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駄菓子屋でのひと夏の偏愛  作者: テツヤ
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あなたの本音は

 夕菜は愛菜の表情から気持ちを読んだのか、娘に自分と吾郎の関係について問いかけてくる。

「アンタは反対しているわけ? 私と吾郎さんの結婚を」

 愛菜は母から、こう問われて返事につまった。自分は母と吾郎の関係に割り込むべきではない、と一度は考えたのだが、「結婚には反対か?」と問われると困る。

「ええっと・・」

「この家への引っ越しを強く推したアンタは、反対までしないって思ったけど甘かったか」

「いや、それは!」

 愛菜はどう説明していいか悩む。自分が10歳のほんの子供の頃に身体をもてあそんでくれた飯山吾郎のあの一面を母は知らない。愛菜としては、ことさらにそれを暴くことはしないと決めたのだったが。

 言葉に迷っている愛菜に対して、夕菜は説得を始める。今の十時家には経済力が無いことを挙げて、愛菜、純菜の学費、生活費をまかなえる経済力が吾郎にはあるのだと説明する。

「知っての通り、ウチが母子家庭でありながらあなたが大学に進学できることにしても、あの人の支えがあってこそで」

「違う! それは!」

 愛菜は母の言葉を遮る。確かに、吾郎が連帯保証人になった教育ローンの件は最近知ったことだが、自分がアルバイトもせず学習に専念できていたのは母のおかげだった。

「それは、母さんが一人で頑張ってきたからで・・」

「違うよぉ、私は一人でやるんだって意地だけ張って、あの人の援助があってもアンタらには名前は出さなかったんだ」

 愛菜が思い返すと、教育ローンの保証人にせよ、母が『親戚のオジさんがくれた』と言っていたものがいくつかあったように思う。それは、ボールペンや腕時計などの小さな物ではあったがあれは吾郎からの贈り物だったのか?

「アンタがあの人を受けつけないというのなら、父と呼ばなくってもいい。あの人はそんなことで・・」

「違う! そうじゃないよ、私の気持ちが重要なんじゃない」

 愛菜の言葉に夕菜は少し驚いた顔をする。「それ以上に重要なモノが?」という顔でもある。

「私は、母さんの本音が聞きたい」

 キッパリとした表情で愛菜は言った。娘の説得の言葉をつなぐのではなく、自分自身の言葉を聞かせて欲しいということだった。あの飯山吾郎の求婚に対して、あなたはどう答えたいのか? 一度失われたこの家を取り戻したのが吾郎だとかではなくて。

 今度は夕菜の方が言葉に詰まる方だった。しばしの間、言葉を迷って、そして夕菜は自分の本音を語る。

「言ったらなんだけど、いいかげん専業主婦に戻りたい。一人でキバるのも疲れちゃったからさ」

 愛菜は母の手を取って泣いた。今まで苦労をかけてごめんなさい、という気持ちだった。

 愛菜はこの歳になって泣くのもみっともないと恥じたのだが、後から考えると吾郎の前で失恋の涙を見せたのが最近の事だった。案外、私は涙もろいのか?と思った愛菜だった。



「しかし、私が母さんの再婚に賛成するとしても、それよりも問題があるんじゃないの?」

「まあ、そうだけど」

 問題というのは、妹の純菜の事だった。18歳になって家を出ている愛菜よりも、10歳で小学生の純菜。これから思春期を迎えて、多感な時期に入る純菜が母の再婚を受け付けるのだろうか?

「私が同じ立場だったら、と考えると厳しいと思う」

「やっぱ、そう?」

「純菜にとって吾郎さんは知らないオジさん、という程でもない人だけど。いきなり新しいお父さんとして家に来るとなるとね」

「やっぱ、そうなるかな?」

 夕菜と愛菜は話し合う。時間をかけて解決する問題だということになってしまう。

「私としても純菜の気持ちを無視して再婚するというのはダメだと思っている。吾郎さんだってしばらくは、ううん、何年だって待ってくれると思う」

 母の言葉に愛菜もうなずく。

「子のことより自分を優先させたら親失格だもんね。場合によっては純菜が高校を卒業する8年後まで待つわよ。でも、そんときには私は何歳になってるのかしらね」

 「そんときにはいいオバさん」とうっかり言いかけた愛菜だった。いい歳になった母はそういう言葉にはひどく怒るのだった。失言を遮ったのは、休んでいたと思われた純菜だった。

「ちょ~と待った! 8年も待ってられないって!」

「うわっ! 純菜! アンタ寝てたんじゃなかったの?」

 ふすまを開けて、寝間着姿の純菜が飛び出してきたのだ。母と姉の会話を立ち聞きしていたということだが。

「お姉ちゃんは私の気持ちなんてわからないでしょうね。高校卒業まで今の極貧生活は続けられませんよ」

「あのねえ、極貧生活って、この家にお引越ししたからには大分マシになるでしょ」

 反論するのは愛菜だ、母の前でそんな言葉を言うなということだが。

「家は広くはなっても、お風呂は2日に1回。そういう所は今まで通り、違う?」

 純菜の言う通り、そういうことだった。家が大きくなってもそれを支える収入はそのままだった。

「ということで、母さん。さっさと再婚しなさいな。私はお姉ちゃんみたいな苦学生はやりたくないの」

 夕菜と愛菜は顔を見合わせる。反対すると思われた純菜がここまで再婚を押すとは思ってなかった。愛菜としてはうれしい気持ち半分だが、妹の気持ちを確かめたかった。

「あのさ、再婚することの意味わかる? あの吾郎さんが純菜のお父さんになるんだよ」

「私は2歳ン時に死んだ父は記憶に残ってないのよ。そんな私に、父さんと呼べる人がいるとすれば誰だかわかる?」

 愛菜は驚く。それはまさか、あの吾郎なのか?と。

「私が小学生に上がったとき、ウチには学習机もランドセルも買う余裕は無かった」

 愛菜はそうだった、と思い出す。それらは何気に高価で、母の収入では無理だった。

「あの時は、机もランドセルも私のお下がりにしようってことになってたんだけど。結局、純菜は新品を手に入れた。当時、中学生の私はそのことについて不思議とも考えなかったんだけど、まさか・・」

「そう、あの吾郎さんなんだよ」

 愛菜は妹からそれを聞いて、まさかあの吾郎がそこまで、と考えてしまう。

 夕菜が言うには。

「それについては、私も迷ったんだよ。『高価なおねだりはこれっきり』ってことでそれらを受け取った。甲斐性なしの親である私の引け目もあるしね」

「あ~、私は事実を吾郎さんに言ったまでなんだよ。机もランドセルもお姉ちゃんのお下がりなんだってね」

 愛菜は『負けたな・・』と思った。吾郎の十時一家への気持ちがどんなものなのかはわからない。正直、あの男には不信感もある。

 だが、純菜の学習机のことでも黙って見過ごせないのが吾郎なのだ。今日の業者を頼らない引っ越しにしても吾郎はつきあう義理はなかったのだが。

(学習机のことを言ってくれれば、アンタの手を握りつぶすような真似はしなかったのに・・)

 今日、純菜の学習机を運ぶ際に、力試しのつもりで吾郎の手を全力で潰したことについて愛菜は反省するしかない。あの男にとっても思い入れのある机を、二人して必死になって運んだ作業を思い出しつつ愛菜は苦笑いする。

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