一つ目の出会い
春は始まりの季節であって、出会いの季節でもある。高校二年生の俺に一番身近なのは入学式。今日は後輩ができる日。めんどくさい。時々、いや最近無性に思う。世間一般ではいくつもの出会いや始まりのイベントが存在する。ゲームで言えばチュートリアルといったところか。世間一般には面倒くさいイベントだ。だが、それを確実に情報の一部として吸収しないと先に待ち受ける事柄に対処できない。
神がいるとすればそれは全て神が決めた事柄なのか。
それならば神よ…。一つ問おう。
じゃ、じゃあさぁ……。
俺はため息交じりに心の奥底で呟き、そして疑惑を抱きながら目の前の光景を凝視する。
裸体の女性が力なく倒れこんでいた……。
朝の何気ない通学路、住宅街を抜けた雑木林の道、吹き抜ける春の風。
そして女性の裸体が横たわる、それも道のど真ん中に、だ……。
「いや、どう考えてもおかしいだろ……」
一人のはずなのに俺はふいに呟いてしまった。そりゃそうだろ、なんだこれは? 本当にゲームのチュートリアルか? そう思えるのは俺がロールプレイングゲームが好きなことが幸いしているからなのか……これが不幸中の幸いと言うものなのか。
どうしたらいいかわからずに、俺は立ち止まっている。いや、動けない。
良心で近づけば、他の誰かに目撃されて下心丸出しの変態男子高生と思われるやもしれん。はたまた、アダルトビデオの企画物、かといって、通り過ぎるのも気持ちが悪い。見て見ぬふりをするとなにか心に引っかかるというか、魚の骨というか、あ、それは関係ないか。
考えていても何も解決しないな、そう思った俺はど真ん中で倒れている女性を横目に道の端を通り過ぎることを決意した。
歩くごとに距離が縮まっていく……。
そして女性の真横を通過する瞬間、細見する。
生まれたままの姿の彼女。朝陽の影響を最大限に受けて輝く金色で毛先を少しくるりとカールさせてあるショートな髪、年齢は二十代前半ぐらいだろうか、そして異国の人形のような顔立ちに豊満な……お、お、お、お、お……。
「ン……ン……ンウ……」
いきなり金髪美女が喘ぎ声……じゃないな、うめき声をあげる。
ヤバい、起きたか?
俺はピタリと足を止めた、いや、自動的に止まる。
お目覚めの定番のような声を出し、金髪美女はムクっと上半身をゆっくり起き上がらしながら辺りを見回し、俺が視界に入り直視した。
目が合ったその時、金髪美女が日本人ではないことに気付く。何故なら顔立ちも日本人ではないが、紅玉というのだろうか、ルビー色の瞳をしている。いや、カラーコンタクトか? もういいや、わからない。
直視されること約三秒、金髪美女は目を丸くした。
そして慌てて胸元に手をやる。なんだ? 自分でその豊満な胸を揉みだしたのか?
「あ、あの、大丈夫ですか? 何かあったんですか?」
たまらなく声をかけた。しかし咄嗟に出た言葉とはいえ『何かあったんですか?』は無いだろう。何もなければ全裸で道のど真ん中で気を失うわけがないのだから。
俺の声にドキッと反応した金髪美女は自分の胸を触りたくるのをやめてから、ゆーっくり……俺の顔を覗き込み、笑顔をつくって口を開く。
「オットット、マイボウネリーカバサンタロヤ……」
おや? え? なに?
彼女が発したその言葉? 呪文? ああ、そうか、やっぱり外国の方なんだな。しかし、英語には程遠いような気がしたんだが、気のせいか。
ともあれ、言葉が通じない以上、どうすることもできん。
そう思った俺は深々とお辞儀を彼女にするとその場を立ち去ろうと、歩き出した。
が、俺の右足首を何かが引っ張る。
彼女だ。
「ヨグル、ヨグルコラギャム」
「な、なに言ってるか分からないんですけど!」
「ミルシー? カルウム! カルウム!」
「カル? ああ、カルシウムかな? 牛乳が欲しいんだね?」
わけのわからないことを自分でも言っていると思う。しかし、彼女はハッとした表情をした後に……。
「な! 何してるんだよ?!」
目の前で舌を出してダブルピースをした。や、やっぱりアダルトビデオの企画物じゃないか! しかも羞恥だよ羞恥! 野外羞恥プレイだよ!
