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駄菓子屋でのひと夏の偏愛  作者: テツヤ
28/33

母と吾郎の関係

「この暑いのに日中まで草取り続けたんだねえ」

 そう言いながら、夕菜は旧十時家の鍵を開ける。

「まさか、夕菜さんまでここに来るとはね」

 うれしそうに笑う吾郎。夕菜と吾郎は、当たり前のように家の中に入っていく。

 愛菜はそんな母と吾郎の姿を見て、愕然とするものがあった。

 ひとつは、かつての我が家をタネに求婚を迫った吾郎と、それに対して腹を立てた母との仲睦まじい姿を見たこと。そしてもうひとつが、母がこの家の合鍵を持っていたことだ。

「なんじゃそれ! なんで!? なんで母さんがこの家の鍵を持ってるの!?」

 もう7年くらいも昔になるのか。母は父のあとを継いだ会社と共に自らも破産して、この我が家を手放すことになった。母は「悲しむことはない」と自分に諭してくれたことを覚えている。だが、家を失ったことを母が一番悲しんでいたということは、子供の自分でもわかっていた。

「どういうことなの!」

 母を追いかけるように愛菜は家の中に入る。そんな愛菜の目に、7年ぶりに見るかつての我が家の風景が飛び込んできた。

 玄関に、居間に、台所に、廊下に、2階に通じる階段に。階段を上った先には自分の私室がある。

 物心つく前から小学6年生まで過ごしてきた時間が蘇ってくる。その時間は大学生の愛菜にとって、楽しくて懐かしいものであり、思い出すだに恥ずかしいものもあった。

 呆然としている愛菜のところに夕菜がほうきを手にやってくる。

「愛菜、ボーとしてないでアンタも掃除始めなさいな。ほうきなら何本も置いてあるからさ」

 夕菜と吾郎は家の中の掃除を始めている。そんな夕菜は愛菜に掃除を命じようとしたのだが。

「あらあら、アンタ泣いちゃってるん? 感動でもしてるの?」

 愛菜の目から涙がこぼれていることに夕菜は気付いた。そして、愛菜にとっての、この家との隔たりの時間を知る。

「いや、アンタはいいよ。家の中でも見てきなさいな」

「え・・・? いや、私もやる。家の中きれいにしたい・・」

 なにやら虚ろな返事を返した愛菜だった。



 吾郎が先に言っていた通り、家の中はサウナの様な暑さである。窓という窓は全開にしても、涼しさを得るような機器は扇風機もエアコンも無い。

 家財道具一切が取り払われた家の中は妙に殺風景だったのだが、愛菜は暑さに苦しみながらも各部屋を掃除して回った。かつての私室にはベッドもタンスも残っていない。それでも想いはそこに残っている。

「さすがに、この時期にこの家に入ったことはなかったから、こりゃ熱地獄よ!」

 そんなことをボヤいている夕菜。愛菜はその発言を聞くに、母は何度もここに来ているのだと知る。

 作業を一段落させて、外の日陰で休憩を入れる3人。愛菜は、その場で感じていた疑問を母にぶつける。

「なんで、家の鍵を母さんが持ってるの?」

「ん、それは吾郎さんが渡してくれたのよ」

 夕菜はそう答えて、吾郎もきまずそうにうなずいている。愛菜はそこ答えを聞いて『そういうことじゃない』と思った。

 そのくらいは馬鹿でもなければわかるのだ。鍵を盗んだ、とかアホな事でもない。家の所有者の吾郎の前で母が家の鍵を開けたのだから。

「そうではなくて、なぜ吾郎さんが母さんに渡してくれたのかってことで。それにさ」

 「それにさ」、の次に言いたいのは、かつての自宅は母にとって取り戻したいものでもあるはずで、その家の合鍵を母が持っていたという違和感。

 吾郎が代わるように答える

「俺はこの家の手入れを自分以外の誰かがやっていることに気付いた。直接見ることはなくてもそれが誰かはわかったよ。そうして、何年か前に夕菜さんにこの家の鍵を送ったのさ」

「まあ、そういうことなのよ。吾郎さんは、私が家の中の掃除をしたいことを察してくれたんだよ」

 愛菜は母が鍵を手に入れた経緯はわかったのだが、まだウヤムヤにされてる気がする。

「何年か前って! 母さんは何年か前に鍵を貰っていたんなら私に教えてくれても良かったじゃないか! そしたら!」

「あー・・・、そうだねえ。アンタには教えてあげれば良かったのかもねえ。でもアンタにまで掃除を手伝わせるのもどうかと思ってねえ。なにしろ、コレは私のこだわりでしかないしね」

