竜神際
アリスとエルクは、アリスの両親・ライティア国王のジニールと妃のアリーナから2人で竜神際を楽しんで来なさいと言われる。
【アクアドリーム国・街中】
街中は竜神際で、昨日よりも屋台が建ち並び、頭上には紐が道と平行に伸びており、提灯が一定の間隔で吊るされている。
そんな街中を、着物を着たアリスは笑顔を浮かべながら自分とお揃いの着物を着ているエルクの腕を組んで歩いていた。
「そこの坊や、可愛いお嬢ちゃんのためにヨーヨーすくいはどうだ?」
「そうだな。ヨーヨーは祭の定番だし、せっかくだからやるよ」
エルクはアリスと一緒にヨーヨーすくいの屋台に歩み寄る。
「男は、そうこなくちゃな!」
「じゃあ、おじさん。一回分」
エルクは、屋台のおじさんにお金を渡した。
「毎度!」
お金を受け取った屋台のおじさんは、釣り針が付いた紙製の紐をエルクに渡す。
エルクとアリスの目の前には、プラスチック製のピンク色のタンスの様な容器が置かれており、その中には水が八割ぐらい入っており様々(さまざま)な色のゴム製の中に水が入っているヨーヨーが浮かんでいる。
「アリス、どれが欲しい?」
「う~ん。じゃあ、そこの桜の模様の白い方」
左手の人差し指を口元に当てて悩んだアリスは、左手の人差し指で全体が白色で桜模様のヨーヨーを指をさした。
「わかった。任せて!」
エルクは袖を捲り、持っている紐をゆっくりヨーヨーのゴムでできている紐の輪の上の位置に移動させて持っている紙製の紐を落とし、釣り針を輪に引っかけて引き上げる。
エルクは、紐を切らずヨーヨーをすくい上げることに成功した。
「よし!はい、アリス」
「ありがとう、エルク」
アリスは、ヨーヨーのゴムの紐が輪っかになっている部分を右手の中指に通して少しだけヨーヨーを弾ませる。
「おじさん、これ返すよ」
エルクは、屋台のおじさんに紐を返した。
「ん?まだ紐は切れていないから続けてできるぞ」
「知っているよ。でも、これ以上は必要ないから」
「そうか、わかった。それにしても、坊やは変わっているな。普通は紐が切れるまで続けるんだがな」
「そうなんだ。まぁ、俺は遠慮するよ。さっきも言ったけど、これ以上必要ないし、行こうかアリス」
「ええ」
エルクは立ち上がり、アリスの手を取って屋台から離れた。
「お!アリス。あっちにリンゴ飴が売っているから行こう」
「ええ」
アリスは、エルクに引っ張られながらリンゴ飴の屋台に駆け足で向かう。
「おばさん、リンゴ飴2つ頼むよ」
「あいよ、ん?可愛いお嬢ちゃんにプレゼントかい?優しいね。特別に、この大きなリンゴ飴をあげるよ」
屋台の表に置いている小さな姫リンゴではなく、普通のリンゴを飴でコーティングし串に刺したリンゴ飴を取り出した。
「い、いや、気持ちだけで十分なので」
苦笑いを浮かべるエルク。
「子供が遠慮するもんじゃないよ。それに、大丈夫、安心しな。値段は同じで構わないからね」
「いや、値段の問題じゃないんだけど…」
「じゃあ、なんだい?」
「普通に、そんなに大きいのは食べきれないし、祭なんだから他のも食べたいからね」
「なるほど、そう言われたらそうだね。それなら、仕方ないね。だから、今まで誰も受け取ってくれなかったんだね」
おばさんは、手をポンっと叩いて納得した。
「ありがとう、おばさん」
「毎度!あ、そうだ1つ忠告してあげるから、よく聞くんだよ。この先にある金魚すくいは、止めとくことだね。ぽい(金魚をすくう道具)の紙製の網は、水に浸けたらすぐに破れる紙の網を使用しているから、誰も1匹も取れないからね。お金の無駄だよ」
「情報ありがとう、おばさん」
「彼女を大切にするんだよ!」
「ああ、勿論わかっているよ」
「なら、良し!彼女を待たせたらダメだよ。ほら、急いで彼女のもとへ行きな。ほら、駆け足!」
「わかったよ」
エルクはリンゴ飴を2つ持ったまま、ため息を吐きながらアリスに駆け足で向かった。
