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駄菓子屋でのひと夏の偏愛  作者: テツヤ
19/33

昔の約束

 十時愛菜たちが暮らす山波市から電車でだいたい1時間半ほどの場所にある大きな街、北皇ほくおう市。都会というほどでもないが、山波市には無いモノがあふれている政令指定都市北皇市。愛菜が通う北皇大学がここにあり、今年の春から愛菜はこの街に暮らしている。

 今、愛菜と飯山吾郎は電車でこの街に来ている。



「すっご~~~~~い!」

 愛菜は観客席で歓声を上げている。愛菜の隣には幸せそうな笑顔の吾郎が座っている。

 場所は北皇市のとあるイベント会場に設営された大テント。この会場では有名な木下サーカスが公演しているのだった。

 ステージでは空中ブランコや動物による演技、玉乗りなどの曲芸が行われていく。

「なんか、よくテレビで見るといえばそうだけど、実際に見るっていうのは違うよねえ、吾郎さん」

「ああ、リングサイドで見ればもっと迫力があったんだけど」

 吾郎がそう答えると、愛菜はムッとした顔になる。

「いや、その場所は安くてプラス1500円なんだって。私はこれでも貧乏学生なんだから」

「愛菜ちゃん、ここのチケット代自分で出してたけど俺が出してもよかったんだが」

「お断りします・・!」

 愛菜はキッパリとそう言う。なんというか、金銭的なことで貸し借りを作りたくもなかったし、ケジメはつけたかった。

 吾郎は少々気まずそうに笑って。

「愛菜ちゃん、8年で変わったな。昔だったら俺のサイフなんか気にしなかったのにな」

「昔は昔でしょう? 小学生のガキの頃と一緒にされても~」

「サーカスがどうしても見たい、という気持ちも変わってしまったのかい?」

「何のこと?」

「忘れていたのか、まあいいけど」

 昔のことを覚えてないと言われても愛菜にはわからない。

「夏休みのうちに必ず木下サーカスに連れていけー、と俺にせがんだことさ」

「ハア!? 私が?」

 吾郎はうなずいている。愛菜自身は全く覚えていない。小学生の時分に言ったことを忘れているということはままあることなのだが。

「今日は、その・・昔の約束を守る、ということで来たわけ?」

「あー、うん。そういうことだな」

 愛菜は呆れた。呆れたというのは、吾郎に対してというのもあるが、吾郎にそんなことをせがんだ子供の自分に対してもだ。

 そんなことは親にせがむことなのだ。8年前の当時を思い返すと、父はそういう相手でも無かったし、母ひとりにも言いずらいことだったように思う。

 そんなこんなで、小学生の自分は精神的にも肉体的にも依存していた吾郎にサーカスへ連れていくように頼んだ。

(何を考えてたんだよ私は)

 今の愛菜には小学生の自分の心境は正確にはわからない。思い出せば恥ずかしいことばかりなので、過去の思い出を封印していたのもあるのだが。

 たかだか10歳の子供でしかないのに、自分が年の離れた男とのオトナの関係に無我夢中になっていたのはわかる。お互いに求めあい、喜ぶことは何だってしたのだろう。

(なのに、キスとかセックスは自己規制だったんだよね私たちって)

 ファーストキスや貞操の価値を知らない10歳の自分は、それらを求められたら喜んで吾郎に捧げただろう。

(後先なんか考えてなかったしね・・どうせ)

 吾郎はそんな自分の心を知ってか知らずか、少女の身体をキズ物にしないようにもてあそんだ。

(極悪人・・!)