と、俺がひとりでにお祭り状態の中、アヘ顔……は、していない、舌出し全裸ダブルピースの金髪美女の体が淡い青色に包み込まれていくように発光し始めた。
「なんだよこれ、どうなってんだ……」
朝陽が裸体に反射して見えている光景なのか、いや違う。昨日夜遅くまでベッドの上でスマフォでまとめサイトを見ていて目が疲れているのか、いや違う。
はっきりとわかっているのは彼女からこの淡い光は放出されていること。そしてそれが今まで生きてきた十六年という短い歳月の中で記憶に強く刻まれたことだ。
若い女性の裸体ではなく、目の前で起こっている現実離れした光景にだ。
「プシダキンバコ……チャー!」
「ひいいいい!」
いきなり叫びだした彼女を見て俺も同じように叫んだ。
これはやばい、間違いなくやばい。裸体だし、光ってるし、なにより言葉が通じないから何を言ってるのかわからない。もしかしたら『こいつを殺す』とか言ってるのかもしれない。どこかの山の民族でこの街に迷い込んだのかもしれない。
とにかく逃げるが勝ちだ。
俺は握られている右足首の彼女の手を振り払おうとした。
「あー、あー、と……これで喋れてるかな」
しかし、焦る俺をあざ笑うかのように声が聞こえる。それは聞き覚えのある日本語だ。
「えっと、初めまして、私はレティ。ごめんね、こっちの言葉が違うこと知らなくてさ、驚かせてしまったね」
汗を垂らしながら振り向く、しかし、そこには彼女しかいなかった。ということはさっきの日本語は彼女が発した言葉なのか?
「あれ? もしかして言葉違った? そんなはず無いと思うんだけどな……君と同じ言語を習得する魔法を唱えたんだ。本当は通じてるでしょ? その証拠に振り向いてくれたじゃないか」
明らかに彼女は俺に日本語で話しかけていた。だけどそんなことより問題なのは『魔法』という摩訶不思議すぎる単語だ。正直、何を言っているのかは理解できた。理解できたが脳内が煮えたぎってそこに追い付いていない。
何も言い返せずに彼女の綺麗な顔を見つめながら汗をスーッと垂らすことしかできなかった。まだ少し肌寒い四月の朝だというのに。
「ま、驚くのも無理ないか。うん、しょうがないよ。でも大丈夫、私は君の敵じゃないんだ。むしろ君を理不尽な死から守るために送られてきた使いのものなんだよ」
「つ、使い?」
「やっと口を開いてくれたね坂木空馬」
「なんで俺の名を……」
彼女は何の躊躇もなく俺に向かって名を発した。しかも当たっている。そう、俺の名前は坂木空馬。英松高校に通う男子高生だ。
「だからさっきも言ったでしょ。私ことレティが空馬を守るってね。守る人間の顔も名前も全部聞いてるから大丈夫」
「守るって何から? 何から守る? 俺は命を狙われることなんかした覚えないぞ? それともテロリストか?」
「テロリスト? なにそれ? 強いの?」
「はっ?」
「そんなことより、服……着せてくれないかな?」
俺はレティの姿を見る。わけのわからないことのオンパレードで忘れていた。彼女は素っ裸で俺の右足首を掴んだまま女の子座りを決め込んでいた。
そう、それはまるで一緒に寝た男に突如別れ話を持ち掛けられて必死でそれを止めようとする切なく可憐な美女のようだった。
まずい、ここは住宅街を抜けた雑木林とはいえ一目につく、誰かに通報されてみろ……社会的な死は免れられん!
俺は学校指定の上着をレティに羽織らせる。しかし、これを羽織ったところで下の大事な部分はノーガードだ……。
「仕方ないか……」
俺は観念したかのようにつぶやくとレティに手を差し出した。
「何故かは知らないけど俺の事を知っているみたいだし、もしかしたら親父か母さんの昔の知り合いなのかもな、とりあえず詳しいことは家で話そう」
「おお~。話がわかるね~ご招待していただき光栄だよ~」
レティは立ち上がると全世界の男性を虜にしてしまうようなスマイルで俺を見つめた。俺は顔が赤くなるのを察知されないよう、ズンズンと彼女の手を引き歩き出した。
つい数十分前に歩いてきた道を逆走しながら俺はボソッとつぶやいた。
「長いチュートリアルだな、神様」
どうも!
読んでいただきありがとうございました!
お久しぶりの方はお久しぶりです!
初めての方は初めまして!
RYOです!
約一年と二か月ぶりに新しい物語を書きました(まだ一話)
忙しいですが随時更新を再開しようと思いますのでコメントなど待っています!