敵対宣言への回答
飯山商店では飯山吾郎が完全に余裕を失ってうろたえている。
原因は先ほどに告げられた、愛菜からの決裂的な宣言。その内容は『今後、母の夕菜に無用に近づかないこと』、それが守られない場合は『かつてのお互いにあった性的な関係を母に暴露する』というものだった。
「なんかマズいんじゃないか? それだけはマズいんだよなあ・・」
18歳になった愛菜に吾郎が見せてきた、余裕ぶった大人の態度は偽りだ。過去の自分は忘れてくれ、今の自分は違うんだよ、という成長した大人の仮面を愛菜に見せていた。
しかし、愛菜はかつての二人にあったいかがわしい関係を忘れてはいなかった。それどころか愛菜は、遊び半分にその関係を復活させようとしてきた。
「う~ん・・、その事自体はうれしかった・・、とでもいうのか」
8年が経って、吾郎はかつての自分の愚行を悔いるしかない。今の吾郎は、愛菜の母である十時夕菜との関係を考えていた。
8年前の愛菜との過ちな関係よりも以前、吾郎と夕菜の関係は二人が学生の頃にまで遡る。
当時小学生6年生の夕菜は、家が近くひとつ学年が下な吾郎とは幼馴染とでもいう関係であった。山波商店街にある駄菓子屋の飯山商店によく上がり込んでは、飯山家のひとり息子である吾郎とよく遊んでいた。
『吾郎、アンタ私のこと好きなんだって? 学校でからかわれちゃうんだから、そういう話をするのやめてよね』
吾郎には子供だった頃の夕菜の顔を今でも思い出せる。ひとつ歳上でお姉さんのような憧れの女の子。思春期の始まりの頃の吾郎にとっては、初恋の相手だったのか。
その後、夕菜は高校生になって吾郎のイトコである十時茂とつきあいはじめ、吾郎と疎遠になる。夕菜と茂の結婚後は親戚としてのつきあいもあったのではあるが。
夕菜と娘の愛菜は顔は似ていなかったが、飯山商店に上がり込んできた10歳の頃の愛菜と、かつての夕菜の姿がかぶって見えたりもしたものだった。
「しかし、なんで愛菜ちゃんは急に怒ってしまったのだろうか??」
今日になっての突然の絶縁宣言。いや、愛菜と吾郎の個人的な絶縁宣言をされただけなら、それはどうとでもするという自信はある。文字通り親子ほどの歳の差があって、吾郎には子供をあやすようなものだ。
今回は、十時家の親子に近づくなという愛菜の通告。小学生の時分の淫らな関係を交渉カードに使うというのは、決定的な愛菜の怒りを表している。その交渉材料は愛菜自身にも恥なのだからありえない。だが、あえてそれを持ち出したということは、そこまでしても母を守るという意思表示でもある。
「母を守りたい・・ってとこか。彼女にとってこれは義憤なんだ。俺ってそこまで悪者かね?」
吾郎は考えこむと頭をかかえてしまう。彼女にとっても、夕菜さんが事実を知っても、俺はただの悪者か、ということになる。20代の頃の若気の至りとはいえ後悔しかない。
「あ~~~、クソッ! もう、俺ひとりで判断できん! 相談するしかないか」
愛菜は図書館で大学の課題を片付けていた。
しかし、懸念があってそれに手がつかない。懸念とは自分でも認めたくなかったのが、最後に見た吾郎の姿だった。
今まで取って付けたような大人の余裕を自分に見せてきた吾郎が、絶望の顔を見せてうなだれた。小学生の頃の分別のつかない自分を色々と弄んだ吾郎。その吾郎は裏側で母に関係を迫っていたのだった。それも、金銭的な強みを恥じることなく使って、だ。
してやったり、と思うべきなのだろうが、なぜか愛菜の心には強い罪悪感が残っている。何もここまでしなくともよかったのか?、となぜか考える。
だが、自分が手をこまねいていては、母が吾郎の汚れた手によって汚されるだろうが、とも思う。
でも、ここはしっかりと母に相談すべきなのでは?、とも思いあぐねる。だが、今回の事は母に無断でするしかなかったのだった。吾郎との秘めた関係は母が相手であれ、相手だからこそ表にしたくない。
考え着いた結論は、吾郎などという男とは二度と会うことはないのだから、もう良い。ということだった。親戚としてたまには会うだろうけど、あの吾郎もこれからウチにちょっかいは出してこないだろう。汚れた男との汚れた関係は深い水底に沈めるかのごとく消えていく。最初から無かったものとして。
愛菜は自分の長い逡巡が無駄だったと、帰宅早々に知ることになる。
「愛菜、アナタ、吾郎さんに『母に二度と近づくな』って言ったんだって?」
帰宅した愛菜に、母は苦笑いしながらこう言ったのだ。
愛菜は『あの男、そうくるか』と思うしかない。確かに吾郎にそう言った。だが、例の交渉材料が付いてない言葉では、愛菜がただの駄々っ子になる。例の交渉材料は簡単に出せないだろうと吾郎はふんだわけだ。
なんにせよ、先の愛菜による敵対宣言が、拒絶宣言で返されたということか。