 悔いているような表情の夕菜に、「違う!」と思った愛菜。

「そうじゃないよ! ここに引っ越しすれば良かったじゃないか!ってことで!」

 夕菜は、「何を言ってるのか?」という顔で反論する。

「何を言ってるのよ。この家は今は吾郎さんの家なんだよ。吾郎さんがお金を出してこの家を手に入れた理由は説明したよね」

 それは聞いた。母の夫である十時茂が事故で亡くなったのをいいことに、この家を手に入れて母に結婚を迫ったのだ。

「もしも、だけど私がこの家に住む時が来るとすれば」

 夕菜は吾郎の顔をチラリと見て。

「私が吾郎さんの求婚を受け入れた時になるね。それとも、あの時の気持ちなんてとっくに変わっちゃったかなあ?吾郎さん?」

 吾郎は夕菜からの本気とも冗談ともつかない問いに、びっくりした様子で。

「そ、そんなことあるもんか! 俺の気持ちはあの時と全く変わってないから!」

 夕菜はそんな吾郎の顔を見て幸せそうに笑っている。

 この時、愛菜の心には静かな怒りの炎が燃え上がる。吾郎に対してだ。かつて、吾郎は自分に対して夢中になっていた。この夏に再会した吾郎は、昔よりも大人になっていて、それでも昔と同じように自分のことを好きでいてくれる。愛菜は、そう思い込んでいたのかもしれない。

 でも、今までの吾郎の態度から、気持ちが自分に向いていないのはわかった。今の吾郎は母に愛情を注いでいる。昔、子供の自分に注いでいた汚れた愛情をだ。

 愛菜は一度は引っ込めた、過去の吾郎との性的関係の暴露を考える。そうすれば、吾郎と母の関係は簡単に破壊できるのだ。



「でも、今更だけど。母さんはこの家の手入れなんてよく続けたよねえ?」

 愛菜は床を掃きながら夕菜に問う。この問いには皮肉もこめられてはいる。これは吾郎の家でしかないのに。それとも吾郎と結婚したいのか?、という皮肉なのだが。

 夕菜はそんな皮肉に気付くはずもなく、笑って吾郎の方に視線を向けて言う。

「それは、私よりも長く手入れをしてる人に言いなさい。私はあの人が欠かさずこの家をきれいにしてくれている事を知って。それでも迷ったあげくに習ったというだけ」

 愛菜はそこで、吾郎が旧十時家の手入れをするために長くここへ通っていたことを知った。

 母は水曜日の今日にここへ清掃に来るように自分に命じた。飯山商店が休日になる水曜日に、吾郎がここに通っていることを母が知り、吾郎と自分がこの家で会うように仕向けたということだったのか?

「あー、そういえば。吾郎さんが作業服姿でここに来た理由ってそれだったのね。まあ・・・、アンタの家だもんね」

 吾郎のことを”アンタ”と呼んだことについて、夕菜はすかさず叱る。

「コラッ! ”アンタ”は無いでしょうが! 色々とお世話になったオジさんに対して!」

「う、ゴメンナサイ・・」

 愛菜は謝った。母が恐ろしいというだけでなく、色々とお世話になった相手ということではそうなのだった。

「まあ、いいよ俺と愛菜ちゃんの仲だ」

「よくないですよ! この子ってばあなたに『母に二度と近づくな』って言ったんでしょう! この子はまだ子供みたいなとこがあって! そういえば、アンタその事についてちゃんと謝ったのかい?」

「いえ・・、まだです」

 「まあまあ」と苦笑いしてとりなす吾郎。そんな吾郎は言う。

「愛菜ちゃんはさっき『ここに引っ越しすれば良かった』って言ったけど」

「そうでしょう。吾郎さんが母さんに合鍵を渡してしまえば、自由に入ってもいい、住んでもいいってことじゃないさ」

 愛菜の反論に夕菜は「まだそんなこと言って」と注意するのだが、吾郎は。

「そうじゃないんだな。その鍵は合鍵じゃないんだ。複製した合鍵なんて見ればなんとなくわかるだろう?」

 それを聞いた夕菜は驚いてポケットから自分が持っている鍵を取り出して見つめる。改めて見て気付いたのだが、使い古された鍵は見覚えがある。それはかつて十時家が持っていた家のマスターキーなのだ。

「これは、合鍵じゃなくて元の鍵だったんだ」

「おや、夕菜さんなら気付いていると思ったんだが。俺は夕菜さんがここに来ていると知って改心した。この家は夕菜さんにお返しするという意味で鍵を送ったんだよ」

 夕菜は鍵を握り締めて目を閉じた。そんな夕菜の姿は涙をこらえているように見える。

 愛菜はそんな母に「おめでとう!」と声をかけようとしたが、そんな言葉はヤボだと考えて止める。



 愛菜は母と吾郎の気持ちが向き合っていることを知り、その間に自分が割り込むべきでないことを認める。

 そして、愛菜は吾郎への愚かな偏愛をやめることを決めた。母のためでもあり、自分のためでもある。

 子供の自分と吾郎の忌まわしい記憶が蘇ってきて、これからも繰り返し苦しむことになるかもしれない。それでも、それに自分で向き合うしかないと考えたのだ。これからまともな恋ができるのか、ということは自分しだいということだ。

 それでも、と付け加える。

 過去の吾郎との性的関係の暴露、については消滅ではなく封印。あの飯山吾郎の愛情に汚れた裏があり母を苦しませることになるならば、それを行使する。

 自分がそれをする日が来ないことを愛菜は願った。

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