しばしの別れの日
時は8月も終わりに近い午後のこと。この夏の厳しい暑さもいくぶんか和らいではいる。
愛菜はなじみの喫茶店で、桐子、国男、敏子を呼び、自らのお別れ会のようなものをしている。愛菜は今日でこの山波市から今の住まいがある北皇市へと戻るということでだ。
「この4人が実質的にバドミントン部の最初期メンバーになるんだよね。なんか感慨深いというかね」
と、桐子が言うと、やや不思議そうに敏子が聞き返す。
「私たちが入る以前からバドミントン部があったのではないですか? 愛菜さんが創設者だと聞いてましたけど」
「いや、私と愛菜の二人以外は幽霊部員の女子が3人いるだけだったし。完全なお遊びクラブだったよね」
愛菜は桐子の言葉にうなずいて。
「でも、今は部員も増えて対外試合もこなすくらいのまっとうな部活になったんだ。敏子ちゃんのガンバリがあったからさ」
対外試合といっても、公式戦では一勝もあげられなかった。次期のバドミントン部は練習嫌いの2年生が引き継いでいる。敏子の心にはそういう不満があったのだが、この場で愛菜にほめられるとは思わなかった。
「いえっ! それは、・・ありがとうございます」
言いたい言葉を飲み込んで、敏子は愛菜に頭を下げる。敏子と愛菜の間には数多くの衝突があった。部活のことでも色々あったが、この夏には国男のことでもぶつかってしまった。愛菜先輩には私へのわだかまりは無いのだろうかと考える。
その愛菜は少しため息をついて、つぶやくように。
「あ~、でもこの4人だけだったあの頃に戻りたい。あの頃は楽しかった。私は色々間違いを犯しちゃったからさ・・」
愛菜が口にした”間違い”については、やはりそれは国男との関係のことなのだろう。それを責めてしまったことを悔いる敏子の心にグサリと刺さってくる。
その事はやはりちゃんと謝ろうと、敏子が決めたときだった。桐子が彼女にしてはめずらしく暗い顔をして、言う。
「その事なんだけど・・、ずっとくやんでた。私が全部悪いんだ」
その発言には敏子も愛菜も、そして元凶の国男も驚いた顔をした。愛菜は親友のくだらないであろう発言に目を丸くして。
「な、何を言ってるんだよ! また、頭のおかしいことを!」
「国男が言うんならともかく、なんでお前が言うんだよ」
「誰彼かまわず年上の子に告白していたアホの国男が、まさか愛菜とデキちゃうとは思わなかった。最初はケッサクだと思ってた」
「お前って、結構正直なのな」
愛菜はあきれた顔をしている。桐子は暗い顔をしたまま続ける。
「しばらくつきあっているうちに、愛菜と国男はイチャイチャし始めて私はそれが気に入らなかったんだ。国男は一度、私に告白したりしてたしな」
「いや、だから・・なんでさ・・」
「愛菜は国男と学校内でエッチな事をするようになった。私は悪意で部のみんなにそれを晒した。面白かったよ」
愛菜は『それってシャレになってねー』という顔をしている。
「そして、国男が社会人の女と二股的にデキちゃったって噂を聞いたんだ。私は噂を確かめるようなことはしなかった。私は愛菜がいない会を作って、愛菜と国男のことを笑い者にしたんだよ」
「なんだって! それって・・!!」
少し前に、この喫茶店で行われた国男を笑い者にした会があり、その桐子が開いた会に愛菜も敏子も出席していた。それと同じような会が以前にもあって?
