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駄菓子屋でのひと夏の偏愛  作者: テツヤ
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愛に溺れる

 夏休みも終わりに近づいた昼下がりの山波高校にて。山波高校では受験も追い込みとなった3年生に向け、夏季補習を教室で行っている。

 3年生でバドミントン女子部の元部長の真壁敏子は、朝からこの夏季補習に参加しては勉強に励んでいた。敏子の学業成績は悪い方ではないのだが、山波高校内でもいかんせん中の上レベルであり、『目指せ!国公立大学合格』を目標に不安と焦りを相手に格闘しながら勉強していた。



「真壁さん、ですよね? ちょっといいですか?」

 その日最後の補習を終えた敏子の元へ、体操服姿の女生徒が訪れた。敏子にとっては見覚えのない生徒である。その姿から部活動中の運動部の生徒で、下級生だとはわかるが。

「そうだけど? 何ですか?」

「いえ~、ちょっとバドミントン部のことでお話が・・。あ、私、バスケ部の女子キャプテンをしている大木といいます」

 敏子は内心、首をひねる。敏子自身、3年生でありバドミントン部からは引退をしている。指導教員が付いていないバドミントン部では、敏子から部長を引き継いだ2年生の戸塚が部活動をまとめているのだが。

(私自身、つい最近まで部長の引継ぎをしてなくて、それで私がまだ部長だと思われてるのですか?)

 敏子はそう考えて、部長がすでに2年生に代替わりしている旨を大木という生徒に話したのだが。

「はあ、それはうかがっています。ですが、そのバドミントン部が練習に出ていないわけでして~、その・・」

 敏子は驚いて問い返す。

「え! 練習に出ていないって。あ、それは男子部のことでしょうが! アイツらは・・!」

「違います。男子は元からですが、女子の方が練習に出ていないのです。せっかく体育館の一部をあの人達の練習場に空けているのに! です!」

 大木は話しながら苛立たしそうな顔をし始めた。運動部はそれぞれ練習場の取り合いにならないように、時間と場所をずらしたり、分け合いながら練習しているのだが、今回、バドミントン部が練習に顔を出さないという事は当然、問題になる。

「そんなバカな! 体育館の一角は私が色々と話を付けたり、頭を下げたりしてやっと獲得したものなのに!」

 元々先々代の頃には、校庭の隅っこで練習していたバドミントン部。そのバドミントン部を本格的な部活に育て上げたくて、敏子は今年になって体育館を練習場として得たのだった。バドミントン部を育てるという目標が道半ばに引退する敏子にとって、それは後輩たちに残せた大事な物のはずだったが。

 バスケ部の大木はなおも怒りながら話す。

「いえ、引退した真壁さんに言っても仕方ないんですけどね~、2学期に入ってもあんな調子じゃ体育館の場所は取り上げられますよ!」

 気を取り直して、敏子は大木に問う。

「戸塚はどう言ってるの!? 今の部長のアイツは? アイツが部をまとめられていないのですか!?」

 敏子は2年生の戸塚の顔を思い浮かべる。確かに頼りない所もあるが、自分から部長に立候補した戸塚だった。敏子は信頼して、次代のバドミントン部を彼女に任せたのだが。だが、相手の大木が答えるには。

「いえ、ですから。その戸塚がサボってるんです。他の2年生も示し合わせたように全員。顔を出してきた1年生も呆れて、みんな帰りましたよ」

 今回のバドミントン部の失態に敏子は重く責任を感じて、その大木に頭を下げるしかなかった。

 しかし、その件については顧問の先生に話すしかない、と大木には言う。引退した身で、自分が今のバドミントン部には関わるべきでないと考えた。

「少し前だったら、私がみんなを集めてお説教してやるのですけど。歯がゆい話ですが・・」

「いやいやいや! そんなことしなくて結構ですので!」

 敏子の申し訳ないという気持ちとは裏腹に、その大木はなぜかホッとした顔をして立ち去って行った。バドミントン部の失態に落ち込んでいる敏子に、その話をハタから聞いていた同級生が話しかけてくる。

トシちゃんって、けっこう恐れられてんのな?」

「何ですってぇ!?」

 敏子をジロリと睨み返す。その同級生のあわてた態度に敏子も反省して謝るのだが、その同級生が言うには。

「だってさ、あのバスケ部の子にとっては、バドミントン部が出てこない方がいいんだよ。その分、練習場が広くなるわけだからね」

「え!? それって!? そんなバカな!」

 敏子にとっては本日二度目のびっくりになる。さっきの話はバドミントン部は出てこいという話では無かったというのか?

「今日だって、バスケ部はバドミントン部の割り当てを使ったハズだよ。でも、その様子を見て怒るかもしれない人間がいるってことさ」

「それが・・・、私ってことなのかぁ・・・」

 道理で、先ほどのバスケ部キャプテンの”話は終わった”的な態度に合点がいった。さっきの話は相談というわけではなく、『一応、あの先輩には話を通しておけ』ということだった。



 校庭のベンチに座って呆然としている敏子。夏休みの校内には全く人気は無く、何も考えたくない心境の敏子には良い居場所にはなっている。

「なんだよ、こんな所にいたんかよ」

 隣に一人座って話しかけてくる。見れば、”一応”彼氏の国男。元からイトコで幼馴染の二人は距離が近かったのだが。

「アンタも学校に出てきてたんか?」

「ああ、お前なんかつらそうな顔してんじゃんか。良かったら”彼氏”の俺に話してみ」

 余計なことを・・、とも思ったが、敏子はとにかく話を聞いてほしくて、今回の事情を話す。

「私はバドミントン部を育てたくて、色々背負ってやってきたんだよ。口うるさい先輩と思われてはいても、やった事は成果として残ると思った。でも後輩からすれば、恐ろしいから言う事を聞いていた。私はそれだけの部長だったんだ」

