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この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。

正義のおはなし

作者:春野一郎太

 ある時代のある場所に、一人の少年がいました。
 彼の暮らしているところは、蒼い海に浮かぶ小さな小さな島でした。島の南側には緑豊かな森が沢山の太陽を浴びて生い茂り、北側には海に面した白い砂浜があります。島の中心には彼の暮らすこれもまた小さな小さな小さな村が一つだけ、ありました。
 その村では、野菜を育て、魚を捕り、森で狩りを行い、ご近所同士で助け合って、貧しくともなんとか暮らしていました。少年の家も決して裕福とは言えませんでしたが、頼りになるお父さんと、優しいお母さんと、それからまだ小さな妹と一緒に畑で麦を育てて生活をしていました。

 そんな彼には、一つ夢があります。

 鮮やかな青色を隔てた先に浮かぶ、自分たちの島とは比べ物にならないくらい大きな島。『本土』と呼ばれるそこに、いつか船を作って行ってみることです。
 お母さんの話では、本土では、お祭りと呼ばれるお祝いの行事や、お城と呼ばれる偉い人が住んでいる大きな家、それから男の子の島には無い様々な食べ物が存在しているそうです。生活の苦しさから色々な楽しみを削ってきた村人たち。そんな話を聞いて行ってみたいと思わない人はいません。少年を含めた島の子供たちは皆、本土に強い憧れがありました。

 だから彼はお母さんに言いました。「大きくなったら本土に行きたい!」と。
 でも、お母さんは首を横に振って言います。
 「いい? 私達はね、本土の人達と、肌や、瞳や、髪の色はおろか、体のつくりも違うの。だから本土の人達は、私達のことを気味悪がって、この島に追いやったのよ。お前も本土に行ったら、きっと怖がられて虐められてしまう。だから行ってはいけないよ。お前は、ずっとこの島にいるの」。
 強くて厳しい色をした言葉でした。けれど、お母さんが話すとき、その目はとても悲しそうで、彼は「でも」と言う気にはなれません。黙って頷くと、お母さんは彼のふわふわの髪を優しく撫でて「ごめんね」と言いました。
 お母さんもお父さんも、本当に忙しそうに働いています。島が貧しいからです。
 まだ生まれてから十年しか生きていない少年にも、その多忙さ、苦しさが伝わってくるほどでした。だから我が儘は言わずに、出来るだけお母さんを困らせたくなくて、彼は静かに頷いたのです。

 それでも少年は、どうしても抱いた夢を諦めきれません。

 もっと大きくなって。
 もっと勉強をして。
 もっと妹の世話をちゃんとして。

 そしていつか船を作り、本土の人を説得しようと少年は心に決めました。
 本土とこの島で使われる言葉は一緒だといいます。言葉が通じるのなら、きっと心だって通じると、彼は信じているのです。

 さて、そんなある日、小さな島に嵐がやってきました。
 隙間だらけの少年のうちはあちこちから雨漏りがして、風の音に妹は怖がります。畑を守りにいったお父さんとお母さんに変わって、男の子は妹を抱き締めて頭を撫でてあげます。間もなくして嵐は去り太陽が再び顔を出しましたが、麦は折れて、山の土がぬかるんで狩りは行えず、海の魚たちも渦巻く波から逃げてすっかり釣れなくなってしまいました。

 こういうとき、島の人たちは仕方なく本土に赴きます。

 今日のような嵐や、台風や、津波や、地震。ちょっとしたことで貧しい小さな島の環境は崩れてしまいます。そうなると本当に食べるものが取れないものですから、島の村人は、本土に救いを求めることしかできないのです。

 といっても、本土でお金を使って買ってくるのではありません。この島は完全に自給自足なため、お金の概念がないのです。
 では本土にいって何をするかと言えば、盗みをするです。
 港から魚を。集落から作物やその種を。たまに高価そうな宝物を盗んで、別の島で売ってお金に変えて食べ物を買うこともありました。

 心苦しい気持ちもありましたが、そうでもしないと皆飢えて死んでしまいます。

 いくつかの船で本土に向かう大人たちを、少年は真っ白な砂浜で見送ります。遠く遠く、空の隙間から降りる光の梯子に照らされる本土はいつ見ても少年の心を惹き付けます。どんな人がいて、どんな生活をしているのか、気になってしかたありません。

 ──いつかあの本土に行ったときは、食べ物を盗んだことを謝らないと。
 ──赦してくれたら、たくさんお話をしたいな。
 ──それからもしも、仲良くなれたなら。
 ──できることなら、家族と本土で暮らしたい。

