ただいま、我が家
8月の中旬、本日の天気は晴れ。一年で一番暑い時期だ。時刻は午前8時過ぎでまだ涼しい方だが、本日も日中は猛暑となるだろう。
そんな中、愛菜はジャージの上下を着こんで山波市の道を歩いている。頭には麦わら帽子。手には除草道具、水、防虫スプレー、などが入った袋。準備していた手ぬぐいは、首筋が焼けるの防ぐために首に巻いてある。
少々、この姿は百姓くさい。まだまだお年頃の娘である愛菜は、自分の恰好を極度に気にしている。
「この恰好~!、誰かに見られたくねえ~。特に、同じ山波高の奴には見られたくない・・」
すると、クラクションが鳴る音が聞こえる。そして非常に聞きなれた声がする。
「あっれ~、愛菜じゃんか! 何やってんのぉ?」
こういうことがつい最近もあった気がする。確か、あの時は卒業生ながらも山波高の制服を着て歩いていたときだった。
見れば、商用のワゴン車から顔をのぞかせているのは、やはり桐子だった。桐子は愛菜の姿をジロジロと眺めている。愛菜からすればまたしても珍妙な姿を、一番見られたくない相手に見られたわけで。
「愛菜よ、それって、山波高のジャージじゃんか。そういや、前にもこんな高校生的な格好してたよね。まさか、今度は体操服でナンチャッテ女子高生するんか!」
「違うって!」
愛菜は以前の失態を思い出して、赤面して怒る。あのときは、この桐子に引きずられてニセ女子高生の姿で夜の隣町を徘徊したあと、初めての酒で泥酔したあげく気が付いたらなぜか飯山商店の座敷で寝込んでいた。
「いやいや、体操服でナンチャッテ女子高生やるんならブルマ着用せんとよ! ブルマ! ギャハハハ!!」
「だから、違うっちゅうに!」
「いやいや、冗談冗談。さすがに麦わら帽子でナンチャッテ女子高生は無いわな」
ニヤニヤしながら桐子は愛菜の頭を指さす。
まったく!、と愛菜は憤りながらも、この姿は除草作業のためだと説明した。
「そうなんか大変だな。私は今、仕事中だから今回はつきあえんわ。また今度、ニセ女子高生やるときには声かけてや」
桐子は商用車を駆って走り去った。
愛菜は、本当に自分の説明は通じたのだろうか? と、疑問に思いつつも、「大変だな」と声をかけてくれた桐子にうれしく思った。夏休みも何もなく、平日は働いている社会人の桐子の方がよほど大変なはずなのに。
「何が、ブルマ着用せんとよ~、だよ。今時、ブルマ着けてる女の子いるかよ・・」
母の世代までは、女子の体操服はブルマが定番だったが、現代では男子も女子もハーフパンツが定番だ。ブルマを着用している女の子がいるとしたら、それは男共を喜ばせるためにそうしているモデルの子だろう。
「あー、そういや吾郎さんのエロ本にそんな子の写真のってた~。私には、とてもそぉんな恰好はちょっと・・」
少し前に自宅で見つけた、違法くさい少女ヌードのエロ本のことを思い返す。なんで、自分がソレと同じ格好をするという方向で考えているのだろう、と苦笑いして思考を打ち切ろうとした時に。
「・・・・!!!」
私は、その少女たちと同じ格好をさせられていた! と、愛菜はそれを思い出したのだった。
エロ本や男向けの漫画にしか登場しない、そんなブルマを着けた体操服少女の姿になってポーズをつける子供の自分。そんな自分を笑いながらながめているのは、あの飯山吾郎。吾郎はうれしそうにポーズの指定をする。そして恥ずかしがりながらも、それに従う自分。吾郎は幸せそうにデジカメで10歳の愛菜の艶姿を撮影している。
(待って・・、この先まで思い出したく・・ない)
うっとりしてきた自分は自分から大胆なポーズを取る。四つん這いになってみたり、畳の上に寝そべったり、当時の自分が思いつく中での一番淫らな姿をカメラにさらす。
(ただの醜態じゃないか!それって! やめるんだよ、私!?)
そんな愛菜に「キレイ」、「カワイイ」と言葉を並べていた吾郎は、調子に乗ったのか、愛菜の身体に手を伸ばしてきて・・・。
ガシャン!!
愛菜は手に持っていた除草道具の入っている袋を地面に投げつけていた。荒い呼吸をしていて、自分でも動揺の極みにあるのがわかる。
この夏に帰省してからたびたびに自分を襲ってくるこの発作的な現象。きっかけは、あの吾郎との再会。
「ちっ・・くしょう!」
ドクンドクンと、胸の動悸が激しい。当時の自分と、今もあの飯山商店にいる吾郎への強い嫌悪。そしてそれと共にある、かつて少女の頃に与えられた快楽を再び望んでしまう愚かな気持ち。
『リセット』などと称して、自分から吾郎にすり寄ってしまった愚かな自分。愛菜はこの苦しみから、どう逃れたらいいのかわからなくなってきた。
「ここにこうして帰ってくるのって、7年ぶりなんだね」
山波市の郊外にある住宅地の一画にある一軒家を訪れている。その家はハタから見て空き家だとすぐにわかる。だが、そういう家にある『入居者募集中』の看板はこの家には無かった。
「ただいま、・・・我が家」
この家は、かつて十時家が暮らしていた家。母の破産から間もなく債務返済のために競売にかけられ、一家はこの家を出ていくしかなかった。
それから十時一家は同じ町内にあるアパート暮らしで、この家に戻ることもなかった。愛菜は懐古のために何度かここへ来ていたのだが、改めて門をくぐるとこの家が記憶よりも小さく感じてしまう。
「私の背が伸びたってことだよね」
住んでいた当時を思い出しながら家の戸を触る愛菜。ドアノブを回してみても鍵がかかっており開かない。それはわかりきっていることなのに試した自分と、それで侘しさを感じた愚かな自分。
愛菜は家の周りを一回回って、地面の草の状態を確認する。思ったほどには雑草は生えていない。
愛菜は今日、母に命じられてかつての我が家の除草をしにここに来たわけだ。こんなことを命じられるのは初めてなので奇妙にも感じたのだが、かつての我が家の手入れということでいやでもなかった。
だが、8月のさ中、徐々に気温が上がってくる中、ジャージ姿での肉体作業はつらいと言えばつらい。除草作業を進めて、愛菜はこの家が定期的に手入れされていることに気が付いた。地面の草はこの夏の時期にはすぐに伸びるものだが、この家の草は生えかけのものばかり。窓ガラスも汚れてはいない。
「あー、私にこんなこと命じるくらいだから、母さんがやってたのかなあ」
愛菜はそんなことをつぶやきながら作業をしていると、誰かが門から入ってきた気配がする。
その音が近づいてくることへの不安から、「誰ですか!」と声を上げる愛菜。その相手も驚いた様子だった。
「誰!? その声は、まさか愛菜ちゃんか?」
男の声がして、姿を見せたのは、あの飯山吾郎。今では、もう二度と会いたくないと思ってるそんな男。そんな吾郎の顔を見て、愛菜は安心した顔を見せてしまう。




