのかがわかるんだけどね。あの子は、わざと馬鹿な行動をしていて全く心の内が読めないし、一体、何を考えているのかがさっぱりでわからないんだよ。それに、レジスタンスだったというだけでも問題なのに、【ブラッド・チルドレン】であり、その中でも【ブラッド・チルドレン】の総隊長である【光の巫女】と同じ最も警戒しないといけなかった人物なんだよ。尚更、不気味でしかたないんだよ。それに…いや、これは私個人の感情だからね…」
水乃は、最後に何かを言いかけたが頭を左右に振って言い止まった。
「水乃様の仰っていることはわかりますが、今はレジスタンスは壊滅し解散しておられますし、ジニール国王様の契約でエルク君はアリスちゃんとの聖霊力の封印だけでなく、更に制約封印を施し、二重に聖霊力を封印することの条件を何も言わず了承して自身の力を完全に封印してます。今更、反乱を起こすことはないかと思われますが」
「それでも、絶対ということはないからね。それに、あんた達やジニールは実際に目で見ていないで噂でしか知らないからね。あの子の実力を…いや、恐ろしさを知らないから、簡単に信用するんだよ」
エルクと戦った頃を思い出した水乃は、唇を噛み締める。
「ですが、エルク君と戦ったことのあるアリスちゃんや雫は恐がっていません。寧ろ、恋愛感情が…」
「それが、一番の問題さ。もし仮に雫ちゃんが、あの子と結婚した場合、国王が【ブラッド・チルドレン】ということは公になるだろ?周りの反応を考えたことがあるのかい?それに、封印はどうするんだい?完全に解除して貰うのかい?」
「「それは…」」
「お久しぶりですね、先代の【水の巫女】いや、元聖剣【水蛇】の水乃様」
エルクは、笑顔を浮かべて歩み寄る。
「久しぶりだね、【白き死神】!」
「アハハ…。殺気はおさめて下さいませんか?俺は、水乃様と争う気は全くありませんので」
「よくもまぁ、ノコノコと私の前に顔を出せたものだよ。私は、絶対にあんたを許さないよ【白き死神】。あんたは、私の夫、【九頭竜】の一頭だった【ポセイドン】の緑水を殺害したことを」
「本当に悪かったと思いますし、謝罪だけでは許されないことだとわかっています。だから、一人で水乃様にお会いに来たのです」
「良い覚悟じゃないか!あと、それ以上、私に話掛けるんじゃないよ!【白き死神】!」
水乃は、夫【ポセイドン】の緑水の言葉を思い出す。
神社の前で水乃と緑水は座っており、手を合わせてたままマーメイドの石像を眺めていた。
「戦争は、どんどん激しくなってきているね、水乃」
緑水の顔に影が差す。
「ええ、そうね。だけど、きっと大丈夫よ。ねぇ、緑水。私は思うの。あなたと私が組めば、【ブラッド・チルドレン】の誰が相手でも負けることは決してないわねって」
水乃は笑顔を浮かべながら両手で、緑水の手を優しく覆った。
「それは、違うよ水乃。どんなに強者でも戦場に出れば、いつかは命を落とすことになる。例え、【九頭竜】になった私でもね。でも、水乃のお蔭で不安が和らいだよ、ありがとう。もし、私が倒されても復讐に囚われないで欲しい。水乃には、いつまでも笑顔を絶やさず笑っていて欲しいからね。約束だよ、水乃」
緑水は、水乃の頭を優しく撫でる。
「わかっているさ!だけど、頭でわかっていても心が…。この気持ちは、どうしようもないのさ!だから、今から私があんたを殺してやる!」
「「な、何だ!?」」
水乃は膨大な聖霊力を解放すると余波が周囲に広がり、観客達は驚愕し、その場から逃げる。
「あらゆるものを押し流せ!レヴィアタン」
水乃は、殺気を放ちながら能力で剣を召喚した。
「母上!お止め下さい」
柳水は、水乃とエルクの間に割り込んで止めようとする。
「エルク君、今のうちに逃げるのよ!」
瑞希は、エルクの手を引いて水乃から逃げようとする。
しかし、エルクは無言のまま全く動かず、逃げなかった。
「エルク君!?何しているの!早く!」
「柳水様、瑞希様。お気持ちは有難いのですが、これは、私自身の問題ですので。お二人は逃げて下さい」
「良い覚悟じゃないか。柳水、【白き死神】が言っているんだい、そこを退きな!」
「申し訳ありませんが、ここを退きません!」
「柳水!あんた、正気かい?父親を殺した相手を庇うなんて理解できないよ!」