 そんなことを考えながら、少年は暇さえあれば砂浜で海に足の指先を浸しながら本土を眺めます。

 憧れと愛しさと切望が混ざった少年の瞳は、さぞや無垢だったことでしょう。 

 少年は幸せでした。
 生活は貧しかったけれど、心は豊かでした。
 頼りになるお父さんと、優しいお母さんと、守るべき妹と、共に夢を語り合える友達がいたから、少年は、どこの誰よりも自由であれたのです。

 そんな生活に終止符が打たれたのは、大人たちが船で帰ってきて、三日後のことでした。

 長年災害がある度に本土で盗みを働いていた報いでしょう。とうとう堪忍袋の尾が切れた本土の人たちが、この小さな島に攻めてきたのです。

 そのときたまたま砂浜にいた少年は、村で起こったその異変にすぐ気付くことは出来ませんでした。微かに耳に届いた悲鳴と村の方から立ち上る黒い煙を視界に入れて、ようやく気付いたのです。

 少年が村に辿り着いた頃、
 並んでいた家々はほとんど焼かれて、それどころか、長い年月を経て拡張していった畑たちも、獣のいる山まで燃えて、少ない木材で作った船も粉々に壊されてしまっていました。
 これが村の人ではない『誰か』の手によるものだということくらい、まだ十歳の彼にだってわかりました。炎と煙の熱で目や喉を焼かれながら、彼は急いで自分の家に戻ります。

 ──きっと大丈夫。

 少年は自分を落ち着かせるためにそう言い聞かせます。

 ──きっとどこかに避難してる。

 根拠もなく、側で倒れる村人を無視して家へ向かいます。

 ──きっと生きてる。

 燃える家から炎に包まれて出てきた一人の大人に目を瞑って。
 少年は、ただ足を早めるしか出来ません。

 ようやく、あの隙間だらけの自分の家に着きました。
 炎に包まれて熱を持った扉の取っ手をに指をかけたとき、様々な思いが頭を過ります。

 家にいないかもしれない。
 でもそしたら、どこかに避難しているのだろう。
 もしもこの扉を開けた先に家族がいたのなら、急いで一緒に火の手が回らない海に逃げよう。

 そうして開いた扉の先に、果たして家族はいました。
 お父さんと、お母さんと、妹。家の中に、いましたとも。
 でも。
 三人とも、床に倒れて指先一本すら動きません。
 そしてその側には、少年と同じ年頃の『誰か』がいました。
 その誰かは、少年とは違う肌の色と、瞳の色と、髪の色をした子で、手には赤色の血が滴る鋭い刃物を持っていました。

 暫く二人の間に沈黙が流れましたが、その刃物の切っ先が少年に向いて、彼は弾かれたように走り出しました。

 体を支配していたのはきっと恐怖です。だってもう、走る理由は無くなったのですから。

 少年の家族は殺されたのでしょう。
 先程のあの刃物を持った誰かに。

 だからもう、走る理由は無いのです。
 家は焼け、畑は焼け、村は焼け、炎は山に燃え移り。
 例え少年が生き残って、他にも生きている誰かがいたとしても、この島で生活することはもう無理でしょう。

 悲しいことに少年にはそれがわかってしまったのです。

 走って走って、少年はあの砂浜に辿り着きます。
 ススだらけの足を折って膝を着き振り返った先に、赤々と燃える村が見えます。それが恐ろしくて前を向くと──海の向こうに、本土が見えます。
 相も変わらず、雲の切れ間から射し込まれる光の梯子に照らされて、ぷかぷかと海に浮かんでいます。

 少年がこんなにも恐ろしい思いをしているのに、本土の誰も、彼の気持ちを汲んではくれません。
 本土から食料を盗むことは正しく悪であったと、少年は理解しています。
 でも、妹は?
 少年の妹は、なにか悪いことをしましたでしょうか。
 小さな妹は死の間際、自分がこれからなにをされるかすらわからなかったでしょう。
 それでも怖かったはずです。
 守ってくれるはずの兄も側におらず、寂しく、最後に感じたのは肉を絶たれていく感触だったはずです。

 少年は泣きました。
 仔を奪われた獣のように叫んで、
 砂を海に向かって投げつけて、
 自分の髪の毛を引きちぎりました。
 島への憧れは蔑みに。
 愛しさは憎しみに。
 切望は失望に変わっていきます。

 震えながら砂浜に踞る少年の背後に、やがて先程の誰かが歩み寄ります。

 涙と砂にまみれた瞳を向けて、少年は、ただ一言「どうして」と呟きました。

 その『誰か』は。

 手に持った刃物を振り上げて、朗々とした声でこう言いました。

「僕の名前は桃太郎。悪しき鬼を罰するために、この鬼ヶ島に来た」

 おに。
 少年はこのとき、本土の人達が自分たちのことをそう呼んでいたことを初めて知りました。

 刃物──いいえ、一太刀の刀が降り下ろされる中で少年が最後に見たのは、決して手の届くことのなかった、憎々しい青色でした。




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