親戚同士
北皇市から山波市まで帰る電車の中。十時愛菜は、一緒にいる飯山吾郎のことについて疑惑のようなものを感じ始めている。愛菜は、往路では歳の離れた男性との初デート気分だった。しかし、北皇市での吾郎による過分な提案は喜びよりも疑念の方が強い。
(マンションの一室を無償貸与ね・・)
実際、前の居住者の自殺があったという事故物件とはいえだ。何も、吾郎が私にそこまでする理由があるのか、ということなのだが。
愛菜は自分と吾郎の関係について思い返す。
10歳の小学生の頃に、なじみの駄菓子屋、飯山商店に現れた新店主の吾郎。当時、まだ20代だった吾郎のことを、愛菜は”兄ちゃん”と呼び親しんだ。
吾郎はなじみの客でしかない愛菜のことを特に可愛がってくれて、店の奥の座敷まで招いてくれて遊び場を提供してくれた。当時、子供でしかなかった愛菜は、飯山家のお風呂場や吾郎の私室まで侵入していた。
(何、考えてたんだよ。私はよ)
ここまで思い出して、愛菜は身体がゾワリとしてきた。ここから先は少々思い出したくない領域になっているからだ。
吾郎は愛菜に少しずつ淫らな遊びに興味を持つように仕向けていく。吾郎は自らの邪な心を気付かれぬように、愛菜が自分から進んでそれらに触れるようにしたのだ。 成人した大人向けに作られたその享楽に、幼い愛菜は強く惹かれていく。
吾郎が愛菜に触れさせたその享楽には、年端のいかない少女が嫌悪する部類のものはのけられていたのだろう。愛菜は、大人向けの享楽に登場する少女たちと同じ体験をしてみたいと望むようになってしまう。そして愛菜は、その秘密を共有できる相手として吾郎を選んだ。
(あー、だめだ! こっから先は後悔しか無い!)
愛菜は頭を抱えて、無理やりに思考停止する。これは愛菜の発作みたいなものだった。高校生くらいになるとそれがおさまっていたのに、吾郎とまた会ったりしてそれを再発させるという愚行。
「大丈夫!? 愛菜ちゃん」
「ああっ・・!?」
向かい側に座る吾郎から優しい声をかけられる。愛菜は思わず怒気のこもった声を出す。苦しみの元凶から、大丈夫?とか言われたくない。
「大丈夫じゃないよ! ・・いや、大丈夫なんだよ。ただ、疲れただけ」
「そう、疲れちゃったんだ。無理させたかな」
吾郎は優しい笑顔。愛菜は怒った自分が悪い気がして気まずくなる。
そう、吾郎は昔から私にはとても優しいんだ。私が怒られても仕方ないことをしても、いつも優しかった。そして、アレの時もとっても優しくて・・。
愛菜がそこまで考えてしまうと、もう一度、例の発作が起きた。
山波市に着いて、愛菜と吾郎は駅で別れることになった。そのときに、愛菜はひとつの疑問を吾郎に聞いた。あのマンションの中での会話のことだ。
「なぜ・・!? あの管理人さんは私のことを『お嬢さん』とか『身内の方』と言ってたわけ? あなた、私のことをあの人にどう伝えたのさ」
愛菜にそう問われた吾郎は、不思議そうな顔をする。『なぜそんな事を聞くのか?』という顔だった。
「ああ、あの人には親戚の娘さん・・だと伝えてるんだが。少し違うといえば違うんだけど」
「ハア!? 少しどころか全く違うでしょうが!」
愛菜は吾郎の言葉に怒って大きな声を出してしまう。あの管理人さんに話を通すためとはいえ、吾郎から勝手に親戚あつかいされたわけで、愛菜はあきれ果ててしまったのだ。
「私はあなたという人間がわからなくなってしまった!」
愛菜は背を向けて足早に立ち去る。もう、吾郎の顔は見たくないという気分だった。あの男と、ひと夏だけの援助交際のような関係を持とうとしたことを愚かしいと思った。
「お母さんと吾郎・・さんは、いったいどういう関係なの!?」
愛菜は帰宅してすぐに母の夕菜にそれを問うた。それは母には、今まで聞かなかったことだ、というか愛菜自身、吾郎の存在自体を母に隠すつもりだったのだが。
だが、今となってはそれを聞かないわけにはいかない。自分の教育ローンの連帯保証人及び、大学の通学に借りたアパートの連帯保証人が飯山吾郎の名になっている件。その件は母が明らかに吾郎に頭を下げたとしか考えられない。そして、今回のマンションの部屋の無償貸与の件については、吾郎から愛菜への個人的好意では説明がつかないと考えた。
愛菜はどういう経緯でそうなっているのか母に説明を求めた。
「ええと・・、あの人はお父さんが死んだあと私たちに色々としてくれた。前にも説明したと思うんだけど、このアパートだって吾郎さんが紹介してくれたんだよ」
「う・・、でもそれは賃貸住宅が本業のあの人の商売なんじゃ。だいたいさ、今回のマンションにしたって事故物件というか」
「違う!」
夕菜は娘の言葉を遮った。
「あの人はとっても優しい人。そして、私はあの人に大きな”借り”があるんだよ」
「借り・・!?」
愛菜にとって、母と吾郎は赤の他人のはずだった。愛菜は、裕福ではない母がネクタイを吾郎に贈っていたことを思い出した。
「そもそも、アンタが私と吾郎さんの関係を問うのはナンセンスなんじゃないの?」
「え!? どうして?」
「だって、アンタと吾郎さんは親戚でしょうが。私と吾郎さんがいわゆる他人だとしてもさ」
「え~~~~~~~っ!!!」
愛菜は自分と吾郎が親戚だと言われて、ガピーンと頭の中で電撃音が鳴る。吾郎と違って母がそんなウソを言うわけもなかった。
「何? その反応。お父さんの葬式にも吾郎さん来てたでしょう」
「え! いや、それは・・」
愛菜からすれば、8年前の父の葬儀の出席者など覚えていない、見ていない。あの場に吾郎もいたのか、と驚きだった。
「は!? アンタ、親戚だと知らずに飯山商店とこに上がり込んでたわけ? 小学生のときに何度もお風呂をいただいたって聞いてるけど。そもそも、ローンとかの保証人だって『親戚のオジさんに頼む』って言ったでしょうが!」