「確かに、私も妻もエルク君を完全には許すことはできてません。ですが、エルク君の言った通りだと思います。エルク君は、一人で真っ向から父上と母上に正々堂々(せいせいどうどう)と命を懸けて戦ったのです。それで、父上は命を落としました。エルク君は…」
「お黙り!水蛇」
水乃は剣を横に振り抜く。
水乃の剣から水の蛇が3匹現れ、エルクに襲い掛かる。
「……。」
エルクは全く動かず、まるで他人事かの様に目の前まで迫ってくる水の蛇を眺める。
そんな時…。
「エア・スラッシュ!」
アリスの声と同時に、エルクの背後から風の刃が通り抜けて水の蛇を切断した。
「アリス」
エルクは、背後にいるアリスに振り返る。
「ハァハァ、間に合ったわ。例え、雫のお婆様であろうと誰であろうとエルクに危害を加えるなら容赦しないわ」
「【疾風のヴァルキュリア】かい。小娘が、よく言うじゃないかい。私は元とはいえ、あんたと同じ聖剣であり、【九頭竜】にはなれなかったけど、【九頭竜】であった【ポセイドン】の部隊の副隊長を努めていたこの私に勝てると思っているのかい?」
「正直に言って、あなたが年をとって全盛期より聖霊力が衰えているとは思いますが、それでも勝てるとは思っていないわ。だけど、勝てるからとか負けるから戦わないとか、そんな勝敗のことなんて考えてないわ。ただ、どうしても守りたいから戦うのよ。この命を懸けてもね。あなたも、そうだったでしょう?あの時、国よりも一人の夫【ポセイドン】を守るために全力で命を懸けて必死にエルクと戦ったのでしょう?」
「お、お黙り!小娘に何がわかるんだい!水龍!」
水乃は、苦し紛れに剣を振り下ろす。
剣から巨大な水龍が放たれた。
「お止め下さい!お婆様!」
雫は、両腕を開いて水乃の前に飛び出した。
水龍が目の前に迫るが、雫は目を瞑ることなく水龍から目を逸らさなかった。
「し、雫ちゃん!?」
雫に気付いた水乃は、慌てて水龍を止めた。
「申し訳ありません、お婆様。私は、お婆様に一方的に私の気持ちを伝えたことでお婆様に不愉快にさせたのなら謝ります。申し訳ありませんでした。もっと、お婆様の気持ちを考えるべきでした。そこまで、お婆様がエルク君のことをお嫌いなのでしたら、私は、これ以上…エルク君と…」
雫は最後まで言おうとしたが、涙が溢れて言えなかった。
「……もう良いよ、雫ちゃん。雫ちゃんの気持ちは伝わったからね。だから、もう泣かないでおくれ」
水乃は、泣いている雫を優しく抱き寄せて微笑みながら抱き締めた。
「お婆様…」
「【白き死神】!雫ちゃんに免じて特別に許してやっても良い。ただし!条件があるよ。【白き死神】、雫ちゃんを泣かすようなことはしないとここで約束しな!」
「わかりました。約束は守ります」
エルクは、深々(ふかぶか)と頭を下げた。
「母上…」
「水乃様…」
「良かったな、雫」
「はい…」
柳水と瑞希は嬉しそうに微笑みながら愛娘の雫の肩に手を置いた。
「お婆様…ありがとうございます…」
雫は、右手の人差し指で涙を拭って笑みを浮かべてお礼を言った。
「フン、私は寝るから帰るよ」
(緑水、私は今日から笑顔を絶やさずに、あなたの分まで生きてみるよ)
恥ずかしそうに立ち去る水乃だったが、口元に笑みを浮かべていた。
夜空に花火が次々(つぎつぎ)に打ち上がり、国内を色鮮やかに照らす。
「ねぇ、エルク」
「エルク君」
「行くわよ!」
「行きましょう!」
アリスと雫は、笑顔を浮かべてエルクの手を取って走り出す。
ジニール、柳水達は、微笑みながらエルク達を見送った。
【モラビニス国・モラビニス城・大広間】
大広間には、巨大な長方形のテーブルに、屈強な部隊の隊長である戦士達が勢揃いしており、場の空気は張りつめており重かった。
そんな中、扉が開き、聖剣の【戦の大魔王】のことバダカルと国王のヤビニス、妃のミアンが現れた。
「お前達!忙しい中、よく集まってくれた」
バダカルは、前に出て大声を出した。
「すまないが、隣の一席が空席だが?」
岩男の様な屈強な40代の男は、手を挙げて尋ねる。
「はぁ…。また、あいつか…。気にしないでくれ」
バダカルは、右手の掌で自身の顔を押さえながらため息を吐く。
その時、扉が勢い良く開いた。
