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駄菓子屋でのひと夏の偏愛  作者: テツヤ
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我が家への帰還

 時は8月の下旬。生徒たちの夏休みも終わりに近づいている。今月いっぱいで、北皇市にあるアパートに戻る予定の愛菜にとっても、この山波市に滞在するのもあと1週間ほどとなった。

 そして、この日、十時家は現在のアパートから、以前の自宅であった一軒家への引っ越しをする。

 あの日の、吾郎から夕菜への旧宅返還宣言からわずか1週間で、十時一家が引っ越しするという話に動いたのは愛菜の意向が強い。一言で言ってしまえば、『善は急げ』というのか、それとも『相手の気が変わらぬうちに』というのか。

 愛菜にしてみれば、かつての自宅を取り戻すことにためらいを持つ理由は無かった。しかし、母の夕菜は強いためらいを示したのだった。

 夕菜にも色々と理由はあったのだろう。良くも悪くも意固地なところがある母だと、愛菜は思っている。

 だが、今回は愛菜もあきらめず夕菜を説得した。「私と純菜と母さんの3人がそろう8月中にやらずして、引っ越しはいつになるのか?」と。

 大人の都合でそれを引き延ばせば、その「いつ?」はやってこない。「それでは純菜がかわいそうだ」との言葉に夕菜は折れた。



 愛菜が引き合いに出した妹の純菜と言えば、「長く暮らした安アパートも、離れるとなるとさびしい」とのことだった。愛菜はそれを聞いて、今まで暮らしてきたアパートが純菜にとって思い出の場所になるのだと、初めて思い至った。

 とはいえ純菜も、初めての引っ越しと、そこそこ広い一軒家に移れることで興奮はしている。10歳の純菜にとっては、3歳くらいで離れた旧宅の記憶は薄いわけだ。

 一家の引っ越しには、さも当然のように飯山吾郎が手伝いに来た。今回、引っ越し業者を使わない一家にとって、吾郎が借りてきた軽トラックと男手はとてもありがたいものだった。

「じゃあ、吾郎さん。いよいよ純菜の学習机いきますかぁ。そうとう重いからキバっていきましょー!」

 女としては長身な愛菜は今回は完全な”男手”だ。タンスやら、棚やらを吾郎と二人で必死になって運ぶうちに、不思議な爽やかな気分になっていた。

 二人で協力しながら働くうちに、昔のわだかまりが消えていくような気分だった。

 この夏に飯山商店の中で吾郎と再会したときの、あの自分はどんな気持ちだったかと思い出す。愛憎入り混じった感情はあったと思う。だからこそ、つい店の中に入ってしまったわけで。でも、8年ぶりに吾郎の顔を見た時に、まず嫌悪と恐怖があった。性犯罪者飯山吾郎の悪意のてのひらで心臓をつかまれる様な恐怖感。

 愛菜は目の前の吾郎の顔をじっと見つめる。その視線に気付いた吾郎は、戸惑ったような笑顔を見せて。

「え、何?愛菜ちゃん。俺の顔を見つめちゃってさ」

「吾郎さん、私の手握って」

 愛菜は握手を求めるように吾郎に手を差し出す。

「え、何なの?」

「いいから、握って」

 吾郎は愛菜の意図が読めない感じだが、うれしそうな笑顔で愛菜の手を握る。愛菜の方はニーッと勝ち誇った様な笑顔。

「思いっきり強く握ってよ吾郎さん。え?、じゃなくて全力で握りなさい」

 吾郎は愛菜の手に対して最初は遠慮気味だったが、促されて全力で握る。しかしその吾郎の握力に、愛菜は痛がる風でもない。

「それが全力?」

 今度は逆に愛菜が吾郎の手を握り締めた。

「イダダダダダダ!! ちょっと!離して、離して!」

 吾郎は愛菜の握力に負けて、手を潰されて痛がっている。愛菜は面白そうに笑ってはいても、すぐに吾郎の手を離す。

「やっぱ、私の方が力が強いじゃんか。吾郎さん、それでもオトコ? ウフフフ! ああ、学習机は階段を上げなきゃだし、そんとき私が下側を持つってことね」

 愛菜の思った通り、18歳になった今では自分の腕力は吾郎にまさっているのだった。愛菜は吾郎につまらない恐怖心を持っていたことがバカバカしく思えてきた。自分はこの吾郎にわざと隙を見せたりして、誘うような真似までしていたのだ。自分でも何を考えていたのかわからない。



 その日の夕食は新居(?)での台所で作られたソバを、吾郎も交えて4人で取る。引っ越しにはやっぱり引っ越しソバでしょ!、ということなのだが、それが正しいかは大きな問題ではない。

 やはり一日では電器や家具が不十分なのだったが、それは後日ということで暗くなる前に吾郎は自宅に戻った。冗談か本気なのか夕菜は「泊まっていけば?」と言っていたのだが、吾郎はそれは笑って辞退した。

 愛菜は純菜が休んだ頃合いを見て、夕菜と相談の時間を取る。

「吾郎さんは本当に、この家を渡すと言ってるの?」

 愛菜にはその辺りが懸念材料ではあった。なにしろ、相手はあの吾郎なわけで、家の鍵を渡されたというだけでは問題があるような気がしたのだ。自分が引っ越しを急いだのも既成事実を作りたいというのもあった。

「あー、それなんだけど、所有権はやはり吾郎さんのままにしとかないとダメなんだよ。私には経済力ってもんがないしね」

「まあ、そうなるのか・・」

 学生の愛菜から考えても、高額な資産である住宅を名実ともに所有するには金がかかるのは想像がついた。

「でも、名義が吾郎さんでも問題ないんじゃない? いずれは吾郎さんもここで暮らすことになるんだしさ」

 愛菜は、その夕菜の発言に驚いた。母の発言は明らかに吾郎との同居を示しているわけで。

「え!? ちょっと待った! その話はまだ生きてるわけ!?」

「はあ? 私は言ったでしょうが。私がこの家に住む時が来るとすれば、それは吾郎さんの求婚を受け入れた時だって」

「・・・・・」

 愛菜は唖然とするしかない。母は良くも悪くも意固地なのだった。

 母は、吾郎から家の鍵を渡されても意地でも拒んできた。

 そして今度は、母は吾郎との結婚を受け入れることを条件に、この家を受け取ると決めたということなのだ。

「あの人は言ったのよ、この家で一緒に暮らしたいってさ」

 ウフフ、と笑う母はとても幸せそうだった。愛菜は父が死んで以来、母がこのように幸せな顔をするのを初めて見た。

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