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二章 『Enemyはどこにいる?』 その3

 ――ダイベニストとして戦うモチベーションはなんですか?


 ある中華店の、熊のような男の店主は答える。


『……モチベーションなぁ。長いことやってるから忘れがちだけど、そうさな、健康のためだな俺の場合。汚いトイレで用を足すと、気分も滅入ってきちまう。トイレとは長い付き合いになるんだから、気分よく用を済ませたいだろ?』


 眼鏡をかけた、リーマン風の男は答える。


『おや? この間観戦していた……なるほど、ダイベニストになったのですか、あなたも。それで、戦う理由を聞いて回っている? ……別に理由なんてないと思いますが……まぁ、私の場合はトイレで仕事をするとはかどるものですから。効率を求めて、ということになりますか』


 大学生くらいの色っぽい女性は答える。


『戦う理由~? そりゃあ、勝って使うトイレは格別だもの、ねぇ? あなただって、勝ち取ったトイレの方が気持ちいいでしょ?』


   ×××


 とある日の放課後――内貴はトイレを掃除していた。東京都中野区の、とある公園にある公衆トイレだ。ここ数日かすみに教えられた順に巡っていたトイレでは毎度ダイベニストと遭遇し、そのたびに意見を聞くことが出来たのだが、綺麗なトイレとは言い難いこの公衆トイレには当然ながらダイベニストはいなかった。よほど切羽詰っている場合を除いて、ダイベニストが汚い公衆トイレを使おうとすることはない。

 しかし、行けと指示があったからには何かすべきことがあるのだろうと考えて――内貴は自ら掃除に勤しんでいた。道具は一通り備え付けてあったので、特に問題なく掃除をすることができた。

 なかなか汚いトイレではあったが、掃除するのは楽しかった。綺麗なトイレを使うのはもちろん喜びに満ち溢れた行為だが、汚いトイレを綺麗にしてそれから一番最初に用を足すのもいいものだ。自ら磨き上げた宝もまた、価値あるものであると内貴は思う。


「……価値」


 掃除を終えて、一番トイレを終えて。

 すっきりした状態で次に指示されている場所に向かいながら、肩にかけていたスクールバッグをかけなおし、内貴は空を見上げて考える。

 ダイベニストとして掴み取ったトイレの価値。その価値を言葉にすることが、きっと今行っている修行において大事なことなのだろうと思う。

 ハッキリ言葉に出来ることは、それだけ明確な芯になりうる。

 しかし今だ、内貴ははっきりとした言葉にすることは出来ないでいた。なんとなく掴めてはいるが……まとまらない。語彙力の問題かと言われればそういうわけでもなく、自分の中で意見がまとまっていないことが一番の問題であるように思えた。


「意外と難しいな、この修行」


 ぼやきながら到着したのは中野ブロードウェイだった。一先ず、中野ブロードウェイのトイレをめぐることでかすみの指示は終わりになっている。気合を入れていかなければと思いながら北口の扉をくぐると――不意に、内貴は視線を感じて眉をひそめた。なんとなく周囲を見回してみるが、とくにこちらを見ているような人間は居ない。


 それに、またか、と内貴は思う。ここ数日、こういうことが頻繁にあった。視線の主が誰なのか、なんとなく想像はつくが……視線を感じる以上の被害は出ていないので本格的に周囲に隠れているであろう『彼女』を探すまではしていない。

 探したら探したで、面倒なことになりそうだから。

 見えている地雷を踏みに行くのは馬鹿の所業である。だから今もスルーするのが良いだろうと、内貴はそのままブロードウェイ内のトイレを巡り、何人かのダイベニストと出会った。


 ダイベニストたちは初心者である内貴と快く話をしてくれた。その中で、内貴の言葉にしたい『勝ち取ったトイレの価値』に一番近いものを話してくれたのは、大学生くらいの男だった。

 いわゆる細マッチョ、髪を染めた若干チャライ感じの青年は、トイレで手を洗いながら、内貴の質問に答えてくれる。


「勝ち取ったトイレには価値があるから、じゃないかな」


 外見とは反対に、青年の言葉は真摯であり真剣だった。内貴は、この人は自分と同じようにトイレに対する己の意思を確認するという肯定を踏んだ人間なのだと確信した。


「トイレは、宝だ。追いつめられていれば追いつめられているほど、得た宝の価値はあがる。そういうもんじゃないかな?」


 宝。その言葉は、内貴のなかにすとんと落ちた。自分でも何度か考えた言葉ではあったが、他人に言われ、より一層鮮明にその言葉は輝きをもって内貴の想いを形作る。


「ありがとうございます!」


 思わずお礼を言うと、青年はにこりと笑んでトイレを去って行った。その背を見送りながら、イケメンだ……などと感動を覚えながら、内貴は自分の中で言葉の整理をしていたのだが。


「……このタイミングを待っていました」


 思考を遮った声に、思わずため息を吐きそうになった。


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