 話すうちにつらくなって、自己全面否定の気分になってくる。

「私の高校3年間って何なんだったのかって、今更になって考えちゃうよ。がんばったつもりでも勉強はイマイチで、部活では全てを失って・・・」

「言うな!」

 弱音を吐いた敏子の肩を、国男は隣から少しだけ強く抱いてきた。

「・・・!!」

 国男からこんな行動をされたのは初めてで、跳ねのけようかと考えても今は気力が無い。むしろ委ねる気持ちになって肩を預ける。

(コイツの肩って、こんな大きかったんか?)

 中学かそこらまで自分の方が身長が高かったのに、今では国男の方が10cmから高い。一時期、異性関係で迷走していたクズの国男。その肩に今は安心感を持ってしまっている。

「たとえ世界中の奴が敏子のことを否定しても、俺は敏子を否定したりしないぜ」

 なんで私が世界中から否定されなきゃいけんのよ、と敏子は腹も立ったが、今は国男の言葉がうれしかった。表情を隠したくて、真正面から顔を国男の胸に預ける。

「・・・!!」

 国男の身体が震えて動揺しているのがわかる。敏子はこの状況に恥じらいを感じて、顔を国男の胸から離したのだが、その時には国男の顔が間近に迫ってた。敏子は初めてのキスを国男に奪われてしまった。



 敏子と国男は周囲に人影が無いのを確かめながら、キスを繰り返した。

 敏子にとっては初めてで慣れない、緊張しながらのキッス。不潔な口づけならないための気づかいが抜けないのだけども、敏子は夢中になって唇を求めた。

「国男・・」

 敏子は特に意味もなく名前を呼ぶのだが、その国男の手が自分の胸元に伸びてきていることに気付いた。

「何を! 考えてるんよ!アンタは!!」

 制服の胸元の布地に国男の手のひらが軽く触れたところで、敏子はその国男の手首をつかんだ。

「あ・・、いやッ、これはその・・。まだ、ダメだったか?」

「まだダメかって何なんよ! 学校の中でしょうがここは!」

 敏子に腕をつかまれた国男は、オドオドとしていた。敏子にしてみれば、初めてのキスに夢中になっていたのにブチ壊しにしてくれた国男への怒りがある。だが、国男は期待に満ちた目をして。

「学校の中、でなかったらいいんか? ・・続き」



 敏子は、国男に「しばらく私に近づくな」と言い渡して別れた。残念そうな口ぶりだった国男だが、ほっこりとした表情をしていた国男が憎らしい。

 敏子は、地元の駅前にある山波駅前公園に来て、そこのベンチに腰を降ろす。

「アイツは! ま~だ、男+女=セックス、みたいな考え方してるんか!」

 敏子はこの場にいない国男にそんな悪態をつきながらも、内心では国男との熱い接吻を悶々と思い出してる。

 国男とつきあっているのはヤツの歪み切った男女観念を正すのが目的、のはずだったのだが。

(これじゃ、ダメだよね・・)

 胸を触られかかった事を思い出してしまう。火照るような高まり。それは喜び? 理性では否定する。しかし、今まで貧相だと思っていた自分の身体に男の手が触れてきた時の、その自分の素直な気持ちは?

 それは、溺れてしまってはダメなモノだというのはわかる。ズルズルと行ってしまって、何も残らないというのはわかってしまう。その典型があの十時愛菜先輩だからだ。

 敏子は自分自身のファーストキスを思い出して、愛菜先輩と国男のキスを想像してみる。

 あの愛菜先輩は、アレで国男以外に欲しいモノが無いくらいに好きになったのか?

 夢中になった愛菜先輩は、時と場所、世間体をはばかることなく好きな男を求めて、そしてその大事なモノを失ってしまった。

 自分は先日に、淫行にふけった愛菜先輩を人前で責め立てたりしたが、「私は真剣に恋をしていた」と反論した愛菜先輩の顔が忘れられない。

「私は・・、バカだ」

 そうつぶやいた敏子の耳に愛菜の声が聞こえた気がした。空耳でしょ、と自分で否定するのだが彼女の気配が強くなる。

「近く、にいるんですか? 愛菜さん」

 なんとなく見渡した敏子の目の前に愛菜がいた。なんのことはない、公園の噴水をはさんでいたから気が付かなかっただけだ。

 愛菜は噴水の向こう側のベンチに中年男と隣り合って座っていた。彼女の「吾郎さん」というはしゃいだ声が届いてくる。

(あの男は、以前にも電車の中で愛菜さんと一緒に・・)

 敬愛した愛菜先輩は、恋を失って中年男との堕落した性愛に溺れるようになってしまった。そう考えた敏子は自責の念に苦しんでうつむいてしまう。

「おまたせ、吾郎さん。アイス買ってきたよ!」

 女の子の声がして、その母親らしき女性が現れて愛菜と中年男に合流した。その4人のやりとりを見るに、吾郎なる男は愛菜の『家族』のようだった。

「やっぱ、バカだな。私って」

 そうつぶやいて、敏子は自らの勘違いを正す。敏子は思わず苦笑いして、鬱々した気分も晴れた。

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