「ちょり~っす!(お世話になっております)。お待たぁ(お待たせ)~」
【ブラッド・チルドレン】7番隊の隊長である【クレイジー・ピエロ】のことドロシーは、右手を挙げて笑顔を浮かべて部屋に入る。
「誰だ?」
「さぁ?」
「それよりも、何故こんな場所にギャルが…」
隊長達は、どよめく。
「おい、遅刻だぞ【クレイジー・ピエロ】」
バダカルは、激怒した。
「あ、あれが、殺人狂で恐れられている【ブラッド・チルドレン】の【クレイジー・ピエロ】だと!?」
「ただのギャルじゃないか…」
「嘘だろ?信じられん…」
ドロシーが【クレイジー・ピエロ】と知った隊長達は、信じられない表情を浮かべて呟く。
「マジめんご(誠に申し訳ございませんでした)」
ドロシーは、左拳で自身の頭にコツンっと当てながら右手をピンっと伸ばして顔の前に出してウィンクした。
「何をしていた?【クレイジー・ピエロ】」
ドロシーの対応を見たバダカルは苛立ったが、額に青筋を浮かべながら怒りを抑えながら尋ねる。
「まぁ、なんつ~かアレだね(つまり)。時間一杯まで、マニキュアを塗っていたんだけどぉ~。ほら、見て見てかわうぃ~(可愛い)でしょう?まぁ、私もガンダ(力の限り勢いよく全力で走ること)したんだから許してちょ」
ドロシーは、左手の爪を見せつけ、右手で自身の髪を弄りながら説明した。
「ふざけるな!」
バダカルは怒りが爆発し、大声を出した。
「はぁ、とりま今回リアルがちめんご(改めまして、この度は本当に申し訳ございません)」
ドロシーは、ため息を吐きながら頭を掻き、最後に面倒くさい様な態度で頭を下げて謝罪をした。
「~っ!」
バダカルは、激怒しながら殺気を放ち、膨大な聖霊力を解放する。
「「~っ!!」」
解放された膨大な聖霊力と殺気は、大広間にいるドロシー以外者達に恐怖を与え怯んだ。
「はぁ~、ガン萎え(やる気がなくなった)なんですけどぉ~」
ドロシーは、興味無さげにバダカルを一瞥して、ため息を吐く。
「貴様!」
「お、落ち着け、バダカル。わざわざ、会議に参加してくれて助かる。さぁ、席についてくれ【クレイジー・ピエロ】」
バダカルは、父親のヤビニスから注意されて殺気と聖霊力をおさめた。
ドロシー以外の者達は、ホッと胸を撫で下ろした。
「りょ!(了解)。あ、私、アイコ(アイス珈琲)ね。あと、私、ケツカッチン(早く移動しないといけない)だから早めに頼むね」
隊長達の視線がドロシーに集中する中、ドロシーは気にせずにマイペースのまま席についた。
「~っ!!くっ…」
自分勝手でマイペースなドロシーに、バダカルは拳を強く握り締めて怒りを必死に押し殺して抑える。
「わかった。バダカル、話を」
「くっ、わかったよ親父。俺達は時間も準備も整った。予定通りに、明日、アクアドリーム国に奇襲を掛ける。良いな?」
「その言葉を待っていたぜ!」
「「うぉぉ!」」
隊長達は、盛大に盛り上がる。
「バダカル、確実に落とせるのだろうな?お前を信じるぞ」
「ああ、もちろんさ。心配はない。相手に【疾風のヴァルキュリア】が加勢しようとな。なぁ、【クレイジー・ピエロ】さんよ」
「ちゃけば(実は)、メンディー(面倒)なんだけど~。でも、安心しなよ。仕事は、ちゃんとすっから(きっちりとするから)さ~。その代わり、あんた達もちゃんと約束は守ってよね」
「ああ、もちろん約束は守る。あと、どうだろうか?【クレイジー・ピエロ】。うちの息子と結婚してくれないか?」
「あ~、それは、マジめんご(誠に申し訳ございません)。ガチばな(本当の話)私、自分より弱い男はアウト・オブ・眼中なんですけどぉ~。マジ、ありえんてぃ(ありない)なんですけどぉ~」
「ふん、俺もだ。親父、俺は前から言っているが【水の巫女】である雫の様なおしとやかな女が好みだ。こんなギャル丸出しの奴は、こっちからお断りだ!」
「そうか…」
肩を落として落胆するヤビニス。
「あなた、安心して。今回の作戦が成功したら【水の巫女】が手に入るから大丈夫よ」
妃のミアンは、微笑む。
「ああ、そうだな…」
「じゃあ、お前達!直ちに戦の準備をしろ!明朝、進軍する!」
「「うぉぉ!」」
バダカルの檄によって隊長達は一斉に立ち上がり士気が高まり盛り上がった。
次回、開戦です。
もし宜しければ、次回もご覧下さい。