エルクと屋台のおばさんの会話を聞いていたアリスは、顔が真っ赤になっていた。
「はい、アリス。リンゴ飴が好きだったよな?ん?顔が赤いけど、風邪でも引いた?」
「引いてないわよ!それより、ありがとう。覚えてくれていたのね」
「まぁね」
「フフフ、何だか、とても嬉しいわ」
「それにしても、あの大きなリンゴ飴には驚いたよ」
「だね」
エルクはヒョットコの仮面、アリスはウンディーネの仮面を購入してエルクがヒョットコの仮面を着けた姿を見たアリスはクスクスと笑い、その後は射的や輪投げをし、途中で綿飴を買って食べ歩きしながら色んな出店を回って竜神祭を満喫していた。
その時、近くの出店から大人の男の大声が聞こえた。
「糞!何だよ!この網は!水に浸かると、すぐに破れるじゃないか!」
子連れの父親は、大声で出店のおじさんに文句を言った。
「うう…全然取れないよ…」
5歳ぐらいよ娘は、手に持っている紙が破れたぽいを哀しげな表情で見つめる。
エルクは、遠くから哀しげな表情を浮かべる娘の姿を見て歯を食い縛った。
「そう言えば、アレかな?おばさんが言っていた、ぼったくりの金魚すくいの屋台は」
「そうみたいね」
「アリス、ごめん。ちょっと待ってて」
「ちょっと、エルク。何をするつもりなの?ここは、私の顔は利かないわよ」
「知っているさ。ただ、合法的にあのおっちゃんを懲らしめて来るだけだから」
「合法的に凝らしめるって言っても、すぐに網が破れるならどうしようもないわよ」
「まぁ、見ててよ」
「もう、仕方ないわね。わかったわ」
「おっちゃん、俺も一回やりたいんだけど」
「おう、良いぞ。坊主」
「君、やめた方が良い。この店の網は、水に浸けるとすぐに破れて取れないぞ」
「そうだよ、お兄ちゃん。パパの言う通りだよ…」
「おいおい、旦那。自分達が金魚が釣れないからと言って網のせいにするなよ。これは、立派な営業妨害だぞ」
「くっ」
「あのさ、おっちゃん。する前に1つ聞いても良いか?」
「何だ?坊主」
「網は破れたら、そこで終わりになるのか?」
「いや、坊主が無理だと思うまで好きにすれば良いぞ。先に言っとくが、お椀や手ですくったり、聖霊力で網を強化するのは禁止だぞ。もし、隠れてこっそりと聖霊力を使ったら網がボロボロになって砕ける仕様になっているからな」
「わかっているよ。そんな小細工はしないから大丈夫。他は良いんだよね?」
「ああ、良いぞ。頑張れよ、坊主」
不敵に笑みを浮かべる屋台のおじさん。
「エルク、本当に大丈夫なの?」
「まぁ、見ててよ」
端にいる大きな出目金に狙いを定めたエルクは、ぽいを傾けて紙製の網をそっと水に浸けると網はすぐに破けた。
「やっぱり、無理だったわね…」
アリスは隣にいる娘と一緒に肩を落とす。
しかし、エルクは網の縁で出目金を掬い上げて宙に浮かして、水が入っているお椀の中に入れた。
「凄い!お兄ちゃん!」
「「嘘…」」
娘は両手を合わせてして喜んだが、アリスと父親は信じられない表情を浮かべたまま唖然とする。
「な、何だと!?」
驚愕する屋台のおじさん。
「まだまだ!」
エルクは、先ほどと同じ要領で次々(つぎつぎ)に金魚をすくいあげてお椀の中に入れていく。
「おじさん、そのお椀を貸して」
エルクは、持っていたお椀が金魚で一杯になったので床に置き、空いた手を父親に差し出す。
「あ、ああ…」
父親は、唖然としたまま持っているお椀をエルクに渡した。
「ねぇ、お兄ちゃん。私のも、お願い!」
「わかった!お兄ちゃんに任せな!」
エルクは、次々(つぎつぎ)に金魚をすくい上げていく。
エルクのすくい上げるスピードが、徐々(じょじょ)に増していく。
「ちょ、ちょっと待って!坊主!それは、ルール違反だ!」
我に返った屋台のおじさんは、慌てて止めようとする。
「可笑しなことを言うな、おっちゃん。俺は聖霊力どころか、手やお椀ですくってないけど?俺は、始めにおっちゃんに聞いたら他は良いって確かめたけど?」
