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駄菓子屋でのひと夏の偏愛  作者: テツヤ
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十時家を見守りし者

「何を気味悪い顔で見ているんだよ」


 吾郎のパソコンの机に座っていた愛菜が、そう言って怒気のこもった目で睨んでいる。

 18歳になり、もう少女とは呼ぶべきではない娘となった愛菜はお世辞抜きで美しかった。さほど伸ばさない髪はきれいに整えられて、顔には薄化粧をしている。

 飯山吾郎は、8年で成長した愛菜に単に見とれていたというわけではない。小学生の頃の子供の愛菜と自分の蜜月を思い出していたのだ。

「気味悪かった?」

「・・チッ・・」

 気味悪いと言われてもしゃーないと、反省して取り繕うが、愛菜は小さく舌打ち。

 今の愛菜からすれば、今の俺はゴミか・・。いや、ゴミならばゴミ箱に放り込まれておしまいだが、ゴミ以下の害虫か。いや、過去の思い出も含めた上で、唾棄すべき存在ってとこで、虫以下か。

 色々と考えると、情けなくなってくる吾郎だった。

「ふ~~~・・・」

 深いため息をついている愛菜。時間をかけて、過去に撮られた自分の写真を探している愛菜だが、それが見当たらないのでつらそうにしている。

「あ、あの、君の写真は本当に全部、削除したんだって」

 愛菜は、その吾郎の言葉にキッ、とした視線を返す。そして、何か言いたげにしていたが。

「すいません。お邪魔しました、吾郎さん。私、もう帰りますので」

「・・あ、そう。気を付けて帰って、うん」

 ガターンッ、といかにも不機嫌そうな音を立てて立ち去ろうとする愛菜。しかし、愛菜は思い詰めたような顔で吾郎に指をつきつける。

「吾郎さんが持ってる私の写真なんだけど・・」

「だから、それはもう無いって・・」

「吾郎さんは色々とおかしいことばかり私にしたけど、嫌がることはしなかった。それって”優しい”とは違うと思うけどさぁ」

「・・・」

「私の写真は悪用しないって、吾郎さんを信用することにするよ」

「だから・・」

「でも、もう二度と会うこともないでしょう。サヨウナラ、吾郎さん」

 そう、決別を告げてスタスタと部屋を出ていく愛菜だった。それを見送った吾郎はなんとも言えない複雑な表情をしていた。



 吾郎が飯山商店の店頭に近い座敷まで戻ってくると、とっくに帰ったと思っていた愛菜がそこにいた。吾郎はそれに声をかけず、様子を見ると、愛菜は座敷の中を見回している。

(愛菜ちゃんでも、ここが懐かしいのかねえ・・?)

 この座敷は子供の愛菜がよく上がり込んでいた遊び場で、それがほんの一時の夏休みの間だけのことでも、名残りがあるのだろうか、と吾郎が想像した。

 愛菜が座敷の柱をじっと見つめている。彼女がなぜそこを見つめているのかわからなかったが、愛菜はしばらくすると店を出て行ってしまった。

「・・何を見てたんだよ?」

 吾郎がその場所を見ると、柱に鉛筆で線が横に引いてあって、その横に”アイナ”と記されている。

「・・この場所で、愛菜ちゃんの背の高さを測ってたんか? 忘れてたなあ」

 吾郎にも、愛菜にも、この店でいかがわしいことをしたという印象ばかりが残ってしまったが、このような子供の成長を測った痕跡がこの場所に残っていたのだと、吾郎は思った。

「こんなことをしたってことは、愛菜ちゃんが来年もここに来ると思ってたんだが」

 すると、店の電話が鳴るので、吾郎はそれに出る。

「ハイ、飯山商店です。ハイ、お世話になってます。・・・、ええ、その通りなんですが」



 愛菜は”例の駄菓子屋”に残る子供の思い出に複雑な気持ち、言い換えれば心の動揺がある。あの頃に戻りたいと思う気持ちに揺らぐと、どうしても吾郎との思い出したくない関係にぶつかってしまう。

「・・フン、忘れりゃ済むだけなのにさ・・」

 愛菜は声に出してつぶやいてしまうが、それができてないという自嘲もある。

 愛菜はその日の夕食の席で、母から思いもかけない頼み事をされる。


「あなた、最近、飯山さんとこにたびたび行ってるんでしょう?」


 愛菜は母の夕菜ゆうなから、それを問われたときに内心仰天した。だが、その内心の動揺は努めて顔に出さないように、問い返す。

「飯山さんって、どの飯山さん?」

「だから、あなたが行きびたってる飯山さんよ。飯山商店」

 愛菜は背中に嫌な汗がほとばしるのを感じた。母が、あの飯山吾郎の存在を知ってるはずが無いと思い込んでいたから。愛菜は小学生の頃の彼との逢瀬も、両親にはかくしていたつもりだったのだが。愛菜は母に秘め事を見透かされているような気分がして、それを探るような問いを返す。

「・・なんで、それを・・?」

「吾郎さんが連絡をくれてるのよ」

 なんちゅー事をしてくれるんじゃ、あの男は!、と憤りを覚えた愛菜だが、これも態度には出さない。

「あなた、帰省して真っ先に吾郎さんに会いに行ったみたいじゃないの。イの一番ってやつなのかい?」

 それはなんという誤解か! その日、真っ先に行ったのはクニオがいる学校だったわけで。あの駄菓子屋に寄ったのは、たまたま。あくまでたまたま。

「お姉ちゃん、飯山さんとこの常連なんだよ」

 10歳の妹、純菜が口をはさむ。

「それは、子供の頃のことだから!」

 思い出せば、こっちに帰省した日、飯山商店で寝込んでいた自分を迎えに来た、妹の純菜。純菜は、吾郎からの連絡で来た、と言ってたような気がする。

 あえて、私の動きを家族に教えている・・!?