 愛菜のほおが熱くなる。怒りではなく別の感情で。吾郎のことを悪い男だと考えても憎みきれない。

 吾郎は子供の自分に対して所有欲を持ち、わいせつな行為に及びながらも、純潔な部分は残しておいて少女の無垢な身体を楽しんだということだろう。

 自分は年下の国男をあえて童貞のままにして肌を重ねあったりした。そんな私は、吾郎と似た者同士だとも考える。

 それはさておき、そんな淫らな喜びに溺れかけていた10歳の自分が、吾郎に「サーカスに連れていけ!」などと言ったのは不思議というか奇妙に思った。

 単純な事で、吾郎のような男に心を捧げ、身体を開発されたりしても子供は子供だったのだ。両親に言えないようなことを吾郎に求めてしまった子供の自分。

「なんか元気ないけど、サーカスは面白くなかったかな?」

 思いにふけって沈んでしまったのを悟られたのか、吾郎がそんなことを言う。

「そんなことねーって!」

 愛菜は空元気をしぼって大きな声を出す。

「あ、見てよ! アレやるよ! 球体の中でバイクがグルグル回るヤツ!」

「おー、俺もコレ見たかったんだよ!」

 ステージ上では金網で作られた球体の中で、団員のまたがるバイク2台がエンジン音を轟かせる。バイクはしばらく前後に振りをつけたあと球体の中を回り始める。縦方向に回るわけだから天井部ではバイクは真っ逆さまになるわけだが、遠心力の働きで落下することなくバイクは回り続ける。縦方向に回るだけでも驚きの曲芸なのに、次にバイク2台は横方向に球体内部を回る。バイク2台が対角線上に位置していればこそ互いに接触しないという超難度の曲芸だ。

「吾郎さん、あの中にもうひとりいるあの人なんなの? 危なくね?」

 愛菜は、この曲芸で奇妙に思うことがあり指をさす。球体の中に、走り回るバイク2台とは別にひとり団員が立っている。彼はバイクが縦方向に回る時には接触一歩手前の位置にいる。

「あ~、あの人ね。あの中でバイクが事故を起こしたときにバイク止める人なんだよ。安全のためにね」

 吾郎の答えを聞いて、愛菜はヒエッ!、と思って言葉を失う。明らかに危険な位置にいる人間が安全要員だと知って震えた。



 愛菜と吾郎は北皇大学のキャンパスの前に来ている。

「おー、やっぱり北皇大は大きいなあ」

 モノレールの北皇大学前駅を降りた二人だが、吾郎は北皇大のキャンパスを見て感心している。

「あー、まあ県内では大きい方だと思うけどね」

 春からここに通っている愛菜には見慣れたキャンパスなのではある。

「じゃあ、色々と私が案内してあげるよ、吾郎さん」

 愛菜が自分の通う大学の中に誘うと、吾郎の反応は意外なものだった。

「あ、いや。北皇大に用事はないんだ」

「え!? いや、じゃあなんでココに降りたわけ?」

 愛菜は吾郎が自分の通う大学を見たいのだと思っていたのではあるが。

「あ、この駅に降りたってだけで、例の物件はこの近くなのさ」

「む~・・」

 愛菜は不満顔をする。吾郎がサーカスなどという子供の約束は守っても、今の大学生活には興味は無いのか?、と思ったのだが。

 しばらく歩いて着いた場所はとあるマンションの前だった。

「・・ここは?」

「見てもらいたい部屋はここなんだ。大学に結構近いだろう?」

 ニィ、と吾郎が笑う。少々意味深な笑い。

 その吾郎の笑いを見て、電車の中で見た夢を思い出してしまう。夢の中でのように自分のことを拘束とかしてきたりはしないだろうか?

 再び、吾郎への不信が心の中で渦巻く。先にマンションに入っていく吾郎についていく愛菜だったが、吾郎と二人きりになってしまうという状況になるのだと気が付いた。

 逃げ場の無いマンションの一室の中で、信頼しかけていた男に組み敷かれ18年守った貞操を散らされる自分を想像し、愛菜は震える。



 などと愛菜が勝手に妄想を描いてはいたのだが、マンションに入ったところで、ここの管理人が吾郎ら二人を迎えてくれた。

 管理人の男から案内された部屋は、真新しいマンションの外装に似合った内装で、住み心地が良さそうではあった。愛菜が今、暮らしているアパートとは大違いだった。

「なかなかいい部屋じゃん。ところで、なんで私にこの部屋を見せたのかしら? 吾郎さん」

「気に入ってもらえなかった? いい物件だと思うんだけど」

 愛菜はこの部屋に呼ばれた意味がわからなくて問うたのだが、吾郎の答えが奇妙だった。意味がわからない。この部屋が気に入るとか、どういうことなのか。

「いい部屋だと思うけど、私がそう思っても関係ないでしょう?」

「・・もしかして、夕菜さんから、お母さんから何も聞いてないとか?」

 愛菜は意味がわからなかったが、何か自分の頭ごしに話をされているというのはわかった。

「どういうこと? 私に関係あることで、私抜きで話をされても困るんだけど。それになんで母さんに?」

 吾郎は愛菜の怒った様子を見て、失敗したなという顔をしていたが。

「俺が愛菜ちゃんの暮らす部屋を紹介しよう、ということだったんだよ。話が通じてなかったのは悪かった」

 ハア!?、と愛菜は思った。この部屋が明らかに今、暮らしているアパートよりも賃料が高価なのはわかった。

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