初めての謝罪
十時愛菜にとって因縁の相手である飯山吾郎。愛菜は、その吾郎とかつての自宅の庭で出会ってしまう。
(コイツ、なんでこんな所にいる!?)
愛菜はそう考えた。相手の吾郎もそう考えたのだろう、少し不思議そうな顔をしていた。が、いつも愛菜に見せる笑顔になると話しかけてくる。
「ああ、夕菜さんに頼まれたのかい? ここの手入れを」
愛菜はコクコクとうなずく。愛菜は親戚の目上でもある吾郎に挨拶を忘れていた。吾郎がここに来ていることへの疑問もあるのだが、吾郎の姿が自分と同じ農作業スタイルだったから。ジャージの上下に日よけの帽子、首にタオルを巻いて、手には草削り。
「・・・なんで吾郎さんがここに!?」
「ああ、店は水曜休みだし、たまにここへ来るんだよ。ホラ、この時期すぐに雑草が伸びるだろ」
愛菜が疑問をぶつけると、吾郎はそう答える。だが、そういうことが聞きたいんじゃない!、と思った。
「そうじゃなくて! なんだアンタみたいな人がこの家に来てるんだよってことで!」
「・・・あー、愛菜ちゃん俺に腹を立ててるんだっけな。『母に二度と近づくな』って」
「確かに腹は立ててる。いや、アンタが私にしたことはいい。・・あー、いや良くないか!アンタ、私にブルマを着せて喜んだりとかしただろう?」
吾郎は「ハア!?」といった感じの顔になって、ポツリと反論する。
「いや、ブルマを着たいって言ったの愛菜ちゃんだよ!? だから、俺はわざわざあんな手に入りにくい物を買ってあげたんだが」
「違う!」
頭に血が昇った愛菜は大きな声を出してしまう。
「アンタのそんな所のせいで、私がどんなに苦しんだのか知ってるか? 8年たった今でも思い出すたびに叫びそうになるんだよ!」
「愛菜ちゃん・・」
「私には・・。もう、まともな恋なんてできないのかなあ?」
怒りと悲しみで震える愛菜を、そっと優しく抱きしめる吾郎の腕。愛菜はその無責任な抱擁に腹が立ったが、はね除けることもなかった。
「・・すまなかった」
「それは何に対してなのか?」
愛菜は、吾郎が買ってくれた機嫌取りのためのジュースを飲みつつ問う。
「まあ、色々となんだけど。愛菜ちゃん、少し前くらいに俺に迫ってきたことあったじゃんか」
「あー! アレを迫ってきた、とか言うか!? まあ、そう言われてしまうか。深夜に泥酔して店に上がり込んだりとかしたっけ」
「ああ、俺はソレらのことを、愛菜ちゃんの”ビョーキ”が復活したくらいに思ってたんだ」
ガシャン!!
愛菜が、持っていた中身入りジュース缶を投げつけた音だ。この”ビョーキ”発言にはさすがに愛菜も怒って、吾郎を見る目には怒気がこもっている。
「ゴメン、ゴメン。でも、愛菜ちゃん苦しんでたんだな。言ってくれればどんな償いでもしたのに」
愛菜は不信と疑問の視線を向ける。愛菜からすれば、この吾郎のクズから『償い』などという言葉を聞くとは思わなかったし、自分がなぜ吾郎から償いを取ろうなどと考えなかったのかが不思議でもあった。
「ふうん、じゃあ私が言えば、あなたは母から手を引いてくれるんですか」
愛菜が、その一件を言えば、吾郎は明確な拒絶の表情をした。『結局、この男の言うこと、やること、裏がある』と思うしかない。
「いやあ、そもそも俺は夕菜さんにまでちょっかいは出してないだろう? なんで・・」
「あなた、我が家を質にして母さんに結婚を迫ったんだって?」
「う! 愛菜ちゃん、それを聞いた!? と、いうか、夕菜さんそんな言い方しちゃったの?」
吾郎は戸惑いの態度をあらわにしている。
「質問しているのは私の方だ」
「違う! 俺はこの家を取り戻せば夕菜さんが喜んでくれると思ったんだ! 求婚したのはあくまで”ついで”で」
「あなたは”ついで”で求婚するんですか? 母さんがどんなにこの家を大事にしていたかなんてあなたは知らないでしょうね?」
吾郎は反論できず、うなだれる。
「私は、この件であなたを許すことなんてできません。もう、十時の家にからんでくるのはやめてくれませんか」
愛菜と吾郎は無言で旧十時家の除草、清掃作業を続けた。かつての我が家に思い入れがある愛菜の希望で旧十時家の清掃は隅々まで行われることになり、作業時間は日中に及ぶ。
黙ってその作業につきあってくれる吾郎に対し、嫌悪と疑念が消えない愛菜。そんな愛菜は「なぜ吾郎がここに来たのか?」の質問が中断したことは忘れている。
(どうせなら、家の中までキレイにしたい)
そう考えた愛菜。物心つく前から小五まで住んでいたこの家の中に入りたい。思い出の中に戻りたい。
だが、この家に施錠がされているのは確認ずみだ。この家に入りたくとも、当然愛菜はそれを持ってはいない。この家の鍵を持っている人物と言えば・・。
(そういや、コイツか!)
現所有者の吾郎しかいない。なぜか、気付くのが遅れてしまった。
「吾郎さん、鍵あけろ。・・いや、開けてください」
決裂関係でもあり、気まずい(?)気持ちがあったが、愛菜は吾郎に家の鍵を開けてくれるようお願い(?)をする。
「あー、そうだねえ、愛菜ちゃん。この家に入りたいってのは当然あるよねえ」
なにやらうれしそうに笑う吾郎だが、『いいから、早よせえ』という愛菜の視線で見られて。
「ごめん、今は持ってきてないわ。俺の家に置いてきてあるんだが」
「・・だったら!」
「取ってこい、って? でも今の暑さだと、中入ってもサウナだぜ。一応、電気は通ってるんだけどエアコンは取り外したままだし」
愛菜はイライラしてきて、地団駄を踏む。愛菜は自分の気持ちがわかってもらえないのか、と怒った。その時だった。
「鍵なら私が持ってる」
愛菜が見ると、門のところに作業服姿の母がいた。
「仕事、早退してきちゃった! たまにはいいよねえ」
愛菜には母までここに来たことへの驚きもあったが、母がこの家の鍵を持っていると言ったことへの驚きがある。