「ぐっ、それはだな…」
「アリス、空いているお椀を取ってくれないか?」
「ええ!わかったわ」
アリスは、嬉しそうに近くにあったお椀を手に取ってエルクに渡す。
「糞!もう、すくうんじゃねぇ!餓鬼が!」
屋台のおじさんは、エルクを止めようと両腕でエルクを捕まえようとする。
「よっと」
エルクは、ヒョイっと躱す。
「な、何だと!?うぁ」
屋台のおじさんは、避けられるとは思わなかったので勢いよく金魚が入っている大きな桶に上半身から落ち込んだ。
桶の中で泳いでいた数匹の金魚が、桶から飛び出る。
「よっと、と」
エルクは、飛び出た金魚を全て持っているお椀を素早く動かして中に入れた。
「おっちゃんには悪いけど、全部、取らせて貰うから」
「糞!やめろ!やめろっと言っているだろうが!」
起き上がった屋台のおじさんは、右拳を握り締めてエルクに殴り掛かる。
「せっかくの着物が濡れるだろ。よっと、これぐらいかな?」
エルクは身体を傾けて屋台のおじさんの拳を躱し、屋台のおじさんの額に右手の中指に聖霊力を込めてデコピンをした。
「がはっ」
屋台のおじさんは盛大に後ろに転がり、桜の木にぶつかり大きな音が鳴り響く。
屋台のおじさんは、白目を向いて気絶した。
桜の木は、折れることはなかったが衝撃で大きく揺れ花びらが舞い散る。
「ちょ、ちょっと、エルク!あなた、何をやっているのよ!」
「あれ?可笑しいな。手加減したんだけど。アハハ…」
頭を掻きながら苦笑いを浮かべるエルク。
「~っ!?」
「お兄ちゃん、凄い!」
父親は驚愕しており言葉を失っていたが、娘はエルクに駆け寄り勢いよくエルクに抱きついた。
「わぁっと」
突然、抱きつかれたエルクは驚き、お椀に入っている金魚を溢さないように必死に耐えた。
「あ、そうだ。はい、これあげるよ」
エルクは、金魚を入れる専用のビニール袋に水と金魚を移して娘に渡す。
「ありがとう、お兄ちゃん」
金魚が入ったビニールを貰った娘は、嬉しそうにお礼を言い微笑んだ。
遠くから大勢の足音が徐々(じょじょ)に大きく聞こえてくる。
「大きな音がしたぞ!何処だ?」
「確か、この先から聞こえたぞ!」
この国の警備隊が大きな音に気付き、エルク達の方へと駆け足で駆け寄る。
「ありがとう。だが、君達、ここから早く逃げた方が良い」
父親は、慌てて娘の手を取って逃げる。
「ほら、私達も早く逃げるわよエルク」
「ちょっと待って、アリス」
「こんな時に、何をしているのよ!」
「これで、良しっと」
エルクは、大きな机に敷いていたテーブルクロスに黒色のマジックで金魚すくいセルフ!無料!その下の段に但し、お一人1匹から3匹までと書いて看板の上に被せた。
「エルク、あなたって…」
アリスは、テーブルクロスを見て微笑んだ。
「ほら、アリス。逃げないと!」
エルクは、アリスの手を取る。
「あなたから言われたくないわよ!もう!」
アリスは、頬を膨らませた。
エルクとアリスは手を繋いだまま、その場から離れた。
「ハァハァ…。ここまで来れば…大丈夫…」
アリスは前屈みになり、両膝に両手を当てながら肩を大きく上下させて呼吸を整える。
「アハハ…。楽しかったな。スッキリした」
アリスの隣にいるエルクはアリスと違い、空を見上げて笑った。
「もう!何を笑っているのよ!エルク。あなたのせいで大変だったじゃない」
アリスは、左右の腰に手を当てて怒る。
「あれ?アリスはスッキリしなかった?あの、おっちゃんの慌てたり怒った表情を見て」
「まぁ、正直、見ててスッキリしたけど。最後のデコピンは、やり過ぎよ。そのせいで、騒動に発展したんじゃない」
「ごめん、アリス。巻き込んでしまって。でも、どうしても、あの金魚すくいのおっちゃんを凝らしめたかったんだ」
頭を掻きながらエルクは、苦笑いを浮かべて謝罪する。
「まぁ良いわ、今回は特別に許してあげる。私も、あの人の行為は許せなかったもの。でも、エルクのお蔭で私もスッキリしたわ。フフフ…」