 愛菜には吾郎の意図が読めなかった。大人として常識的な対応ともいえるが、愛菜には吾郎の行動に不気味さを感じてしまう。

「ところでさ、愛菜。あんたに頼みたいことがあるんだけど」

 夕菜は、愛菜に贈り物のように包まれた、ペラリとした物を渡される。

「なんなの?これ? 母さん」

「これ、明日、吾郎さんとこに行くときに渡してよ」

 なんか自分が、明日また吾郎のとこに行くことになっている?

 愛菜は吾郎へ”二度と会わない”と告げたばかりなのに。

 愛菜が母の顔を見ると、夕菜はなにやら幸せそうにニコニコ笑っている。なぜ、母が吾郎に贈り物をするのか?、と愛菜は思った。

 愛菜は明日また吾郎に会うことは避けられないようだった。



 翌日、飯山商店におもむいた愛菜。愛菜は、自分の顔を見た吾郎の笑顔が憎らしい。決別を言い渡した翌日にまたここに来てしまう恥もあるし、幼い自分の負けのような気もする。

「ハイ、これうちの母からの贈り物」

「ああ、こりゃネクタイだな。夕菜さんには『いつもありがとう』と伝えてくれないか」

 愛菜はうなずいた。そして、しばしためらってから吾郎に問う。

「吾郎さんは、うちの家族を色々と助けてくれたんだって?」

「君の母さんがそう言ってた?」

「住むところを見つけてくれたって言ってた。仕事も紹介してくれたって」

 吾郎は少々照れ笑いをして。

「俺が所有するアパートの一室を紹介したってだけさ。仕事だって今時どこも人手不足さ」

 なんか『アパートを所有』って言った!? うちの家主ってこと?

 吾郎の、こじんまりとした商店の主とは別の顔を知って、愛菜は少し驚いた。

「愛菜ちゃんのお父さんが急に亡くなって、残された君たちが苦しむのは見てられなかったんだ」

「それは・・! 吾郎さんがそんなこと考えてたなんて」

 愛菜は8年前の父の事故死から一変してしまった一家の暮らしを思い返す。姉妹の遊び道具どころか日用品までの節約の日々。そして、二人の子供を抱えて働いた母、夕菜の心労。それを吾郎が見守っていたというのか?

「俺は『家族に困った事があれば言ってくれ』と君のお母さんには言ってる。でも、お母さんはガンバリ屋さんだ。だいたい一人でしのいでしまう」

「そうです・・、母はそんな感じです」

「君だってそうさ、奨学金を勝ち取って、ほぼ独力で大学進学してるんだからな」



(ほぼ独力・・・ね)

 吾郎との会話から気になって、銀行からの教育ローンの契約書を読み直した愛菜。

 いわゆる奨学金と呼ばれる資金でも自分の大学の学費が追いつかず、銀行の教育ローンからかなりの額を融資してもらっている。問題だったのは、父の死後に破産し銀行からの信用を傷つけた過去がある母はその教育ローンの連帯保証人にはなれなかったのだ。

 母はその件で色々と奔走してくれてた。そして、アパートの大家さんがそれを引き受けてくれたという話をしたのを覚えている。当時は、顔も知らぬ大家よりも母への感謝が強かったのだけど。

 その契約書の保証人の欄には『飯山 吾郎』の名が記されている。これは母が吾郎に頭を下げた結果なのだろう。

 つまりは、教育ローンの債務者の十時愛菜が債務の返済をとどこおらせた場合、保証人の飯山吾郎は債務の肩代わりをすることになる。

「あ~~~~~・・」

 母は他に頼む相手がいなかったのか!、と深いため息をついてしまう愛菜。これでは、もしも自分が就職浪人したら?、などと考えたくもない。

ピリリリリ・・

 愛菜の携帯電話の着信音が鳴る。見れば、高校の時の部活の友人だった。

「もしもし?」

『もしもし愛菜? 私だ、桐子とうこだよ。コッチに帰省してるんでしょ。これから部の面々で会わねえ? あんたのクニオのいい話も聞けるぜ』

 友人は、愛菜が最悪の切れ方をした元カレ、国男の名を出してくる。

「あん、残念だけど、もう私はクニオとは切れてるんだけど」

『知ってるよ。だからだよ、いいから来いよ』

 知ってたってどういうこと!? 以前から耳の早い人間だったのだけど。

 改めて怒りがこみあげてくる愛菜だが、話の内容が気になって呼び出しに応じることにする。

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