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駄菓子屋でのひと夏の偏愛  作者: テツヤ
20/33

吾郎から愛菜への贈り物

「結構いい部屋だと思うんだけど。そりゃ私が今、暮らしている安アパートと比べたらね」

 十時愛菜は北皇ほくおう市を訪れて立ち寄ったマンションの一室で、飯山吾郎から『この部屋を紹介する』と思わぬ事を言われてしまう。

「それに、大学からも近い。実質、通学費用が必要なくなる」

 吾郎は得意げにそう語る。

 まあそうなんだけど~、と思った愛菜。現在の住まいからの通学費用はバカにならない。しかし、当のこの部屋の家賃はどうなのか、ということなのだ。

「この部屋の家賃がそうとう高いでしょう?、って言いたいんですよ私は。今でもいっぱいいっぱいなのにさ」

「あー、それなんだよ。家賃は無しでいいよ」

 何を言ってるんだよ、家賃が無しでいいとかワケがわからないし。そういう思いが愛菜の表情に出たのだろう。吾郎が説明を続ける。

「俺がここのオーナーなんだよ。表札に『メゾン飯山』ってあったろ、・・って見てないよな君は」

「え~~~っ!」

 愛菜は驚きの声をあげる。今まで吾郎のことを客の少ない駄菓子屋の主人、社会でうだつのあがらないオヤジだと見ていたのだ。

 少し前だが、山波市の母と純菜の暮らすアパートは吾郎が所有していると聞いていた。このメゾン飯山という建物も吾郎の持ち物だとすると吾郎はそうとうな不動産持ちだということになる。

「え、あ、いやっ、吾郎さんは賃貸住宅が本業ってことなん?」

「あー・・、まあそういうことになんのかねえ。俺は、母が死ぬ8年前までここの管理人やってたしね。今でこそ、それぞれの建物は管理人さんに任せてるんだけどさ。俺は、以前のオーナーだった母から遺産を継いでから、今の駄菓子屋に移り住んでるんだわ。ホレッ、あの店は無くすには惜しいじゃんか! 黒字にはなんねえけどさ」

 愛菜はこの説明を聞いて、『道理で』と思うところはあった。衰退した山波商店街にある客がほとんど来ない駄菓子屋の飯山商店がつぶれないわけ。そして、自分の大学通学費用にとって重要なものである教育ローンの保証人の件。その保証人は、この飯山吾郎だったのだ。不動産持ちの吾郎ならば、金融機関にとっては保証人に申し分なかったろう。

「でもっ、ここのオーナーが吾郎さんだとしても、この家賃がタダというのは、その」

 愛菜はとまどいつつ言う。吾郎の立場にもそうだが、金銭的にうま味がありすぎるこの話にとまどいがある。

 吾郎は首を振って。

「大好きな愛菜ちゃんのためだ。かまわないさ。以前の住人が亡くなってから空き部屋なんだ。君が大学を卒業するまでの3年半、ここで暮らすといい」

 愛菜は吾郎から『大好き』などと言われて少々顔が熱くなるが、反論する。

「えっと、いい話だと思うんですけど、やっぱすぐここにというわけには! 今暮らしている部屋がまだ半年も住んでないわけで、その」

「あ~、その部屋の連帯保証人は俺になってるから気にしなくていいよ」

 愛菜はまたびっくりしてしまった。その連帯保証人の件は母に頼んだから、これも吾郎だと知らなかったわけだ。

「いや、アナタだから気になるんだってば! とにかく!、この件は母に相談してみます!」

「いや、夕菜さんには話をしてあるんだが。・・いや、じっくり相談するといい」

 愛菜は携帯電話で母に連絡を取る。母に事の次第を言うと、すでに吾郎から相談を受けていたようで、まず『いい部屋だったかい?』と言われた。母には大事な事を子に連絡するという意識が薄いようだ。



『私も仕事で色々と忙しいのはわかってるでしょう? あんたに、細かいことまで全部連絡ってわけにもいかないわよ』

 電話で話した母の言い分はコレだ。愛菜にすれば、”細かいこと”でもないと思うのだが。

 母は『これで仕送り(家賃分の)が減らせる』と喜んでいた。母にとっては吾郎の提案はすでに決定事項あつかいのようだ。愛菜にとっても、父が亡くなってからの母の苦労が自分の進学で重くなったのは知っていること。吾郎の提案は飲むのが道理だった。

(母からの仕送りが家賃分減っても、私も交通費分のお金が浮くんだよな)

 愛菜は吾郎と話を詰めて、この部屋への引っ越しは来年度である春に行うということになった。「引っ越しのときには俺も手伝うから」と、吾郎は喜んでいた。

 笑顔を見せる吾郎に頭を下げる愛菜には複雑な思いがひとつある。


『この吾郎とは、この夏で縁を切るつもりだった』


 吾郎とは、過去、それも小学生の頃に禁断の遊びにふけったというだけの関係で、この夏に再会したのも偶然と気まぐれの産物だと思っていた。恋愛に失敗した自分は、この吾郎と再び禁断の遊びを楽しんで、それでも大人になった自分は年上の男との不毛な関係に溺れないつもりだった。

(なんか、私ってば逃げ場を無くされてるような・・)

 気が付けば自分は、吾郎と来年も会う約束をしてしまっている。

 そんな思いを愛菜が巡らせていると、先ほどから部屋に同席している管理人の男が吾郎に声をかける。

「飯山さん、例の件をお嬢さんにお告げしたいと思うのですが」

「あ~、それ今、言わないとだめか?」

 愛菜は産まれて初めて”お嬢さん”と呼ばれて少し驚いた。それよりも”例の件”とやらが気になる。

「もう、この部屋に移り住む話になった以上は、お身内の方が相手であれ告知義務があると思うのですが」

「まあそうだ、告知義務はあるな。うん」

「飯山さんから言いにくければ私から」

「いや、俺が言う」

 なんか自分が吾郎の身内という話になっているのか? 告知義務があるという一件がよけいに気になる愛菜。そこで愛菜は『前の住人が亡くなってから空き部屋』だという吾郎の話を思い出す。愛菜はその頭に浮かんだ疑問を吾郎にぶつける。

「まさか! 前の住人が首つり自殺してるとか!? いや、まさかねぇ~」

「アッハハハ」

 吾郎は笑い声で答える。愛菜は釣られるように苦笑いする。

「ハハハ、いやいや変なこと言ってゴメンね」

「いや、ただの練炭自殺だから。それで孤独死ね。ちなみに言うと、その人は君と同じ北皇大の学生さんだった。遺された遺書によると失恋を苦にした自殺でさ。まだ若い娘さんだったのにかわいそうに」

「ギャーーーー! そういうの早く言ってよ!!」

 愛菜は裏返ったような悲鳴をあげる。悲鳴をあげた愛菜を取りなすように吾郎は。

「ああ、そういうのって良くあることなんだよ。愛菜ちゃんって霊を信じる方だったけ?」

 管理人はそれに続ける。

「あ、ご心配なく。この部屋は特殊清掃というものを施していまして、腐臭は99%取り除かれておりますので」

 仰天した愛菜だが、結局はこの部屋に移り住むことに決めた愛菜だった。母の苦労を考えると贅沢(?)は言えないのだった。

 あとに知ったことだが、住人の自殺は次の住人に告知義務があるのだが、次の次となると告知義務があるとまでは言えないそうである。吾郎による愛菜への贈り物は、部屋の資産価値の回復という意味もあったのかもしれない。

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