アリスは、口元に手を当ててクスクスと笑った。
「アリス、向こうには行ってないから行ってみよう」
「そうね」
エルクはアリスの手を取り、お手玉投げゲーム、水中コイン落とし、ピンポンカップイン、ペットボトルボウリング、空き缶釣りゲームなど次々(つぎつぎ)に屋台を回った。
屋台を回っていたエルクとアリスは、気が付けば日が落ちており、街中にある提灯が灯されて街中は色鮮やかに照らされていた。
「提灯の灯りって、何だか優しい感じがするわね」
「そうだね。ん?あっ、もう、こんな時間になっているんだ。楽しい時は、あっという間に時間が経つな」
「ええ、そうね。そろそろ、雫の舞が始まるわ。早く、行きましょう。エルク」
「わかった」
エルクとアリスは、竜神際の儀式で舞う雫の姿を見るため神社がある中央区へと向かった。
【アクアドリーム国・中央区・神社】
エルクとアリスは、慌てながら駆け足でジニール達がいる神社を一望できる特別席に向かっていた。
「随分と遅れたな。国王様と約束した時間に間に合わなかった…」
「仕方ないわよ、エルク。去年と違い、思ったよりも人混みが酷かったから。でも、雫の舞には間に合ったわ」
「国王様達に謝罪しないと…。はぁ、連続、約束を破ることになるなんて…」
エルクは、深いため息を吐いた。
「私も、あなたと一緒に謝るから大丈夫よ」
「いや、そんな問題じゃなくて…」
「おい!アリス、エルク!こっちだ!遅いから心配したぞ」
「ごめんなさい、お父様」
「申し訳ありません、国王様。再び、約束を守れず破ることになってしまい…」
エルクは、その場で片膝を地面について謝罪する。
「あなた、意地悪するのはやめましょう。二人共、そんなに気にしないで良いわよ。だって、開始まで、まだ45分もあるのだから大丈夫よ」
「アリーナよ、お前は逆に優し過ぎだ。私だって、好き好んで意地悪がしたい訳ではない。しかし、約束は守るのが当たり前で常識だろ?ここで、叱るのも二人のためだ」
「それは、そうだけど。でも、あなたは頭が固過ぎなのよ。せめて、15分前とか30分前に戻って来るようにすれば私も納得ができますけど。いつも、1時間前や1時間半前とか、随分と早く戻って来るようにするとか普通あり得ないわ」
「そ、そんなことないぞ。決して愛娘と少しでも一緒に長く過ごしたいだけで自分勝手な理由で1時間前とか2時間前に戻る様に約束している訳ではなくってな…。な、何だ?その目は」
エルクとベルは苦笑いを浮かべていたが、アリスとアリーナは疑う様なジト目が気になって慌てるジニール。
「む、無論、こ、これには、ちゃんとした理由があるのだ…。」
慌てているジニールは、焦った表情で言い訳をしようとしたが直ぐには思い浮かばずが言い淀む。
「「……。」」
アリスとアリーナは、冷たい目線でジニールを見る。
「あの、国王様…」
エルクは、ジニールに話し掛けた。
「ええい!エルク!お前のせいだ!今、お前が話し掛けてきたから忘れたじゃないか!」
「え!?その、申し訳ありません」
「まぁ、良い。わかれば良いのだ、わかればな」
(エルクにはすまないが、これで誤魔化せることができた。我ながら上出来だな)
ジニールは、顎に手を当ててホッと胸を撫で下ろした。
「もう、あなたったら…。ごめんなさいね、エルク君」
「エルク、ごめんなさい。気にしないで良いから」
「そうよ、エルク君」
「なっ、アリーナ、アリス…。べ、ベル、お前はどう思っているのだ?無論、私の味方だよな?」
「え!?そ、それは…その…」
苦笑いを浮かべて見守っていたベルは、突然に話を振られて戸惑う。
「ほら、あなた。そんなことよりも、そろそろ雫ちゃんの舞が始まるわよ」
アリーナは、戸惑っているベルを見て助け船を出した。
そして、湖の中央にある神社の両端に架かっている橋の左側から着物姿の雫が現れた。
もし宜しければ、次回もご覧下さい。