「お前は私を、あの時の国男と同じようにさらし者にしたっていうのかよ!?」
「そうだ。最悪なことをしてしまった。他にやりようがあったのに」
「”やりようがあった”じゃねーよ! コイツ!!」
親友だと思い込んでいた桐子の告白に、愛菜の怒りは沸点をこえた。国男の裏切りが自分の耳に届いてこなかった件については、愛菜はあえて考えていなかった。しかし、思いもよらなかった最低な裏事情がそこにあったなんて。
桐子の胸ぐらをつかみかかった愛菜だが、店主の「お客さん!」の一言で我に返って冷静になる。
愛菜は桐子におごらせたオムライスを食べながら、ほっこりした顔をしている。桐子はまだ暗い顔をして謝罪の言葉をつなぐ。
「私は本人が、愛菜自身が気付くまでほっておこうくらいの気持ちだったんだ。二人がこじれた時には火花が散る、くらいの気持ちで」
「いいって」
「でも、愛菜が国男との失恋で悩んで私に相談してきたときに、やっと自分の罪に気付いたんだ。私がもっと早くに教えてあげてればって」
「だからもういいって。なんだかんだ言って、私と国男に問題があったっていうのは本当のことさ」
愛菜の向かいの席で敏子と隣り合って座る国男は、さすがに気まずそうな顔をする。愛菜は国男と敏子の顔を見て。
「私と国男には縁が無かったけど、新しい縁が生まれたってことじゃないの」
愛菜はうれしそうに笑って、敏子に。
「国男とはうまくやってんの?アンタ、結婚までする気は無いって言うてたけど。恋人同士なら、ちょっと二人でキスしてみせてよ」
「さすがに人前ではちょっと」と戸惑う国男に、愛菜は「やったらお前の罪は許す」と返す。だが、敏子は真摯な顔をして。
「国男、拒絶できる立場でもないでしょう」
敏子はそう言って、国男に言葉を返すヒマを与えず唇を重ねる。二人の人前でのキッスは、言い出しっぺの愛菜が戸惑うほど初々しくも熱っぽかった。
ポカーンとした顔の愛菜と桐子は言葉もない。心の中で、愛菜は『そういや敏子はジョーダンが通じない子だった』と思い、桐子は『敏子ちゃん、何か罰ゲームだと思ったのか?』と思った。
桐子らにしばしの別れを告げて、通りに出た愛菜は一人つぶやく。
「桐子の本心はやっぱりショッキングだった。私はアイツを親友だと思ってたもんね。でも、やっぱりアイツにも人並の妬みがあったんだ。アイツは悪い奴じゃない、だからこそ今日になって謝ってくれたんだ」
この8月のはじめに帰省してから、本当に色々なことがあった。失恋から、吾郎との偏愛に狂って、それすら持て余した自分。このひと夏で私は少しでも大人に近づけただろうか?、と自問するのだが。
(さっきはさっきで、桐子に暴力いきかけた?)
自嘲的な苦笑いをする愛菜。約ひと月ぶりに訪れる山波駅の電光表示板を見ると、午後1時を回っているのに、表示されているのは『11:34』の表示。次に到着する電車の出発時刻が過去!?
「あ!? これって・・・」
自分の勘違いかと思い、腕時計を見直しても明らかに駅の表示板の方が謎だった。電車の到着が大幅に遅れている? そういうことかもしれない。
駅舎の中を見渡しても、普段よりも多い人々が群がってたむろしている。路線に不具合が発生して、北皇駅に向かう下り線が止まっているとのことだった。
「ええっと、こりゃ何時間か待つことになるかなあ」
愛菜は、待ち時間の潰し方を考える。この駅舎の中で待つか、一旦自宅に戻るか、それとも駅にほど近くくつろげる場所に行くか。愛菜は3番目を選ぶことにした。
愛菜はさびれた商店街の中にある古びた駄菓子屋の前に立つ。その駄菓子屋はいかにも昭和の頃に建てられたという雰囲気で、看板には『飯山商店』と書かれていた。
「この店よくつぶれずに残ってるよね。あのクズ男はまだここにいるのかなあ? なんて」
愛菜が店に入っていくと、来客を知らせる『ピンポーン ピンポーン』という音が店内に響く。
「いらっしゃーい」
30代も後半という感じのオジさんが現れる。その男は愛菜の顔を見ると少し驚いた顔をしたが、笑って言う。
「やあ、愛菜ちゃんじゃないか。久しぶり・・、でもないな」
「ウフフ、私が子供の頃によく遊びに来たの忘れてないよねえ。オジさん」
愛菜は冗談めかした挨拶を交わして、電車が止まってる件を吾郎に告げると店の座敷に上がり込んだ。
「あ~、やっぱここって落ち着くわ~。っていうか、相変わらずクーラー付けてないのな、ここ」
愛菜は扇風機を全開にすると、自分のTシャツをまくりあげてその風を腹に当てて涼む。
吾郎はその愛菜の無防備な姿に戸惑いながらも、横目でいやしい視線を愛菜の素肌に送る。
次回、最終回です。
やっぱり吾郎は犯罪者でした、というラストも考えたのですが、インパクトがあればそれでいいのか?と思い直しました。




